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春…それは出会いの季節

『でね、その人すごいんだよ。ゴリラと大蛇倒したんだよ?素手で……』


 ひび割れたハートに電話越しの声が染み込んでいく。例えるなら、傷口に粗塩とタバスコをすり込まれて海水で洗われたような感じだ。

 だってそうだろ?好きな人が自分以外の男のことを嬉々として語って聞かせてるんだから。


『なんか向こうは達也のこと知ってるらしいけど、知ってる?彼岸君って言うんだけど…達也、聞いてる?』


 これは一体なんの冗談だ?

 長年想いを寄せていた幼馴染が遊園地で男と2人きりで遊びしかもその話を俺に聞かせるなんて……

 一体なんの罰ゲームですか?




「……あいつ大丈夫か?」「死んでる……」「亡き恋人に想いを馳せてるんだよ。そっとしておこう」


 朝のホームルームで机に突っ伏して死んでた。だって朝からあんな電話がかかってきたんだもの……

 なにも……なにも楽しみがない。


「ホームルーム始めるぞー。今日は午前中は先輩達との顔合わせだから、体育館に移動するように」


 どうでもいい…全て……


 体育館に移動し整列する。空気が悪い。千夜が居ない学校生活なんて……灰色だ。何もかもが無味乾燥だ、しょーもない。

 こうしている間にも千夜はナントカという男と楽しくやっているんだろうか?俺との10数年はそんなに軽かったんだろうか。

 死にたい……

 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。


「……アノ」

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい…」

「アノ?大丈夫?」

「死にたい死に……え?」


 横から可愛らしい声が聞こえてきた。誰だ?俺はもう死ぬんだ。ほっといてくれ。

 死んだ魚みたいな目を向けたら隣の列に並んだ女子がじっと心配そうな目で見つめていた。


 キラキラ輝くような淡い金髪を後ろで編み込んだヘアスタイル。深い海のような綺麗な青い瞳に日本人とは明らかに違う肌色。

 アジア人を寄せ付けない可愛らしさの外国人だ。

 確か同じクラスにフランスの留学生が居た気が……

 どうでもいい……どうでもいいんだ……


「サッキカラ元気ナイケド…保健室行ク?」

「いいんだ……保健室に行ったって俺の心の傷が癒えることは無いんだ…ほっといてくれ……てか誰だあんた」

「エ……同ジクラスノ、ノアダヨ?自己紹介シタンダケド……」

「どうでもいい……全て……」

「……」

「ほっといてくれ」

「…………」


「じゃあ今から自由時間だから先輩達との交友を深めるように」


 どうでもいい……全て……

 君のいない世界なんて……


「……君」


 死にたい。


「おい」


 あぁ、俺はここで何をしてるんだろうか。もう息をするのすら億劫だ。終わった……全てどうでもいい……全て……


「無視?」


 生まれ変わったら貝になりたい。貝は貝でもアサリはやだ。牡蠣がいい…砂の中に埋まる系のやつはやだ。


「……は?」


 やっぱりムール貝がいい……牡蠣の養殖場に寄生して育ててもらいたい……ムール貝。なんて素敵な響き……


 --ドカッ!!


「痛い!?なんスか!?なんで蹴ったんスか!?頭割れた!!」

「割れてないよ心配するな」


 貝になる努力をしていた俺を蹴っ飛ばしたのは仁王立ちする女……上履きの色的に2年生か?

 三つ編みに超鋭い三白眼…というかもはや野獣のような恐ろしい視線。見るものを萎縮させるアンバランスな容姿と威圧感。ノミだったら睨まれただけで死にそうな迫力だ。

 間違いない……この女は只者ではない。ヤクザくらいじゃきかないレベルだ。多分アフガン戦争とかから帰ってきた退役軍人。


「……結愛、なんで?どうして男子に話しかけ--」

「うるせー黙ってろ。後ろで喋るな耳が腐る」


 強烈な裏拳が後ろの女子を襲う。殴り飛ばされた女子が体育館の壁を突き破って外まで飛んでいった。


 ……あ、殺される。


「みんな先輩達のとこ行ったよ?そんなとこで体育座りして何してんの?」

「……いや、別に……」


 いいんだ。殺してくれ…千夜の心が離れた今もう俺に存在価値なんて……

 痛い!!髪の毛掴まれた!!なんて暴力的なんだ!?


「何してんのって訊いたんだよ、私は」

「すみません!!助けて下さい!!命だけは!!」

「やめてもらっていい?」


 ははっ!情けないな俺は!!この期に及んで命乞いか!!こんな男に千夜が惚れる訳ないわな!!殺せ!!殺せよ!!


「殺してくれぇぇぇっ!!」

「どっちだよ!!あのさぁ!!私がいじめてるみたいじゃん!?心配して声掛けてやったのになんなの君!お望みなら殺すけどいいの!?いいんだね!?」

「殺せ!!殺してくれ……こんな俺は……もう生きてたってしょうがない……」


 周りがドン引き。先輩もドン引き。しかしもう、そんなことはどうでもいい……千夜の居ない学校になんて意味は無い。千夜の居ない3年間なんて生きてる意味ない。


「……ゆ、結愛。関わらない方がいいって……おかしいよその子……」

「いつの間に戻ってきたん美奈子。今喋ったから耳が腐った。慰謝料寄越せ」

「えぇ……どっちかって言うと慰謝料貰うのあたし……」

「また喋った。慰謝料二乗」

「殺せよぉぉぉぉっ!!」

「ああああああうっさい!!」


 --ベチーンッ!!


 頬で弾けた衝撃。吹き飛ぶ頭。揺れる脳。アフリカゾウにでも突撃されたんですかって破壊力。張り手ひとつでこれだ。裏拳で殴られたあの女子のタフネスは相当だよ。


「……ぐふっ、こんなんじゃ……死ねない……」

「……私の張り手をここまでコケにしたのはあんたが初めてだよ」

「何言ってんの?結愛……」


 ひっ掴んだ頭を離して床に俺を下ろす先輩がしゃがんで俺と視線を合わせた。

 駄々をこねる子供に言い聞かせるお姉さんのような謎の包容力と面倒見の良さを醸した雰囲気はさっきまでの殺気を感じさせない。この変わり身……やはり只者では無い。


「なんでそんなに死にたいの?何にそんなに追い詰められてんの?どうしたん?話聞くよ?」

「結愛……この子意識が朦朧としてるよ……」

「もしかして…いじめられてる?」

「ほっといてください……俺はもう救われない……」

「そんなこと言うなって……ねぇ。相談乗るよ。いじめられてる気持ちは分かるからさ…なんでも話しな?」

「死ぬしかないんだ……」

「分かるよ……極限まで追い詰められたその気持ち。でも自暴自棄になったってしょうがない。辛い目に遭ってんの自分なのにどうしてその上自分が死ななきゃならないの?おかしいじゃん」

「結愛…なんて優しい……」

「いや今はマジで黙れ。特にお前は」

「俺はもうおしまいだ……」

「イライラしてきたから早く話しなって……力になるよ。先輩に話してみ?ほら」

「頼む…死なせてくれ……」

「これ相当だろ…何があったん……」


 あんたの優しさ身に染みるけど……あんたに話したところでなんにもならないんだ…もうやめてくれ。


「俺に優しくしないでくれ!!」

「いいから話せって!!」


 --バチィィィンッ!!


「……っぐはっ!?はっ!!」

「今くらいの死なない程度に打たれるのと喋るのどっちがいい?」

「しゃ…喋ります…すみません……」


 なぜ醜態を晒しながら情けない身の上話までしなければいけない…死人に鞭打って蹴飛ばすような容赦のなさだ。俺はもうただここに居るだけで恥を晒しているようなものなのに…

 愛する人が居るのにその人が隣にいない。愛する人は今別の男と一緒です。これ以上の醜態があるか?


「喋れ」


 これもう善意に見せかけた拷問だろ?


「……実は俺には好きな人が居て…」

「うん」

「一緒に受験したのに…俺だけ落ちて…彼女は今別の高校の通ってるんです……」

「は?」

「しかもその人は今、俺以外の男と…ああああっ!!殺してくれ!!」


 --バチィィィィンッ!!


「張り手!?結愛!?それはいくらなんでも…彼は失恋による失意の真っ只中なのでは……」

「んだよいじめられてるんじゃないのかよ…心配させておいてなんだそりゃ、しかも女?心配返せ」

「なんだそりゃって……俺はね!愛してたんですよあいつを!!俺の気持ちも知らないで--」

「女に振られたくらいでめそめそしてる奴の気持ちなんて知らん」

「いや…別に振られた訳じゃ--」

「女なんて星の数ほど居るっつの!!そんなことで辛気臭い顔してんじゃないよ!!新入生がよぉ!!」


 --スパコーーーーンッ!!


 入魂の一撃--本気の1発は今までとは比べ物にならない破壊力で、入魂どころかそのまま容赦なく俺の意識を刈り取った…………


 *******************


 --…ウブ?


 ……?

 なんだ…?遠くから俺を呼ぶ声が……それに、なんだか頭の辺りが柔らかい…

 いい匂いだ…それに温かい……

 ああ、これが…天国?そうか、俺はあのまま……


 ……大丈夫?


 ……?誰かが俺を呼んでいる。

 この……母のお腹に還ったような温かさと優しさは……


「……大丈夫?」

「……っ!!千夜ぁっ!!」

「ッ!?」


 ハッと目を開けた先で暗がりの視界が開け、晴れ渡る青空と陽光を遮る少女の顔があった。

 突然大声を張り上げたものだから彼女はびっくりして目を大きく見開いて固まっていた。

 俺を上から見下ろすのは、体育館で話しかけてきたフランスの留学生だ。


「………………え?」

「……ビックリシタ…急ニ大声出スンダモン……」


 …………千夜、なわけないか。


 ゆっくり頭を起こすと視界の下半分を青空とで切るグラウンド。後ろを振り返ったら開け放された扉から体育館の中が見える。生徒達が思い思いに交流を楽しんでいた。

 どうやらここは体育館外の下駄箱らしい……


「え?」


 そこで俺は今まで頭の下にあった柔らかい感触の正体を知る。

 下駄箱の簀子に俺を寝かせたその下にあったのは留学生の太もも……

 俺の視線に気づいたのか、少女は少し恥ずかしそうに目を逸らしてから弁明を初めた。


「アノ…下ニソノママ寝カセタラ頭痛イカナッテ……」

「……」


 なんてこった……女子の膝枕なんて…初めては千夜だと決めていた--いやそんなことはいい。


「……どうして俺を?てか、何が起きてこんな状況に……?」

「先輩カラビンタサレテ、ソノママ気ヲ失ッテタンダヨ?20メートルハ飛ンダンダカラ…」

「それで…君が助けてくれたのか?」


 俯きながらも留学生は小さく頷いて肯定した。前髪が顔にかかりその表情は伺えない。

 …そうか、膝枕に浮かれている場合ではない。礼を言わねば……


「……ありがとう。もう大丈夫だ」

「エ?マダ休ンデタ方ガイイヨ?スゴイフッ飛ンダンダヨ?」

「なに。鍛えてるから…あれくらい屁でもないさ」

「…………」


 これ以上一緒に居ると恥ずかしさでどうにかなりそうだ。俺は早々に立ち去ろうとした。

 が、急いでたせいかはたまたビンタのダメージか、俺の足はもつれてその場に--


「アブナイッ!!」

「っ!!」


 バランスを崩して倒れ込む俺を、下から留学生が抱き留めるように支えてくれ……

 ………………


 ……女子に抱きしめられた。


「……ア」

「………………っ!す、すまんっ!!」


 慌てて彼女を突き放してふらつく体を地面に預ける。まだ座っていた方がいいようだ……

 …………な、なんだ?この展開は?まるで…まるでラブコメの主人公になったような……

 この展開……出会いのきっかけから今のハプニングまでまさに……


 っ!!馬鹿な!!俺のヒロインは千夜だけだろ!!こんなどこの馬の骨とも知れないフランス人--


「……モウ少シユックリシテイキナヨ」


 …………な、なんだ。その潤んだ瞳は、紅潮した頬は……まるでラブコメのヒロイ……


「……そうだな」


 そうだなじゃない!!達也!!何を照れている貴様!!


「…………サッキノ、『チヤ』ッテ、自己紹介ノ時言ッテタ好キナ人ダヨネ?」


 ……っ。


「……ま、まぁ……」

「ゴメン。アンマリ聞カナイ方ガイイヨネ……」

「……いや」

「ソノ……元気出シテネ?入学式カラズット元気ナイカラ……」


 ……っ!入学式から俺を見ていたと言うのか……っ!!これって……これってもしかして……

 いやいやいやいや!ふざけるな達也!!俺には千夜が……っ!!


「……ッ、私デヨケレバ、イツデモ相談乗ルカラネッ!!」


 急に体をこちらに向けた留学生が俺の手を取って固く握りしめてきた。細くて小さな手から健気な力が伝わってくる。控えめで優しい……まるで……そう、まるで恋の--


「……っ、うっ!うわぁぁぁぁぁっ!!」

「!?ドウシタノ!?」


 助けてくれ!!おかしくなりそうだ!!なんだ!この美少女は!!俺に気があるのか!?そういうことだな!!ダメだ!!ダメなんだすまない!!

 しかしこのままでは……このままでは俺まで--

 誰かこの熱を止めてくれぇぇぇっ!!!!


 --ゴンッ!!


 心の叫びが届いたように、後頭部で鈍い音がした。頭蓋の中で響く音と衝撃は、結構な重量の物が頭に直撃したことを物語り……


「……ッ!?!?エ?佐伯君!?大変!!」


「なんだ!?外からボウリング球が投げ込まれたぞー!!」

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