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アイドル世界の虎の穴

 2月になって、自由登校になって、時間が増えた。凡人共は進学に就職……夢のない未来に向けてある者は既に準備を…ある者は有り余る時間を遊びに……


 拙者は前者……が、しかし、そこらの凡人共とは次元が違う。


 ひれ伏すがいい……今まで拙者を見下してきた凡人共。拙者は今からひとつ上のステージに登る……


 拙者、約1ヶ月ぶりの東京へ--


 拙者、アイドルになります。



 --デブ専48プロジェクト。

 ヤッテ・ランネー・プロダクションが進める新プロジェクト……

 デブによるデブ専の為の……性癖を極めしレディの為の新規プロジェクトのメンバーに、拙者は晴れて選ばれたんでござるよ。


 デブといえばこの小倉…小倉と言えばデブ、この俺を差し置いてデブを語るな。

 さぁ、行こうか……



 事務所のあるビルのレッスン室に拙者達は案内された。そこには拙者に引けを取らない贅肉の化身達……7、80人は居るだろうか。壮観だ。

 案内役の女の子がその質量にドン引き、デブの体重で床が軋むレベル……


 しかし、はて。こんなに多いのか?まさかこの人数でユニットを組むわけではないだろうに……どういうこと?


「あー、皆さん……プロジェクト担当の佐川さんが来られましたので……そちらに並んでください」

「はい、デュフフ……」「ふぅ…ふぅ…」「この部屋暑くない……?」「ぶふーっ!ふーっ!ふーっ!!」


 案内役の女の子の指示で拙者達は横一列に並ぶ。なんだか顔が引きつってる女の子に見つめられる中、静かに入室して来たのは40~50代の男性。

 ちょび髭を生やして髪の毛を無造作にセットした、いかにも業界人って感じの男だった。

 眼光が鋭い、入室して早々威嚇するように拙者達を睨め回す。誰かから「ぶひっ!」っていう萎縮した悲鳴が上がった。


「……全員居るな」

「はい、皆さん揃われてます」


 男--拙者らを担当する佐川が拙者らの前に立つ。


「君らをプロデュースする佐川だ。教官と呼びなさい」


 きょ、教官……?なんか変なやつでござる。

 どことなく威圧的な喋り方と雰囲気で教官は拙者らを一人ひとり厳しい眼差しで見つめてた。どうでもいいけど座らせて欲しいでござるよ……膝が……


「今日はよく集まってくれた。汚物の諸君」

「汚物!?」「今なんて……」「ぶひっ」

「今日から君らはこの事務所に所属する練習生になるわけだ……そして、この中から選ばれたデブだけが、プロとしてデビューできる……」


 なに!?練習生!?


「え…?すぐプロ入りできるんじゃ……」

「ん?今舐めたこと言ったデブ、お前はもう帰っていいぞ?」

「ふがっ!?何を……」


 その瞬間、教官の右手が上がった。

 スーツの袖から飛び上がるように出てきた黒い柄を掴み、虚空で振るう。勢いよく振るわれた柄から長い鞭が伸びてたった今意見したおデブの肉を叩きつけた。


「ぶひぃぃぃっ!?」

「ひっ!!」「なんだよ!!話ちげーじゃんっ!!」「暴力反対!!」

「黙れっ!!」


 口々に喚くおデブ達が教官の一喝で静まり返る。拙者は怖くて声も出ないでござる。帰りたい……


「お前らみたいなただの石ころ連中がオーディションに受かったくらいでプロになれる訳ないだろ?いいか?お前ら汚物はこれから俺に磨かれ、洗練され、輝くに値する宝石となって初めてプロの世界に飛び込むんだ。大体お前らみたいな四足歩行の獣風情が輝く芸能界に一朝一夕で入れると思うなよ!?」


 この人なんなんでござる!?ホントに怖いでござるよ!?まじで教官でござるよ!?

 助けて……橋本軍曹……空閑一等兵……


「お前らはまず二足歩行を覚えろ!!ぶひっ以外の言葉を覚えろ!!スキンケアをしろ!!歯を磨け!!風呂に入れ!!俺がお前らを歌って踊れる豚にしてやる!!着いてこれた奴だけ芸能界に連れて行ってやる!!いいな!!」


 *******************


 私服から練習着のジャージに着替えさせられた。オレンジ色のジャージと鞭を持った教官ってもう監獄の囚人と看守みたい……なにかに目覚めそうでござるよ……


「……まずはお前らの気合いを見せてくれ。お前らがこの世界で何を目指すのか……アイドルを目指すにあたっての意気込みを俺に宣言しろ。俺が相応しくないと感じた奴は即、帰ってもらう」

「……」「……」「……ぶひっ」

「いいなっ!!まずはお前っ!!」


 いきなり始まった。

 さっきからこの教官の迫力がすごい……


 まず指名されたてっぺんハゲのおデブ。ふむ、拙者を100点としたら奴は5点ってところか……


「ぶひっ……ひっ……ふっふっ、えっと……こふーっ、こふーっ、自分はっ……ふひっ……ふっ!」

「遅いっ!!帰れっ!!」


 パァンッ!!


 鞭が炸裂しておデブの頬肉を波打たせる。肉の波紋が顔の形を歪めさた。


「次っ!!」

「ひっ……アイドルのキラキラした世界に憧れて……」

「憧れるだけの男が夢を掴めるか!!貴様は一生指を咥えてろ!!」


 パァンッ!!


「次っ!!」

「痩せたいですっ!!」

「帰れっ!!」


 スパァンッ!!


「次っ!!」

「俺の魅力を世界中に--」

「お前に魅力などないっ!!図に乗るな!!」


 スパァンッ!!


「次っ!!」


 来たっ!

 ここまで何人が鞭に打たれたろう。拙者……痛いのはやだ。

 いや違う……ここまで応援してくれた全ての人達の為に……ここで終わる訳にはいかんでござる……


 拙者がアイドルを目指す理由……理由…………

 拙者は……


「遅いっ!!お前も--」

「せっ!拙者はっ!!」


 鞭が振り上げられたその瞬間に、拙者の口は思考を無視して勝手に動いてた。教官の手が止まった。


 極限状態の中、最もシンプルな……あれこれ理屈や取り繕った理由を省いた、根源が拙者の口から飛び出したでござるよ。


「拙者はアイドルになって!!女の子にちやほやされるでござる!!」


 言った……言ってやった。拙者の純粋な気持ち……思い。

 どんな思いだって、誰の夢だって、みんな透き通った宝石の原石だ。だからお手伝いの女の子よ……そんな顔で見ないでくれ……なぜ引く?


「……ふん。ちやほや“される”か。いい心意気だ。」


 っ!


「揺るぎない目標があるお前はいいアイドルになる……人間に昇格出来たらな」

「……っ!」

「しっかり着いてこい」

「……っお、おっすっ!!!!」


 *******************


「デブ専と言ってもただ太ってればいいと言うものでは無い。清潔感……そしてアイドルとしてのパフォーマンス、それが大前提だ」


 決意表明で半分消えたでござる……

 ようやく本格的なレッスン開始というタイミングでこの厳しさ……先が思いやられるでござるよ。


 拙者らの前に置かれたのは平均台。細い棒の上を歩いて端から端まで渡るあれでござる。

 ただ、その細さは幅5センチくらいしかない。

 そしてその高さ--地面から5mくらいあるでござるよ。

「お前らは贅肉のせいで人よりも運動能力にハンデがある…が、デブ専の為のアイドルという点で痩せるという選択肢はない。人よりも優れた運動能力を求められる。この平均台を渡りきる…まずは体幹トレーニングだ。お前、行け」

「うっ…うっす!!」


 ズボンに腹の肉が乗っかった大男が設置された階段を登り平均台に乗る。階段がぶっ壊れたでござるよ。


「この平均台は航空機の材料に使われる素材で作ってある。お前らの体重で潰れることは無いから安心しろ…よし、用意しろ」


 教官から言われて女の子が何か抱えてきた。

 分厚いマットみたいなものを平均台の下に敷き詰めていく。

 マットの上には針がびっっしり突き立ってた。見てるだけで痛いでござる。

 この流れで普通の体幹トレーニングはないと思ったでござるけど、やはり普通じゃないでござるよ……

 落ちたら死ぬでござるよ…


「お、俺……渡れな……」

「生半可な覚悟でアイドルになれると思うか!?行けっ!!」


 後ろから鞭。下に剣山……


 立つことすらままならない細い平均台で恐る恐るおデブさんが立ち上が--


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 あっさり落ちたでござるよ!!

 カイジさながらの断末魔と共に5mの落下、からの背中に突き刺さる剣山。


「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「1歩も歩けんとは何たることだ!!次っ!!」


「痛いっ!!」

「話にならんっ!!次っ!!」

「あぶしっ!!」

「次っ!!」


 ……いよいよ拙者の番でござる。


 地面に叩きつけられたおデブ達は立ち上がれない程のダメージを負っているでござるよ。ここはとんでもない虎の穴でござる。


 いや、泣き言を言ってる場合ではないでござる。拙者には夢がある。


 幾多数多の巨漢を支え続けた階段が限界だとミシミシ悲鳴を上げてる。踏み抜かないように慎重に階段を登って平均台の上に立つ。


 靴の中心を平均台の中心と合わせるでござる……そうすれば落ちないでござる…カイジで言ってたでござる……


 体の中の芯を意識して、足に注目して、よろめきながらも二本足で立つ。これだけでまるで自立を成し遂げたニートのような感慨。歓声が上がる。それだけ下の剣山の恐ろしさは精神をすり減らしてるでござるよ。


「行けっ!!」

「どすこいっ!!」


 拙者はこのデブ達とは違う!!

 今こそ空閑プロデューサーの教えを思い出す時……っ!なんの為にぶつかり稽古をしたのかっ!!思い出すでござるよ!!


 意を決して踏み出した1歩は平均台の中心を捉えて、拙者の体の中に1本の太い芯を感じる。

 拙者、今完璧なバランス。今この瞬間、地球の核を貫き通す1本の芯となる!


 地球が拙者を支え、拙者が地球を支え…今一つになったふたつの調和が--


「早く行け!!」

「どすこいっ!!」


 スピード勝負!この感覚を忘れぬうちに走り抜け--


 走っちゃダメだった。

 走ることでお肉が振られてバランスが崩れる。遠心力の加わった拙者の100キロ近い贅肉が、そのままの重さで拙者を引っ張る。

 振られる体は抑えが効かずそのまま--


「あーーーーーっ!!」


 *******************


 小倉先輩から呼び出されて先輩の家に来た。

 自由登校になってから東京に行ってたらしいけど、そういえばアイドルデビューするとか言ってた気がする。

 あの時バックれたことも謝らなきゃ……


「…お邪魔します--っ!?先輩!?」

「…橋本軍曹…よく来たな」


 先輩は穴あきチーズになっていた。


 体の至る所に指くらいの太さの穴が空いてて、痛々しく周りが紫色に変色してる。てか、これを見せる為なのか知らないが玄関先で裸のデブに出迎えられるのはちょっと……


「小倉兵長!?どうしたんですかそれ!いじめ!?いじめられた!?一体何が……」

「…橋本軍曹……空閑一等兵にも、伝えてくれ」

「…え?」

「アイドル業界……あそこは……ヤバいとこだ」

「…兵長?」

「お前も……本気で志すなら覚悟はしておくんだ…………ぞ……」


 --ドスンっ!!


「っ!?倒れた!?兵長っ!?へいちょーーーーっ!!!!!!」

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