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なんか変!!

 1月下旬……本日の天気、晴れ。絶好の受験日和……


 透き通った青空、道行く雑踏。知った顔や知らない顔、初めて見る学校への道…もし入学出来たなら、4月にはこの並木道は満開の桜に彩られるんだろうな。


「ちょっと……歩くの早いってば!!」


 耳触りのいい高い声が俺の足を止めていた。振り返った先で子犬のように駆け寄る少女の頭で鈴の髪飾りが小気味よく鳴っていた。


「達也待ってってば」


 上下黒で統一された中学の制服に、明るい茶髪が程よいバランス。セミロングに色白な肌、髪の毛と同じ色の瞳は人懐っこくクリクリ大きく彼女の愛嬌を引き立てる。


「千夜が遅いんだ。俺は普通に歩いてる」

「またそうやって足長いアピールだ。少しは小股で歩きなさいよね」

「普通だ」

「悪かったわね、チビで」


 本田千夜ほんだちや--俺の幼なじみ。そして、青臭い恋心を抱いてる相手なのである。


 この学校を受験するのも、こいつが居るから……


 千夜が追いついたところで俺達は並んで歩き出す。隣を歩く千夜から仄かにいい香りがする。なんでこいつは隣に居るだけで俺を癒してくれるんだろう……


 絶対、絶っ対受かって2人で高校生活を満喫するのだ。


 *******************


「私あっちの教室みたいだから…」

「おう」

「達也ちゃんと見直しするんだよ?終わってすぐ寝たらダメだからね?」

「分かってる」


 ふふ、こういううるさいとこ、好きだ。


 それぞれ会場となる教室へ別れていく。名残惜しく千夜の背中を見送っていると、千夜が立ち止まって振り向いた。髪に流れる鈴が小さく鳴る。


「絶対一緒に受かろうね?達也」


 --ドッキーンっ!!


 なんて可愛いんだ!!好きだ!!好きだ千夜!!


「……おう」


 心の中で愛を伝えて俺達は別々の教室に入っていく。

 引きずった眠気が消し飛び試験に対する気合いが燃え上がる。俄然気合いが入ってきた。


 9時--試験開始だ。教室に試験監督と在校生が入ってくる。


 試験は3科目……国、数、英、そして面接だ。

 今日まで千夜と毎日勉強してきた…問題ない。


 試験の手伝いだろうか…在校生が試験用紙を前から配っていく。俺が入学したら晴れて先輩になるわけだ。糸目の男子と童顔なツインテール。糸目先輩とツインテ先輩と呼ぼう。


「それじゃ開始」


 教壇の上からの試験監督の号令と共に、皆が一斉に問題用紙をめくる。

 先程の千夜のエールが胸に残っている。ペンを握る指に俄然力が入るというものだ。


 気合いをそのまま乗せて、頭はクールに…試合と一緒だ。

 さぁ!まずは国語…得意分野だから大丈夫!かかって来--


「虎太郎、虎太郎」「黙れよ花菱、試験中だぞ?」


 俺の席は1番後ろなのだが、教室の1番後ろ、つまり俺の席の真後ろに試験の手伝いの在校生が2人並んで立っていた。

 その2人の小声の話し声が鼓膜をノックした。


「来月修学旅行じゃん?虎太郎達の班はどこ回るん?」「まだ決めてない。てか黙れ」


 ……修学旅行か。

 中学の時は京都だったな……千夜と清水寺に行ったっけ……あの時の写真はお守り代わりにずっと持ってるよ。


 ああ、高校の修学旅行はどんなだろう…楽しみだ……


「しっかし今年の修学旅行、ラムリー島かぁ。ねぇ虎太郎」


 ……?ラムリー島?


「いいじゃないか、ワニくらいしか居ないだろ?多分……先輩達北センチネル島だった時はやばかったって言ってたじゃん」「それな?帰ってきた時槍刺さってたもんね。でもそれはそれで楽しそーじゃん?」


 ……???????????


「俺は…マリアナ海溝の時行きたかった」「えー、あれ1週間ずっと暗ーい海の底だよ?潜水艦狭くて酸素薄いしサイアクって先輩言ってたし……」「ダイオウイカに襲われたって言ってたな……」「そーいう意味ではワニもねぇ……」


 な、なんだって……?しゅ、修学旅行だよな?修学旅行でマリアナ海溝?北センチネル島?

 おいおいなんだよそれ。


 って!いかん!!集中するんだ!!さっきから手が止まってるぞ!!


 外界の雑音をシャットアウトして紙面にだけ意識を集中させる。問題に全神経を向けるんだ。

 万が一も許されない……試験は1発勝負。ミスは許されないぞ達也!!


「そういえば、浅野さん学校来てるらしいな?」「ん?あー、大葉のトコとか来たらしーじゃん?今更なんの用?ってカンジじゃね?」「……そう、だな。でも、急に学校来だしたってことは、やっぱりなんか事情があったんじゃないか?」「知らない。それよりさ、大葉の奴やつれたよね?」「ああ、オカマな後輩に狙われてるらしい」


 …………???


「剛田って奴でしょ?ヤバいよね?ホテル連れ込まれたってさ」「マジか……想像しただけで寒気がする。それで、どうなったん?」「いや、話したがらないけど……」「掘られたか」


 おいおいおい、大丈夫なのかこの高校。

 修学旅行がワニ島でオカマが居るのかよ。なんてとこだよ。ここ県内でも結構頭いいとこだろ?


 こんなとこに入学して大丈夫なのか?

 ……いや、迷うな!!


「それにサッカー部の松石、あいつもヤられたって」「マジか!?」「なんか剛田君、最近誰彼構わず手を出してるって……今日もいい男いないか物色しに来てるって……」「おいおい帰りたくなってきたぞ」


 ホントだよ帰りたくなってきた。

 いや!落ち着け!!集中するんだ…集中……っ!!


「そういえば--」


 やめろ!!聞くな!!惑わされるな!!試験にだけ意識を向けるんだ!!


「金曜家庭科室爆発したじゃん?あれ、原因分かったって」「なに?」「調理実習中に女子がオナラして……」


 馬鹿な!!オナラで爆発するか!てか家庭科室爆発したのかよ!!ホントのホントに大丈夫--


 違う!!聞くんじゃない!!


「引火したのか?まじで……え?ちなみに誰?」「噂よ?噂だけど……1年の楠畑っていう子…知ってる?歓迎遠足で漏らした子」


 やめろぉぉぉぉぉぉっ!!


「どんだけの屁だったんだよ……」「なんかそーとー我慢してたみたい」「やばいな……」


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!


 *******************


「それでは初め」


 ……数学苦手だなぁ。

 緊張でお腹痛くなってきた……大丈夫、達也とあんなに勉強したじゃない。


 ……佐伯達也さえきたつや。私の幼なじみ。

 剣道部主将で文武両道……私の自慢の幼なじみで、好きな人……

 後ろで結んだ髪の毛も、キリッとした目元も、ガッチリした体格も、ぶっきらぼうな性格も……


 好きなんです……


 同じこの学校を受験する彼と新生活に踏み出すためにも、この試験でコケる訳にはいかないんです。


 試験開始と共に頭を切り替えて試験用紙に向かいます。頭で鳴る鈴の音--彼が昔くれた贈り物が勇気をくれます。

 大丈夫……この問題は解ける……大丈……


 コツン。


 ん?何か足に当たった。

 ちらっと足下を見たら消しゴムが落ちてた。私のは机の上。

 視線を感じてちらっとそっちを見たら、隣の女の子がじっと消しゴムを見つめてました。


 日焼けした小麦色の肌と後ろで無造作に纏められたクルクルカールの金髪。分けた前髪からよく顔が見える。入試にバッチリ化粧してきて目力凄い……


 つまりギャルでした。


 じっっとギャルが床の消しゴムを見つめてた。それも怖いけど、気になるのはギャルがしてた手袋……

 確かに今日は寒いけど、室内で手袋?書きにくそうです。

 てかいつまで見てるんだろう……しかも無言だ。私が拾うの待ってるのかな?


「…これ、あなたのですか?」


 しょうがないから小声で話しかける。ギャルの視線が消しゴムから私の方に持ち上がった。勝気な意志の強そうな瞳だな。


「……ん」


 そうらしいです。だよね。

 まぁ私の足下に転がったし、拾われるの待ってたんですよね?私は足下の消しゴムを摘み上げて隣の机の上へ……


 ペシンッ!!


 置こうとしたら弾かれた。叩き落とされた消しゴムが再び2人の間の床に落ちる。


「……え?」

「……」

「……?」


 な、何が気に入らなかったんでしょうか?怖い……

 再度拾い上げて再び机へ--


 パシンッ!!


「……」

「……」


 ……なんですか?意地悪してます?やだ怖い怖い怖い。


「……どうぞ」

「要らね」


 直接手に置こうとしたらまた跳ねられた。手のひらから飛んでいく消しゴムが大きく弧を描いて前の方へ……


「痛っ!」


 前の席で試験を解いてた誰かにぶつかりました。

 肩にかかるくらいの長さの長髪を流した顔の怖い男子は「あ?誰がやった?」的な攻撃的視線を周りに向けています。

 思わず視線を逸らしました。


 消しゴムが直撃した頭を押さえたままキョロキョロ……


「……そこの君」

「!?」


 当然というか…なんというか……キョロキョロしてたら試験監督から注意が飛びました。

 咄嗟に謝ろうかと口を開けたけど……そんな勇気出ないし、なんならこのギャルも巻き込むし……

 てか投げたのこの人よね?

 可哀想な男の子を余所にギャルは知らん顔。


「さっきから何をしてるのかな?」

「いや……消しゴム……」

「消しゴム?これかい?落としたなら挙手しなさい。拾うから。消しゴムを探してるにしては視線が高かったが……」

「いや違う--」

「違う?消しゴムじゃないのか?じゃあ何をしてたのかな?」

「いや……」


 いや先生……そんなに追い詰めなくても……


「ふむ…もう全問解いたみたいだな…まだ20分も経ってないのに早いね……」

「いや……」

「ちょっと向こうの教室に来なさい」

「はぁ!?」


 うわぁぁぁごめんなさいっ!!


「カンニングでもしたってのか!?」

「声が大きい!静かにしなさい」

「俺はやってねぇ!!消しゴムが頭に飛んできたんだっ!!」

「誰が試験中に消しゴムを投げるんだ?」


 この人です!隣のこの人!!


「知るか!!俺はやってねぇ!!」

「いいから来なさい」

「やってねぇっ!!」

「やった奴ほどそう言うんだ……来い!!」

「俺はやってねぇっ!!!!」


 ……………………………………


「…チョーウケる」


 *******************


「受験番号238番、どうぞ」

「はいっ!失礼します!!」


 廊下に置かれた椅子から立ち上がって教室に入る。背筋を伸ばして視線は高く……

 正面に並ぶ3人の先生方の前で立ち止まって声を張る。


「丸三中学校から来ました!!佐伯達也です!!よろしくお願いいたします!!」

「はい、座ってください」

「はい!失礼します!!」


 面接練習だって嫌ってほどやった。大丈夫……大丈夫だ……頭の中に全て言うことは入ってる。

 俺はただ文面をなぞるだけ……簡単。ミスるな、噛むんじゃないぞ……生麦生米生卵、東京特許許可局……


 --ブッッ!!


「っ!?」


 椅子に座った瞬間凄い音がした!?え?俺やらかした!?

 緊張のあまりケツに意識が向いてなかったが……力み過ぎたか!?なんてことを……


「ああ、大丈夫、ブーブークッションです」

「……は?」


 面接官の先生が青くなった俺にそう説明した。説明されたけど意味が分からなかった。なぜ面接会場の椅子にブーブークッションが?


「私たちは君の本質を見たいので……事前に頭に叩き込んだ自己PRとか、どうでもいいんです。パニクって頭真っ白になりました?」


 は?なんてタチの悪いことを……

 さっきからこの学校おかしいぞ!!どうなってんだ!!

 俺の本質とか言ってるけどケツで炸裂した音にあわあわする俺を眺める面接官達の顔は完全に悪意に満ちてるぞ!!面白がってるだろ!!


 いかんっ、振り回されるな……結局筆記試験も集中出来なかった…ここで取り戻さなくては……


 ………………やばい、今ので全部吹っ飛んだ。


「では、自己PRからお願いします」

「っ!!…は、はい!」


 狼狽えるな!!ありのまま答えろ!!何も恐れるな!!俺の3年間をそのまま出せばいいんだっ!!


「私は……中学では3年間剣道部に所属していて……全国大会でも、えっと、3位でした!私の青春は剣道に捧げました!!その…剣道部で培った我慢強さとか、忍耐力とかを……」


 俺は何を喋ってるんだ?


「我慢強さと忍耐力は同じ意味では?」

「っ!?しっ、失礼しました!!その……目標へ向けて頑張る力を……」

「今朝何食べた?」


 なに?まだ途中だって言うのに質問ねじ込んできた!?どういうことだ!!


「……け、今朝ですか?あの……ヨーグルトとバナナを……」

「おー」「健康的だね」「あれなのかな?君は朝はパン派?」

「えっと…どっちかと言うとご飯……」

「米派なのにヨーグルト食べちゃったの!?」

「す、すみません……」


 なんの質問だ?


「……朝パン食べる人どう思う?」

「……???いや…いいと思います……」

「でも君、朝はご飯なんでしょ?」

「……はい。どっちかって言うとってことで……あの、パンの時もあるし……」

「君は自分と違う生活習慣の人を受け入れられるの?」

「?????????」

「想像して?朝君が登校してきます。そしたら曲がり角から食パン咥えた女の子が突っ込んできました」

「……はい」

「今想像した通学路、うちの学校の通学路だった?」

「え?」

「自分の中学の通学路だったんじゃない?正直に答えてご覧?」

「……そう、ですね……」

「君は高校生になる自覚が足りてないようだね」


 ????????????


「面接は終了です。ありがとうございました」


 ????????????????


「退室してください」


 ????????????????


 ???


 *******************


 全てが終わって--色んな意味で終わって枯れた桜並木で空を眺めてたら、千夜が道を歩いてこっちに向かってきた。

 その姿にいつもの元気よさがない。頭を下げてとぼとぼ向かってくる。覇気がない。やつれてる。


「……おつかれ」

「おう」

「……少し痩せた?」

「千夜もな」


 お互いの間に沈黙が流れる。

 一体なんて言えばいい?どんな顔して千夜と話せばいい?


 絶対一緒に受かろうと約束したのに……


 …………あれ絶対落ちたよな?

 てかなんだあの面接……あまりの事態に突っ込むのも忘れて流されてしまったが……


「……達也」

「っ!おう!」

「……私、落ちたかも……」


 千夜の口から零れた申し訳なさそうな言葉に息を呑んだ。

 まさか……千夜も……?


 俺と千夜の視線が交差する。不安そうな視線が俺を見つめてる。俺もまた千夜の瞳に映る俺を見ていた。俺も同じ目をしてた。


 俺と千夜は同じ不安を抱えてた。だから、どとらともなく自然と口から飛び出た。


「「この学校、変」」

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