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さよならジャンピエール

 --正月明け4日、まだまだ新年の浮ついた気分の抜けんまま迎える初登校日。三学期、そして高校1年最後の3ヶ月。


 脚の筋肉が引き千切れそうなくらい痛い。痛すぎて大晦日も正月も動けんかった。筋肉痛が二日酔いレベルのしつこさで脚に残留。脚を引きずりながらの登校。枯葉1枚残っとらん枯れ枝がカラカラと鳴いとる。


 あけまして新年、今年もよろしく筋肉痛、ふぁっきゅー。ウチの名前は楠畑香菜。


「香菜」


 二足歩行ナメクジみたいに歩いとったら後ろから声がした。声の主に青筋立てながら振り向いたらウチと同じように足を庇いながら歩く女が1人。


 速水……この筋肉痛の原因。


「あけましておめでとう、今年もよろしくね?…どうしたの?」

「うん?別に?おどれに走らされまくって脚痛いだけよ?」

「香菜の走り方は色々参考になるよ…またお願い」

「おどれ見とるだけやん。足治ってからでいいやん」

「香菜、いい走りしてるよ…けどどうも不思議……こう言っちゃなんだけど、私香菜と競って負ける気しないんだよね…なんか体育祭の時のが速かったように感じる……」

「……まぁ、相手が居らんとな?うん…」

「そっか…そうだ。香菜陸上部入りなよ。香菜とならいいライバルに……」

「ウチ急いどるけん、またな?」

「え?香菜?」


 鬱陶しい体育会系女子が友達に加わった。ついでに生き物オタクの女子2名も……あいつらのおかげで散々な年末やった。

 それもこれもあのくそウ○コ野郎のせいや…あいつの見舞いになんか行ったばっかりにこんなことに……


 アイツらと親交を深めたのがどーって話やない。アイツらのせいで筋肉痛なんは全部アイツのせいっちゅうこと……


 さて、産まれたてバンビーガール香菜、教室へ……と思たらなんや隣のクラスが騒がしい。

 なんやろか?思てちょっと覗いたろ思たら後ろに見たくない後頭部が2つ……


「長篠、田畑」

「お、楠畑。」「あけおめことよろ」

「あけましておめでとうやろ、新年の挨拶もまともに出来へんの?」


 変な縁で交友ができてもうた女2人……今どきな挨拶に苦言を呈しつつこの騒ぎは何事かと教室を覗いた。


 隣は特進クラス……勉強が趣味の青瓢箪みたいな連中の吹き溜まりや。そんな教室で何やら珍事との事。


 でも教室覗いても変わったことあらへん。何人かの生徒が席に座って思い思い過ごしとるだけ……


「なぁ?アニマルオタクコンビよ、この人だかりはなんやねん」

「話題の女よ」「奴が現れたのだ」


 は?話題の女?


 イマイチ要領を得ない…なんやねんって思いながらじっと教室を観察する。

 すると室内、室外の生徒達の視線が1人の女生徒に集まってるのが分かった。


 腰あたりまで伸びた長いストレートヘア。綺麗に手入れの行き届いた黒髪はお嬢様の風格。

 清楚さを醸し出す艶やかな髪の毛と、対になる真っ白な肌。どこか得体の知れない色気を放つ紅い双眸の輝く顔にはシミもキズもシワもホクロもひとつもない……


 多分、女やったらほとんどの奴が羨望の眼差しを向ける美少女がそこに居った。


「……誰?」

「浅野詩音……」


 ウチの問いかけに憎たらしそうに答える田畑の胸元からウデムシが這い出して来たんやけど。そっちのが気になる。もはや浅野何某とかどうでもいい。


「浅野?」

「知らないの?生徒会解散の元凶」「生徒会選挙の動画見たでしょ?」

「知らん、ウチ寝とった」

「「……」」

「で?その浅野が教室居ったらなにが大騒ぎなん?」

「浅野は今まで学校に出てきてなかったの」

「それよりそのウデムシなんなん?」

「どうして急に出てきたんだろ…な?レン」「ホントよ…あいつのせいで生徒会無くなっちゃったんだよ……」

「なぁ、そのムシなんなん?」


 長篠、田畑が顔を見合わせ不満を述べる。そんなことよりなんでウデムシ?


「あいつ…まともに生徒会参加しなかったくせに……」「一言言ってやろうよ」

「なぁ、ウデムシなんなん?」


 *******************


 こんにちは!田畑レンです!!

 元生徒会役員です。相棒の長篠風香と2人、毎日面白おかしく生きるをモットーに高校生やってます!!


 でも……今日はちょっと面白くないかも。


 昼休み風香と一緒に食堂やら教室やらを覗きまわるのは、あの女を捕まえる為なのだ。

 --あの女、そう、元生徒会会計浅野詩音!!

 私達の生徒会をぶっ潰した諸悪の根源!

 何故そのような凶行に至ったのか--それは浅野の中学時代にまで遡るのだ!


 浅野の友人は生徒会長だったらしいんだけど、改革の為に推し進めた新ルールが問題になり、生徒会長がいじめられ、多分それで……


 浅野にも悲しい過去がある。人生の数だけドラマも悲劇もある!

 でもね!!それって中学時代の話でしょ!?


 ろくに生徒会にも参加しないで生徒会は悪い組織って決めつけてお涙頂戴で生徒煽って……

 まともに顔も出さなかったあんたがなんで決めつけるの!?


 つまり!!私達ご立腹なのである!!


 一言言ってやろーって思いで浅野を探す。浅野探索隊。

 隊長である私に隊員風香が「あっ!」と声を上げた!!


 ~大発見!!幻の生徒会役員浅野!!ついに姿を現す!!~


 奴は裏庭のテーブルで細々と弁当を貪っていた。


「見つけたぞこらぁっ!!」「オラオラオラァっ!!」


 激昂するレージャン。承太郎並のオラオラを繰り出しながら2人して荒々しく奴に迫る。

 む!気づいてない!?私ら2人のこの存在感に!?けっ!お高く止まりやがってよぉ!


「Hey!」

「っ!?」


 隊長先陣を切る!!テーブルの向かいにドカッと腰を下ろしてようやく奴は私らに気づいたようだ。遅いよ全く!!

 遅れて隊員風香も椅子を陣取り、テーブルの席が全て埋まった。さぁ、始めようか!!


「…………」

「やいやい!急に学校出てきてなんのつもりだい!?」


 私が詰め寄ると状況を理解できてない浅野がびくりっと肩でダンスを踊る。奏でるはレンちゃん節。


「??…えっと、あなた達は……?」

「あぁ?忘れたって言いたいのかい?いー度胸だね!!え?なにそれ?」

「え?…ロールキャベツ」

「……じゅる」

「食べる?」


 半分くらいに割って弁当箱の蓋に乗せて分けてくれた。なんだ、良い奴じゃない。


「……うまひ」

「お母さんが作ってくれたの…」

「おい」


 舌でとろけるロールキャベツ、後頭部で爆発する風香の張り手。二重の衝撃、二重の戦慄。パンチングボールみたいに私の頭がビョンビョン。強すぎ。


「違うでしょ…ねぇ、浅野さん、話があるんだけど……」

「……私に?」

「てか、私達覚えてる?生徒会で一緒だった……」


 風香がそう切り出したその時!!さっきまでロールキャベツみたいな表情してた浅野の顔が強ばったのが分かる!!


「……えっと」


 マジかこいつ!!覚えてすらいないと!?毎日虫やら猿やら連れてる女子なんて普通1度見たら忘れんでしょ!!


「生徒会の人…なんだ」

「うん。元だけどね?あのさ、生徒会選挙のことなんだけど…どうしてあんな話を?」

「……話?」


 風香の怖い顔にビビり倒して完全に気後れしてるけど…なーんか……

 こいつこんなキャラなん?

 なーんかうじうじしてるってか、あんな場であんな動画流すくらいだからもっとこう…なによっ!って感じなんかと……


 てか、なんか色々違和感。


「なんで生徒会に入ったのにさ、1回も顔出さないでしかも解散とかさせたん?浅野の言ってた話はあくまで中学の時の話でしょ?」

「……」

「ろくに出てないんだから知らないでしょ?うちの生徒会のこと。なんかあんまりだなって思ったんだ……」


 おお、言ったれ風香!!奴はビビってんぞ!!


「……あの」

「ん?」

「お弁当に…虫が……」


 浅野の指が指し示すは我が盟友ウデムシのジャンピエール。

 ロールキャベツに誘われたか私の制服の袖からこんにちは。浅野のお弁当の上を徘徊してる。


 おいおい浅野、なんだその顔は。それが私の友人を見る顔か?


「ちょっと!レン!!弁当にジャンピエール出てきてるってば!!」

「浅野〜、うちのジャンピエールにもロールキャベツ分けてあげていい?」

「おい!流石にそれは可哀想だって!!ごめん……これは謝るわ……」

「……もういいや、ご馳走様」


 浅野ドン引き。卵焼きの上でカクカク踊るジャンピエール……今日も触覚のキレがいい。絶好調だね。


「えっとさ…あなた達の言ってること…その生徒会選挙で……私が何を言ったのかなんだけど……」

「そうだ、その話」「私ら今年も生徒会やりたかったのにさー、ちょーっと納得いかないんですよねー。浅野さんよぉ」


 物理的距離を詰める私らに浅野、後退。逃がさない。

 すると!浅野の奴が口を控えめに開いた。その口から出てきた言葉に直後私らはポカーンとすることになる!!


「よく分かってないんだ…なんて言ったの?」

「「はぁぁ?」」


 てめーで動画作っといて分かってない?分かってないってなに?どゆこと?

 これにはジャンピエールも黙ってないさ。弁当から浅野の手の方にカサカサ進軍開始。やったれ!手の垢齧ったれ!!


「それ、聞きたいって思ってたんだけど…それと、2人が生徒会の人なら私、謝らないといけないことが--うわぁっ!?虫が上がってっ!!!?」


 パニック浅野。手を振り回す。枯葉のように宙を舞うジャンピエール。なんてことを!!


「「ジャンピエール!?」」

「気持ち悪……あの虫なんなの?ジャンピエールって……」


 鳴り響くサイレン。緊急事態発生。

 中庭の木の葉や土の積もった地面に対して黒っぽいジャンピエールの体色は保護色してる。


 鮮やかに着地したジャンピエールはそのまま枯葉に紛れながらカサカサカサカサッて裏庭を疾走。

 私らから全力ダッシュで離れていくその姿は私らとの信頼と絆を見事に裏切ってみせた!!


「ジャンピエールっ!!」「ジャンピエールが逃げたっ!!」


 *******************


 --私は可愛い。


 新年一発目の登校日……久しぶりに目にする私の美貌にみな釘付けだ……当然よね?この日比谷真紀奈の美しさ、そう簡単に忘れられるものじゃないけど、しばらくぶりに見る生の私の美貌の破壊力は抜群でしょ?

 離れた時間がスパイスとなりよりインパクトを際立たせる。


 ああ!みんな!おまたせ!!世界に華やぎが帰ってきたよっ!!


 ……なんて。


「日比谷さんどうしたの?元気ないね」

「…最近刺激が足りなくてね。凪」

「刺激?」

「空閑君、新学期始まっても来てないから」

「ああ…日比谷さんすっかり恋する乙女だなぁ……」

「ああ、あの張り手が待ち遠しいよ…」

「別に登校してきたからってケツ叩いてもらえるとは限らないよ?てか叩いてきたら大変だよ?」

「何かあったのかな?私、よく考えたら彼の連絡先すら知らない……」

「目標がひとつできたね。まずは仲良くなって連絡先をゲットだ。お尻叩いて貰うのはそれからでいいでしょ?」

「そだね……心配だな」


 なにより早く学校に来て欲しい。会いたい。私達まだ何も進展してない……

 これも恋の試練?そうなんだよね?


 そう!会えない時間がより熱くするの。空閑君、久しぶりに見るこの日比谷真紀奈の美貌にショック死するんじゃないかしら。


「…より美しさに磨きをかけなくては……」

「そーだねぇ」


 そう、久しぶりに会った時思わずむしゃぶりつきたくなるくらいに--そうじゃなきゃ……


「いた!」「捕まえて!!」


 廊下で乾いた空に想いを馳せる私達に何者かの声がやかましく響く。

 なんだろうってそっちを見たら女生徒2人がこっちに全力ダッシュで滑り込んで来てた。


「え?」

「なに?なに?……?」


 怯えた様子で事態を探る凪が私の美しい太ももの曲線に視線を落とした。それは凪の視線がなにかに誘導されたからで--


「うわぁぁぁっ!!日比谷さん!!脚!!」

「え?」


 凪に言われるまま自分の脚部へ目線を落とした。そこには相変わらず白くて美しい、滑らかな私の太もも……


 に、謎の蜘蛛が張り付いてた。


「--きゃあああああああああああっ!!」


 蜘蛛?触覚が生えたカマキリみたいな手のついたよく分からん虫が、私の見惚れる程美しい芸術品のような脚にベッタリと……

 背中を悪寒が駆け抜ける。鳥肌が立ち汗が吹き出る。意識してようやく肌に伝わる虫の脚の気持ち悪い感触が……


「ぎゃあああああっ!!」


 思わず品のない悲鳴をあげちゃった。思いっきり脚を振り上げて虫を吹き飛ばした。

 太ももからは虫が離れたみたい。でもどこに飛んでったのかは見てなかった。


 そのままバランスを崩しつつ私は脚を床に--


「だめぇぇぇぇぇっ!!」「ジャンピエールっ!!」


 --ぐしゃっ。


 *******************


 --生徒会の2人が私を尋ねてきた。

 あの人達のことは覚えてない。なにせ、私は1年近く学校に来てなかった--

 いや、来れなかったから……


 あの人達が言うには、私が……浅野詩音がこの学校の生徒会を潰したみたい。


 とてつもない罪悪感と焦燥……

 早く……伝えなくちゃ……


 謝りたい、ちゃんと説明しなきゃって気持ちが大きくなる。でも、それよりも、何よりも……

 私の中には美夜のことがあった……


 ……ってかどこ行ったのあの2人?


 何やら大騒ぎになってる廊下をくぐり抜けて、人に尋ねたら2人を見た人が居た。


 聞いた通りに、私は保健室に走る……


「居た!」


 保健室の前の廊下から、室内を伺う2人の姿がそこにあった。

 私は気持ちを落ち着け、勇気を振り絞りつつ、ちゃんと話すべきことを頭の中で整理してから2人の背中に声をかけた。


「……ねぇ!まだ話の途中--」

「うるさい!!誰あんた!!」「今大事なことなんだから、黙っててよ!!」


 ……だ、誰?誰って……


「いや、さっきまで話して--」

「後にしてよ!手術中なの今!!」「見てわかんない!?」


 いや分かんない。手術?なんの?保健室で?


 2人の肩越しに保健室の中を伺う。

 そこでは養護教諭の先生が事務机に向かって身をかがめ何やら手元を動かしてる。真剣な眼差し--というか、困り果てたような表情をしてる。


 で、机の上にはひっくり返って腹の裂けた…これ、さっきの虫!?


「……手術って…まさかあれ?」


 信じられないことに保健室で虫のオペ?が行われている。さらに信じられないことにそれを2人の女生徒が固唾を呑んで見守ってる。


 ……なに?この人達……


 やがて保健室の先生がはぁーっと深いため息を吐いてからゆっくり机の前を離れた。その足で廊下から室内を覗く2人の元に……


「……手はつくしたけどダメだったよ。ここに運ばれた時点で、手遅れだった」


 先生の言葉に、2人が膝から崩れ落ちた。2人の目には大粒の雫が溜まってた。

 ……………………??????


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」「ジャンピエールゥゥゥゥっ!!」


 しかも泣き出した。

 ???????????????


 縋り付くように、涙を零しながら、転がり込むように保健室へと2人が雪崩込む。先生はなんだか色々含みのある複雑な眼差しを2人に向けていた。


「……君は?」

「あ、えと、あの二人に話が……」

「……後にしてやってくれ。今は……ね?」


 ………………???????


 先生はそう告げてから静かに扉を閉めて、私は静かに保健室から締め出されて……



 ????????????????


 ………………なに?この学校。

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