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みんなの新年十人十色

 12月31日。

 一年の終わりを名残り惜しむ人々が残り1日を噛み締め歩く大晦日。


 --そして私は可愛い。

 一年の締めくくりに街に繰り出してこの美貌をみんなの目に焼き付けさせる。今年を幸せな気持ちで終わらせてあげるのも私の責務。

 乾いた冬の風が髪をなびかせ、心に引っかかる寂しさと私の横顔が美の調和を成立させる。

 場所はオシャレなカフェの屋外テラス席。ホットココアが身に染みる。席から眺める街中は買い物客で賑わってる。

 物憂げに人波を眺める美少女--皆が目を奪われる降臨せし美の権化の心境や……


 ……あーあ、もうすぐ冬休みも終わりか。


 大晦日はワクワクするのに、正月明けたらすぐ学校が始まる。正月は待ち遠しいのに新学期はいつまでも来ないで欲しい……このジレンマ。


 さて、今私の後ろに1組のカップルが座ってる。

 カップルが放つ険悪な空気が背中越しにビシビシと伝わってくる。修羅場の予感。これはいけない、イヤホンでLISTEN TO THE MUSICしてる場合じゃない。


 なんだろう……別れ話かな?破局した瞬間男が私の方に声掛けてきたらどうしよう……


「……」

「ねぇ、たっくん」


 ちらっと振り向いた先、私に背中を向けた長い髪を後ろで編み込んだ彼女さんが彼氏ことたっくんに冷たい声をかけている。

 彼女さんと向かい合ったたっくんがテーブルの一点を見つめて黙りこくってる。


 そしてふたつのカップの間に置かれたのは…卓上のテープカッター。


「これ、分かる?」

「……テープ」

「昨日私の家に来たよね?使ったでしょ?これ…」

「……うん」


 彼女さんが荒々しくテーブルを叩く。たっくんの肩がびくりと跳ねる。


「これ!見て!!テープの端、どうなってる!?」

「……見当たらないね」

「見当たらないねじゃないでしょ!?これ!!」


 2人の重たい空気の渦中、置かれたテープカッターのカッター部分には本来引っ付いてるはずのテープの端が無かった。

 つまりテープ本体にくっ付いてるってこと…


「これ!!もう使えないじゃん!!ねぇたっくん!!」

「そんな…っ!端を剥がせばまだ使えるじゃないか。まだテープだってこんなに残って--」

「言い訳しないで!!この引っ付いた端を探すのにどれだけ苦労すると思ってるの!!しかもこれ!!端を剥がして伸ばす時、絶ッ対綺麗に取れない!!ビーって半分くらいのところで裂けるに決まってるんだから!!」


 ………………

 これは、修羅場。たっくんはやってはいけないことをしてしまった。しかも、人のテープで……

 彼女さんの剣幕。このまま破局まであるよ、マジで。


「綺麗に剥がせなかったらどうするつもり!?ねぇ!!たっくんっていっつもそうだよね!?」

「おい、たったそれくらいの事でそんなに怒ることないだろ?そんなに責められないといけないことなのか!?いい加減にしてくれよ!!」

「テープだけの話じゃないのよ!!トイレの便座も下ろさないしスリッパも揃えないしご馳走様の時箸も適当に置くじゃない!!私、そういう大雑把なとこ我慢できない!!もう無理!」

「何が無理なんだよ」

「テープの端をきちんと伸ばしておけない人とやっていけないってこと!!」

「別れるってのか?テープの端で!?そんな馬鹿な話ある?」

「そうやってなんでも真剣に捉えないとこも無理」

「お前が神経質すぎるんだ!!」

「あんたが大雑把すぎるの!!」


 わぁぁ!破局だ破局!はわはわしてきた。なんで私がハラハラドキドキしてるんだろ。でもこれは貴重な瞬間に立ち会えてるのでは…?


「なんなんだよ……折角大事な話があったってのに……顔を合わせてすぐこれかよ…俺とテープどっちが大事なんだ……」

「そんなのテープに決まってるじゃん」


 酷くない?


「話ってなに?一応聞くだけ聞いてあげるけど……」


 彼女さんが話を振ってくれてたっくんは不機嫌そうながらジャケットの内側に手を入れて手の中の物をテーブルに置いた。


 それは指輪のケース。


 最悪のタイミングと言っていいだろう。端を見失ったテープと婚約指輪が並んでる。たっくん、きっと今日の為にお金を貯めて……

 なのにテープの端ひとつで2人の関係は終わってしまう……人生ってほんとに何があるか分かんない……


「……これって」

「そうだよ……でも、もうこれも必要ないな。お前がこれで終わりってんなら」


 たっくん、指輪を仕舞おうと手を伸ばす。その手に重なったのは彼女さんの手だった。

 重なる手と視線……2人の瞳が交差する。


「……なんだよ」

「え…たっくんこれ……だって今は大事な時期だから結婚はって……」

「仕事よりお前との未来だろ。俺はテープの端より、愛子が大事だ」

「たっくん……」


 彼女さんの声が震えてる。

 たかがテープの端、婚約指輪の重さには替えられない。危うく破局かと思われた2人の恋路。これはこれで貴重な瞬間、だってひとつの恋のゴールを見届けたんだもの……


 これ以上は野暮ってもの。私は視線を前に戻してイヤホンをつけた。2人の幸せを願いつつココアを口に含む。


「--サイテーっ!!」


 直後、軽快なJポップに割り込んだ彼女の声と共にパァンと頬を打つ音。

 何事かと振り返った私の視線と彼女さんの震える唇がすれ違った。


 呆然とするたっくん。テーブルに転がる指輪ケース。


 たっくん……それはあんまりだ。


 虚しく転がる指輪のケース、その中身は愛おしい人の指に収まることなく……


 だってそもそも空っぽだもの。


「……あぁ、指輪……家に忘れた……」

「……たっくん」


 *******************


「どうしたんです?兵長。こんな時間に……」


 ぼちぼち年明けというタイミング、僕の鼓膜を打ったのは除夜の鐘ではなく小倉先輩からの着信音。

 なんだよこんな日にって舌打ちしつつ電話に出た先で小倉先輩の声は震えてた。


「……先輩?」

『橋本軍曹…聞いてくれ……拙者……オーディション……っ、オーディション受かった』


 は?

 オーディションって、あの?この前受けてきたっていうアイドルオーディション?

 まさかそんな……


「年末に寝言言わないでください」

『本当だよ!!受かったんだ!事務所が打ち出す新プロジェクト、『デブ専48』のメンバーに練習生としてどうだって……打診が……』


 で、デブ専48?


『と、とにかく会って話すでござる…そうだ、初詣一緒に行こう』


 なんであんたと初詣行かなきゃならんのですか?って言いかけたけどすんでで呑み込んで了承した。

 だって信じられないもん。いや、別に応援してないとかそういうんじゃないけど……


「お母さんー、僕ちょっと出かけ--」


 台所で蕎麦の用意をしているであろう母さんに声をあげた時、またしても僕のスマホが着信を告げた。

 こんなに立て続けに連絡があるなんて前世以来だ……何事?


「……しかも、女子だと…?」


 夢ですかこれ?初夢?戦慄する僕。いや初詣に小倉先輩は最悪だろ。


 --宇佐川さん


 着信画面にはそうあった。

 え?女子と電話?そんなの学校で習ってない。なんて言えば…?とりあえず挨拶……?


『もしもし?』

「شام بخیر!」

『は?』

「なななななんですか!?」

『初詣行かない?今から…』


 ………………っ!!


 *******************


 ここら辺で初詣と言えば髪減多神社かみへったじんじゃしかない。


 落ちていってしまいそうな底なしの暗さの下、白い息で眼鏡を曇らせながら歩く僕の耳に遠くから除夜の鐘が響く……


 こんなことってあるんですか…?

 女の子と初詣??女の子とお出かけ??女の子と学校以外の場所で会話??コンビニのレジですら相手が女の子だったら口を聞いてもらえないこの僕が?????


 宇佐川さんといえば夏休み公園で出会った他校の女の子……

 初めて会ってからしばらく会ってなかったし、もう会うこともないと思ってたけど、夏休みの終わり頃女の子に首輪とリード繋いで散歩してるのにたまたま遭遇して連絡先を交換した。

 それから体育祭に遊びに来たり、なにかとそれとなーくぼちぼちな北海道から宮城県くらいの距離感な付き合いが続いてたけど……


 ……まさか呼び出しくらって出向くことになるとは……


 こんなにドキがムネムネしてるのはいつぶりだろうか?いや落ち着け。僕はそんな馬鹿じゃない。

 別に向こうも1人とは限らないじゃないか。浮かれるな。調子に乗るな。


 ……でも、これってなんだか…


「ママー!あのお兄ちゃん顔が溶けてるよ!」

「しっ!見ちゃいけません!!」

「新年早々とんでもない奴とすれ違っちまった……」



 時速40キロで呼び出された神社に到着。早すぎたのか宇佐川さんの姿はない。新年早々まだ数分も経ってないのにもう参拝客で境内はいっぱいだ。

 落ち着け……ここは冷静に……慌てて来ました感出したらダサい。余裕をもってだな……


「ああ?全然待ってないよ?今来たとこ……よし」

「よし、じゃない。こっちは待ってんだよ」

「ぎゃわっち!?」


 ドスの効いた声に背中を刺されて振り返った先には分厚いコートとマフラーを完備した宇佐川さんの姿があった。

 口元をマフラーに埋めて、鼻の頭を赤くした宇佐川さんがヤクザ顔負けの眼光を覗かせている。


「わわっ!気づかなったでしゅ!ごめ--」


 その時、宇佐川さんの後ろから顔を覗かせる彼女以上の凶悪な人相に喉が引きつった。息が止まるかと思った。


 宇佐川さんより頭ひとつ分くらい背の高い、高級感ある黒髪ロングの美少女。モデルかよ。

 しかしそんな端正な容姿も僕を睨みつける顔つきで台無し。もう顔だけで人殺せそう。


 ……あれ?でもこの人見たことある……


「……結愛、誰これ?」

「懇意にしてる男性」

「「こここここここ懇意!?」」


 僕と宇佐川さんの連れと声が重なってなんでもお前までびっくりしてんだよって顔で睨まれた。


 --懇意とは!

 親しく交際して、仲の良い間柄のこと。

 うん?間違いじゃない……よね?しかしそんな……懇意なんて……


「……何笑ってんだ気持ち悪い。ケツにパイプオルガンぶち込むよ?」


 ……宇佐川さんて、怖いんだよなぁ。


「これ、有吉。この前友達になった」


 実に淡白な紹介。


「結愛!結愛!?こいつまさか……彼氏…とかじゃないよね!?違うよね?ね!!」

「おすわり」

「わん!!」


 座った……え?なにこれ?

 従順な変態さんに宇佐川さんブチ切れ。


「ぶひぃだろうがっ!!」

「ぶっ、ぶひぃぃぃっ!!」


 スパーンッと気持ちのいい音と共に叩かれたぶひぃさんのケツが揺れる。ハレンチだ。いいものを見た。


 ……でもそっか。友達が一緒か……

 そうだよね?何を期待した橋本よ。さっき何度も自分に言い聞かせたろ?


「ははははは……」

「気持ち悪いな2人とも……早くお参りして帰ろ。おい、賽銭出せ」

「ぶひぃっ!!」


 ……ホントに友達?五円玉を秒で差し出すぶひぃさん。なんだか色々心配になってきた。


「橋本の分も」

「ぺっ!!」

「…………」


 あれですか?僕はお参りの時唾を吐けばいいってことですか?ありがとうございます。タンの絡んだ唾でも美少女のなら汚くない。



 流石に参拝客は多くて行列だ。僕らは窮屈に肩を寄せ合いながら順番をひたすら待つ。風が人垣をすり抜ける度気力と体温を奪われる。


「ねぇ…結愛?なんで?2人で行こうって言ったじゃん……」

「え?だから誘った。2人じゃない方が喜ぶと思って……」

「はえ?どゆことぉ……?」

「お前Mだろ?」

「ぶひ」


 気になる……二人の関係が……「こいつ友達」って他人に紹介する人って、大体その人友達じゃないし……

 てか?え?僕はSMプレイの一環で呼ばれた…?


「最近どう?」

「え?どうとは…?」

「アイドルレッスン……成れそう?」

「いや……うん、まぁ……」

「は?」

「いやぁ…1人でやってるから、上達具合とかよく分かんなくて…はは」

「今度見てあげるよ」

「いや恥ずかしいから……」

「ぶひぃっ!!なんの話!?あたしも交ぜて!!」

「は?豚が人と喋れる訳ないでしょ?」

「ぶひぃっ!!」


 ぶひぶひ言ってる間に拝殿までたどり着いた。なんかここに来るだけでどっと疲れたよ……


 まぁ、なんだかんだ言っても、美少女2人とお参りだ。これがリア充の世界…いやもはや石油王……


 賽銭を投げ入れて丁寧にお参りする。心の中で願い事を唱える。


 ……アイドルになってちやほやされますように。


「結愛は何お願いしたの?」

「…………」

「あれ?なんで無視?ぶひ?」

「お前は?」

「あ、あたし……?結愛とずっと仲良く出来ますようにって……」

「反吐が出るね」

「ぶひぃっ!?」


 拝殿から離れながら歩く2人と豚1匹。

 敷石のジャリジャリした足音が雑踏に紛れて消える中、宇佐川さんが隣の僕をじっと見つめた。


「……橋本は?なんてお願いした?」

「……まぁ、その…秘密」

「はぁーーーーーー?あんたのお願いとかくっっっっそどーでもいいけど、結愛が訊いてんのになにが秘密よ!さっさと喋れ!!豚にするぞ?」

「はひぃっ!?……か、家内安全とかそんなんです…スミマセン……」

「ちっ、つまんねーな」


 なんでそんなに悪態吐かれる必要があるの?


「……宇佐川さんは?」

「はぁぁぁぁーーーーーーあ?おめーごときが結愛に話しかけ--」

「うるさい。豚が二足歩行すんな」

「ぶひぃっ!!」


 思いっっきり蔑んだ目線を下に向けながらぶひぃさんの髪をリード代わりに引っ張ってるのを見てようやく理解した。これもひとつの友情なんだって。もうそう思うことにした。


「あ、お守り買お。橋本も…金は有吉出すから」

「ぶひぃぃぃっ!!」

「あの……宇佐川さん?周りが引いてる……」

「大丈夫、こいつ家金持ちだし」

「違うそうじゃない……」


 もう離れて歩きたい……

 そんな2人とお守りを選ぶ最中、隣の宇佐川さんがひとつのお守りを手に持った。


 --恋愛成就


 そのお守りを見た瞬間、なんでか胸に大きな穴が空いた気がした。

 はは、滑稽だな。僕……


 僕らがそれぞれお守りを選び、ぶひぃさんが買ってる間に宇佐川さんはそそくさと売り場を離れる。僕もなんとなしにその後ろについて行った。

 人混みが嫌なのかと思ったその時、宇佐川さんが突然くるりと体の向きを変えて僕を見つめてきた。


 ……正直怖いです。目が……


「……っ!」

「橋本」

「はっ!!」

「…………?うん、あのね」


 なんだ?まさか僕にまで豚になれと……?


 震えながら彼女の言葉を待っていると宇佐川さんは視線をふいっと逸らしてから蕾みたいな唇を小さく開いた。


「……お願い、あんたのことお願いしたよ」

「……………………は?」


 ……………………………………………………………………………………………………………………???????


 頭の中で宇宙が回る。土星の輪っかってなんなんだろ……不思議だなぁ……


 ぽかんとする僕をちらりと見た宇佐川さんが眉根を寄せてふんっと鼻を鳴らした。


「……何言ってんのって話だね。忘れて……」

 …………………………………………………………………………………………?????


「結愛ちゅわぁぁんっ!!お守り買ってきたよぉぉんっ!!」


 なんだか様子がおかしい宇佐川さんと走る豚と回る宇宙と……


 僕の新年はどうなってしまうんでしょうか?


 ………………あ、小倉先輩、忘れてた。


「……痛っ!?なんで蹴るの!?宇佐川さん!!」

「……死んどけ」


 !?

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