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大事な話はタイミング図れ

 ウチの家から電車で4駅くらい離れた所…外出もはばかられるレベルの寒さが続く中ウチはわざわざ足を運んどった。


 ナースセンターで病室を訪ねて幽霊の住み着く院内を歩く。結構新しい病院らしくて中は綺麗。

 それにしても、ほんとに入院しとる。

 テレビの特集は作り話かと思たけどストーカーしてトラックにはねられたんはホンマなんやろか……


 --コンコン


「どなたですか?2回ノックはトイレですよ?ここはトイレではありません」


 ただノックしただけでこんなにムカつくのは奴しか居らんな……


「やかましい。ノックの回数とか何回でもええやろ。やかましい事言いよったら次から2348回叩くぞ?」

「あーっ、ちょっとまだ入らないで!?何の為のノック!?全くこれだから--え?」


 入室したウチを見て女に脱糞させて幽霊相手に痴漢する男の風上にも置けんクソ野郎がぽかんとした目をした。

 直ぐに顔から血の気が引いて動き辛そうにベッドの上でウチから距離を取った。

 こないな美少女が見舞いに来てこの態度…失礼すぎて50回地獄に落ちても足りんわ。


「えー…なんでここに…?もしかして俺への付きまとい…?探偵とか使って居場所調べた…?え?怖い……」

「やかましいわ。テレビで堂々と入院しとる言うとったやんけ。心霊特番観たわ」

「……っ!なに?どうやってあれだけの情報からここを……そもそもなぜ俺だと……」

「街の名前言うとったし知り合いにストーカー対策頼まれた九州地方在住のくーちゃんはおどれしか居らんやん」

「……それだけの情報で…俺とお前の絆の強さを実感した。お兄さん感動です」

「やかましいねん。絆とかないわ」

「ええ…すごいツンケンしてる……わざわざ見舞いに来てその態度って。文化祭の仲直りはなんだったのさ……」

「せやったな」


 ほうほう油断しとるみたいやな。たこ焼き食わせた甲斐があったわ。


「まぁあれや…ウチの無茶ぶりでこうなったんやろ?見舞いにくらい来るわ。大丈夫か?」

「死ぬかと思った」

「せやろな……美玲がお礼言いよったで?今度お礼させてくれて。モテモテやな」

「お前の無茶ぶり聞いたんだから、お前もなんかお礼してよ」

「せやけんこうやってわざわざ足を運んどるんやんけ」

「お見舞いは?」

「お好み焼きとタバスコ」

「重いなぁ……」

「ほんで?どない経緯でトラックにはねられたん?」

「だからストーカーをストーカーしてる最中に道路に飛び出したんだよ。そしたら轢かれた」

「こんなに訳分からん説明ある?」

「しかし誰にも連絡取ってないのに見舞いが来るなんて感激だなぁ……みんなに愛されてるのを実感する。なぁ?脱糞女」

「は?こんなに鮮やかに会話の流れで喧嘩売られたん初めてなんやけど。やるか?」


 *******************


「……あー、やっちゃったねぇ」


 左の足を触りながら老齢のおばあさん医師が苦い顔をした。胸の中にドロっとした重い恐怖感を感じる。


「疲労骨折だね…完全にやっちゃってるよ。これは時間かかるよ……」

「……そう、ですか」

「違和感とかあったろ?どうして早いうちに診察来なかったの?」

「練習忙しくて……」

「完全骨折だからね…時間かかるよこれは…手術だね」

「手術……ですか。どれくらいで治りますか?」

「……普通なら2ヶ月くらいなんだけど…もう少しかかるね。当然治るまで走れないよ」



 --中足骨疲労骨折、ジョーンズ骨折だった。

 左足を庇いながら歩くと圧痛が襲ってくる。ひ弱な自分の足が恨めしい……


 完治には3ヶ月は見た方がいいと言われた…今が12月末だから、つまり来年の3月末。

 来年の陸上インターハイの地方予選……4月から練習を再開して仕上がるだろうか……大会は5月末だから……


「速水さんー、速水莉央さんー」


 受付で呼ばれて歩くだけでズキズキと重たい痛みが足の甲にのしかかる。状態がかなり悪いのが自分でも分かる。

 治ったとして、まともに走れるようになるの……?そんな不安が拭いきれない。

 なにより、『手術』っていう単語が重くのしかかってた。


 ……大丈夫。

 私は陸上部のエースよ?これくらいなんてことない。私には走りの才があるんだから…

 走れる。インターハイだって出られる……みんな私に期待してるんだから……


「……帰ろ」


 ほんとなら今日も自主練だったんだけど……こうなっては仕方ない。

 これから三学期に入って、周りが練習でメキメキタイムを伸ばしていくのを眺める走れない自分を想像したら、気分が晴れない。

 真冬の青空すら酷く憎たらしい。


 ……やめやめ。

 嫌なこと引きずっても仕方ないよ?切り替えろ。走れなくても、練習はできる。

 今日は久しぶりに甘いものでも食べよう。最近練習ばっかで--


「……あっ」


 私の視界を横切った横顔に私は間抜けな声を漏らしてた。

 病院の1階ロビーをぼーっとした顔で歩く女。その横顔には覚えがあった。

 というか、忘れたくても忘れられない。


 あれは今年の体育祭、女子100メートル。

 私を前に圧倒的な走りとオナラで1位をもぎ取り、その上私を最下位にまで追いやった悪魔のような女。


「……っ、ちょっと!!」

「っ!?うわびっくりした…なに?あれ?」


 何をしてるの?声をかけてどうするというの?

 突然の大声に自分含めロビーのみんなが私を見たけど、呼び止められた本人である彼女が1番びっくりしてた。


「……えっと、同じ学校よな?確か陸上部の……?」

「……っ」


 覚えてた…私のことを……


「あれ…?どないしたん病院なんかで…?ん?あれ?足やったん?」


 この無神経関西弁女が……

 どんよりした私の気持ちも知らないで軽いノリで心配するような振る舞いを見せる。心配より好奇心。一体どうしたとしつこく尋ねてきた。


 さっき切り替えろと言い聞かせたのに、また心にシワが寄るよ……


 *******************


 何となく成り行きで私達はケーキ屋さんへ。

 そんなに事情が気になるなら話してやるって気になったのと、甘いもの食べたい気分だったから。


「へぇ…速水言うんやな。ウチ楠畑香菜、香菜って呼んでや」


 まさかのこの速水を知らないとは…因縁の相手に眼中に無いような物言いをされて早速気分が悪い。

 あーあ、ほんとに最近ついてない……


「速水はここら辺住んどるん?」

「家が近くなの。ここのケーキ屋さん美味しいんだ。イートンコーナーもあって店ですぐ食べられるし…そんなに繁盛してなくて静かで居心地……」


 --カランカラン


「いいん--」

「お客様…困ります。その……」

「なんですか?」「私達3名って言ってるじゃないですか」

「いえ、ですので--」

「まさか!小竹丸はお客として認めないと!?」「風香!!この店酷いよ!どこがいい店なの!?ふざけてる!!」

「ですから…他のお客様のご迷惑になりますので、クワガタの幼虫の持ち込みは……」

「なんで!?」「ふざけないで!!じゃあ太郎丸も入るなって言うの!?」

「お客様……申し訳ございません。スローロリスのご来店もちょっと……」

「なんて店…っ、信じられない!!」「訴えるよ!?霊長類には人権がないってか!!」


「………………」

「なんや、あれ?」



 --驚いたことに店で揉めてた馬鹿2人は“元”生徒会役員の長篠風香と田畑レンだった。

 クワガタの幼虫とスローロリスなる猿を店に連れ込もうとして入店拒否されていた。


 私達が仲介に入って何とか店に入れて貰えた。ちなみにクワガタと猿は店の軒先で待機中。


 なんか成り行きで4人になってしまった……


「あなたあれでしょ?生徒会長立候補してたよね?」「まじ残念だったねー。ほんとに浅野の奴…」


 ケーキとドリンクを頼んで席に着くと、2人が早速私の心のしこりをほじくりだした。


「…そや、結局生徒会は解体されるん?」

「うん。あーあ、まぁ1年できたし良しとするかね……」「楠畑さん、こんな日に冷たいジュース飲んだら腹壊すよ?」

「…なんかあんたらと最近会った?」

「あー…なんかさ、夢で会った気が……」「ね?楠畑さん見たよ?夢で……まぁいいや」


 長篠と田畑はテーブルの下で極力負荷をかけないようにしてる私の左足をじっと見つめた。


「…速水さん、足どーしたの?」


 長い前髪を指でかき分ける田畑が興味津々に尋ねてきた。さっきから落ち着きなく脚をテーブルの下でバタつかせてる。


 --ガツンッ


「痛った!?」

「あ、ごめ」「レン!?お前って奴は…」


 フラグ回収が早すぎる。硬い靴のつま先が骨の折れた足の甲を容赦なく叩きつけた。


「〜〜っ!骨折!!したの!練習中に!!」

「あー」「あー」「…そら災難やったな。速水陸上部よな?治るんやろ?」

「…3ヶ月かかるって言われた。練習期間考えたら大会ギリギリだ……」


 私はドロっとした心中を吐露する。


「私はインターハイに出たいのに…こんなコンディションで地区大会の予選を突破できっこない」

「……」「…だ、大丈夫だよ、速水さん足早いじゃん?ね?風香?」

「体育祭の醜態を見てもそう言える?」

「「…………」」「ウチを見んなや」

「いいんだ…結果が全て…この怪我も私の不注意が原因……大会は諦めるしかないかも……」

「……まぁ、よく分かんないけど、次もあるんでしょ?」「そーだよ。インターハイ出られないのは残念だけど……いやまだ決まった訳じゃないしね?」

「無理だ…予選には化け物みたいに速い奴が出てくるから…今から仕上げないと間に合わない。」

「「「……」」」


 次から次にメガティブな発言が飛び出す。大丈夫ってさっき言い聞かせたのに。分かってるんだ。自分の実力は。


 私は天才じゃない。本当は才能ない。努力の数は誰にも負けない。それだけでここまで来た。

 だからこそ、この療養期間は致命的なんだ。私は毎日走らなきゃいけないのに。


「……なんか、深刻そうだね?」「走るの…好きなんだ……」

「……うん。好き。私には他にないの」


 自分で口から出た言葉が凄く重たい声音なのを自覚する。それは胸の中からそのまま吐き出された濁りそのもの……


「ずっと走ってきたから…」


 *******************


「--私は昔、運動が大嫌いだった」


 なんか突然回想が始まってもうた。昔ってどれくらい昔なんやろ?長くなるそれ?


 ……アカン、腹痛い。

 長篠と田畑の言う通りやった。こんな寒い日に氷の入ったジュースなんか飲むんやなかった。腹が……ア、アカン。これは長くは持たんで?

 ジョーダンやないぞ…銀行、遠足と来て今度はケーキ屋!?アカン、今回ばかりは漏らせへん!!


 すぐにトイレに--


「小学生の時から運動は苦手でどん臭くて、学校のマラソン大会は酷く苦痛だったの」

「……」「……」


 アカン、そんな雰囲気ちゃう。

 これ絶対重い話や……長篠も田畑も真剣に聞いとる。このタイミングで「ごめん、ちょっとウ○コ」とは言えへんやろ。最悪や。


 耐えるしかない--この話が終わるまで……


「でもね、ある日学校に陸上のオリンピック選手が講習に来て…実際に走って見せてくれたの。あの時の彼女の走りを見て私、陸上したいって思ったんだ…」


 あとどんくらい!?まだかかる?こっちは早くも限界きとる!


「子供の頃にアスリートを生で見て、自分の夢が決まるってよくあることだと思うけど……私の場合がそれだったの。その時に私その選手に言ったんだ…「私もあなたみたいになりたいです」って。そしたらその人こう言ったの。「私みたいになる必要はない、自分の走りをしたらいい。世界で待ってる」って…」

「へー…」「なんかカッコイイ」

「私足遅くて…今でこそ期待の新人ってちやほやされてるけど本当は才能なんてない。人一倍走るのが好きで、努力しただけ…」


 ヤバい。今の前置きって感じ?あとなん割りくらいやろか…


「初めて1等賞を取ったのは小5の体育祭だった…それまでいっつもドベで、走りたくないなって思ってたけど、その時は1位になれた。首にかけられた安っぽいダンボールの金メダルが、すごく嬉しかったの。あの時の感動に私は虜になったの」


 --ギュルルルルルルッ


「走ることだけ--それしか考えてこなかった。あの日私を魅了した選手の「世界で待ってる」って言葉が忘れられないの。ただのリップサービスだろうけど…私はあの人みたいになりたいの」


 なったらいいやん。なれるて、アカン!!

 出てきそうや。もう出てきそうや!今朝のトーストと目玉焼きの絞りカスがっ!!


「私にとって高校のインターハイはとっても大事なんだ…馬鹿馬鹿しいけど、私はいつか陸上でオリンピックに出たいの。人より足の遅い私は人より練習しなきゃいけないのに…」


 労わるように、憎らしそうに、愛憎入り混じった手つきで自分の足を撫でる速水。そして憎たらしい以外ない手つきで腹を撫でる自分。今は少しでも腹を温めなアカン……


「そっか…」「諦めきれないんだ」

「遊びも色恋も興味無い。私はずっとあの時の走りに魅せられてる」

「だったら諦める暇なんてないっしょ?」


 そうや田畑いいこと言うやん!諦めたらアカン!

 田畑の激励に挫けかけた肛門括約筋をグッと締める。


「でも……」

「別にもう勝てないって決まったわけじゃないんだからさ?」「それに速水さんにはまだいっぱいチャンスあるよ?」


 長篠と田畑が力強く速水の両手を握った。

 あ、これ話〆に入っとるな?あと少しやな。


「大好きなら、1回の挫折くらいで諦めてる暇無いよ?」

「……長篠」


 もうええ?ええかな?ええやろか?


「すまんちょっとお手--」

「ね?楠畑!!」

「おぉう!?せやな!!ウチもそう思う!!」


 くっそ!


「あとさ、話聞いてて思ったんだけど…速水さんは少し気負いすぎなのかなって…」


 それはちゃう。もう終わる流れやったろ長篠!!なんでまた掘り下げる!?

 いや落ち着け…気負いすぎや。一旦忘れよ。ウチは腹痛くない。痛くない…


 グギュルルルルルル


 あああああああアカン!?


「走るのすごい好きなのは分かったけど、結果出そう出そうって余裕無くなってる気がする。その余裕の無さが今回の怪我にも繋がったんじゃないかな?」

「余裕が無い…?」

「好きなことで追い詰められたら、つまんないじゃん?それに速水さんは自分で才能ないって言うけど、私達はそんなことないと思う」「要はもっと楽しもってことだよ」

「あのさ…トイ--」

「折角一生懸命熱くなれることなんだから」

「……みんな」


 速水の瞳が潤んできた。このタイミングだけはアカン。くそっ!最後まで付き合うしかないんか!?


「怪我しちゃったモンはしょうがないからさ、その上で出来うる限りの最大の努力をしよう。もちろん、勝つつもりで」


 長篠の言葉に速水が潤んだ瞳のまま「うん」と力強く頷いた。

 長篠も田畑も「何泣いてんのもー」と笑いながら速水を励ましとる。


 ……よし、終わったな?終わったよな?危ないとこやった……

 よし、早いとこウ○コ行こ。もう塞き止めるんも限界や。破裂する。


 内股でケツを庇いながらゆっくり立ち上がる。刺激するな…そっと、そっとやで?


「ちょっとウチ、トイレに--」

「楠畑さん」

「え!?なに!?」


 もう1秒でも早くトイレ行きたいウチを速水が呼び止めよった。なぜ?一体どうして?何の権利があって?


「脚が治ったら…練習付き合ってくれる?私、私を負かした楠畑さんとなら本気で練習できる気がするから」

「おー」「燃えてきたね、スポコンみたいだ」


 ……いや、あれはシューズのおかげ……


 --グルルルルルルルッギュポッ!!


「ああええよ?分かった分かった。任しとき!それよりトイ--」

「ね!今からちょっと練習しようよ!」「脚が治ってなくてもなんかできることない?てか、楠畑の走り見てみたい」


 今から!?何言い出すん!?正気か!


「…そうね、走り方のフォームとか参考になるかも……」


 なるか!!あんだけ熱く陸上語っとってなに適当吐かしてん速水!!おどれの目節穴か!!


「…いや、ちょっと--」

「よぉし!善は急げ!!」「すぐそこに空き地あるし……」


 話聞けや。

 こいつらあれか?意地でもウチにウ○コ行かせん気か?悪魔かこいつら。

 もう付き合うてられん!ウチはトイレに……


 その時、暖かい感触が手を包み込むようにウチを引き留めた。その先には初めて会った時が嘘みたいな柔らかい表情した速水の姿。


「お願い」


 ……ええ?


「行くぞ!」「レッツゴー!!」


 えええええええええええええええええええええっ!?

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