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これってあたしがいじめられてません?

 朝登校して下駄箱を覗けば靴があり、教室に入れば当たり前に机がある。挨拶も罵詈雑言も飛んでこない。なんてことないひとりぼっちの学校…

 ずっと生き地獄の中で焼かれてきた私の毎日が、途端になんでもない音のない世界になった。


 宇佐川結愛ーー私はもういじめられっ子じゃない。


 耐えて耐えてーー限界まで耐えて、いよいよダメになりそうだった時、戦えばいいと教わった。

 ……その結果。


 「ねぇ」

 「っ⁉︎ひっ‼︎な、なに⁉︎」

 「黒板の張り紙なんて書いてる?ここからじゃ見えなくてーー」

 「すみませんすみません‼︎」

 「は?」

 「ひぃぃっ‼︎すみませんでした‼︎」


 「…ちょっといい?あのさーー」

 「っ‼︎宇佐川⁉︎」「ヤベェ逃げろ‼︎また鼻フックされるぞ‼︎」「こ、殺される…」


 「……ちょっと訊きたいんだけどーー」

 「椅子ですか‼︎分かりました‼︎椅子になりますんで殴らないでください‼︎」

 「………」


 私はクラスの中で恐怖の象徴と化していた。

 

 …まぁ別に?大嫌いなクラスメイトがビクビクするのを見るのは愉快だけど…なんか私が血も涙もない冷徹女みたいな扱いなのは気に食わない。

 そもそも血も涙もないのはこいつらの方でーー靴とか体操着とか泥まみれにされたり、机外に出されてたり、お弁当に汚水ぶっかけられたり、服をひん剥かれて見せ物にされたり…

 そういういじめに対して至って普通に抵抗する…嫌なことを嫌だって言うようになっただけ。

 それだけ……


 悪いのはあっちーーだから私も悪者になる。でもなにもして来ない奴らにまで手を出すほど見境いなくない。


 「宇佐川ぁ。お前またチョーシ乗ってんなぁ⁉︎」

 「ちょっと美奈子⁉︎」「こいつに絡むのやめよって言ったじゃん‼︎」

 「うるさい‼︎ムカつくから罰としてメロンパン買ってーー」


 私は恐怖のいじめっ子だけど、ちゃんと正当な理由がある。

 だからこいつらよりはマシ。


 「うるさいなぁ有吉‼︎朝っぱらから‼︎ねぇ⁉︎私今日寝不足で気分悪いの‼︎分かんないかなぁ⁉︎」

 「あっ……だから目の下に隈…え?体調悪い?」

 「うっせボケ‼︎殺すぞ⁉︎てか殺す‼︎死ね‼︎」

 「あぎゃぶふっ‼︎」

 「美奈子ー‼︎」「きゃぁぁぁぁっ‼︎」


 だから私がこいつを椅子でぶん殴るのも悪くない。こいつらよりはマシ。


 *******************


 周りが私を避けるようになっても有吉は相変わらず絡んでくるんだけど、それとは別なもう1組私にからんでくる奴らが居る。

 居るっていうか、出てきた。


 ーー今年最後の登校日。

 終業式が終わって教室に戻る途中、無言でいきなり私の襟を引っ張ってきた女子に体育館の裏まで引っ張られた。


 冬の太陽を区切る体育館の高い屋根が作る影の下には三人の女子が居た。

 みんな引っ張り出した私を前に並々ならぬ憎悪を滾らせた視線を向けていた。


 「…なに?」

 「なにじゃないでしょ?」


 またこいつらかと、辟易しながら要件を促すと、私を引っ張ってきた小太り女子が顔を赤くして怒りだす。


 彼女が地面に放り出したのはボロボロのペンケース。カッターか何かで切り裂かれた布製のペンケース。ボロボロすぎて分かり辛いけど新品っぽい。


 「あたしの」「引き出しに入れてたらこんなにされてた」「なんか言うことないの?」


 責め立てるように口々に私に謝罪を求めてくる3人…

 もちろん、私がやったわけじゃない。


 「お気の毒様」

 「ふざけんな‼︎」「あんたのせいでしょ⁉︎」


 罵倒と共に投げつけられたのは手のひらサイズの石だった。

 頭蓋骨の中で鈍い音が響いて、頭がブレる。激しい衝撃に目眩がした。


 「ちょっと…頭はやばいって」「死ぬって…」

 「カンケーないよ‼︎死ねよ‼︎あたしらが毎日どんな思いで学校来てんのか分かってる⁉︎」


 頬を伝って血が滴り落ちる。

 今までこんなに激しい事はなかったのに…この子らも限界みたい。


 ーーこいつらは数日前から私に絡んでくるようになった。水をかけられたり、頬を叩かれたり…

 頻度も低くその時だけの陰湿さのない、いじめというより八つ当たり的な彼女達の攻撃に対して、事情が事情なだけあって私は他の奴らみたいに反撃はしてこなかった。

 

 こいつらの言い分は分かってる…


 「全部こいつのせいじゃん‼︎こいつが抵抗しだしたから、いじめがあたし達に来たんじゃん‼︎こいつが大人しくやられてれば…っ!」

 「…そうだよ。なんなのあんた?自分ばっかり逃げて…周りのこと考えろよ‼︎」

 「全部お前のせいだ‼︎死ね‼︎」


 ……そう、こいつらはクラス内でも力の弱いーーいわゆるスクールカースト下位の子達。

 今まで私に集中してたいじめが、私をいじめられなくなってこいつらの方に来てしまったということ。


 腹に鈍い痛みを受けて私はその場に倒れ込む。私を蹴った女が上から顔を踏みつけてきた。

 頭の中が揺れるような衝撃、踵に乗った体重が何度も何度も私を容赦なく地面に叩きつけた。


 「お前のせいで‼︎お前のせいで…っ‼︎」


 鼻や口の中に広がる鉄の味を噛みしめながら…思う。

 私が悪いのか…?

 そうかもしれない。この子らの平穏を私が壊したわけじゃないけど、原因を作ったのは私かもしれない。


 私が…大人しくいじめられてれば…


 「はぁ…はぁ…」

 「ねぇ…起きないよ?」

 「やばいんじゃない?死んだ?」


 ……いや、やめた。


 私は痛みに負けないよう歯を食いしばって立ち上がる。その目は自分で分かるほど力が入って、先程までの無気力さはない。

 その証拠に3人は私を前に明らかに怯んだ。

 元々いじめられっ子、気が強いわけじゃない。

 でも弱くて抱え込むしかない子ほど、内で膨れ上がる強い感情がある…

 

 私が強くなれたんだ…こいつらだって、強くなる。


 「なによ…なによ‼︎その目‼︎反省してないね‼︎」

 「…反省?」

 「もっと痛い目見る?いつまでもそんな態度だったらーー」


 私を蹴りつけた小太り女が足下のペンケースからカッターナイフを取り出した。

 その手は震えてた。


 ーーまるで、あの日の公園の私だな。


 *******************


「美奈子ー、カラオケ行かね?」

「カラオケかぁ…」


 終業式が終わって午前中で終わり。腕時計で時間を確認して今日の予定と誘いを天秤にかける。

 塾は16時からだから時間あるけど…乗り気しないな。


「あたしはいい--」

「?」「え?」


 突然廊下から伸びてきた手が私の髪の毛をひん掴んで廊下に引っ張り出した。


「痛った……」


 いきなり女子の髪の毛掴むとは……しかも引っ張るって。

 敵意満々の視線を後ろに向ける。どこのどいつ!?痛い目に--


 あっ結愛っ!


「…宇佐川お前……いきなりなに--え?なんでそんなにボロボロなの?」


 また反射的に攻撃的な言葉を投げようとしたら、目の前に血だらけボロボロの結愛が立ってて絶句。


 え?どうしたの?え?え?


 よく見たらその後ろに3人の女子……結愛と同じようにボロボロ。蜂に刺されたんですかってくらい顔が腫れ上がってた。えっと名前は……忘れた。


「……ちょっとツラ貸せ」

「は?」

「来いっての」

「……あんた誰に--近い近いごめんなさい行きますすみません」


 超至近距離でガン飛ばされた。あああドキドキしちゃう!!



 --ずっと髪掴まれたままズルズル引きずられる。どこまで行くのかと思ったら学校の外まで……

 外に出てもずっとズルズル……


 ……これってもしかして、遊びに誘われてる!?

 放課後校外でツラ貸せってそういうことよね!?

 少しずつ少しずつ態度を柔らかくしてきた(つもり)甲斐があった!!ようやく実った!!

 私達ちゃんとした友達に--



 やって来たのは河川敷。

 枯れ枝を生やした寂しい桜の並ぶ川。地元じゃ有名な場所で春先には花見スポットになる。


 そんなところに連れてこられた。ところでこの3人はなんだろう?


「ちょっと……頭皮剥げるっていい加減離して--あだっ!?」


 離してくれた。ぶん投げられて地面を転がった。服が土だらけサイアク。


「……あの、宇佐川さん?あたし達もう反省したから……もう勘弁して下さい」「二度と絡みませんので……」「許して…許して……」


 ……ほんとに何があったの?


「…お前さ、こいつらいじめたろ?」

「……え?」


 え?


「こいつのペンケースズタズタにしたろ?」


 ……え?


「こいつでしょ?」

「いや…誰がやったかは…」「でも、こいつはいじめっ子のリーダーだし…」「ねぇ?」


 え?

 …それ、私じゃない。

 私結愛以外いじめてない……なぜ?

 てかあたしっていじめっ子のリーダーって認識なの?


「どー落とし前つけんの?」


 血だらけの顔でものすごい殺気を飛ばしてくる結愛。そこらのチンピラなら裸足で逃げ出す迫力。

 ジリジリとにじり寄ってくる結愛に後ずさるあたし。取り巻きの素行のせいで大ピンチだ。

 てかこいつらなに?結愛の友達?

 あたしにはあんなに塩対応だったのにこいつらとは仲良くしてんの?


「違う…あたし……」

「おい言い訳すんな。また豚になりたい?」

「ぶ、ぶひ…」


 もう決めつけにかかってるじゃん。酷い。

 酷いけど……結愛にしてきたことを考えれば当然なのかも……

 違うの結愛!あれは愛情表現なの!!


 呑気なこと言ってる場合じゃない。

 これあたし今からボコられるやつ?人気のない河川敷で背面の川の流れが追い詰めるように恐怖感を煽ってく。


「いいや、チャラにしてあげる」

「え?」

「は?」「てかこれどういう状況?」「宇佐川さん…私達の為に…?にしても許すかどうかはこっちの--」

「あ?」

「「「すみません」」」


 これがあの結愛さんですか?もう完全にスケバンですけど?


 ビビり散らすあたしらの見守る中で結愛が足下から拾い上げたもの……

 それは石。割と大きめな。


「ちょっと!!あたしじゃないんだってば!!ねぇ!!分かった!!謝るから!!謝るから許して!!そんなので殴られたら死ぬって!!」


 学園の女王のプライドも何も無い。地面に額を擦り付けて全力土下座。

 ヤバいヤバい。殺される…結愛が人殺しになっちゃう!!


「もういじめない?」

「いじめませんいじめません!!」

「じゃあ仲直りしようか」

「「「「……え?」」」」

「水切りで」


 *******************


 第1回、いじめっ子VSいじめられっ子、恐怖の水切り対決!!

 唐突に開催される水切り大会……

 なぜ水切り?

 もしかして結愛……いじめのせいで精神に異常でもきたした…?


「今から水切りして友達になろう」

「いや意味分かんない」「どゆこと…?」「水切りで仲直り……?」

「みんな…いつまでもいじめられてたことを引きずってても楽しくない。これで全部水に流して明日から仲良くする……それが1番だよ。人に八つ当たりしても、いつまでもいじめっ子をネチネチ恨んでも先に進まないから……向き合うのが1番」

「結愛……」


 この子……そっか、こいつらとあたしを仲直りさせる為に……?

 いやあたしはいじめてないけどね?しかも唐突に水切りってなんで?


「なんで水切り?」

「他に遊びを知らないから……」


 結愛……よっぽど友達居ないんじゃ……


「一緒に遊ぶのが1番だよ。始めようか」


 ダメだ何も言い返せない。怖いもん。


 結愛に流されるまま水切りを始めようとするあたしの髪が唐突に結愛に掴まれた。また?


「え?」

「じゃあ私が手本見せるから……見てて」

「は?え?」


 3人の見守る中でズルズルと川岸まであたしを引きずる。

 そのまま投擲フォームに入った結愛が掴んだままのあたしに……


「ちゃんと飛んでね?」

「は?」

「--ふんっ!!」


 グルンっと視界が回転して浮遊感があたしを襲う。風車みたいにクルクル回る視界に真っ白になる頭。パニクったあたしの頭に直後目の覚めるような冷水が降りかかる。


 いや違う。

 気付いてたらぶくぶくと川に沈んでるあたし……


 …………あたし投げられた?


「ぶはっ!?」


 幸い川底には足が着いた。慌てて水面に顔をあげるあたしを結愛とドン引きで見つめてる3人。


「全然飛ばないじゃん」

「え?」「水切りって人……?」「てか人ぶん投げるってどんだけの筋力?」


 あたしで水切り!?そりゃドン引きだわ!!

 これがあの結愛!?え?あたしらこんな子いじめてたの!?てかなんで今までされるがままだったの!?戦闘力めちゃ高いし!!


「いや…」

「私らはいいや……宇佐川さんみたいに飛ばせる自信ないし……」

「もう全部水に流したから!!もういいでしょ!?」

「…………は?」


 もう逃げ出す準備してる3人に結愛がギロリと目を向けた。もうヤクザのそれです。


「……飛ばせる自信?何言ってんの?」


 3人の内の小太りさんをひん掴んで結愛が大きく腕を振った!!結愛の腕の先で肉塊が踊る!!


「--お前らが飛ぶんだよ」


 *******************


 --一体何度投げられたろう。

 いい加減投げられ役も板について、後半には綺麗に水面を跳ねられるレベルにまで上達した。3人は投げられすぎて川に沈んだ。


 いや流石に限界。


「ねぇっ!!あのさ!!あたしなんにも悪くないからね!?いじめてないからあいつらのこと!!てかあいつらも投げるってどういうこと!?ちょっと意味分かんないんですけど!!」

「……」

「おい宇佐川!!」

「有吉…なんか勘違いしてる?」

「は?」

「こいつらは私を殴ったから投げたの。言ったじゃん、遊んで仲良くなって水に流そうって。これで許すってことだよ」


 ……は?


 結愛がボロボロなのはアイツらと喧嘩したからなの?え?じゃああいつらへの復讐なの?なんであたし投げられたの?


「……なんであたし投げたの?」

「は?」

「あたしいじめてないし、あの子らの為じゃないならあたしに八つ当たる理由ないし……」

「おい!!」

「ぶひっ!?」


 鼻がくっつくレベルで寄ってくる結愛が凶悪な人相で睨みを効かせる。もう寒いし怖いしやだ。

 そんなあたしのぐちゃぐちゃの思考に浴びせられたのは川の水より冷たい言葉だった。


「あんたが今まであたしに何したか忘れた!?」

「……っ」


 今までにない怒りの形相にぐうの音もでない。寒さとは関係なしに息が詰まって苦しい。まだ川の中に居るみたい……


「……ぅっ、うっ…ぐっ……」

「……泣きたいのはこっちなんだよ。今まで、何度涙を殺して耐えてきたか……」

「えぐっ……ひっ……ひっく……」


 あたしの髪の毛を掴んでブンブン揺さぶる結愛が、不意に毒気の取れた無表情に変わる。感情のメッキがストンと剥がれ落ちたような、冷たい視線。


「だから終わり。あんたさっき、もういじめないって言ったよね?これで全部水に流れたから」


 ……結愛。あんた……


 結愛の小さな手が差し出される。よく見たらボロボロだ。古傷もいっぱいある。これはあたし達がしてきたことの証……

 あたしはその手をそっと握った。花を潰さないように包み込むみたいに……


「今日から友達」

「結愛……結愛ぁぁ…」


 固く握った手のひらが……固く……痛い、痛たたたたたたた。痛いっ!?


「あの……力……痛んだけど…?」

「……遊ぼっか?」

「……え?」

「友達だから」



 --その後、あたしは対岸まで飛ぶくらいには水切り役を極めました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宇佐川さん怖すぎる タイトル見返して笑いました
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