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さよなら生徒会

 二学期最後の日--

 急遽執り行われた生徒総会であの物議を呼んだ生徒会選挙について話し合われることになった。


 議題は『生徒会は必要か否か』


 生徒会主催の生徒総会で全校生徒の投票が行われ、その結果に委ねられることとなる……

 生徒会自体が生徒の自主性を重んじている関係から、教師陣は生徒会の存続か解体かは生徒達の総意で決めたらいいと判断したのだ。


 早い話が逃げたのだ--と副会長は呟いていた。

 みんななんだかんだ思い入れがある。1年このメンバーで活動してきたのだ。

 それを今まで顔も見せなかった役員に不要ですなどと言われた彼らの心境は穏やかじゃない。ただでさえヘイトの溜まっていた彼らの浅野に対する不満は最高潮に達していた。


 唯一会長を除いてだが……


 終業式が午前中で終了し、投票を終えた生徒達が帰路に着く。

 追試や部活関係の生徒達を残すのみとなった校舎の静けさの中、生徒会室…


 生徒会メンバーが集まった室内で淡々と投票の集計が行われていた…

 ただ、肝心の主張をした張本人である浅野だけはやはり今日も出席しなかった。


「……えー、今日の欠席者14人を除いて…生徒会解体に賛成が619票、反対が101票、無効票が31票」


 花菱が集計結果をホワイトボードにまとめていく。その数字の意味するところは誰の目にも明白だった。


「……生徒会解散が可決された」


 副会長が沈んだ声と表情でそう結果を告げる。みんないつもより大人しくその結果を受け止めている。表情の裏の感情は推し量るのが難しい。

 特に田畑や長篠はどんな思いだろう……

 俺らはどの道今年までだが…来年も続けようと立候補した2人は……


「くかー」「すぴー」


 寝てた…


「おい寝てんじゃねー、聞いてんのか?」


 副会長に叩き起された2人が寝ぼけ眼でホワイトボードを見てからぎょっとした。遅い。


「えー!」

「終わっちゃうんですか!?」

「わざとらしいリアクションするな…」

「うそー。なんかショック…」「まぁほとんどの生徒にはどーでもいいのかな、生徒なんて……」


 長篠の一言が地味に刺さる。事実なのだろうが、はっきり言葉にされたら辛い。なんだかんだ言って俺にも思い入れはあるんだろうな……


「結論が出た」


 わちゃわちゃしだしたみんなを会長の声が纏める。みんなの前で凛とした佇まいで会長は告げる。


「全校生徒の総意です。今年度いっぱいで生徒会は解体です。これが最後の生徒会活動です」


 やたら堅苦しく宣言する会長の言葉をみんな神妙な顔で聞いていた。みんなの視線の中で会長は深々と頭を下げた。


「今までお疲れ様でした」

『お疲れ様でした』


 内心がどうあれ、みんなの声はひとつに纏まっていた。合わさるメンバーの声が号令となり、我が校最後の生徒会活動が終了した。




 --みんなが解散したあと会長から呼び止められた。何事かと思った。

 まさか生徒会室の片付けを押し付けるつもり……いや会長に限ってな…


「なに?会長。また勉強?俺この後忙しいんだけど…」

「そんなにしょっちゅう頼まない」

「頼んでるよ…」

「この後付き合って欲しいんだけど…」


 どこに?忙しいって言ってるのに?


「どこに?」

「浅野さんの家」


 色んな可能性を考えた俺の耳に予想の外からの発言。

 この人まだ浅野のことを気にかけてるんだな……それはそうと、他の連中帰ったよな?

 今の言葉みんなが聞いたら怒りそう。生徒会の解体もみんな納得の上ではないし…言い方は悪いけど元凶は浅野だし。


「行っても会えないと思うけど……」

「これは浅野さんが望んだことだから…ちゃんと報告しないと」


 だからだよ会長。自分で望んどいて結果を確かめにも来ないんだよ?

 放って置けばいい--そんな台詞が出かかったけど呑み込んだ。会長傷つきそうだし、流石に薄情な気がしたから。


「それはそうとなんで俺が付き合う必要が?」


 素朴な疑問。俺忙しいって言ったのに…まぁ、面倒事だったら嫌だから断る為の布石だった訳だが……

 あれ?なんでそんなシュンとするんだ?


「……家どこか忘れた」

「……」


 *******************


 会長改めポンコツを引き連れて浅野宅へ。

 正直全く気乗りしないけど……仕方ない。会長1人で行ったらマジで迷子になりそう…


「会長はどう思う?浅野さんのこと…心配とか抜きに、今までの態度とか今回のこととか……」

「別に何も。そういう人も居るよ」


 沈黙に耐えかねて始めた会話は淡白な返答と共にものの数秒で終了。

 いや、それで終わるほどのコミュ障でもない。


「……の割には気にかけてる」

「仲間だとは思ってる」


 何気なく飛び出した会長の言葉には嘘がない気がした。会長は生徒会の皆が腹に据えかねてる浅野に対し、表面上と全く変わらない感情を抱いていたんだ。


「優しいね会長は」

「……虎太郎もね」

「え?」

「忙しいのに付き合わせてごめん」

「別にいいよ。迷子になった会長から電話かかってきても困るし」


 痛い!なんで殴る!?


 分かりやすくムスッとする会長は直ぐに顔に貼り付けた不満を解かし少しだけ寂しそうな声音を零した。


「ただ、生徒会については残念だと思ってる」

「どの道俺らは引退だけどね?」

「田畑さんと長篠さんに残してあげたかった」

「……」

「それに、1度くらい浅野さんとも一緒に活動したかった。ちゃんと自分の目で見て決めて欲しかった」


 ……会長は会長だなぁ。


「……俺はさ、良かったのかなって少し思ってるよ」

「なんで?」

「……この学校の生徒会長は会長しかいないと思うから…会長の代で終わって良かったって言ったら変だけど……うーん……」


 上手い言葉を見つけられずに口をモゴモゴさせてたら、隣の会長がいつもの三白眼をギョロッと見開いてた。怖。


「……」

「……」

「あっ、やっぱりなんでもないですごめん会長。忘れて……」

「……」

「……」

「……会長?」

「……虎太郎」

「え?」

「着いた」


 ……あ、ほんと。

 会長家覚えてんじゃん。


 *******************


「まぁまぁこの間の…寒い中ありがとう。は、入って」


 以前おじゃました時同様にお母さんが愛想良く出迎えてくれた。この時間でも家に居るので専業主婦だろう。

 つまりこの立派な豪邸は父親の稼ぎということか……凄いなぁ。


「お茶でも飲んで待っててね?今呼んでくるから……」

「あ、今日はいらっしゃるんですか?」

「ええ、部屋にいるはずだから」


 温かいお茶と茶菓子を出して浅野を呼びに行ってくれた。奥の方で階段が軋む音と母親特有の高い声がする。


「……会ってくれるかしら」

「用件はお母さんに伝えたし…大丈夫だろ」


 ふかふかの絨毯を足の指で弄ぶこと数分。

 やけに時間がかかる……会長の危惧した通り会うのを拒否しているのか…

 そう思った時、応接間の扉がゆっくりと開いて中に誰かが入ってきた。足音の重さでお母さんでないことを察し俺達は2人で顔を跳ねあげる。


 --そこには黒髪の少女がいた。


 いわゆる姫カットの、腰あたりまで届く長髪。歩く度に揺れる毛先は後ろの部屋の風景から浮いてるようにすら感じる。それほど目にはっきり映る黒色だ。

 色素が薄いのか真っ白な肌に映える口元のほくろ、真紅の瞳……

 背丈は俺と同じくらい。女子としては高い方。部屋着と思われるパーカー姿が生活感丸出しで清楚でどこか浮世離れした彼女の雰囲気と似合わない。


 その姿は朧気な俺の記憶を補完する。


「……浅野さん」


 会長が腹から振り絞ったような声でその名を呼ぶ。

 浅野詩音その人だ。


 浅野は立ったまま俺達をじっと見つめていた。


「……何しに?」


 開口一番きつい口調と言葉を投げつけられて閉口する。この前俺にUSBメモリを渡した時の低い声が記憶と現実とで重なる。

 声を聴く事で実感した。今俺達は浅野と話している。


 ……それにしても、あれだけ頑なに姿を現さなかったのにどうして会う気に…?


「……生徒会が解体になったから、それを伝えに来たの」


 会長もまた淡々と返す。会長の無感情な声音に浅野は微かに瞳を大きくした気がした。どこか幽霊のような不安定な彼女の人間味を垣間見た。


「お望み通りの結果になったよ」

「虎太郎っ」

「…そうですか」


 浅野は立ったままだ。腰を落ち着けないあたり長話に興じる気はないということか。


「……それだけ直接伝えようと思ってな。それで来たんだ」

「……わざわざどうも」

「浅野さん……どうして学校に来ないんだよ?」


 あえて直接訊いてみた。

 浅野は露骨に表情を歪めて追求されたくなさそうな顔をするけど、こっちだって鬱憤が溜まってる。文句の一言も言いたくなるだろう?


「……学校が嫌いだからです」


 拗ねたような顔で返ってきたのはそんなシンプルな答え--


「学校教育が嫌いです」


 だけではなかった。


「生徒会が嫌いです。それらの環境が友人を傷つけました。だから私はそこに身を置きたくないんです。動画で話した通りです」


 敵意すら抱いたナイフのような視線だった。いわれのない敵意や怒りの感情に俺は怒り返すより困惑した。

 隣の会長はそれでも冷静だった。


「だったらどうして生徒会に入ったの?」

「……」

「私達、あなたになにかしたのかな?だったら、謝らせて?」

「……結構です」


 会長が歩み寄る姿勢を見せても終始トゲトゲしたままだ。取り付く島もない。

 けれど会長は落胆の表情も、苛立ちの声も向けずに変わらない無表情で告げていた。


「……生徒会は無くなったから、学校に出てみて。折角頭もいいのに、勉強しなきゃ勿体ない」


 後半は頭悪い会長が言うと実に説得力ある。流石会長。


「………………考えておきます」


 会長の自宅まで出向いてくる真摯な態度に僅かに軟化したか、浅野は短くそう言って踵を返した。


 ……どうしてだろう。

 俺が初めて会った時、こんなに刺々しい印象はなかったような…愛想はなかったとは思うが、今の浅野はやけに攻撃的な印象だ。

 気の所為程度の違和感を抱いたまま、こちらに一瞥もくれずに応接間を出ていく浅野の背中を俺達はじっと見送った。


 *******************


 浅野宅を後にして2人で並んで帰る。吐き出した息が白くなる。


「もう冬休みだね、会長……」

「うん」

「会長追試無かった?冬休みある?」

「失礼な…ちゃんとあるよ」

「なら良かった。生徒会のお疲れ会でもするかってさっき小河原から電話あったけど…会長来るよね?」

「うん」


 会長どこか上の空のような…元気ない?


「……どうかした?」

「浅野さん、学校来るかな…?」

「……さぁ、そればっかりはね…」


 会長は優しいね。本当に…


「あのさ……」

「ん?」


 呼びかけられ会長の方を向いたら会長が真っ直ぐ俺の方を見つめてた。あんまりに真っ直ぐ見てくるからびっくりした。


「私もう会長じゃないんだ」

「え?ああ…そうだね」

「会長って呼ぶのやめない?」


 なんでそんなに迫真…?


「そうだね。えっと…」

「名前で呼んで」

「潮田さん」

「なんでそんなによそよそしいの?呼び捨てでいいよ」

「潮田…なんかむず痒いね」

「下の名前でいいよ」


 え?

 会長めっちゃ待ってる。ガン見してる。なにこの唐突な試練……


「私虎太郎のこと下の名前で呼び捨てじゃん…そっちも合わせよう。じゃないと変」

「いや変じゃない」

「早く」


 罰ゲームですか?いや俺が意識しすぎか。ただ友達を下の名前で呼ぶだけ…

 てかなんでそれを強要されるんだ?だから変な感じになるんだよ。


 でも会長退いてくれない。ずっっと待ってる。


「……」

「はよ」

「……会長下の名前なんだっけ?」


 冗談飛ばしたら過去一のキックが飛んできた。肋骨持ってかれた!!


「会長!?会長って意外と暴力的--」

「もう会長じゃない」


 これ以上伸ばしたら本気で骨折られそう……


「……紬?」

「なんで疑問形?」

「……紬、さん」

「よそよそしいな」

「勘弁してよ」


 梅干しみたいに顔を顰めて困って見せたら会長--紬さんはクスリと柔らかく笑った。


「まぁ…今は勘弁してあげよう」

「今はて……」


 ため息混じりに困り果てる俺を笑いながら紬さんはステップを踏むように先に行ってしまう。


 ……ああ、紬さん。

 あなた意外と面倒臭いですね。

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