謎の浅野さん
いよいよ12月も終盤……この時がやってきた。
俺たち生徒会は来週の生徒総会に向けて準備を進めてた。
我が校の3年は生徒会に立候補できない。受験とかそこら辺の事情だろうか。
「…ここで集まるのもあと少しだな」
「副会長」
俺が生徒総会の必要書類を纏めてたら隣から副会長--大葉雄太郎がそんなしんみりした声を投げかけてきた。
「野球部も来年の大会で引退だし…なんか寂しくなるな?広瀬」
「なんかあと1年あるのにもう卒業って感じよねー」
気の早いことを言ってくるのは書記長--花菱百合子。
「まだ修学旅行もあるし…流石に気が早すぎ」
「広瀬は?寂しくないの?」
「別に……」
生徒会を辞めたからと言ってこのメンバーとこれっきりという訳でもない。慌ただしさから解放されると考えたらむしろ気が楽。
「で?今年はどうなんだ?立候補者多いか?」
会計長の小河原秀哉が広報の俺に問いかけてくる。俺は手元に集まった立候補者のリストを見た。
「去年と変わんないかな……」
「そうか…」
「まー生徒会なんてめんどいだけだしね?」
生徒会に入れば推薦取りやすいとか色々メリットもあるんだが……他所はどうか知らんけどうちの生徒会はまぁ不人気。
「田畑と長篠は来年も続けるみたいだね…書記と庶務はこの2人だけだしまぁ確定かな?」
「アイツらの為にも引き継ぎちゃんとしないとな」
「引き継ぐこととかあんの?」
「書記と違って会計は忙しいんだよ」
「会計は…浅野さん立候補してるみたいだな」
俺の声に全員が手元のリストを覗き込む。そこには確かに浅野詩音と名前があった。
「あいつ…結局ほとんど生徒会に顔出さなかったってのに」
「てか、浅野さんて学校来てんの?」
「立候補してるってことは来てるんじゃないか?」
花菱が奥で喋ってる長篠と田畑におーいと呼びかけた。
「なんすかー?」
「浅野さんって学校来てんのー?」
「見たことないですー」「そもそも私らクラス違うんで」
だそうだ。
学年1の秀才浅野さん……俺もこの生徒会の発足時の1回しか会ったことない。謎すぎる幽霊役員……
「まぁ、立候補したってことは来たんだろ。じゃなきゃ出来ない」
「広瀬ー、最後くらい顔出せって言ってよ」
え?なぜ俺?
浅野の立候補が気に入らないのか「だってさー」と不満を口にする花菱。
「そもそもまともに仕事してないのになんでまだ生徒会に席あんの?って話じゃん?しかも来年もって……舐めてんでしょ?」
「確かにな…自分からやると言い出した以上責任を持ってもらわないと……」
珍しく花菱の意見に同意する小河原。会計長としては自分の直轄の後輩だ。切実な問題だろう。
まあ責められても仕方ない。任意での立候補である生徒会役員に自分から立候補しておいてそもそも学校にすら来てるのか怪しいとなると……
「お前、ちょっと呼んでこいよ広瀬」
しかし、そこでなぜ俺?
「……長篠と田畑は同じ1年だろ?呼んでこいよ」
「えー?私ら話したこともないのに?」「広瀬先輩の仕事でしょこーいうのは」
共に1年仕事してきても、どうやら俺は先輩として舐められたままで終わるようだ。
「……確かにこの生徒会も最後だし、全く顔を見せないのも問題」
「会長…」
今まで奥で黙々と顧問から押し付けられた仕事をこなしてた会長--潮田紬が口を開く。
「虎太郎」
「いやだから……なんで俺?」
*******************
みんな俺の事をパシリかなんかだと思ってない?
俺と--一緒に来てくれた会長とで浅野の教室に向かう。もう放課後だし、来てたとしても帰ってるんじゃないだろうか?
とりあえず登校してるのかの確認…ということで。居たら連れてくる。
外をちらりと見る。今日は最低気温がマイナス2°ということで一日中細かい雪が降ったり止んだりしてる。心に傘を差したような重い曇天がのしかかる。
「……そもそも先生達もなんであんな不登校児が生徒会に立候補するのを黙認するんだ?」
「……まだ不登校と決まったわけじゃない」
「だとしたら尚更タチ悪いよ。役員なら仕事をして欲しい」
無関心を貫いていたが間を持たせるための会話で自然と吹きこぼれる愚痴は俺の本心なのかもしれない。俺もやはり役員として彼女のいい加減さに多少腹を立ててるのか?
「なにか理由があるのかもよ?学校に来れない理由とか、保健室登校してるとか」
「だったら顧問から一言くらいあるでしょ」
--浅野詩音。
彼女のことは正直あまり記憶に残ってない。去年俺らが2年に上がった時新1年を加えた新生徒会の初めての集まりで彼女はみんなの前に現れた。
たった1回しか会ってないのもあって容姿や性格は分からない部分が多い。
ただ真っ白な肌と影を落としたような真っ黒な髪の毛が対称的で、どこかレトロな雰囲気と共に不気味さを醸してたのは頭の隅にこびりついてる。
確かあの時はマスクをしてた…素顔を全て見たわけじゃないが、ハッとするような美人だった気がする。
……マスクをしてたのと、どこか病弱な印象を与える見た目が会長の保健室登校という言葉を妙に納得させた。そうなのかは分からないけど……
まぁこの際だ。会えたらはっきり一言言ってやる。こんなに不真面目で来年も生徒会役員を目指す無神経さも含めて……
浅野は普通科の特進コースに所属していた。学年1の秀才の所属としては納得だ。
選りすぐりのエリート(勝手な先入観)の集うクラスなだけあって放課後も教室に残って自習してる生徒の姿が多かった。
……いや違う。駄弁ってるだけだ。これがエリートの余裕…
「……ちょっとごめん」
会長が外から声をかけたら窓際の女子が対応してくれた。
「浅野さんって来てるの?」
「浅野さん…?」
おいおいまじか。クラスメイトにすら覚えられてない?不登校説濃厚。
「浅野さんならずっと休みでーす」
奥の女子グループからそんな返答が返ってきて「だそうです」と窓際の女子も添えた。
「いつから来てないのかな?」
俺の問いにクラス内の生徒達は首を傾げる。つまり思い出せないくらいの長い期間来てないのだろう。
「なんで登校しないんだ?理由知ってる?」
「さぁ…」「先生もなんにも言わないし……」
「……試験の時は来たんじゃない?」
おお会長。珍しく頭を使ったな。学年首席ということは試験は受けてるってことだ。
「見たことないでーす」
珍しい会長の閃きも間延びした返答に撃沈。
「……家、行ってみようか?」
「え?家行くの?会長」
「虎太郎もだよ?」
「え!?」
「心配じゃん?やっぱり……」
「いやぁ……」
面倒臭い。乗り気じゃない。行きたくない。帰りたい。
内心渋面を浮かべる俺に会長はメガネの奥から曇りなき眼をぶつけてくる。
「……このメンバーでの生徒会は最後なんだし、浅野さんにも顔を見せてほしいの」
……どこまで本心だろう?ただ、後輩を想う真っ直ぐな眼差しに俺はただ応えるしかなかったのだった。
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結局同級生達も彼女の家を知らず、顧問に訊いたらようやく教えてくれた。
自宅は学校からそう遠くない距離にあるようで俺と会長は寒空の下浅野の自宅を目指す。
「待ってたら来ると思うけど…生徒会選挙には流石に出てくるだろうし…」
「虎太郎は薄情だね」
そんなこと言われたらもう何も言えません。
雪の降る街は異様な静けさで時々道を通る車の音だけが静寂を掻き回す。眠たくなってくるような雰囲気だ。いつもの通学路もまるで別の世界のように感じる。
「虎太郎、寂しい?」
「え?は?」
「生徒会終わるの。まだ気が早いとか言ってたけど、来年は受験だしのんびりできるのも今年が最後だよ」
空を見上げて白い息を吐く会長のメガネは僅かに曇り、吐息混じりの声はどこか寂しげで儚げだ。
「……そう、だね。まぁ会長はまず進級できるかを……」
痛い!殴られた!!
「……来年も同じクラスがいいね」
「そうだね。俺が居ないと会長卒業できなさそうだし…みんな会長のこと頭いいって思ってるしね」
「君はいつも一言多いな」
隣でぶすくれる会長がなんだか可愛くて笑ってしまう。
こんなふうに話したのは初めてかもしれない。
「……虎太郎覚えてる?入学式の時初めてあった時…」
「あの頃から同じクラスだったね」
「私が生徒会に無理矢理立候補させられた時助けてくれたんだよ」
そんなことあったな……
会長とは1年の時から生徒会で一緒だったけど、彼女の本当の学力を知ったのはあの時だ。当時は「え?キャラと能力が乖離してね?」と驚いたけど。
……なんで手伝ってあげたんだっけ?
「私友達できなくてね…ずっと」
「まぁ近寄り難い雰囲気あるし…会長はお堅い優等生って感じだ」
「…………感じ?まんま優等生」
「学力に目を瞑れば」
痛い!!また殴られた!!
「虎太郎が初めてだったんだよ?」
会長が初めて隣の俺を見た。
寒さで赤くなった鼻先と頬。唇から零れる白い息に不覚にもドキリとしてしまった。
なんだかいつもの会長じゃないみたいだ…
ていうかこの人こんなに喋ったっけ?
「今日はお喋りだね、会長」
「虎太郎進路決めた?」
「あれ?無視?そりゃまぁ…この時期だし?」
「進学?」
「うん。県外だけど……」
「県外……」と会長の口からぽつりと雪の粒みたいな呟きが漏れる。
「会長もやっぱり進学?」
「…進学する。決めた」
「決めた?え?今まで決まってなかったの!?」
「……虎太郎と一緒のとこに行く」
会長のなんでもない事のように告げた一言。その言葉の意味を考える。前後の会話も含めて……
「会長……」
「…………」
会長、耳真っ赤だ。そっか……
そんなに寒いか。まぁ雪降ってるしな。
「……卒業後まで俺を頼ろうとは…自立しなきゃ会長」
「…………………………」
「てか、会長の成績で俺の志望校はちょっと厳し--」
--ドカッ!!
「痛った!?蹴った!?ちょっとさっきからなに!?え!?なんかした俺!?」
「……」
無視?
「ちょっと会長」
「着いたよ」
視線すら合わせない会長の言葉に前を向く。
大きな家が並ぶ住宅街、その中で浅野の表札は雪に包まれながらそこにあった。
*******************
「まぁまぁ学校の…寒いのにわざわざありがとう」
俺達の突然の来訪に快く応対してくれたのはお母さん。
凍えるような寒さから家の中のぬくぬくした空気が俺達を解放してくれた。
外観通りに広く立派な家の中……ご両親はなんの仕事してるんだろうか。気になる。
応接間に通された俺達の前に出された温かいお茶とお茶菓子すら庶民の俺らとはレベルが違うように感じた。
「あの、詩音さんは…?」
「今出掛けてるの。もう少ししたら帰ると思うから、待ってて?」
会長にそう答えたお母さんはそのまま退室した。
引きこもり……ではないようだ。そして体調が優れないという訳でもないらしい。こんな寒い日に出かけるくらいだ。
「……すごい家だね。会長」
「………………」
「なんで怒ってんの?」
「………………」
会長はよく分からない。
しばらくするとお母さんが再び戻ってきて、申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「ごめんなさいね?今電話したら今日は遅くなるって……」
「どれくらいかかりますか?」
「あの様子だと20時は回るんじゃないかしら……」
なんてこった、無駄足か。
「……分かりました。今日はおいとまします」
「本当にごめんなさいね?」
何度も頭を下げるお母さんにいえいえと返しながら立ち上がる。その時会長がお母さんに尋ねた。
「浅野さんはどうして学校に来られないんでしょう?」
訊きにくいことをズバッと訊くんだな…
お母さんも少し困った顔をした。何か根深い事情があるんだろう。
「心配してくれてありがとう。ごめんね?今はちょっと……でも、きっと行くから。その時は仲良くしてあげて?」
生徒相手に細かい事情を話す気はないようだ。お母さんの対応が俺の中に一抹の不安を抱かせる。
ただ行きたくないとか、体が弱いとかそんな事情じゃないのかもしれない。もっと深刻で根深い問題なのかもしれない。
会長はこういうことを言って心配だと口にしたのかもしれない。浅野は心の病気なのかもしれない。
俺も会長もそれ以上踏み込むことはせず浅野宅を後にした。家の外に出たら来た時より厳しい寒さがビリビリと肌を叩いた。
「……浅野さんは大丈夫かな?」
「……大丈夫だよ」
「そうかな?」
「焦らず待とう」
会長は遠くに目を向けたまま強く言った。
会長は俺が思ってるよりずっと色んなものを見てるのかもしれない。
「……虎太郎」
「ん?」
「私は、虎太郎と同じ学校に行く」
……うわぁまだ言ってる。
「勉強、教えてね?」




