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日比谷真紀奈と恋愛相談

 --私は可愛い。

 そして恋をする女の子はさらに可愛くなるんだと言う。私は禁じられた恋に身を焦がす美の女神……

 私は世界のアイドル。みんなの心の恋人。全ての人間に私を愛でる資格があるし、私はその美と可憐さを世界に振りまく責務がある。


 私は今、私のことを思いっっきりぶっ叩いてくれる空閑睦月に恋してる。胸の高鳴りと共にあの日叩かれたお尻がヒリヒリする。これが恋煩い…恋の痛み。


 そのせいなのか、私の可憐さには益々磨きがかかったようだ。


「……うわ、すごいね」


 朝、凪と共に登校したら今日も私達のクラスの前に男子達がたむろしてる。普段なら寄り付かない男子達。

 目的は分かってる。


「あ!日比谷おはよう」「おはよう日比谷さん」「おはよう……」「日比谷おはよー!」


 彼らは私の追っかけなんだ……

 凪は相変わらず複雑な表情をしながら驚いてるけど私にとってはこんなことは驚くに値しない。

 だって当たり前のことだし、今更だ。こうやって私のことを待っている男達は今までだって居た。

 ただその数が急上昇したのはやはりあの文化祭のライブなんだろうか……


 当初は乗り気じゃなかったけどやはり日比谷真紀奈の魅力をみんなに共有するのが私の使命だと考えるならやってよかった。

 いやむしろああやって積極的にみんなの前に出ることこそ必要……


「おはよう」

「おはよう!」「おはよう!!」「おはよー!」「おっはー!!」「今日もいい匂いだね!!」


 今日も私は私の責務を果たす。

 その傍らで自らの存在意義に背徳する想いを抱き、身を焦がしながら……


「……あぁ、私は今許されない恋に燃える禁断の果実……凪、私が世界から罰せられてもあなたは味方でいてくれる?」

「真っ先に殺しに行くよ。ぺっ!」


 *******************


 いい加減いつまで引っ張るんですか?って話よね。一体何度この問答を繰り返すのか……


 果たしてみんなのものである私が個人と恋仲になってもいいのか…?


 そろそろ結論を出すべきだと思う。


 それともうひとつ。

 先の文化祭--私は初めて空閑君と一緒の時間を過ごした。凪が居たけど……

 ただ、ただ!!

 この日比谷真紀奈との文化祭デートだって言うのに、結局何も起こらず、ただポップコーンを食べて終わったんだ……


 どういうこと?


「日比谷さんは恋愛が下手なんだよ」


 お昼休み、机をくっつけて昼食を共にする凪がそんなことを吐いてきた。お前には言われたくない。


「そう……?」

「受けじゃダメだよ。好きなんでしょ?それは間違いないんでしょ?自分をマゾ豚にしてくれた空閑君への想い、それは自分でぶつけなきゃ」

「マ、マゾ豚……」

「日比谷さんはさ、その驕りから黙ってても勝手に向こうから好きになってくれるって思ってるでしょ?文化祭の時も、自分から何もしなくても空閑君からアプローチがあるだろって構えてたんじゃないの?」


 恐らく私以上に恋愛免疫のない凪から謎の説教。凪、あんたが私の親友じゃなかったらこの狼藉、万死に値してた。


「日比谷さんはそろそろそういうとこ真面目に治さないと空閑睦月に嫌われるよ?日比谷さんのことみんな好きだと思ったら大間違いだから」

「いや」

「いやじゃない」

「みんな好きでしょ?今朝の行列はなんなのさ?」

「日比谷さんはただ人よりモテるだけだからね?美の女神でもなんでもないからね?」


 それ以上は地獄送りよ?凪。


「空閑君が日比谷さんのこと好きとは限らないよ?」

「凪、いつか私に落とせない男は居ない的なこと言ったじゃん」

「そんな言い方した覚えないけど……例えば日比谷さん以外に好きな人が居るとか……」


 私の両手が机に叩きつけられる。ペットボトルのお茶が揺れて机に極小の水溜まりができた。


「たとえあったとしてこの日比谷真紀奈とその道端のウ○コ、どっちを選ぶの常識的に考えて!!」


 この日比谷真紀奈がフラれるとでも?失恋するとでも?許さないよ?


「道端のウ○コて…その理屈だと日比谷さん以外の人と付き合ってる男子達はなんなの?」

「それは妥協でしょ?私が手に入らないから。でも空閑君に関しては、この日比谷真紀奈が好きだって言ってるんだよ?」

「日比谷さん……人の純粋な想いをウ○コとか妥協とか言ったらダメ……」


 熱くなりすぎたのは認めるけど……てかそうだ。その前にだ……

 仮にあの時空閑君が告白してきたとして、私はどうしただろう……?


「……凪、私は世界のアイドルを引退した方がいいのかな?」

「は?」

「使命と想いの狭間で苦しいよ……」


 本当にじわじわと足元から火で炙られてるようだ。凪?何その目。


「私に彼氏がいたらみんなショックでしょ?アイドルの熱愛報道と同じで……私はみんなにとっての女神であり続けないといけない。それが私という美の結晶に与えられた責任だし……あああああっ!!神様!!なんで私にこんな気持ちを!?あ、神は私か、美の女神」


 両手を絡めて天井を仰ぐ。使命と想いの狭間で喘ぐ絶世の美女--心臓の弱い人なら直視しただけでショック死する破壊力。

 凪、その目やめて?


「……日比谷さんは美の女神でもないしそんな使命誰からも課されてないから自由に恋愛していいんだよ?」

「何言ってんの!?役目を放棄したら髪の毛がタコ足になるんだから!!」

「いっそなれば?」


 ムカつく、なにその態度。お前のウインナー寄越せ。

 ウインナーを盗られても無反応な凪ははぁとため息を吐きながらずいっと近寄ってきた。


「じゃあ好きなだけ?想いは胸に秘めてずっと抱えとくの?」

「……っ」

「空閑君が剛田君とくっ付いてもいいんだね?」


 それだけはやめて。


「……アイドルだって見えないとこで恋愛してるよ」


 おっと何を言い出すのこの子ったら。

 凪は呆れたような乾いた笑みを悪い目つきに添えて私を誑かす。


「バレなきゃいいんだよ?日比谷さんに恋人が居ようが居まいが、今朝日比谷さんを待ってた人達や劇でお漏らししたあの人が日比谷さんの恋人になれるの?」

「……なれない」

「妄想は自由なんだよ。日比谷さんの使命ってそういうことでしょ?だったらその人達にバレないようにしとけばいいだけじゃん?隠れて恋愛したって、ファンが知らなければその人達にとってそんな事実は無いに等しい」


 なんて悪い子!末恐ろしいわ。


「むしろさ?空閑君は日比谷さんを遠くから眺めてるだけの人達と違って、日比谷さんのハートを射止めたんだよ?美の女神ならその空閑君に対してご褒美あげなきゃ」

「ごっ……ご褒美!?」


 それはアレですか!?エッチなやつですか!?


「それにそれに、女の子は恋したら可愛くなるんだって前言ったじゃん。日比谷真紀奈のファンの為にも可愛くなる努力は惜しんじゃいけないよ?むしろそういう意味では恋はしなきゃダメ。もっとしろ」


 怒涛のラッシュ。なにが凪をここまで突き動かすのか…よく分からないながらも親友からの進言を屁理屈だと理解しつつ、蹴れなかった。


「……」

「ね?」


 悪そうな笑顔を向ける凪……ああ、こいつはきっと悪魔の遣い。背徳と怠惰に私を堕とそうとする悪魔--


 お許しください。私という存在を産んだ全てのものよ。私は神をも超越する美貌を持ちながら人の心を持って産まれてしまったのです。


 ……とりあえず今だけは、凪の屁理屈に乗ってやろう。


 *******************


「で?私はどーしたらいいのかね?」


 昼ごはんを食べ終えた私は凪と相談。散々偉そうな説教垂れたんだから今後どうしたらいいのか具体的なアドバイスのひとつもくれていいじゃない?

 結局私は空閑君の事何も知らない。


「だから自分から行けば?」


 と投げやりなアドバイス。

 と言われても……文化祭での反応を見るに空閑君はきっと奥手なんだと思う。シャイボーイなんだよ。私への照れ隠しから無関心を装ってるんだ。うん。

 かと言って私から……と簡単に言われても……


 第一今日空閑君休み。どうしたんだろ?担任は蒸発したって言ってたけど……


 --日比谷さんは恋愛が下手なんだよ。


 凪の言葉が棘となりずっと残る。否定出来ない自分がいる。私は今まで究極の美的生命体として生きてきた。周りの望むまま、美の化身であり続けた。

 これ程の容姿を持っていながら恋愛というものに長らく触れずに生きてきてしまった。


 ……下手ならどうする?そこは上手いやつに聞けばいいよね?先人の知恵を頼ればいい。

 凪の言う通り私は恋愛の仕方が分かんないから……男の子が恋愛において何を考えてるのか分かんないから、勉強しよう。


 ……ちゅーわけで相談!


 凪はもちろんあてにならない。偉そうに言ってたけど絶対恋愛経験ないし彼氏とかいないし、ここは普通にクラスの女子に相談してみよう……


 いや待て。

 不特定多数に聞き回るのもどーなの?体育祭での騒動が私がはっきりしたことを言わないのと特に進展がないおかげでようやく落ち着きを見せてきたってのに、私が恋愛相談なんてしまくったらまた要らぬ噂が……


 さっき凪が言ってたけど、バレなければみんなの清純な日比谷真紀奈は守られる。でもバレたら…?


 考えるの。口が固くて経験豊富な1人……


「え?色んな男子と付き合いのある人?」


 掃除時間、それとなーく話題を振ってみたら何人かの女子がその名前を口にした。


「3組の滝川さんとか?」

「あー…あいつ?男を取っかえ引っ変えだもんね」

「噂じゃエンコーとかもしてるって…」

「相場さん、彼氏寝盗られたって言ってたもん。うん、そーいう子なら滝川さんだね」


 3組の滝川……なるほど。

 男を手玉に取る魔性の女--近寄られたら誰でもオチる。まさに私が相談するに相応しいテクニックをお持ちなんだろう。


 早速私は3組の教室へ--

 滝川は毎日のように色んな男子と遊び歩いていて、その男子といつも教室で待ち合わせなんだとか。

 クラスの女子達の言う通り、この日も滝川は1人で教室に残っていた。


「およ?」


 勢いよく扉を開ける私に目尻の垂れ下がった滝川の視線が向く。


 ……ふむ。

 明らかに染めてる銀髪のロングヘアー。肌は綺麗だけど化粧はしてる。目元もぱっちりでアイシャドウも入ってる。バチバチに化粧でキメているが素材は悪くない。

 パッカリ開いた胸元……胸部はまぁ…私よりはある……かな?僅差。うん。

 身長155くらい?男と並んだらちょうど良さげなサイズ。手足のバランス良し。

 総合評価77点!天然物美少女ではないけど悪くない。なるほど、馬鹿な男子なら簡単になびきそうなタイプ……


「……あなた、滝川さん?」

「ほいほーい。えっとぉ…日比谷さんだっけ?2組の?」


 甘ったるい声音と胃もたれしそうな喋り方。媚び媚びだ。なるほどこういうのも男を振り向かせるには必要なのか?


「うん……今いい?」

「なになに?なんか用?てか初めて話すね。なに?」


 扉をそっと閉めて教室の中に入る。廊下に誰も居ないのを確認してから私は勢いよく地面に額を擦り付けた。


「師匠!!私に恋愛のイロハを教えてくださいっ!!!!」

「……は?」


 *******************


「--なるなる、好きな子がいるけど恋愛経験ゼロで振り向かせ方が分かんないと……」

「それで是非、恋愛マイスターである滝川先生のお力をお借りしたく……」


 美しさとは強かさ……欲しい物を手に入れる為ならプライドだって捨てる。いいの、後で見返せば。とにかく今はへりくだる。日比谷真紀奈、今だけはあなたを師と仰ぎます。


「えー?日比谷さん可愛ーんだからなんもしなくても相手放っとかなくない?告ればイッパツよ?」

「いや……なかなか奥手な人で……それに出来れば向こうから告って欲しいなーって……」


 私から告白するのはなんか……違う。美の女神的に。


「あー、まぁ気持ち分かるけど…なんであたし?」

「……経験豊富だって聞いたから」

「あはははっ!けーけんほうふって言ってもおじさんばっかだよ?」


 マジか……噂はマジなのか?やはりいくら見た目が良くてもこいつは私の足下にも及ばない。だってせっかく恵まれた素材を持って生まれたのに……

 美しさってのは内面にも宿るものなの!


 ……っといけないいけない、今は師匠よ日比谷真紀奈。


「あたしの話なんて参考になるか分かんないけど……」

「いや!なります!!」

「ほーん…まぁいいけど……その人ってもしかして空閑って人?」


 ぶふぁあ!?もしかしてみんな知ってるの!?噂はもう消えたと思ってたのに!!

 ……え?これって空閑君の耳にも入ったりしてないよね?ね?


「……そこは伏せとく」

「あははは、いーね。空閑って人のことはよく知らないけど……まー、日比谷さんレベルの子から頼られるのも悪い気しないしー?いーよ」


 何とか協力を漕ぎ着けた。彼女のテクを盗めば私はさらに女として磨きがかかるわけだ…


「んーと、振り向かせたいんだよね?好きになってほしーわけだ」

「まぁ……多分、というか絶対私のこと好きなんだけどね?」

「え?そんだけ自信満々なら告ればいいのに……よっぽど向こうから言って欲しんだね?」


 そりゃ、美の女神からは告れませんから?


 私は師匠の言葉を待った。一体どんな教えを授けてくれるのか……期待を胸に滝川を見つめる。

 そんな彼女のぷっくりした唇から飛び出したのは--


「まぁ、男はエロっしょ?」

「……えろ?」

「空閑君の性癖を知ること。これに尽きる」

「……あの、エンコーの相談じゃないくて、もっと恋愛的な……」

「え?めっちゃ失礼。一緒だって相手は男なんだから。好きってエロいことしたいなーってことなんだよ?」


 そーなの?


「男子高校生なんてそんなもんよ?猿だもん。つまりその人にとってどストライクなエロい女になればいーの」

「エロい女……」

「好みのタイプになれってこと。なんも特別なことないから。気になる人に振り向いてほしいって時、その人がどんな子が好きなんだろーって気になるじゃん?その人の好みのエロを知るのは、当たり前のことなんだよ?」


 ……空閑君のタイプ。

 考えたこと無かったかも。全人類のタイプがこの日比谷真紀奈である以上は考える必要もないんだけど……


「……ぐ、具体的には?」

「えー?おっぱいが好きなのかお尻が好きなのかとか……おっぱい派なら胸元開けてー、お尻派ならスカート短くしてーとか?」


 なるほど!相手のフェチの部分強調しろと!


「日比谷さん顔は文句なしだからー、後は色気ってこと。ただオシャレしたり化粧したりするんじゃなくてー、相手から寄ってくるようなエロスを身に纏うのが大事よね?」

「な……なるほど。ちなみに、それってどうやって知ればいいのかな?」


 まさか本人に直接は訊けない。


「例えばー、男子ってそーいう話好きだから周りの友達にそれとなーく訊くとか?あとは好きなタレントとか訊いてみたら?それで何となく分かるかも……」

「……なるほど」

「あとねー、自分と話してる時どこ見てるか?人によって違うこともあるからさー、普段は胸が好きだけどこの人は脚がいいなー的な?」

「なるほど!!」

「後はそこをキョーチョーするだけ!ぶっちゃけ日比谷さんに迫られたらどんな奴だってイチコロだって」

「なるほど!!!!」


 *******************


「空閑君今日も休みか……どうしたんだろ?ね?凪」

「……うん」


 恋愛相談から1日。

 私日比谷真紀奈は今日も元気に登校!今日はいつもより視線が集まってる気がする。凪からの視線も針のように突き刺さってる。

 でも肝心の空閑君が来てない。どうしたんだろ?早く来ないかなぁ……


「あの…日比谷さん?」

「ん?」

「……スカート、短くない?あと、胸元……」


 凪の指摘--それはモロに今日の私に集まる視線の集中度の原因だ。


 いつもよりさらに短い、お尻が見えそうなスカート、ネクタイを絞めず大きく解放された胸元、そこから覗く白い肌……


 今日の私は一味違う。そう……いつもよりエロい。

 日比谷真紀奈は色気を覚えた。


「……実はね、凪」


 私は放課後の恋愛指南について凪に説明し、男はエロでオチると学んだことを報告する。

 話してる途中からどんどん凪の視線が冷めていくのが分かる。

 ははーん、さては私に恋愛において1歩先を行かれたのを妬んでるのね?


 私は親友の気持ちを汲んで、凪の肩にそっと手を置いた。

 親友のことはなんでも分かる。そして、親友は特別。私がプライドを捨てて得た知識、あなたには特別分けてあげるから……


「……凪もおっぱい出したらまだまだイけると思うよ?」

「サイテー」

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