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文化祭楽しかったね

 --私は可愛い。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。声音ひとつで空気が澄み、花が咲き雲が晴れる。そこにいるだけで世界が色づく……そんな存在。


 舞台はステージ。奏でられるのは激しいギターの音色、軽やかな歌声。

 正面で地鳴りと共にステップを踏むデブの端で玉のような汗を弾けさせる……


 --文化祭、午後の部。軽音部ライブステージ。


 成り行きでバックダンサーとして踊ることになった私に今、歓声と声援が浴びせられる。

 この瞬間、世界は私中心に回ってる。


 ……ところでなんで私踊ってるんだっけ?



「日比谷さん良かったよ」


 ライブが終わり興奮の熱が引いたギャラリーが離れていく中、ステージから降りた私に凪が声をかけてくれた。


「ほんとに…こんなに踊れるとは思わなかったよ」

「ふん…ゼェ……舐めてもらっちゃ困るよ…ハァ……私のアイドルとしての才能はまだまだ枯れてないんだから…ゼェ……」

「才能なかったからオーディション落ちたんでしょ?」


 こいつは素直に褒められないの?こうも容易く傷口を抉ってくるなんて……


「空閑君のおかげだね」

「流石プロデューサーと呼ばれるだけはあるね…ゼェ、ゼェ……てか、プロデューサーってなに?ハァ…ゼェ……」

「待って息切れ過ぎ。汗かきすぎ。どんだけもやしなの?」


 こいつ本当に毒舌だよね。この日比谷真紀奈の紅潮した頬や伝う汗の雫に欲情のひとつもしなさいよ。汗も滴るいい女よ?


「ふぅ……まぁこれで、うちのクラスの大惨事を覚えてる人はもう居ないね…」

「いや居ると思う。今後うちの学校の歴史に永遠に刻まれていくと思う…正直ライブなんかよりインパクトあったし…」

「凪はさ、一言多いの治したら友達増えると思う」

「日比谷さんもそのナルシストっぷり治したら友達できると思う」

「私はもう人気者だから」


 体育祭からのこの文化祭で私は正真正銘学園のアイドル…明日からまたラブレターが増えちゃう。いいよ!みんな愛でて!!


「……でも空閑君とまわれなかったね?」


 凪のサラッと吐く一言が浅い傷口を抉って塩を塗り込んでくる。


 そうだ……元々その為にライブに……てか、私が踊る予定じゃなかったのに……

 まぁそれはいいか。


「……ホントだよ、私なにしに今日来たんだろ……」

「日比谷さん、本当に空閑君のこと好きになったんだね」

「私のドM心を満たしてくれるのはあの人だけ……」


 そうだ、それで言うとさっきの劇、私の事ぶっ叩いてたの空閑君じゃないし。なんてこった。くそが。


「……もうちょっと真剣に考えた方がいいんじゃない?」

「はっきりしろとかよく考えろとかどっち--」


 隣を歩く凪にブー垂れる私の視界にその人が映り込んで私は言葉と足を止めた。

 凪もそちらを見て合わせて足を止めていた。


 空閑君が居た。


「お疲れ様」

「あ、空閑君!ねぇ劇の時どこ行ってたの?大惨事だったんだけど!?」


 黙れ凪。今ウ〇コの話はいい空気読め。


「あー…ウ〇コ」と明らかに誤魔化しバツの悪そうな空閑君。それはそうと!とあからさまに話題を変える。


「ライブお疲れ様。約束通りまわる?」


 ……え?


「え?今から……?」

「ん、ライブの交渉したらまわるって約束。まぁ俺なんかとまわってなにが楽しいのか知らんけど……」


 現在時刻17時、11月の空はぼちぼち薄暗く肌寒くなってきた。校外から来た客達もぼちぼち帰りだしてる。

 日中の騒がしさとは別の顔を見せ始める文化祭。なんか……え?


「まぁいいや。用がないなら帰る」

「え?帰るの?」


 ぽかんとする凪。お前いつまで居るんだ。


「うん帰る」

「まだもう少しあるよ?」

「眠い。疲れた。寝る。じゃあね西園寺さん」

「……もう西園寺でいいよ」

「ちょっと!!」


 そそくさと帰ろうとする空閑君を呼び止める。役立たずの凪はなんだかしゅんとしてる。どうした?西園寺。


「約束だから……っ!」


 ……ただ喋るだけでこんなにドキドキするなんて。

 ライブの熱の引いた体を冷たい風がさぁっと撫でていく。私達を照らすのは暗くなってきて付き始めた照明。


 あれ?ねぇ見てこれ。恋愛ドラマの一幕みたいじゃん?


 顔を赤くする私に反してしらーっとした顔を向ける空閑君が「ん、行こ」とスタスタ歩き出してしまう。


 この日比谷真紀奈を前にこの塩対応……

 そんな彼の素っ気なさにすら胸が跳ねる私はようやく『恋』というものを理解したんだと思う。


 ぶってください。


 *******************


 わぁぁぁ文化祭デートだぁぁ。


「もうほとんどのお店売り切れてるね…」

「そうだな龍輝院さん」

「空閑君、せめて固定して?」


 なんで凪まで着いてくるの?


「……凪、凪はいいんだよ。ねぇ」

「だって日比谷さん1人だと何言い出すか分かんないし…フォローしてあげようと思ったんだよ」


 こいつ私の事なんだと……


「日比谷さんは何食べたい?」

「ぶたれたい」

「は?」


 凪の張り手が後頭部に直撃した。違うんだよ。凪じゃないんだよ。


「やっぱりフォローは必要だね。あー、ポップコーンとか食べたいな。ね?日比谷さん」

「ソウデスネ」


 ……まぁいいか。1人だと緊張するし……


 え?

 てかこれなに?どうしたらいいんだっけ?告白?告ればいいの?


 ………………

 果たして許されるのだろうか?

 自分の気持ちははっきりした。ぶん殴られたい。しかし私は世界のアイドル……そんな私が1個人の特別な人に……


 私の一言で全てが決まるわけだ。私が告白すればその時点で私達は恋人……しかし私はみんなの心の恋人……

 私に決めろっていうの?


 いや待て!

 この日比谷真紀奈との文化祭デート……空閑君だって私のことは気になりまくってるはずなんだ!じゃなきゃ自分から誘ってなんかこないもん!

 ていうか全人類私の事気になってるわけだし?

 ここは彼のアクションを見てからでも遅くないでしょ?焦るな焦るな……




「いらっしゃい。ごめんもうそんなに残ってないんだ」


 さて、凪のリクエストでポップコーンを買いに来た。

 言われた通りそんなに種類がない。私の好きなキャラメル味も売り切れだ。


「何味が残ってるんだい?」

「うんとねー…塩味と鼻くそ味とポレポレ味!」


 わぁお個性的。

 塩味以外馴染みが無さすぎて引くわ。なんだ鼻くそ味って。百味ビーンズか。

 こんなん塩味一択……


「じゃあ俺鼻くそ味」


 え?


「じゃあポレポレ味。日比谷さんは?」


 立て続けにありえないチョイス。空閑君マジですか?凪、あんたのそれは何味なのよ……


「…し、塩味」


 無事(?)ポップコーンを購入し、中庭の休憩スペースに3人で腰掛ける。いい雰囲気だけど、ポップコーンの味が気になりすぎてそれどころじゃない。

 私の塩味は安定の塩味……


「空閑君と話すの初めてかも」

「そだね、俺キャロルさんの存在、今日初めて認知したかも」

「地味に失礼だし、せめて日本人にして…」


 ていうかさっきからなんで凪と空閑君ばっかり喋ってんの?


「…空閑君?それどんな味?」

「ん?懐かしい味」


 懐かしい味!?昔は鼻くそ食べてました的な!?

 生まれた時から美の女神である私には理解できません。


「食べる?」

「いや……いいよ」

「いいじゃん、そっちもちょっとちょーだい?どんな味か気になる」

「塩味だけど!?」

「ケチ」

「あげるからさ…あげるから鼻くそ味を押し付けてこないでくれる?」


 空閑君ってもしかして変わってる?


「ところでなんで2人は俺を誘ったの?」


 空閑君の疑問に凪スルー。答えろということか?肝心な時に役に立たない。それよりポレポレ味が気になりすぎてそれどころじゃない。


「えっと……深い意味は…ナイヨ?」

「そう」

「うん、そう……」


 き、気になる……ポレポレ味。名前からこんなに味の想像が出来ないポップコーンがあるか?ポレポレ味なんて初めて聞いたし……


「凪……それどんな味?」

「しょっぱい」


 しょっぱいんだ……なんかもっと甘い雰囲気の名前だけど……


「食べる?」

「いや……いい……いや、ちょっと……」

「どっちなのさ」


 凪の渡してくるカップから1粒だけ摘みとる。正直怖い。得体がしれない。なぜ凪はこんなものを即買おうと言う気に…?


「俺にもちょーだい」

「はい」

「……うわ、苦いなぁ」


 え?苦いの?しょっぱいんじゃないの?


「あー、空閑君苦手か。私はこれくらいポレポレ強い方が好き」

「変わってんね。Алишаさん。」

「はえ?なんて?」


 いや2人とも変わってるよ。


 ……気になる。目の前のこの何の変哲もないポップコーン…見た目は、塩味と変わらないように見える……一体どんな……


「食べないの?日比谷さん。せっかくあげたのに……」

「た、食べるよ?」


 腹をくくれ!食べるのよ真紀奈!モヤモヤしたままじゃ寝れないでしょ!?寝不足は美容の大敵よ!!


 意を決していざ……


 ……口の中に広がる酸味。そこから仄かに覗くのは舌を刺激する辛さ。しょっぱいとう感じじゃないし、苦くもない……


「……ねぇ、これ何味?」

「「ポレポレ味」」


 *******************


 完売した出店から店じまいが始まって、ある者は慌ただしく、ある者はゆったりと最後の時間を過ごしていく。そんな文化祭の光景を中庭からぼんやり眺めとった。


 結局ウチの文化祭はなんやったんやろか…ケツに幽霊ぶら下げたままポテトをかじりつつ感傷に耽る。


 この文化祭でウチがしたことと言えば見知らん誰かに糞噴かせただけ……


『…終わっちゃうね』


 寂しそうな、名残惜しそうな響きのある声がケツから溢れ出てくる。ウチはなんも返さんで藍色の空に目を向けた。


「……終わってまうな」


 花子に向けてでは無い独り言。でも花子は返した。


『…でも楽しかった。男子のケツに突っ込まれた時は吐きそうになったけど…香菜、これもあなたのおかげ』

「……」

「ずっと独りだった…生前も、死んでからも、暗い便器の中で外の賑やかな声を聞いてるだけ」


 死後は分かるとして、いや死因からして意味不明やけど生前もってなんやねん。どんだけ糞顔面で受けたいねん。そりゃ独りにもなるわ。


『これで思い残すことは無いわ…』

「……え?」


 ウチの耳に引っかかった寂しい声音に思わず反応してしまう。座ったケツを持ち上げて自分のケツを覗き込む。傍から見たら変態や。


『心置き無くトイレに篭もれる』


 成仏するんやないんかい。嫌なんやけどあの個室入る度におどれが居るの。成仏せえや。


『香菜』

「なんやねん?言っとくけどポテトやらんぞ?てかよー考えたら今日食わせたの全部ウチの奢りやんけ。どないしょ」

『これからも……たまに会いに来てくれる?』


 ウチのしょーもない不満も次の花子の言葉で消し飛んだ。

 ずっと独りだった花子の零した、微かな本音……トイレから出られんのは自業自得やけど、不安さを孕んだその声はウチの心を引っ張った。


「……まぁ、たまにはな」


 あーあ、また便所キャラが濃くなってまう。


『お弁当分けてくれる?』

「便所飯せえって言うん?」


 ウチの戯言にケツから笑い声が聞こえてくる。

 どーやら厄介な友人を増やしてしもうたらしいわ。


 ウチも苦笑を返しながら空を見上げた。一人で見る空より、深い藍色と赤が混じった雲は綺麗に見えた。


『これをもちまして、文化祭を終了します。全校生徒は体育館に集まってください』

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