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誰やお前

 --いいわけあるかいっ!!

 ウチに2回も恥かかせてたこ焼きだけ食って帰らせるかい!!


 --13時、午後の部開始。

 教室とかに篭っとった生徒達が再び活性化し始めた。2日目の午後--つまり文化祭のラストは演劇やライブがメインになる。

 1年2組のクラスの劇もこの後すぐや……


 この楠畑……やられっぱなしで引き下がる訳にはいかん。何としてもやつに糞を漏らさせるんや。


 勇ましく歩くウチが向かったのは体育館。

 カーテンが引かれ照明が絞られた薄暗い体育館はシアターみたいになっとる。並べられたパイプ椅子の前の方に席を取りどっかのクラスの劇を観る。無難な、ロミオとジュリエット。


『うわぁ…みんな演技上手いねぇ……いいなぁ、私もこういうのしたかった……』

「そか?恥ずかしいだけやで?大体後になってみれば黒歴史や」


 まぁ、これからホントの黒歴史を作るんやけどな……


『…香菜って実は結構拗れてるよね?友達居なそう……』

「やかましいねん……ところでな?あんたに頼みがあるんよ」

『えぇ?また?今度は何入れるの?』

「あんたを入れたいねん」

『…え?』


 上映スケジュールを見ながら肛門に向かって説明を始める。目的の演目は次や。


「ええか?さっきたこ焼き食いに来た男が居るやろ?あいつの肛門に入って欲しいねん」

『……えぇ?』

「そんでな……中入ってウ〇コ引きずり出す事って出来る?」


 肛門から響いてくるウチにだけ聞こえる声…超ドン引き。

 まぁえげつないんは分かっとる…せやけど往来で糞垂れ流されたウチの気持ち、あんたに分かるん?


「あの男、次の劇で出てくんねん。ええ感じにあいつの出番の時にあいつのケツから糞を噴出させて欲しいねん」

『……なんで私がそんなこと……男子のケツに入れなんて……』


 なんや?おどれ好きやろが。


「ええやん男も女もケツ穴は一緒や」

『違う!!私が好きなのは美少女の穴であって美少女のウ〇コなの!!』

「やかましいねん、なんの為におどれをケツに挟んで飯まで突っ込んだ思てるん?協力するて約束したやん」

『……てかあの子になんの恨みがあるの…?』


 やめぇやその声。ホンマにドン引きやん。


「ええから、訊かんでええからそんなこと。とにかくやって」

『いや……私他の肛門に移るにはある程度近寄らないと……』

「え?」

『私は便器とか肛門とかを依代にして現世に留まってるから……』


 近づけばええんやな?上等やんけ、そんくらいやったるわ。

 上映は次……2組のヤツらは既に舞台袖でスタンバイしとるはず……

 すんませんと平謝りしながら頭を低くして席を離れる。観客の視界を屈んだウチの影が横切ってく。


『ねぇ…可哀想だからやめない?酷いよいくらなんでも……私が』

「約束したやんか。ウチらダチやろ?」

『ダチをダチのケツにぶち込もうとしないで』

「あれはダチちゃう」


 たどり着いた。ステージ横の体育倉庫からステージの裏に入れる。

 案の定次の出番である2組のヤツらがステージ裏で待機しとった。


「あれ?えっと…隣のクラスの…?」

「まいど。ねぇ空閑居る?」

「まいどって…空閑君?」


 近くの女子に睦月の所在を尋ねる。見たところやつの姿はどこにもあらへん。どないなっとん?


「それがまだ来てなくてね……」

「え?」

「楠畑さん、空閑君になんか用事?伝言なら伝えるけど…」

「……あー…別に?ただ会いに来ただけやねんけど……」


 ウチらの会話を盗み聞きしよった周りの女子達がざわざわしだす。なんか妙な勘違いを誘発したみたいやけど、それどころじゃあらへん。


「ケータイ繋がらへんの?」

「誰も番号知らない」


 なんやそれ、使えんのぉ……


「ごめん楠畑さん、もう時間なくて…どこ居るか探してきてくれない?」


 ……え?ウチ?

 全く冗談じゃあらへんぞ。なんでや?なんでウチがそんなこと……

 しかしもし奴がバックレようとしとったら連れ戻さな計画が破綻する。

 どの道花子をケツにぶち込む為には近寄らなアカンし……


「……ええよ?」

「ありがとー!阿部さん、一緒に行ってくれる?」

「うん!」


 奥から出てきたんは…さっき軽音部のライブステージのとこに居った子。

「お願いねー!」という女子の声を受けながらウチら2人、空閑睦月捜索隊出動。


 *******************


「……さっきまで軽音部のとこに居たの…日比谷さんと一緒に来たと思ったんだけど……あそこら辺もう1回探してみよ?」

「うん」


 阿部に連れられて戻ってきた軽音部のステージには、今は誰も居らんでライブの準備だけがされとった。

 周りにも奴の影はない。


 そういやこの阿部って奴の声…どっかで聞いた思たらトイレに閉じ込められた日に日比谷と話しよった女……

 そうよな?さっきこいつが居った軽音部のステージも日比谷出とったし……


「……なぁ。あんた睦月の連絡先とか知らんの?」

「睦月……」

「ん?」

「いや、知らないんだ。えっと…空閑君とはお友達?」

「いや、因縁の相手や」

「い、因縁……?」


 周りを探したけどどこにも居らん……もしかしたら校舎かもしれん。

 2人で校舎の方に向かいながら睦月を探す。何としても見つけ出してステージ上に引っ張りあげる。そして漏らさせる!!


「……日比谷はさ」

「え?」

「あいつとは仲良いん?」


 間が持たんからなんも考えんで口に出してしもうた。直後に後悔。

 初対面同然のウチがいきなり日比谷と睦月について尋ねるとかどー考えても不自然。


 案の定阿部の奴は怪訝そうな顔をする。


「……うーん……まだそれほど……どうして?」

「いや?」

「楠畑さんは?仲良いの?さっきも会いに来てたし、今も……」

「だから因縁の相手やって」


 明らかに納得しとらん顔。何その顔。怪しんどる風やけどあの時トイレで盗み聞きしてましたーなんて言うんも違うし……


「……因縁って?」

「……永きに渡る因縁があんねん。あんま訊かんとって」

「もしかして幼馴染とか…?でも楠畑さん関西出身だよね?」

「…………うん?まぁ…せやったかな?そうかもしれへんし、ちゃうかも……」

「え?」

「幼馴染ちゃう。あいつと知り合ったんは入学してからや……」

「そっか……」


 ……沈黙。

 間が持たんなぁ……いやそんなこと言っとる場合とちゃう。さっさと見つけんと……


「……楠畑さん、変なこと訊くんだけど」

「いや訊かんとって」

「楠畑さん、空閑君のこと好き……とか…そういうことは……」


 なんなんこいつ!?どんだけめでたい頭しとんねん!?男女の交友関係=恋愛って捉えとんの!?脳内真っピンクか!!

 さっきの舞台袖の女子達もそんな風やったし、ウチはあのアイドル気取りとはちゃう!!


「……あんな?滅多なこと言わんとって?ウチは--」


 その時ウチの目に入ってきた後ろ姿は、どー頑張っても意識を持ってかれるインパクトがあった。


 それは2人連れの後ろ姿やったけど…

 そのうちの1人は小学校低学年位の男の子。もう1人の手を固く握って不安そうにピッタリくっついて歩いとる。

 そんでもう1人--男の子の手を引いて歩く後ろ姿……


 まず後ろ姿がおかしい。

 中世ヨーロッパ風の洋装に立派なマント……後頭部を包むのはボリューミーなもじゃもじゃの金髪。文化祭という舞台やから許されるようなもんやけど傍から見たら怪しいコスプレ野郎。


「この子のお父さん、お母さん、いらっしゃいませんかー!?」


 ただ、声を張り上げるその後ろ姿は迷子の親を必死に探す良心の塊みたいなやつやった。


「……あれ」

「あ!空閑君!!」

「え!?」

「だってあれウチのクラスの劇の衣装だし……」


 嘘やろ何しとんのやあいつ…

 いや……見たまんまか。

 バックレようとしよったわけやないんやな?迷子の親を探しよったんやな…


 ……なんや、いいとこあるやんけ。


「空閑君!」


 後ろから阿部に呼び止められ睦月が振り返る。

 子供の手を引くやつの面は謎の鉄仮面ともじゃもじゃのカツラに包まれ素顔が見えへん。これ、親探し回っとらんかったらホンマにただの不審者……


「……え?」

「もうすぐ始まるよ!?てか、なに?その仮面……」

「……ああ、阿部さん…?えっと…素顔出すの恥ずかしくて……」

「えぇ…今更、てか、やっと名前を正しく覚えてくれたね」


 仮面の下でくぐもった声で戸惑いながら応じる。困ったように手を繋いだ男の子と阿部を交互に見る。


「はよ行き。その子はウチが面倒見るけ」

「え?」

「いいの?楠畑さん…」


 流石に放っとかれんやろ?

 睦月から男の子を引き受けて阿部と行くように促したる。

 おどれにもちゃんと人の心があったんやって感心したわ。責任持って、この子の親はウチが見つけたる。


 ……まぁ、それとこれとは話がちゃうけどな?


「……そういえば、楠畑さん空閑君に会いに来たんだよね?」

「……え?空閑……俺に?えっと……」

「せやったせやった、激励や!しっかりやって来や!!」


 茶化すようなテンションで睦月のケツにヒップドロップ!!

 睦月と阿部がびっくりして目を剥く間にウチが口の中で指示を出す。


「--行け。頼むで」


 ケツが触れた一瞬に穴から何かが抜けていく喪失感、同時に睦月から「うっ!?」となんとも言えない気の抜けた声が……

 ケツに幽霊入れられて喘ぐな気持ち悪い。


 見直したけどそれとこれは別やで。しっかり借りは返す。全部精算してケリがついたら……


 そしたら、ちょっとは仲良うできるかもな?


 *******************


「良かったぁ……たっちゃん…」

「ありがとうございます」


 めっちゃ探した。

 途中たこ焼き食わせながら泣きじゃくる男の子宥めて、敷地内ぐるぐる歩き回ったらようやく見つけた。

 もう諦めて先生に預けようか思ったとこやった。


「お姉ちゃんありがと!」


 たこ焼きソースと青のり引っつけた坊やが赤い頬吊り上げて笑っとる。無邪気な坊やの頭を撫でてやる。


「もう迷子になったらあかんで?」

「うん!」


 親御さんからのお礼を辞退して時計を見る。あれから20分くらい経っとる。


 もう終わってしもたやろか……?


 ボルトもびっくりの瞬足で体育館へ走る。

 何としても間に合わせたい…ウチは…ウチは…何としても奴の脱糞シーンをこのスマホに収めたいんや!!

 何としても!!


 体育館の扉を開いて薄暗い館内に足を踏み入れる。

 結構埋まっとる席の間を縫ってなるべく前の席へ……


 間に合った。劇はちょうどいいとこみたいやな。


 ヒロイン役の日比谷と、それを背中に庇う主役のメガネの男子--剣を持って向かい合うのは睦月や。

 設定では悪徳領主のはずやけど、まだつけとる鉄仮面のせいで悪徳騎士って感じや。なんやちょっと威圧感あってかっこいいやんけ…


「…それは俺の女だ!返してもらおうかコソ泥!!」

「お前のような悪徳領主に、無垢な村娘が何人も苦しめられたんだー。黙って見ている訳にはいかない!」


 うーん…どっちも棒読みやなぁ……


「何を言う。その女は喜んでいたぞ?そうだろう?」

「はいっ!!」


 主役に庇われた日比谷がすんごい気持ちよく肯定したわ。え?ストーリーが分からん。


「あっ違った……そんなことないわ!」


 間違えんな。ボロボロやな。


 ……まぁええわ。

 まだ劇が続いとるっちゅうことはまだ漏らしとらんってことやろ?多分もうクライマックスや。

 最後の最後でぶちかまそうっちゅうことか。花子、分かっとるやんけ……


 ウチはスマホのビデオを起動して構える。その瞬間を見逃さんように……


「やぁぁぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁぁ!!」


 裂帛の気合いがぶつかり合う。いよいよラスト。悪徳領主と主役のレイピアが激しく打ち合う。ステージ上、照明に当てられた刃がキラキラと白銀に煌めく。ここは中々の迫力……


「…っ、領主様頑張っ--違う。旅のお方頑張って!!」


 おい日比谷お前やる気あんのか?本心ダダ漏れやんけ役に徹しろ?


 カンッカンッとぶつかり合う刃……一進一退の攻防。客達が思わず魅入る。2人とも本格的やなぁ……撮影に集中するウチの視界も画面を通したステージにしか向けられとらん。


 --そしていよいよその時が来た。


 主役が悪徳領主の手からレイピアを弾き飛ばす。腕を跳ね上げられた領主に「やぁぁぁぁぁ!!」と主役のレイピアの刃が迫る。

 空を切る鋭い斬撃は容赦なく領主--睦月の腹に打ち付けられた。


 もちろん玩具やろうし切れはせんやろうし手加減もしとるやろう。

 しかし一撃を受けた奴の口から漏れた「うっ!?」という声と反射的に丸まる体。

 これまでで1番の迫真の演技……


 いや違う!!

 これは……


 --ブリリリリリリリリリリリリリリリっ!!!!


 放出された気持ちのいい音と異臭は体育館を一気に静寂に包み込む。

 ナイスなタイミングで仕事をした花子により引きずり出された大量の糞が奴の衣装から染み出してステージとケツを茶色く染めあげていく。ウチは震える手でスマホを構えたままそれを見つめとった。


「……勝った」


「うぁぁぁぁ!!」「ひぃっ!?」「えっ!?嘘!?は!?」「うわぁぁもらしたぁぁぁ!?」


 悲鳴、絶叫、動揺、嫌悪感、パニック--


 ステージ中央、ケツを膨らませて呆然と立ち尽くす奴の周りが大混乱に陥る。

 どうしたらいいのか分からず立ち尽くす睦月の周りから演者達がドン引きしながら逃げていく。


「--っは!ははははははははははっ!!勝ったぁぁぁぁ!!ようやくやでぇぇ!!喜びや!!今日はおどれが主役や!!みんなに見てもらいや!!」

「おー、すげーハプニング。良かったな脱糞女、仲間ができて」

「そーやで!?仲間や!!おどれはウチと同じとこまで落ちたんや!!あはははははははは!!」

「もしかして撮ってた?後で見せて」

「ええよ?なんなら今から見--」


 ……ん?


 勝利の高揚感に水を差すその違和感にウチはスマホの画面から視線をズラして横を見た。

 さっきからしきりに話しかけてくる何者か--その聞き覚えのある声にウチの中でゾワゾワと嫌な胸騒ぎが広がっていく……


 まさか……


 --ウチの真横の席でステージをぼんやり見つめるのは…なぜか、なぜか!!たった今ステージで糞を漏らしたはずの空閑睦月……

 そう……空閑睦月その人。


 ……ん?は?

 え?

 なんで隣に……?ん?

 どゆこと?じゃあ今ステージで漏らしたんは……


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 周りのパニックにようやく状況を呑み込んだ悪徳領主役の何者かが発狂する。頭を抱えて激しく振り、チンケな作りの鉄仮面がその振動で勝手に外れた。


 その仮面の下の素顔に、ウチも、ステージ上の演者達も、誰もが目をひん剥いた。


 仮面とカツラの下には坊主頭の団子っ鼻の男子が居った。それは、どっからどー見てもウチの隣に居る男とは似ても似つかんで……


「誰っ!!!!!?」

「さぁ…野球部かなんかじゃないか?」


 と、冷めた口調で呟く睦月。

 ば……馬鹿な!?影武者!?なんで!?


「おっ…おどれ…っ!!どういうことや!!あんたが出演するんやなかったんか!?誰やあれは!?」

「代わってやったんだよ」

「…………は?」

「ほら、ヒロイン役日比谷だろ?だからな?あいつ日比谷が好きで好きでシューズ舐め回すレベルだって俺に熱弁して頼むから代わってくれないかって頼み込んできたからね?」

「な……な……っ」

「あぁ、そんなに日比谷と共演したいんだなぁって思って……代わったの。しかし、好きな女の前で糞を漏らすとは……あれもそういう愛情表現なのか?どう思う?脱糞に関しては先輩だろ?」

「な……………………っ」

「どうした?」

「なんでやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

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