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これでいいんや

 --秋山何某、下の名前は知らない。同じクラスの軽音部。

 午後から始まる軽音部のライブ準備の為、職員駐車場に設置されたステージの上は慌ただしく機材が運び込まれていた。リハーサルなのか軽音部員が軽く流してる。リハーサルの時点で既に何人かの生徒達が見物に来ている。うちの軽音部はなかなかの評判だから。


 ……そんな軽音部のライブに、ダンスで3年の男子を参加させたい、しかも相撲部。


 当日本番前にとんでもない無茶振りだが、やってみせましょう。ええ。


 --私は可愛いから。


 凪と空閑君が遠くから見守る中私はステージに近寄る……


「あれ?日比谷さんだ…」「可愛い……」「日比谷真紀奈だ」


 ……おふぅ。まるで女優かなんかにでもなった気分。男子が多いのもあってかギャラリーからざわめきが……

 そう、ただ歩くだけで、そこに居るだけで人を幸せな気持ちにする……私の義務。私にしかできないこと。


「秋山さん」

「ん?あー、日比谷さん!」


 軽音部の黒いドクロ入りTシャツに袖を通したショートボブの女の子--秋山何某が私の姿を見つけてステージの上から降りてきた。

 既にギターが下がってる。普段クラスでは目立たない方だけどこうして見ると様になってる。よく見るとギター弾いてそうな顔だもん。


「なになにどうしたの?」

「相談があって……」

「なに?あ!クラスの劇頑張ってね!!」

「あぁ…ありがと」


 めっちゃ話すなぁ…初めて喋ったのに……


「それで?」

「あのさ……急で悪いとは思ってるんだけど、午後からのライブに出してもらいたいの……」

「……え?」


 無理よね?無理ですよね?


「……その、ダンスをね…?」

「え!?」

「無理かな?無理ですよね?いや、3年の男子--」

「日比谷さん出てくれるの!?」


 は?


「え?日比谷さん踊るの?」「まじ?」「嘘ー!」「おーい!日比谷さんが軽音部のライブに出るってよ!!」


 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!?


「待ってっ!?違--」


 慌てる私に近づいてきたのは軽音部のメンバーと顧問。

 はわわわわわわわわわわわヤバい助けて。無理って言って!!てか話を聞け!!


「日比谷さんがバックダンサーやってくれるって!!」

「日比谷って、あの日比谷?」「へー、面白そう」「そういうのあった方が、盛り上がるよな?」「日比谷さん可愛いし、映えるよ!」

「いいですか?先生?」


 やめろ秋山何某!話を聞け!!どうして私の話を最後まで聞かない!?

 無理だよ出来ないよ!?これは軽音部のライブだよ!?無理って言ってお願い!!


「よろしく、盛り上げてくれよ日比谷」


 あ……死んだ……

 待て!投げやりになるな!!今なら間に合う!!

 勘違いだと!!3年の相撲部ですって言え!!言うんだ--


「ひーびーや!」「ひーびーや!「ひーびーや!」「ひーびーや!」「ひーびーや!」


 ……………………………………


「--任せて!!」


 *******************


「ごめん」

「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?なんで?なに!?どーして引き受けたの日比谷さん!?ダンスなんて出来るの!?」


 発狂する凪。盛り上がるステージ側をぼんやりと見つめる空閑君。


「いや……あれだけ期待されたら私としては引き下がれないというか……ほら、私はみんなの--」

「いやいやいやいやいやいや!!ないから!?チョーシに乗りすぎだから!!何が任せてなの!?ダンス出来んの!?ねぇ!!」

「……」

「日比谷さん!?」


 詰め寄る凪に私は俯いたまま--ニヤリと口元に不敵な笑みを浮かべて応えていた。

 私のその表情に凪がハッとして後ずさる。


「……え?運動音痴の日比谷さんが…?」

「……凪、私昔アイドル目指してたって、話したよね?」


 ハッとする凪。遠い目をした空閑君。


「……まさか。え?でもオーディション落とされてるよね?」

「私があれから、何もしてこなかったと思ったの?」

「えぇ!?夢敗れたから自意識過剰拗らせたって話だよね!?まさか……諦めてないの!?」

「え?日比谷さんアイドルになるの?」


 空閑君まで食いついてきた。

 2人の視線を真っ向から受け止め私はドンと胸を張る。


「何もしてこなかった!!」

「……」「……」

「別にアイドルになろうとか思ってないけど!でもね!!こう見えて一応ダンスレッスンとか受けてたんだから!!可愛いだけじゃないから私!!」

「可愛いは譲らねぇのな……」

「可愛いだけだからオーディション落とされたんでしょ?てかそれ何年前?今も踊れる?」

「…………体は忘れてない…はず」

「今からでも遅くないよ。辞退しよう!」

「出来るわけないでしょ!?みんな私に期待してるんだよ!?」

「それは偶像の日比谷真紀奈であってあなたじゃないから……」

「なっ!?なんでそんな……酷いことを……」

「親友を思って心を鬼にしてるんだよ?日比谷さん、見栄を張りすぎると逆に恥かくよ?」


 さっきから無礼極まりない凪の発言に顔を赤くしてキレてると、向こうから秋山何某が駆け寄ってきた。


「日比谷さん!これ、午後のライブの演奏リスト!!あとこれうちの部活のTシャツね、制服よりカッコイイから……」

「あ…ああ、ありがと……」

「一応今から合わせてみる?ぶっつけ本番ってのもあれだし……」


 ……え?今から?

 いやそれはちょっと待っ--


「バックダンサー1人って寂しいよな〜」


 そこで不意に声を投げてきたのは今まで空気だった空閑君だった。

 彼の言葉に全員彼を見たが、彼の発言は的を射ていた。


 確かにバンドメンバーの後ろで1人が踊ってるってのも……


「……た、確かにそうだね」


 と、思案顔の秋山何某。


 ……はっ!もしかして私に助け舟を出してくれた!?1人じゃしょーがないよねー的な流れにして今の話なかったことに……


「ダンス部とか誘ってみたら?」


 えぇぇぇぇぇぇぇっ!?違うの!?どうして!?なぜ今追い詰めた!?


 秋山何某、空閑君の案を拾い上げる。「それだ!」と言わんばかりに顔を輝かせて…


「俺が声かけてあげる」

「ほんと!?空閑君ありがとー!!」


 話をいい方向に持っていく空閑君に対して私と凪が信じられないといった目線を送る。

 そんな私達の目の前で「その代わり…」と空閑君は秋山何某にお願いをする。


「1人参加させたい奴が居るんだけど…」

「ん?」

「男なんだけど…いいかな?」


 ……こいつ、まだ諦めてなかった!?

 まぁ最初からそういう話だったけど…私が交渉しくじっただけだけど……


「踊れる子?」

「って言ってる。自信あるらしい」


 空閑君の言葉に秋山何某、「おっけー」と気軽に了承。


 こうして私含めて6人くらいで踊ろうねっていう話に--


 ……話になっちゃった。


 *******************


 ……数分後、驚くべき行動力でメンバーを5人集めてきた空閑君。ただその人選に難があるのは誰の目にも明らかだった…


「ダンス部の4人と…相撲部3年の小倉先輩」


 1人は豚だった。


「くくくくく、空閑君!?えっと……」

「ん?秋山さんどうした?」

「いや……なんでもないです……」


 女子に囲まれ1人荒い呼吸を繰り返す小倉とやら……コフーコフーと言ってる。正直視界に入れたくないレベル。なんでそんなに汗かいてるの?


 この日比谷真紀奈と踊る面子として相応しくなさすぎる…

 まぁ、いいか……

 私がいればそれだけで場が華やぐというものだ……


「……えっと、プロデューサー、拙者1人じゃないのかい?」

「は?テメーが1人で荒ぶってるの見て誰が楽しいんだよ!黙ってやれ。俺を認めさせなければオーディションを受けることは許さん」


 オーディション?なんの?


「…………えっと、じゃあとりあえず1回合わせてみよう」


 秋山何某の呼び掛けに応じてそれぞれステージに上がる。急遽決まったことなので振り付けは単純で覚えやすいもの……


 ……いける。これなら問題ない。

 これくらい簡単なやつなら踊れるはず……昔習ったことを思い出すんだ……


 何度も繰り返しタブレット端末から流れるダンス動画をチェックして深呼吸。

 この日比谷真紀奈。全人類のアイドルとしてここで恥をかくことは許されない。期待に応えなければ……


 練習だと言うのに気合を入れてステージから前に視線をあげる。


 …………これは。


 そこから見る景色はいつもの学校の敷地内なのに、なんだか違った景色に見えるような気がした。

 ステージの上に立っている--たとえそれが教壇を重ね合わせただけの簡素なものだとしても、その意識が私の視界に映る世界を一変させた。


 これは……あの時敗れて諦めた夢の続きなのでは……?

 なんだかそう思った途端体から力が湧いてきた。じんわりと熱くなっていく。体温が上がる。


「じゃ、スタート!」


 軽音部部長がスティックを打ち鳴らし、それに合わせていくつもの音色が重なる。

 素人目線でも素人だと分かる軽音部の演奏だが、それでも熱量と迫力は大したものだった。


 さぁ!やろうか!!


 リズムに乗って体が動き出す。なんだか時間があの頃に逆行したような--あの時、純粋に何者にも成れると信じてたあの頃の自分に……


 --は、早いっ!?


 そんな簡単ではありませんでした。はい。

 テンポが早くて早くも着いていけなくなってきました。はい。そんな都合のいいことは有り得ませんでした。

 ちょうど昼時でギャラリーが食べ物屋の方に行ってくれて良かった。この醜態は晒せない。

 なまじ経験がある分余計に自分のダメさが分かる。ぎこちない動きは固くまるでロボットダンス…………


 ……………………

 ………………………………!?


 その場の全員が思わず目を剥いたと思う。


 私の隣で躍動感溢れるダンスを披露する巨漢。その動きはダイナミックかつ流れるようで、ステップの度地鳴りのように響く足音とブルンブルン震える情けない肉に目を瞑れば完璧……


 誰が予想した?この場で1番かっこよく踊るのがこのデブだと。なんなら私が霞んでる。ダンス部も霞んでる。

 男ならではの迫力のある動き。これは……


「あー……ちょっと待って?」


 隣で思わず魅入る私達の耳に演奏に割り込む空閑君の声が滑り込んだ。

 演奏も止まり、その場の全員が待ったをかけた空閑君を見る。


 凪と軽音部の顧問と並んだ空閑君はステージ上の小倉を真っ直ぐ見つめていた。


「…………え?どうしたあんた」

「なにが?」

「……いつの間に踊れるようになったんだ?校内新聞の取材の時はただの暴れるトドだったじゃないか……」

「言ったろう?自信あるって……」


 信じられないといった顔で小倉を見つめる空閑君。私も信じられません。

 小倉は空閑君に向かって訴えるような、自信に満ちた瞳を向けていた。


「……認めるだろ?空閑プロデューサー」


 ……プロデューサーってなに?


「…………いや、踊れりゃいいってもんでもないんだけどね?」

「なに!?ここまで来てまだ往生際悪く拙者を認めないと!?」


 拙者?


 訳の分からないやり取りを傍観する中で、2人の応酬を手を叩いて止めたのは軽音部の顧問。


「いや、いいね……想像以上に、いいんだけど……」

「デブが目立ちすぎだ。お前、センター行け」


 顧問と空閑君がバックダンサーの配置を指示する。

 1番迫力のある小倉をセンターに据えて、私は端っこに追いやられた。屈辱だが、今回は仕方ない。潔く負けを認めるしかない。


 しかし軽音部の顧問は分かるとしてなぜ空閑君にまで指摘される必要が……?


「あとさ、小倉先輩いいんだけど…周りを無視しすぎ。合わせろ。あと日比谷さんも遅いしぎこちない」


 名指しで指摘された!?


「ふむ…演奏も変えた方がいいね……秋山くん、最初の--」


 *******************


 ……日比谷さんと空閑君を一緒にまわらせようという目的が、なぜこうなったの?


 困惑しながらも、顧問と空閑君の指導の元メキメキ上達してくる日比谷さんをそっと見守ってた。

 日比谷さん、短時間で周りについていけるようになってる。

 昔レッスンしてたってのは本当かもしれない……でも、これだけ踊れても落とされるんだ。アイドルって厳しい世界なんだな……


 なんて--

 なんだか蚊帳の外な気分で練習を眺めてた私の隣に、誰か来た。

 校則の緩い学校とはいえ、黒と白のツートンカラーの髪色に左右4つずつ空けたド派手なピアス……

 しきりにお尻を擦りながら苦悶の表情を浮かべる女の子。


「……なんやこれ?」

「軽音部のライブの練習」


 答えたら「お前に訊いてねーよ」みたいな顔された。ひぇっ!


「……なんや凄い面子やな……迫力ありすぎやろあのデブ……ん?あれ日比谷か?」


 この子…関西弁だ。


「なぁ、空閑睦月に用あるんやけど……」

「え?空閑君?」

「うん。呼んでもらってええ?」


 えぇ……なんの用だろう?この子誰だろう?どんな関係なんだろう?

 空閑君ってあんまり特定の誰かと一緒に居るイメージないけど……友達?もしかしてこの子も……


 勝手にドキドキしながらもステージに指示を出す空閑君の肩を叩く。


「?綾小路さん?」

「阿部だって言ってるよね!?覚える気ないでしょ!?てかわざと!?」

「いや……なに?」


 めんどくせーみたいな反応やめてもらっていい?


「なんか呼んでるよ?」


 私が視線を寄越す先で腕を組んで空閑君を見つめる彼女……目が合った空閑君が訝しげな表情を浮かべた。


「なんの用?」

「さぁ…聞いてないよ」

「ふぅん……」


 あからさまに面倒くさそうな顔をしながらも空閑君は呼び掛けに応じて向かっていった。


 ……ほんとに何してんだろ?私達。


 *******************


「……え?なに?なんの狙いがあって俺のところに?」

「いきなり失礼なやっちゃな……そんなんないわ。ただ暇やけ会いに来ただけや」


 偉そうに腕を組んでそう言う脱糞女からはなにか邪な考えがプンプン漂ってくる。

 俺とこいつはそんな仲ではない。断じて……


「ちょっとまわろうや。飯、食った?」

「は?俺とお前が?なぜ?」

「……いちいちやかましいなぁ?え?なに?一緒に飯食うのに理由がないとあかんの?奢ってやろ思たのに……」


 ……怪しい。くさいぞ。


「兄貴がな、おどれのこと気に入っとんのや……仲良うしいやって……せやけんこうして会いに来てやっとんのぞ?ほれ、なんだかんだ入学してからの仲やし、顔合わせても言い合いばっかやったやんけ……そろそろ仲直りしてもええんちゃうかなって思ただけや」


 やっぱりくさい……怪しい……


 とりあえず狙いを確かめる為脱糞女に着いていく……もちろん警戒は怠らない。

 なにせこいつは歓迎遠足で俺に下剤を盛ろうとした女だ……

 なにか企んでるに違いないのだ……


「ウチのクラス、2日目はたこ焼きやねん。ウチな?こう見えてたこ焼き焼くんめっちゃ上手いんやで?ご馳走したろ思ってな?」


 ……怪しい。


 脱糞女のクラスの屋台まで来る。昨日はなにか別の物を売ってたような気がするが…日毎に変えるとは気合いが違う。


「……なに?奢ってくれんの?」

「せやせや、ウチが焼いたる。見ときや?ウチのたこ焼き捌きを」


 脱糞女はたこ焼きを焼いていた女子から生地の入ったボウルを受け取ると慣れた手つきでたこ焼き機に流し込み始めた。


 *******************


 ……かかったな。


 奴の--睦月の気ぃ抜けた顔。なんも警戒しとらへん。

 それもそのはず。そうなるように演出しとるからや。

 どーいうわけかこいつはウチの盛った下剤を華麗に躱しよる。

 歓迎遠足のスパゲティも、体育祭のお茶も……多分警戒しとんのやろ。


 せやけどこうやって目の前で焼いてやれば、警戒せぇへんはずや。なにせウチはなんもせん。普通にたこ焼き作るだけやからな……


 --ウチはな?


「……やれ」


 たこ焼きを焼きながら小声で自分のケツに向かって指示を出す。

 それに応じてスカートの裾が少し持ち上がりウチの肛門に潜んどったトイレの花子が参上する。


 ウチはこの二日間、花子に肛門貸す変わりに今回の計画への協力を頼んだ。

 このクソ野郎には2度も脱糞させられとる。今回はウチの番や!!

 花子は幽霊……睦月には見えんはず。こいつに下剤を入れさせれば警戒せず食うはずや…!


『この粉を入れればいいの?どれくらい?』

「全部や…」

「ん?なんか言った?」

「いや?そーいや午後からあんたらのクラス、劇やるんやなぁ…ポスター見たで?出るんやろ?自分」

「……まぁ」

「見に行ったる。楽しませぇよ?」


 見届けてやるわ……おどれが壇上で糞を垂れ流す姿をな!!


「……別にいいよ」

「そう言うなって……ほら、焼けたで?」


 完成や、下剤入り特製たこ焼き。1番端の1個には下剤が5錠分も入っとる。地獄やで?


「ほれ!食べな!!」


 満面の笑みと共にたこ焼きを差し出し--


 ……ん?こいつ。

 受け取らへん。まさか!!ここまでして警戒しとる!?なんちゅー警戒心……馬鹿なっ!?


「どないしたん?」

「いや……」

「なんや?冷めんうちに早よ食いや?」

「…………俺、たこ嫌いなの」


 なんでやねん!?たこ焼き食えんちゅうんか!?だったら先に言わんかい!!

 いや嘘やな。たこ焼き嫌いな奴なんて見たことないわ。これは奴の本能が危機を察知しとる……恐るべき男や。

 せやけどウチからは逃げられへんで?何がなんでも食わせた--


「じゃあもーらい」


 ウチの死角から不意を突いて伸びてくるクラスの男子の手がたこ焼きを--下剤入りの一番端のたこ焼きを掠め取って口に放り込んでしもた。


 あーーーーーっ!?


「ちょっと!」「せっかく香菜が空閑君の為に作ったのよ!?」「何してんのよ馬鹿!空閑君も食べなよ!!」


 女子の大ブーイング。調子に乗った男子がバツが悪そうに平謝りしとるけどそんなんウチの耳には入らん。


「……そうだな。折角作ってくれたんだし……」


 って食うんかい!?

 下剤入りが消えたたこ焼きの船からたこ焼き持っていきおった。

 くっそ!!!これじゃホンマにただこいつにたこ焼き焼いてやっただけやんけ!!


「……美味い」

「……せやろ?」


 アカン…アカンで。耐えろや。引き攣りながらも笑みを返す。メイド喫茶で鍛えたプロ根性。


「ありがとうな?」


 --自分の為に作ってくれたたこ焼きに対して、無邪気で屈託のない笑顔を返してくる睦月。

 そこにはウチが邪推しとったみたいな警戒心は欠片も感じず、ウチの善意と思っとる行為を心から受け止めてくれとった。


 睦月の初めて見た人懐っこい笑顔に毒気が抜かれていく。


 …………ウチ、何しとんのやろ?


「……ええってええって、これで仲直りやな?」

「……うん」

「劇頑張りや?見に行ったるけ」


 ウチの激励を受け取って睦月はたこ焼き持って背中を向ける。

 少し歩いて1度振り返ってから手を振る姿にクラスの女子から「かわいー」「なになに?どーゆー関係?」などと浮ついた声が飛んでくるが、無視。


 これでいいんや……これで……


 1人去っていく睦月の背中に、ウチはなんだか軽くなった心を抱いて小さく手を振り返しとった。


 そう、これでいいんや……

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