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なんとなく、やです。

 --文化祭二日目、最終日。

 日曜ということもあって昨日より大勢の客が校内を練り歩いている…

 活気溢れる雑踏から隠れるように、俺たちは校舎の影に居た。


 俺を呼びつけたのは同じ同好会の小倉先輩……彼は脂ぎった顔をテカらせながらメガネもついでに意味深に光らせている。


「…ごめんな、空閑一等兵…こんな日に呼びつけて…」

「なぁ、その前に俺はいつになったら一等兵から出世するんだ?俺同好会の代表なのにお前らより階級低いんだけど?」

「一番新参だから…」

「とりあえず拭け」


 なぜ11月にこんなに汗が出るんだ?デブの体温恐るべし、これを利用して人間発電機が作れるかもしれない。電力問題解決だ。


 俺からあぶらとり紙を受け取って頬肉を踊らせながら手拭いで顔面を拭くみたいに顔の油分を拭う。違う、そうやって使うやつじゃない。


「で?なんの用なんだよ?」


 本題に入るよう促す俺に小倉先輩は答えず深刻そうな顔をしたまま俯いていた。これは余程の要件なんだろう…俺も気を引き締め直す。


「…俺、オーディション、受けるよ…」


 たっぷりと間を置いてから小倉先輩が口にしたのはそんな俺の受け止める覚悟で鼻をかんで丸めて捨てるようなぶっ飛んだカミングアウト。


「……なんの?」

「アイドルの……」


 しかも1度捨てたそれでクソした後のケツまで拭きやがった。


「……なんで?」

「俺…来年卒業だろ?」

「うん」


 3年だからな。


「3年間……この同好会で切磋琢磨してきた」


 こいつ3年間もあんな活動を…?てか3年間も存続してたのかあの同好会は。1度潰れたけど。


「俺の中でアイドルへの夢は絶対諦められないもんだし……初めて会った時空閑一等兵に言われた言葉で俺は改めてこの夢を諦めたくないって思ったんだ……なにより、この学校で頑張ってきたことを無駄にしたくない。」


 学校で頑張ってきたことがアイドルになる為の同好会活動とか悲しすぎる。他になんかあんだろ?


「なにか、残したいんだ…成果を……」


 重い吐息とともに小倉先輩は俺に胸の内を吐き出した。たこ焼き臭い。唇に青のり付いてる。


「……そう」

「君には話しとかなきゃって思って…プロデューサーだから……」

「あ、そう」

「応援…してくれるかい?」

「いや」


 俺の即答に意表を突かれたように小倉先輩が固まる。

 応援しない。だって無理だもん。成果でないもん。


「あんた、進路は決まったのか?」

「そんなことより俺はアイドルになるんだ…」

「いやアイドルじゃなくて卒業後の進路…」

「俺はやるよ…ここで培った全てを出して、アイドルオーディションに受かるよ…」

「無理だから。で?進路は?」

「進路希望調査にはアイドルって書いてる」

「お前はまず進路を決めろ」

「アイドルだ!!」

「お前は相撲取りになるんだろーがっ!!」


 ヒートアップする小倉先輩に釣られて俺も激しく彼の胸ぐらに手を伸ばす。掴もうとしたけどシャツがパツパツすぎて掴めなかった。


「アイドルだ!!」

「馬鹿野郎!!鏡見てこい!!お前どうして気づかない!?自分の溢れ出る才能に!!俺はな!!無謀な夢に挑んで敗れるあんたを見たかないんだよ!!あんたは相撲取りになるんだ!!」

「なんで相撲取りなんだよっ!!」

「お前は相撲取りだろーがっ!!どう見ても!!」

「俺はアイドルだっ!!!!」


 小倉先輩の張り手が俺を突き放すように飛ぶ。


 --ベチィィィンッ!!


「ぐはっ!?」


 強烈な張り手に吹っ飛ばされた俺の頭が後ろの壁に突き刺さった。


「…拙者、空閑一等兵の指導で確かに成長した」


 指導してない。したのは相撲部への紹介だけ。てか俺とか拙者とか一人称ブレブレじゃねーか。


「自信…ついたんだ。それに拙者にはもう時間が無い」

「そうだな。進路を考えろ。体育大に行け。今なら間に合う。てか抜いて?」

「決めたんだもう……橋本軍曹にも伝えてある」

「考え直せ」

「決めたんだ…デビューする」

「デビューするか決めるのはお前じゃないし、なぜ分からない?この威力を見ろ」


 頭がめり込んだ自分の姿を指さす。


「お前が角界入りしたら間違いなく天下を取れるぞ?栄光への道がそこにあるんだぞ?分かるだろ?アイドルになんてなってみろ、てかなれないけど…なにかの間違いでなれたとしてもすぐに干されて終わりだ」

「自分の夢を諦めたくない」

「夢に生きるのも結構だが現実を見失うな。あんたこの数ヶ月何してた?食って寝て相撲してただけだろ?もう相撲取りじゃん?それしかないじゃん」


 俺の心からの説得も彼には届かないのか……でっぷりした体に覚悟を滲ませ、凄まじい威圧感を俺に放ってる。と思う。壁に頭が刺さってて見えないけど。


「……どうしても行くのか?」

「うん……」


 俺のため息が壁の中でこぼれた。


「……だめだ。俺はお前のプロデューサーだ。お前がオーディションを受けるかどうかは俺が決める」

「なにもプロデュースしてくれなかったじゃないか」


 てめ…っ!さっきと言ってること違うだろが。なんなんだこいつ。


「相撲部に連れてってやったろ?」

「君はアイドルプロデューサーだろ!」


 勝手に決めんな。


「……あんたが俺の出す試練をクリア出来たら、認めるよ」

「え?なんで空閑一等兵からそんな無茶振りされなきゃいけないの…?」

「いちいちムカつく奴だな……オーディションの練習だと思えばいいだろ」

「で?何をするんだい?」


 俺はたっぷり間を置いて勿体つけてから小倉先輩に鋭い眼光を向ける。彼の覚悟を問うために。残念ながら壁に埋まってるのでその視線が届くことはないが……


「……今日の軽音部のライブに出てもらう。客の前で踊れ」

「…………えぇ?とんでもなく迷惑じゃん」

「お前が下手くそならな」

「デビュー前だから下手なのは仕方ない」

「おいっ!!てめぇさっきまでの言葉は嘘か!?そんな気概でプロになれると思ってんのか!?自信ついたんだろ!?やれ!!お前の3年間の努力を俺と観客に見せつけろ!!」


 彼は今何を考えてるんだろう……

 俺の煽りに反応せず沈黙を返すのみの彼の方を伺う。壁しか見えない。

 しかし、これで奴も……


「……いいよ。分かった」


 え?

 は?まじで?いや本気にするやつがあるか。


「認めさせてあげるよ……いつまでも君の知ってる拙者じゃないから……」


 決め台詞を吐いて足音が遠のいていく気配。


「おい待てこら。ふざけんな嘘に決まってんだろ!!誰がお前なんぞステージに……おい!それよりこれ抜け!!」


 *******************


 --私は可愛い。

 お祭りと美女--これは調和。ワイワイと賑わう雰囲気とそこを流麗に歩く美の化身。祭りの雑踏の中この女を連れて歩きたい…誰もがそう思うでしょ?

 でも、その権利を有するのは選ばれた1人だけ…


 凪が「空閑君誘ってまわろ!」と言い出した。まわるって回転するって意味じゃないよね?

 つまりデートしろと?


 --私はどうやら空閑君が好きみたい。

 私の秘めたるドMを開花させた……あれからオカズがSMもの一択になった。B級ホラーのグロ描写にもよりのめり込んだ。痛めつけられてるのが自分かと思うと……


 あの時の甘い痺れるような感覚--あれが恋なんだ。

 凪に話したら違うって言われたけど、あれが恋なんだ。

 また空閑君にぶたれたい…辱められたい。


 ……今日はうちの演劇の本番……

 つまり観衆の見守る中で私は彼に……


「はぁ…はぁ…はぁ…」

「え?なに?急に鼻息荒いよ?怖……それより空閑君どこかな?」

「お昼近いし何か食べてるのかも……」

「いい?日比谷さん。好きなんだって分かったなら今日はガンガン行こう!日比谷さんに落ちない男は居ないと思う……内面さえ隠してれば」

「…………そう、かな」

「え?なんでここに来てそんな不安そうな……いつもの傲岸不遜な自信はどこへ…?」

「いや…だって空閑君ってなんか壁あるし……私に興味あるかな…?」

「何言ってんの!?球技大会であんなに日比谷さん守ってたじゃん!」

「………………うん。まぁ、これだけ美しい女が目の前に居れば守りたくもなるよね……」

「えぇ…?不安そうな顔でいつものやめてよ。情緒不安定……てか、空閑君は……」


 凪がキョロキョロする間に、私の恋する乙女センサーがピコーンッてした。


「はっ!空閑臭!?居た!!」

「え?空閑臭ってな--…うわぁ」


 旧校舎の校舎裏、人気のない場所で頭を壁に突き刺した空閑君らしき人物。なんだろあれ。もしかしてあれも展示なの?


「………………空閑君?」

「ん?誰?その声は田辺さん!?」

「阿部だよ!?」

「おぉそうか……ちょうど良かった!ちょっとこれ抜いてくんない?」

「え…?何があったの?」

「その声は藤島さん……」

「日比谷!!」


 私の声を聞き間違えた!?信じらんない!!てかうちのクラスに藤島とか居ないし!!

 はっ!?これもプレイの1つ?私の尊厳をへし折るプレイ--


「ほら日比谷さん、引っ張って。せーの」

「むしろひっぱたいて欲しい」

「馬鹿言ってないで早く!!」



「……いやぁ助かった。知り合いの相撲取りに叩きつけられて」

「え…?大丈夫?先生呼ぶ?というか保健室行く?」

「平気。心配してくれてありがとう沖田さん」

「阿部!!」


 状況は意味不明だけど救出完了。腰痛い。

 憤慨する凪を放って私は意を決して彼を誘う……ん?誘う?

 誘うってどうやるんだ?友達を遊びに誘ったこととか、考えてみたら1度もない。凪とは自然にいつも一緒だし……

 というか、みんな自分から私に引き寄せられてくるものでしょ?私から声をかける必要が?ない。


 しかし今がその時のようだ。

 うーん……ここは魅力を武器にした方がいいよね?色気を……私をぶった叩きたくなるような誘い方……


「……ねぇ、空閑君?」

「日比谷さん!?なんでスカートめくろうとしてんの!?誰かに見られたらどーすんの!?盛すぎだから!!落ち着こうか!!」


 スカートずり落ちる勢いで凪に止められた。むしろ脱がしにかかってるレベル。


「……凪が誘ってよ」

「えぇ……」

「どうしたらいいか分かんない…いい感じに誘って、いい雰囲気にセッティングして、ホテルに行く流れにして!」

「なんで!?行かないよ!?」

「凪は行かなくていいんだよ」

「誰も行かないよ!?」

「早く叩かれたい」

「落ち着こう!!」


 コソコソと話す私達を訝しんだ空閑君は、「俺忙しいから行くね?」と言い残してサラッと私達の横を通り過ぎた。


 この日比谷真紀奈を前にスルーするとは!?


「あっ!待って待って!!」

「まだ何か?近藤さん。」

「あ・べ!!」


 顔を赤くして本気で怒りそうな凪。仕方ないよ、私の隣にいたら…マリリン・モンローでも霞むよ。

 使えない友人を押しのけて前に出る。


 正面から見つめる彼の顔--

 色白いなぁ……馬鹿みたいに放課後汗だくになってる男子たちが黒糖に見えてくる。

 目、切れ長だなぁ……

 意外と背、低いなぁ……

 体細いなぁ……こんなんでも、意外と運動できるんだもんなぁ……


 思えばまともに彼を見つめたことがなかった。これで好きですなんてお笑いだよね?

 彼に真剣にいじめてもらう為にも、今日はしっかり彼のことを見つめよう。


 ……これが私の初恋の人。地味だ。隣に立ってても気づかなそう。そう思わせるのになにか惹き付けられるものがある。人間力的な……謎の引力を感じる。

 まぁ容姿だけなら私と並んでたら存在が霞みすぎて溶けて消えそう……


「あのさ!私達と一緒にまわらない!?1人より3人のが楽しいよ?」


 こんな感じ?こんな感じでしょ?

 優しく微笑んで手を差し伸べる。この姿、絵になる。こんなの男子が見たら発狂する。


「やだ」


 そうでしょ?私とデート出来て……は?


「え?」

「やだ」

「…………は?」

「あ、あ!空閑君なにか用事でもあった?約束とか……」

「やだ」

「えぇ…どーする日比谷さん全力拒否だぞ」


 脳が凍る。フリーズ。私に一体何が起きたんですか?

 ………………………………………?


 なんで!?なんでやなの!?なーーーーんーーーーでーーーー!?


「……日比谷さん、劇の練習中ずっと空閑君に叩かれて喜んでたんじゃない?ドン引きされてんだよ」


 耳元で失礼極まりない凪。黙れ。


「……く、空閑君…落ち着こう?」

「俺は冷静だよ」

「あまりのことに事態が呑み込めてないんだよね?でもね、これ現実……私が、この日比谷真紀奈が!!一緒に遊ばないかと誘ってるの!!よく考えて!?よーーーーく考えて!?」

「考えた。もういい?」

「いや考えてない!!考えてないからそれは!!え!?何が!?何が嫌なの!?凪!?凪が嫌なんでしょ!?こいつはすぐ消すから!!!!」

「おい」

「……いや、まぁ、仲良い2人に交じる気まずさもあるが……それ以前にやだ」

「なんでっ!!!?」

「なんとなく」


 --ななななななななな、なんとなく!?特に理由ないけどお前とはまわりたくないと!?なぜ!?

 世界中の男が夢見るこの日比谷真紀奈とのデートだよ!?そんな馬鹿な!!

 こいつも!?こいつもなの!?こいつも『お前なんかに興味ねーよ』勢!?嘘だ!!そんな奴が2人も3人も居て--


「えっと……はは、日比谷さんほら、あんまり無理強いしたら可哀想だよ?空閑君もいきなり女子から誘われたら困るよね?」

「困る困る、可愛い女の子2人からいきなり誘われたら照れる」


 あ、好き♡

 凪がカウントされてるのがわけわかめだけどとりあえず彼は私の魅力を正しく理解してくれる正常な人間だった。

 今すぐぶっ叩いて下さい。


「な…………なんだ。照れてたんだ 」

「いやそれもあるけど……」

「日比谷さん…ほとんど面識ない女子に面と向かって可愛いだって。なかなかのプレイボーイだよ、空閑君は…」


 うるさい凪、黙ってて。


「大丈夫だよ?友達じゃん?照れなくてもいいよ。もう高校生だよ?そんな中学生みたいなこと言ってないで一緒に行こ?私、空閑君のことあんまり知らないから仲良くしたいな?」


 どう?どう!?惚れた!?ありがとう!!


「……俺、忙しくて……」

「え?クラス出店の当番じゃないでしょ?友達と約束?友達居ないよね?」

「傷ついたぞ今の」

「えー?しょうがないなぁ……じゃあ付き合ってくれたらお礼してあげるよ」


 ほら!!上手っ!!自分が怖いわこの魔性っぷり!!自然な感じで今後にも繋いでるし!!ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!世界最高の美女で魔性とか!?ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 お礼はやらしーことだよね?空気読んでね?


「……なんでそこまでして俺と……あ!」


 ほら思いついた!!言ってごらん!!その濁った欲望!口して!!


「……じゃあお願い聞いてくれる?」

「しょうがないななぁ……」

「なんで自分から提案してそんなしょうがないな感出してんの?」

「空閑君忙しいのにわざわざ無理言って付き合わせるんだから、私お願い拒否できないよ。すんごいこと言われても従うしかないかぁ……」


 上目遣い!流し目!挑発的な口元!!完璧!!


「……じゃあさ」

「うん!!」

「日比谷さん、同じクラスの秋山さんと仲良い?」

「うん!……ん?」


 は?秋山?秋山何某?

 なんでこのタイミングで他の女の名前が出てくる訳!?

 まさか紹介しろとか!?は?ふっざけんな。


「………………まぁ、たまに話すかな……」

「そっかよかった。実はちょっと困っててさ。あいつ軽音部だよね?」

「………………ですね」

「……折り入って相談したいことあるんだ。でも俺喋ったことなくてさ…代わりに交渉して欲しいなーって……」

「……………………」

「してくれたら一緒にまわろ」


 ……………………………………


「ね?」


 ………………………………むぅぅぅぅぅぅぅぅ。

 相手の方が魔性だった。日比谷特攻EX。


「……内容によるかな?何を相談するの?」


 恋愛系ならこの話はなし。無理矢理ホテルに連れ込んで本当の愛を教えてあげる。

 身構える私と凪を前に、もしかしたら初めて見たかもしれない笑みを湛えて彼は両手を顔の前で合わせた。


「軽音部のライブに出してやりたい奴がいんの……相撲取りなんだけど……」

「「は?」」

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