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最終話 こいつらなんなん?

 --ドゴォォォォンッ!!!!


 桜の舞い散る早朝にその静寂は破られ、何人の脱獄も許さなかった(嘘)無限監獄の扉が蹴破られた。

 轟音と共に漆黒の異空間に白い光の線が差し込む。その先で有吉美奈子は顔をあげたのだ。


「…………結愛っ!!」


 私の名前を呼ぶ有吉と謎のじじいを前に、逆光で顔がよく見えないだろう私、宇佐川結愛はこんな日にこんなとこに居る馬鹿に呆れ顔とため息を返すのだった。


「早く出ろお前……全く。こんなとこで体操座りしてる場合じゃないから」

「いや違うから!!私だってこんなとこに来たくて来たわけじゃないからっ!!」

「……何者じゃ?何人も破れぬ無限監獄の守りを…………」

「いいから出ろ有吉。お前今日が何の日か分かってる?」

「………… せ、世界反サイバー検閲デーの日?」

「ちげーよ、卒業式だろ」


 *******************


 --私は彼岸神楽。

 校内保守警備同好会の代表だ。

 この日在校生は一部と我ら同好会を除いて春休み……さて、そんな日に私達はいつも通り校門前での検問を執り行う。


「おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 続々正門を潜ってくる3年生達に金属探知機とボディチェックで入念なチェックを行ういつもの朝。今日という特別な日であっても…いや、今日という特別な日であるからこそ、いつも通りの厳重なチェックを行わせて頂く。

 ただひとついつもと違う点と言えば、チェックをクリアした生徒の胸に赤のコサージュを着けること……


 今日は卒業式--


 誉れ高き我が校の先輩方が今日新しい未来へと旅立たれる…

 そんな日を守るため、私達は今日も校内警備に励むのだ。

 なんせ今朝無限監獄が何者かに破られたばかりだし……冥界の怪物達が無限監獄から這い出してきて処理が大変だった。

 この街の名物である桜の咲き誇る校庭が血に染っているが、これは気にしてはいけない。


「--神楽」


 そんな朝、卒業生1人ひとりの挨拶に丁寧にお辞儀を返していると私を呼ぶ声。聞き間違うわけが無いその声に私は最上級の敬意を込めて深く頭を下げた。


「--浅野先輩、ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう、神楽さん」

「お前お辞儀深すぎて頭が地面に突っ込んでるぞ?」



 --少し話さないか?

 そう美夜先輩に誘われ私は検問を鱈羽君に任せ3人で屋上へ……


 普段は立ち入り禁止の屋上も今日に限っては解放--されてはいないので鍵を消火器でぶち壊して私達は卒業式に相応しい晴れ渡る青空の下へ……

 春の風が運ぶ桜の花びらと香りは私の心を晴れやかに、同時にきゅっと締め付けた。


「……改めまして浅野詩音先輩、美夜先輩、ご卒業おめでとうございます」

「……うん」

「寂しくなるな…」


 あの美夜先輩の口からそんな言葉が出てくるなんて……思わず私の表情も情けない形に歪んでしまう。

 そんなまだまだ未熟者な私に詩音先輩は変わらぬ優しさを湛えた笑顔を向けて下さった。


「神楽さん、あなたのおかけで校内保守警備同好会がこうして復活しました。あなたは私達の恩人です」

「……っ、そ、そんな……それも全ておふたりの尽力があったからで…」

「ううん」

「お前が代表になって良かったよ、神楽。みんながお前を認めてる……これから頼むぞ?代表」


 詩音先輩、美夜先輩……


「…………正直、不安です。こんな泣き言を口にするのは校内保守警備同好会を私達に繋げて下さったおふたりに申し訳ないと分かっているのですが……私が、おふたりのように立派に務めることが出来るのか……」

「「大丈夫」」


 思わず吹きこぼれる弱音を浅野先輩は掬いとってくれる。その言葉は1ミリの不安も後悔もない力強いものだった。

 そして言ってくださる。


「私らはお前に何回も助けられたよ…お前が相応しい」

「私達は神楽さんだから安心してこの同好会を託せた……この学校はおかしくて狂ってて大変だけど、どうかお願いね」

「神楽、お前は私ら姉妹の自慢の後輩だよ」


 ……先輩。


 ぐしゃっ。


 あ、思わず手の中のコサージュを握り潰してしまった…

 感情が抑えられない。言葉の1つひとつを贈られる度にこの人達との学校生活が終わるんだという実感が息苦しさとなって襲ってくる。


 ……馬鹿。私が泣くな。


「……っ浅野先輩、僭越ながらこの彼岸神楽に、コサージュを着けさせて頂けますか?」

「もちろん」

「なんだお前目が真っ赤だぞ?泣いてんのか?」

「なっ……泣いてませんっ!!」


 *******************


 --その時、教室が煌めいた!!


「--みんな、おはようっ」


 金色の輝きをまるで日光を浴びる朝露のように撒き散らし…正確にはそんなオーラを全身から放ちながら僕という主役を待つクラスメイト達の前に僕は降臨する。


 そう、アイドル界のプリンス…橋本圭介の登場である。


 コンタクトに変えてみました。

 思い切って金髪にしてみました。

 もちろんハイカット履いてます。


 卒業式の開始を待つクラスメイト達の前に颯爽と躍り出たこの橋本を一目見たクラスメイト達は…………


「……誰?」「さぁ?」「なんか…夏の海に沸いてそうなDQNっぽい」「なぁ」


 …………このスターのあまりの輝きに誰もが嫉妬心ジェラシーを抱いたようだ。

 ごめんみんな……僕があんまりにも眩しいものだから……


「……ふっ、4月の3日、CDデビューです。みんな、ぜひ買ってね?曲は『いよーっぽん』」

「ちょもらんま」


 あ、小比類巻君じゃないか。

 僕の親友……そしてこのアイドル界の超新星となる男の友という栄誉を勝ち取った男…

 君は幸運さ。

 僕が雑誌の取材で「1番の親友は?」って訊かれたら君の名前を僕の記事に載せてあげよう……


「こっひーじゃないか。おはよ--」

「あ?誰だテメェは。退け」


 ひぃ……


「僕だよ僕。君の親友、そして愛するひとの為にアイドル界の頂点に立つ男、橋本圭介だよ」

「嘘をつくな、橋本はもっとこう……くたびれた雑巾みたいな顔をした男だ」


 ……え?酷い。


「そんな事より小谷川君よ」

「だから橋本だって言ってるじゃないか…」

「橋本どこに居るか知らない?3年間続けてきた『親友契約』を今日で破棄するのか継続するのかについての話をしたいんだが……」


 ……え?僕との交友は契約だったの?

 契約ってあの…毎日昼ごはんを奢るっていうあれ?

 あれ?僕らは所詮契約上の関係?君、僕が刺された時本気で怒ってくれて、本気で心配してくれたじゃあないか。


「こ、こっひー……そんな酷いよ……僕とこっひーは--」

「だから誰だてめ「むっちゃんっ!!!!」



 突如スライディングで小比類巻君の足首を刈りに来たのは我が校文句なし最強美少女、日比谷さんだった。


 ……日比谷真紀奈か。同じ芸能界で活躍していく身として挨拶しておくかな。


「やぁ日比谷さ--「あ、日比谷さん。急に酷いな。見ろ、俺の足首が取れた」

「むっちゃん…………色々あったけど今日で卒業だね」

「うん。日比谷さんは東京行くんだろ?」

「僕もさ」

「まずは3年間ありがとう、とっても楽しかったよ」

「ありがとう」

「誰かと思ったら桃山さんじゃないか」

「阿部です。阿部凪です。ねぇ、もう卒業だよ?覚えてよ……」

「日比谷さん、この僕橋本がこれから芸能界を席巻「むっちゃん……私むっちゃんと会えて本当に良かった。今でも大好きです」

「……そんな寂しい感じで言うなよ。これからもお金貸してね?」

「え?貸した覚えないけど…………」


 ……あれ?僕、無視?


「むっちゃん…私前を向くよ。これからは現実と向き合って強く生きていく」

「どうした日比谷さん……東山さん、日比谷さんにどんな心境の変化が?」

「君がフッたからだよ。でも日比谷さん、新しい未来にようやく向き合う決意ができたんだよ。そして私は阿部です」

「僕もみんなと会えて良かったよ。ライブが決まったらチケット送「むっちゃんにいつか私を選ばなかったこと後悔させてやるんだから!」


 ……ねぇ、誰も僕を認知してないの?


 なんて悲しい気持ちになっていたら日比谷さんが目の前で小比類巻君のネクタイを掴んで引っ張った。

 自分の元へ引き寄せた小比類巻君の頬へ日比谷さんの口が…………


「うぉぉぉぉぉぉっ!?」「なにぃぃ!?」「きゃぁぁぁっ!!」「ふぉぉぉぉ!?日比谷さぁん!?嘘だっ!!」


 クラスメイトの前での大胆なその決意表明…安東さん……いや阿部さんも顔を赤くしてびっくりしてる。

 けど1番びっくりしてるのは小比類巻君だった。彼がこんなに度肝抜かれた顔してるのを見たことがないもの。


 目を丸くしながら赤くなる小比類巻君に向かって日比谷さんが勝ち誇ったような笑顔を見せた。


「ありがとう、むっちゃん」


 …………あれ?僕は?


 *******************


「「「先輩っ!!お世話になりました!!」」」

「寂しくなるわねぇ…」


 グラウンドで野球部が集まってる。後輩達に囲まれた剛田君が黒い顔に透明な雫をひとつ垂らして後輩達との別れを惜しむ場面を私は眺めていた。


「…保健室は展望台ではないよ、阿部君」

「すみません莉子せんせー…最後に来ておきたくて…」


 保健室から眺める景色…

 莉子せんせーの淹れるココアの匂い…


 私達はみんなここが大好き。


「ぐすっ…もうこの保健室で飯が食えないなんて…小比類巻、寂しい…」

「君、ここにあるカップ麺は私のための食事だ」

「ずるるるるるっ」

「やめたまえ」


「莉子せんせー…………結局最後まで私の家族、元に戻してくれなかったですね?私……これから1人でどうなっちゃうんだろ…ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…」

「古城君……」

「………………せんせーの事は一生忘れません」

「なんだその目は、やめたまえ」


「………………わ、わたしは一体……」

「たっ…武!」

「……宮島?」

「武……いや……お前はもう『武』じゃない……『武』は阿久津君が引き継いだからな……」

「そうか……宮島……わたしは…ようやくこの呪縛から……」

「武っ!!いや…………お前名前なんだっけ!?」

「宮島!!」


「莉子せんせー☆あたしー、ダブっちゃった☆来月からよろ〜☆」

「莉子せんせー……写真部の狂人達をお願いします」

「お断りしたいところだが……伏見君もよく3年間写真部を纏めあげてきたね…時に滝川君、君留年したなら今日来なくて良かったんだが?」

「チョベリバ〜☆」

「ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ!!!!」

「待て、待つんだ小比類巻君……君、食べ過ぎじゃないか?まさか備蓄を全て食べる気か!?」

「ぞぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!!!!!!」

「やめろ」


「剛田先輩っ!!第二ボタンくださいっ!!」「俺っ!!先輩のおかげで新しい扉が開けました!!最後に掘ってくださいっ!!」「お願いします!!」

「…………うふっ♡サイコーよハニー達……長い一日になりそうね♡」


 *******************


 --卒業式が終わった学校内は途端に賑やかさが消えた気がした。

 いや、そんなことはない。

 きっと教室では卒業生が友達と最後のお別れとかで盛り上がってる。あたしらも来年、友達に卒アルの最後のページとかにメッセージ貰ったりするんかな?


 もう少ししたら校門前にみんな集まって写真撮影とかすんだろうなぁ……


 なんにせよこっちの部活棟……旧校舎の方は静寂が包んでた。

 相変わらず埃っぽくて許せん現代カルチャー研究同好会室では、風に揺れるカーテンが春の日差しを透かしてあたしと代表を包んでた。


「こ、香曽我部先輩!すごいでございます……カーテンに包まれると春巻き様の気持ちになることができます!!」


 ガチで。


「いやつーちん止め……止めろ妻百合、こら。あたしはそんな……いやぁぁぁっ!!この部屋のカーテンとか汚ったなっ!!」


 春休みの活動内容--春巻きの気持ちを探る、を今日も真面目に行っているあたし達…嘘、今日決めた。


 --いよいよ今日、先輩達がこの学校を去る。

 そしたらほんとに2人だけだな。この同好会も……


「待て、なんだその顔は……まさかこの巣子苦正義を忘れたとは言わせない……」

「……どうなされましたか?香曽我部先輩」

「いや……まぁ、これから2人ぼっちだな。つーちん」

「……先輩方はとっくに引退されてましたでございますよ?ふふ、ですが……そうでございますね。」

「おい、私をここに誘ったのは貴様らのはずだ!!やめろ!!なんだその顔はっ!!こっちを見ろ!!」


 --ドゴォォォォォォッ!!


 蹴破られる扉と舞い散る埃。許せん。


「あぁ!?こらぁ、どこのドイツ--」

「橋本知らね?」「ここに居るよ!?」


 ……あ、小比類巻パイセンと橋本パイセン。


「……あっ……えと…………」

「……小比類巻先輩、橋本先輩、ご卒業おめでとうございますでございます」

「……む、貴様らはいつか私をコケにした…………」


 胸のコサージュと手に持った卒業証書。

 あぁ……マジでもう会えないんかなぁ…


「つーちん、福神漬け久しぶり。そしてさようなら。で?橋本知らね?ここに来てねぇかなと思ったんだが……」「隣に居るよ!?」

「…………さよならとかマジで……」

「……?香曽我部先輩?」

「私は巣子苦正義。新たなこの同好会のメンバーだ…」


 あれ?あたしなんか……

 喉の奥が詰まる。声が上手く出なくてあたしは宇宙服の中でポロポロと目から汗垂らしてた。

 これ、汗だから……


「あっ、くそ……だせぇ。いや〜…なんかちょっち寂しいなぁ〜なんて…………」


 顔見られないようにパイセン達から顔背けてもそっちにつーちん居るし…これが四面楚歌。


「ぶはっ!なに?泣いてんのか?福神漬け。お前……」「笑っちゃダメだよ小比類巻君」

「……香曽我部先輩、先輩方を笑顔でお見送り致しましょう?」

「……ぐすん」

「……お前ホント出会った時とキャラ違いすぎね?橋本がここに居たらびっくりするぞ?」「ここに居るけどね!?」

「いやいや……こういうキャラなんスよ、あたしみたいなのは……ぐすん。パイセン……」

「なんだ?」「なんだい?」

「…………第二関節、貰っていいっスか?」

「どこのだよ」「いいわけないでしょ?」


 *******************


「じゃなぁ!みんなぁっ!!」

「まあ会おーっ!!」

「ばいばーーいっ!!」


 ……とか言いながらコイツら多分数時間後打ち上げとか下手したら卒業旅行とか行くで?


 桜の花びらが青いキャンバスの上に色を差す…晴天と花吹雪が今日という日を祝福しとる。

 ウチはそんな桜を見上げてコイツらと花見した時の事思い出しとったわ……


「速水ぃ……記念写真、撮るよな?風香撮って」

「おっけー、自撮り棒で撮ろ?寄越せ」

「寄越せって癖が強いな」


 田畑、長篠、速水……


 こんだけ友達が出来たんや。ウチの高校デビューは大成功と言ってええやろ。

 そんな友達ともしばらくお別れやな……


「おーい脱糞女」

「なんや」

「えぇ!?「誰が脱糞女や!」は?」

「今日くらいええで?」

「……え?風香、莉央…香菜が壊れた…」


「ほんとか?」「脱糞女ー!」「オムツ忘れんじゃねーぞ!?」「卒業してもお前の脱糞だけは忘れないからなーっ!!」

「いややかましいわっ!!(怒)おどれらには言うてへんねんっ!!」


「…………やっぱり脱糞女はああじゃなきゃ。ね?アニマルコンビ」

「怒らなきゃ呼ぶ意味ないしねー?」

「あっきゃきゃきゃきゃきゃっ!!!!おい脱糞女!!お前のオムツ撮ってやるからパンチラしろーーっ!!きゃきゃきゃきゃっ!!!!」


 …………嗚呼良かった。コイツらと距離置けて……



「ほらもっとよって莉央、香菜!映ってないよ?」

「おどれの肩に巻きついとるキングコブラが邪魔なんやっ!!」

「捨てろそれっ!!私の健脚で踏み砕くぞ!!」

「聞いたか風香!!コイツら動物愛護団体に訴えてやろーぜっ!!」

「はいはい。もうみんな撮るよー」

「イカれたモンぶら下げながらまとめ役的な雰囲気出すなや!!」

「せーの」


 --ぱしゃっ!



「……ねぇ、天才美少女田畑レンちゃん半目なんだけど?」


 *******************


「--よぉ脱糞女」

「おう、ウ○コタレ男」


 枝から離れていく桜の花びらのように、少しづつ卒業生達が別れを惜しみつつ母校から最後の下校をしていく。

 高校最後の放課後だ。俺は正門を潜って出てきた香菜に頭を振って呼び止めた。


「こういう時は手を振るんや、睦月」

「一緒に帰ろうぜ?知ってるか?ケツだした奴が1等賞なんだとさ」

「相変わらず会話が通じんわ……」



 学校前の交差点、最寄りのコンビニ、駅までの坂道、点在するバス停……


 毎日のように眺めていた景色。その1つひとつが最後だと思うとなんだかいつもと違って見えるものだ。

 隣を歩く脱糞女が俺の買ってやったコンビニ限定シロクマの肝臓味ソーダを飲みながら俺と同じような目をして通学路を眺めてる…

 そして俺は無一文になった。


「終わってしまったな。卒業してみると3年間、長かったような短かったような…高校生活が終わるってこないな感じなんやな。案外あっさりしとったわ」

「卒アルにメッセージ書いて貰ったか?友達が少ないだろお前。なにも書いてもらえなかったなら俺がサインしてやろう」

「やかましいわ。余白が埋め尽くされて漆黒になるまで書いてもろたわ」

「読めねぇじゃねぇか……」


 駅まであと…5分くらい?


 このまま家に帰って……制服を脱いだらもう二度と袖を通すこともないのかぁ…


 この小比類巻がセンチメンタルな気持ちになっている……俺にとって高校生活はそれだけ充実していたと言うことなのだろうか…?


「脱糞女、高校楽しかったか?」

「おかげさまでな。アンタは?」

「お前のおかげで退屈しなかったよ。お前との出会いは俺の高校生活で最も意味のある出会いだったからな」

「なんやねぇん照れるやないかい!まぁそれほどでもあるけど--」

「人はいくつになっても漏らす…そしてそれは恥ずかしい事じゃないんだって、お前が教えてくれ--」


 痛い!!蹴られたっ!!つま先がケツの穴にめり込んだぞ!?


「なぁ、このまま帰るんもなんか癪やしウチの店寄ってかん?ウチ今日バイト休みやけど美玲とかにも会いたいし……」

「か、金が……無い。さっきお前にジュース奢ったら……」

「お前…150円ですっからかんかいな…」

「…………まぁ、確かに最後の放課後だしな。寄り道もしないで帰るのもアレだし…」

「でももうツケは効かんで?」

「……心配するな」



 --思えば始まりはここだった。

 俺の3年間の始まりは……


「233番でお待ちのお客様ー」

「はーい」

「いらっしゃいませ」

「お姉さん、1900円下ろしたいんだけど…」

「いや、ATMでええやん、わざわざ1900円で窓口待つってどんだけやねん!!」


 黙れ脱糞女、銀行に来たら窓口使いたいだろ?お前あれだぞ?機械より人間の接客の方が温かみを感じられるだろ?

 それにほら、ロビーの椅子で忙しそうに時間気にしながら待ってたらデキる男に見えてかっこいいだろ!!


 そう、世界長者番付18位に相応しい…


「お客様、50万円以内ならATMでお引出しできますが…」

「いや」

「いや、とは……」

「あ、そないな事よりお姉さん、ちょっと訊きたいんやけどトイ--」



 --ドォォォンッ!!


 落ち着いた雰囲気の昼下がりの空気。引き裂くのは銃声と悲鳴。

 突然の非現実的な光景にその場の誰もが硬直した。現実を脳が処理するまでに時間がかかる。

 が、凶暴なる平和の破壊者達は俺らの情報処理を待ってくれる程気長でもないらしい。


「全員動くなっ!!手ェ挙げて1箇所に集まれっ!!」「妙な真似したらぶち殺すぞっ!!」


 血走った目を覆面からギョロリと覗かせるそいつらは殺意の塊みたいなショットガンを天井へ乱射しながら怒号を飛ばしていた。


 俺はその……始まりの光景にポカンとしたまま立ち尽くしていたのだ。


「……む、睦月」

「脱糞さんよ、これはもしかして--」

「アカン、漏れそうや」


 どうしてさっきのコンビニで済ませて来なかったんだ?

 お前はほんと…………


 お前なんなん?

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