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(♂)と(︎︎ ♀)

ここは港中央区、海峡公園。

 昼間の澄んだ青空の下でキラキラとサファイアのような海が輝いている。美しい…

 しかしこの大海原……あらゆるものを包み込む大きな海は落し物を探す場所としては最悪。この中に落としたものを探し出すなどという行為は松崎しげるの群れの中から黒豆を見つけ出すようなものだ。


 そんな無謀な挑戦に身を投じているのは俺、小比類巻睦月である。


 なんかそこら辺に遺棄されていた網を海に向かって投げては引き揚げ……デートスポットとして沢山のカップル達がハートマークを浮かべている場所に似つかわしくない行為を繰り返す。

 いずれ世界長者番付18位にランクインするこの俺がなぜそんなことをしているのか……


『ミャーーーッ』


 それは俺の頭の上のコイツ……否、コイツの片割れに原因がある。


 コイツはムッチャラキコキコのアンソニー(♂)。温泉旅行から連れて帰ってきた温泉の精霊である。

 しかしコイツには相方のモンロー(︎︎︎︎♀)が居る。いや、居た。


 そのモンローは今恐らくこの深い海原に沈んでいるのだ……


 何が起きたかと言うと、詳しくは省くが日比谷さんにぶん投げられた。


「…………と、言う事情があって俺は今こうして網を投げては引き揚げを繰り返してるってわけだ」

「いや、なんなんだ君は……デート中にいきなり話しかけて来ないでくれ」「ムッチャラキコキコってなに?」


 幾度と投げては揚げて……しかし捕れるのは蟹ばかり……暇になってきた俺はそこら辺で海を眺めていたカップルに事情を説明していたんだ。


「ムッチャラキコキコは温泉の精霊で、魔物を倒す勇者のみが従えることが出来る存在だ。原生地は深層階層魔宮聖殿」

「どこだよ……」「もしかしてどこかで頭でも打った?君大丈夫?というか、この公園釣りとか禁止らしいけど大丈夫?」


 問題ない、探し物だ。


「あっち行こうか……?」「え?うん…そうだね」


 カップル(♂)に促されカップル(♀)が足早に移動していく。そこはちょうどここら辺をあらかた探し終えた俺が次に狙いを定めていた探し物スポットである。


「「なんで着いてくるの?」」

「俺もそこに用があるんだ」


 ベンチに腰を落ち着けた2人の横に俺も腰を落ち着けた。なんて落ち着くベンチなんだろう……


「もうなんなんだよお前…どっか行けよ。今日は大事な日なんだよ、頼むから邪魔しないでくれ」


 と、カップル(♂)。


「なになに?結婚の申し込みでもするの?」

「そ……そうだよ」「は?」


 おいおい、マジで大切な日じゃねぇか。俺もアンソニーもびっくりして目ん玉がいつもよりでかくなっちゃった☆

 しかしカップル(♀)、突然の告白に思わず「は?」である。


 ……あれ?これもしかして俺のせいでムードもクソもない感じで結婚申し込んだ?


「…えっと、マジで言ってる?」

「お、俺は大マジです。俺との将来、考えてくれませんか?」

「……」


 おっと雲行きが怪しい。(♀)の顔が明らかに引きつっている。

 しかし失敗してもそれは俺のせいじゃない。


「いや……ちょっと……」

「お、俺じゃダメなのか!?」

「だって今日初めて会ったのに……」


 ドン引きである。あ、また蟹が捕れた。


「ごめんなさい……あなたなんか変だから……もう会わないです。さよなら」

「えっ!?ちょっと待って……待ってくれ!!」


 変なのは俺だと思うんだが…いや、コイツも変か。

 逃げるように走り去る(♀)の背中に届かぬ手を伸ばし涙を垂れ流し「待ってくれぇぇっ!!」と叫ぶ(♂)。

 出会ったばかりの(♀)の為に本気で泣けるとは……あの(♀)はいい(♂)を逃がしたと俺は思う。


 そうして(♀)は走り去った……俺が乗ってきたセグウェイをパクって……


 *******************


「ゆ、許さねぇ……全部お前のせいだ…ふっ!ふしゅる……っふしゅる……っ!!」


 隣から遠慮のない殺気をぶつけられる俺は網から釣竿に変更。

 ムッチャラキコキコの好物は人の目玉である。ので俺はそこら辺に落ちてたおじさんから片目を頂戴し…


「ぎゃああっ!!俺の目玉ぁぁぁっ!?」


 釣針にかけて海に放る。


「ふしゅる……ふしゅる……っ!!」

「うるせぇなぁさっきから隣で……お前はフラれたんだ。諦めろ。ムッチャラキコキコけしかけるぞ?」

『ミャーーーーッ!!』

「お前さえ……お前さえいなければ……俺はあの子と添い遂げられていたんだっ!!」

「おいてめぇ!!俺の片目返せ!!」


 おいおい?ここはデートスポットだろ?なんでこんな変なやつばっかり居るんだよ。治安悪ぃなぁ……


「あんたね?初対面でいきなり結婚申し込んだってそりゃ断られるに決まってんでしょ?」

「黙れっ!!頭に変なの乗せた奴に正論なんて言われたくないっ!!」

「俺の目玉!!」

「そもそもあんた……どこであの子と知り合ったのさ。親の紹介?」

「マッチングアプリだよ!!」


 これは重症である。この(♂)は早急に何とかしなければ勘違いからとんでもない間違いを犯すのではないか?


 俺が(♂)の将来を憂いていたその時、釣竿がピクリと反応した。

 ……ついに来たか!?


『ミャーーッ!!ミャーーッ!!』


 尋常ではなく騒ぐアンソニー。つがいとしてなにか感じるものがあるんだろうか……これはモンローで間違いなさそ……


 --メリメリメリメリッ!!メキッ


「……な、何だこの引きは…釣竿が折れそうだぞ!?」

「こいつぁでけぇ!!逃がすなよ兄ちゃん!!」


 気を抜くと引きずり込まれそうだ。片目を奪われたにも関わらず俺を手助けするように竿を握るこのおっさんは間違いなく釣り人である。


『ミャーーーーッ!!ミャーーーーーッ!!』


 頭上のアンソニーが騒ぐ……いや、これは…怯えているのか?


 俺とおっさんの力に徐々に海面へと釣り上げられてきた影が姿を現す……が、どう見ても鯨サイズである。


 これ、モンローじゃなくね?


 どう考えてもおかしいサイズの影が海面を盛り上げる。「デカいぞ!!」とはしゃぐおっさんがとうとう俺から竿を奪い取って一本釣り!!


「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

『ミャーーッ!!』


 おっさんの気合と共に釣り上げられたのは日比谷さんに捨てられたモンロー……


 …………と、その後に続くようになにか白くて巨大な……



『--オォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』


 ムッチャラキコキコにしがみつく形で海面から飛び出したのは真っ白な修道女みたいなナニカであった。

 修道女の服を骸骨が着てて、腕が沢山あって白い髪の毛がざんばらで…………

 それがなんかものすごい絶叫と共に……



 …………………………


 ……帰ろう。


 *******************


 件名 脱糞さんへ


 蟹捕った。うちこい。



 ……だそうや。


 夕方ウチが睦月ん家に来たら珍しくお母さんも居って蟹パーティー開催のお知らせやった。

 by、楠畑香菜。



「……いらっしゃい香菜ちゃん、何しに来たの?」

「何しに来たってご挨拶ですやん…お宅の息子さんが蟹食うぞ言うからお邪魔します。お母さんはこの時間に家に居られるの珍しいですね」

「蟹があったから、仕事休もうかと……」


 おたく生活厳しいんちゃいますのん?


「……来たか脱糞女。今から俺が蟹を食うからお前はそこで見ておけ」


 そうほざくウ○コタレ男とお母さんの座る食卓には2人分の箸とお椀……いやマジで見とるだけかいウチは。


「いけず言わんでウチのも用意せんかい。さもないとおどれあれやぞ?爪楊枝奥歯に刺すぞ?」

「……この蟹は小比類巻家のものよ?香菜ちゃん。まだ小比類巻一族でもないあなたに食す権利はないわ」

「出ていけ」

「来い言うたのおどれやんけ」


 足下で走っとるムッチャラキコキコ蹴り飛ばそかと思たら「冗談よ……」とお母さんがウチの箸とお椀を出してくれた。ただ、お子様用かて言いたくなるくらいお椀小さかったわ。


 ……まぁ気を取り直して。


 極貧生活の小比類巻家の食卓に蟹が並ぶなんてえらい事態や。何が起きたんか知らんが今嘘でもなんでもなくこのカニカマすら厳しい食卓にはごっつい蟹が何杯も並んどった。


 鍋に焼きに刺身に……


「……なぁ、これホンマどないしたん?捕ったって、盗ったの間違いちゃうんか?」

「バカ言うな。海峡公園で捕ったんだ」

「か……海峡公園……?え?あそこの海で?蟹とか居るん?」

「今目の前の光景こそが現実だ。さぁ、そろそろいい頃合いだろう。まずは俺が食す」

「なぁ大丈夫なん?あそこそない綺麗な海ちゃうんちゃう?」

「香菜ちゃん……蟹は蟹……それに甲殻類なんてみんな汚いものよ。問題ないわ…お鍋の出汁で洗ったから……」

「その鍋だけは食わへん」


 網焼き将軍(ド○キで800円)の上でええ感じに焼けたぶっとい蟹の脚に3人で手を伸ばす。

 なんの蟹か得体が知れへんけど、まぁ……匂いも蟹やし色も蟹や。そりゃそうや、蟹やから…


「では頂こう……」

「……ご馳走様」

「てかあそこ漁とかしてええの?これ食うていいんよな?」

「……」

「……」

「……おい」


 蟹の肉をほじくる睦月とお母さんはウチなど…いや自分と蟹以外認識しとらんかのように黙々と作業に没頭する……


 蟹を食う時、人は無言になる。

 ごねる子供と悪質クレーマーには蟹を食わせとけ言うくらいや。蟹には泣く子も黙らせる力がありよる…


 アカン、ウチまで自分の世界に没頭してもうた……


 蟹食う時は黙る言うけど、そう意識したら喋りたくなるもんや。


「……」

「……」

「……」


 なんか喋ろ。そういや海峡公園て言うてたな。あそこなんか事故?事件?が昼間あったってSNSで流れとったけど……

 えらい騒ぎになっとったみたいやけど……なんがあったんやろ。

 睦月いつ蟹捕り行ったん?なんがあったか知っとる?


「……」

「……」

「……」


 アカン。言葉を吐くより先に蟹が口に入ってきおる。


 うん……まぁ、蟹や。絶賛する程美味いわけやないけど蟹食っとんなって実感出来るくらいには蟹の満足感や。


 そういや睦月やお母さんは蟹食ったことあるんやろか……いや、それは馬鹿にし過ぎか……

 でも睦月は食うた事ないんちゃうん?


「……」

「……」

「……」


 いや誰かなんか喋れや。


 アカンで……呑まれとる。蟹の魔力に……

 食卓っちゅうんは賑やかなんが1番やろがい。折角3人で飯食うとるのに目の前の蟹にしか意識向けへんなんて……


 …………あ、蟹鍋美味♡


 もうそろそろ鍋っちゅう季節ちゃうけど…ああ、コタツ入りながらこれ食いたかったな。

 ウチ的には焼きより鍋やな……


 みんなは?


「……」

「……」

「……」


 …………アカン、喋れん。

 喋れへんっ!!


 完全に呑まれとる……蟹の魔力にっ!!!!


 --ぶっ!!


 あ、屁出ちゃった……



 ………………………………なんで蟹食っとったら喋れへんのやろか。

 蟹てそんな美味いん?美味いもん他にもあるけどなんでや?

 そうか……食うのに手間がかかるからや……

 そういうことやろ……?


 …………ちゃうん?


 貝は?

 牡蠣とか……ホタテとか……あれも面倒臭いやん。

 いや………………蟹程やないか?蟹ってほじくったり……するしな…………



 ……………………アカン。


 なんか……思考まで………………段々真っ白に……………………


 蟹………………………………


 ……………………………………蟹……


 ………………………………………………

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