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世界情勢

 激化の一途を辿る『深爪連合』と『爪割り協会』の血で血を洗う抗争はとうとう一般市民まで巻き込み、全国にその戦火を飛び火させていく……


 一方『パイナップルショック』による世界恐慌--世界のパイナップルインフラの崩壊によりパイナップルの供給が間に合わなくなった世界は大打撃を受けていた…

 加速する物価の高騰、経済不安からくる治安悪化、そして店頭から消えるパイナップル…


 さらに先日『NOSA』が発表した月面侵略計画……人類の宇宙への新しい一歩。それが今始動しようとしている。月面人との全面戦争に備えてアメリカは特殊部隊を宇宙に派遣するつもりだ。



 --誰かが言った。全ての出来事は因果によって繋がっていると……


 因果の意味は知らない。


 今、荒れに荒れている世界……

 様々な思惑が渦巻き、様々な混沌が混ざりあい--世界は今、狂気と混乱に堕ちていく…


 これはそんな世界を生きる私、松葉千鶴の物語……そのほんの一幕なのである。


 *******************


「あのさぁ……これ言うの23688回目なんだけどさ……トイレのドアは開けといてって言ってるじゃんかよぉ…あと、なんでスリッパ揃えて電気まで消しちゃうかなぁ?」

「千鶴……僕はお前が分からない」


 私松葉千鶴は銀行マンの夫と共に地元、北桜路市に帰ってきた--


 過去に銀行強盗と脱糞事件が起きたという勤め先での夫の仕事は順調。奴の支店長昇格は私の野望でもある。なぜなら、夫のカードは私のカードであるからだ。


 そして私自身も今、仕事を持ってる。

 今回夫が単身赴任じゃなくて愛する妻と共に引っ越す事が叶ったのも、私の仕事のメインミッションがこの街で行われるから…


「千鶴、僕は今日休みだけど君は確か……」

「13時8分から仕事だぜ?君ぃ…もしかして多忙な妻に家の掃除と昼飯作りをさせようってんじゃないよな?」

「え……お昼にマカ・ハラ作ってくれるって昨日……」

「かっ!勘違いしないでよね!!私はアンタに惚れたんじゃなくてアンタの財布に惚れたんだからねっ!!」

「…………」

「ちょっと用事もあるしもう出るね?晩御飯、何がいい?」

「……ボルシチ」

「マカロニパスタにするわ。さよなら」

「気をつけろよ?最近ここら辺でも『爪割り協会』の連中が出てきてるらしいしさ……アイツらは爪を割ってくるから『深爪連合』よりタチが悪い」

「…………」


 …………爪が割れるより深爪の方が嫌じゃない?

 てか、マカ・ハラってなんだ?



 --私の職場に行く前に私には寄るところがある。私はそこら辺を走ってる車の後ろにフック付きの紐を引っ掛けてからローラースケートで車に引っ張ってもらう。


 道中見かけたガソリンスタンドのガソリン代がリッター10,000円だった。


「……これもパイナップルショックの影響か」


 世界が歪み始めてる……

 そう思った時には私を引っ張ってる車は私の目的地にケツ向けて明後日の方向に走り出したではないか。


 ?


「あれ?ちょっと運転手さん?そっちじゃねーんだけど……あれ?」


 どんどん離れてるけど……コイツ何してんの?


 とか思ってたら車がなんも無い道の真ん中に急停車。急に止まるもんだから加速のついたローラースケートが火を吹く。地面との摩擦が生み出す炎は火拳となり後続車をグリル焼きカーにしてしまった。


「痛ってて……脚がもげて三脚になるかと思ったぞ……ん?待てよ?ローラースケートのローラーとアスファルトの摩擦で生じる熱でホットプレート作ったら売れるんじゃ…」


 天啓が降りてきた。と思ったら……


 こんなとこでなんで停るんだろ思ってた私の車から突然白覆面の怪しいヤロー共がハンマーやらレンチやら持って出てきた。


「うわぁぁぁっ!?」「こいつら……爪割り協会だっ!!」「逃げろっ!!爪を割られるぞっ!!」「爪床は毛細血管が密集してる敏感な場所だっ!!守れっ!!」


「--我々は『爪割り協会』!現代人に爪は不要!!不要な爪、全て叩き割ってやるっ!!」


 ……?


 逃げ惑う人々を追いかけ回し、捕まえては指に工具を叩きつける凶行に出る白覆面集団。

 これが噂に聞く『爪割り協会』かぁ…


「コイツら、人生楽しいんかな……」


 他人の爪割って、痛い思いさせて、私をこんな所に放置して……

 ……あーあ、私ここで何してんだろ。


「--バッキャローッ!!!!」

「貴様も粛清だ」


 叫んだら見つかった。思っきし右人差し指の爪に細っっっそい六角レンチ叩きつけられた。無惨にもひび割れる私の爪。


 え?私の爪、弱すぎ……カルシウム足りとんの?


「貴様は特別だ、割れた爪を剥いでやろう」


 ベリッ!!


 衝撃の痛さ、衝撃の暴力。アメリカ大統領にかましたら秒で銃殺刑されそうな蛮行。割られた上に何故かひっぺがされた私の爪……

 指から滴る鮮血に思う……


「…………なんでナメック星人の血って紫色なんだろ」

「恐らくヘモグロビンが紫色なんだろ」

「へーそうな--」


 バチンッ!!


 突然現れた黒覆面の男達。有無を言わさず私の左人差し指の爪を深く深くギリギリ超えのラインで切ってきたコイツらは……


「貴様らっ!!……『深爪連合』っ!!」

「現代人は爪が長すぎる……人々は短い爪を求めているのだっ!!」


 いや、長い爪求めてるからみんな長いんじゃないの?だから切ってんだろ?お前ら。

 だから私の爪切ったんだろてめー。


 対立する『深爪連合』と『爪割り協会』。相対してしまった両組織が爪切りと工具を手にぶつかる。


 互いの爪と血の散る激しい抗争……狂気の集団の戦いは苛烈さをどんどん増し、昨今の企業の残業はどんどん増し、コンビニ弁当の中身は減り……



 --そんな収拾のつかない事態のただ中に奴は現れた。


「--そこまでだ」

「っ!?」「きっ……貴様はっ!!」


 まるで瞬間移動を覚えた孫○空みたいに荒れ狂う『深爪連合』と『爪割り協会』の間に現れたその人はスタイリッシュなスーツに身を包んだ美女だ。

 そして両組織流石に闇の世界の住人--彼女のその名は広く知れ渡ってる。当然コイツらにも。覆面から覗く顔色が真っ青に変わる。


 そう、彼女は--


「元世界最強の傭兵…っ!! ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世!?」


 そう!ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世なのであるっ!!


 *******************


「初めまして、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世です。こちらは私の娘のジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「こんには」

「初めまして、お会いできて光栄です。まさかこんな所で会うとは思いませんでしたが……えっと……ジャン…………ナントカさん」


 なぜ世界最強の傭兵ジャンナントカのことを私が知ってるかと言うと、それはこの後の仕事で彼女と会う予定があったからなのである!!


「ここで会ったのもなにかの縁だ。少し早いけど昼飯奢ってもらって、それから基地の方へ向かいますかね。ジャンナントカさん」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世です」

「あ、うち託児所あるんで。ジャン三世の方も連れてきていいっすよ」

「……」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世だよ」



 --昨今のパイナップルショックのせいでガソリン代も昼飯代も高くなってしまったので昼飯代は出してもらって車は動かせないので三駅分くらい徒歩で移動して……


 私の仕事について皆さんにお見せしよう。ふははははははははははっ!!



 --北桜路市鍛冶山区、小嶽山。

 かつてここにUFOが着陸したのは有名な話。

 ので、ここに基地を作ったのである。私が神戸からこの街に帰ってきたのはこの基地が出来たからである。


「ようこそジャンさん。ここがNOSA月面侵略計画基地です」


 小嶽山山頂からはみ出さん勢いで伸びる巨大基地……地元住民を叩き潰して設立したこの基地こそ我らがNOSAが掲げる新プロジェクトを支える柱なのである!!


「そして改めまして。惑星ペカポッポ侵略先鋒隊長改め月面侵略計画総司令、松葉千鶴です。今回はご協力感謝します。えっと…あの名刺とか貰っていいっすか?名前長いんですよアンタマジで(怒)」

「……まだ協力するとは決めてません」



 --NOSA月面侵略計画。

 それは人類の宇宙への新たな挑戦。月面を新天地として開拓する為に月面人を叩き潰して月を人類の領土とする……

 その為にNOSA及びアメリカは月面侵略特殊部隊の編成を決めた。


 名前の長い娘を託児所に預けて応接室へ--私はジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世と向かい合っていた。


 今日の仕事は月面侵略特殊部隊編成の為に欠かせないジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世を上手く抱き込む(ギャラ8000円)こと。それが終わればマカロニパスタである。


「今回の月面侵略にあたって最大の障害になるのが月面人です」

「すみません松葉さん、そもそも月には生き物が住んでるんですか?」

「うさ耳が生えてます」

「…………はぁ、初耳です」

「うさ耳です」

「えっと……その月面人を制圧する為に……私を?」

「アメリカ政府があなた以上の適任者は居ないって聞いたんで……」


 しかし宇宙への挑戦……最強の傭兵…えっと…… ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世といえど専門は地球だから。

 案の定乗り気じゃない。顔に書いてある。


「あの、なんですか突然。私の顔にマジックで何を書いたんですか?」


 書いてあるというか、書いた。


「月面人の戦闘力は平均10億くらいなんです。強いんですよ」

「数字がデカすぎて全くピンとこないですけど魔人ブウくらいですか?」

「というわけで、この前制圧した惑星ペカポッポの戦闘民族ライシャノット星人を特殊部隊として派遣しようかと考えてるんですがね?」

「はい」

「多分アイツらじゃキツいんで特殊部隊隊長として部隊の教育と現場の最高責任者やって欲しいな〜なんて……それで今日は呼びました」


 とっても丁寧に下手に出ながら最強の傭兵にお願い差し上げてるつもりだけど、やはり最強の傭兵はやりたくなさそうな顔してやがる。顔に書いてる。


「やめてくださいさっきからなんですか書かないで頂きたい」

「失礼。あまりにも書きやすい顔してたもんですから……」

「か、書きやすい顔……?」

「で?やんのか、やらないのか、どっちなんだい?」

「……突然高圧的だな。なんなんだあなたは……」

「こっちはねえ!ギャラで8000円も用意してるんだよ!!やってもらわないと困るじゃないか!!」

「8000円……嘘でしょ?8000円で宇宙行けって言ってるんですかあなた……」

「8000円あったら車買えるよ?」

「買えるか」

「ねぇ〜お願いしますよ〜じゃあせめて宇宙行かなくていいから特殊部隊の教育だけして?月面制圧できるようにして?」

「……そもそも月面を一方的に制圧しようとする姿勢が気に食わないです」

「いや……一方的じゃなくて…勝負は交互にビンタしてって最後まで立ってた方がって感じにしようかなって……」

「侵略者とそんな小学生の我慢比べみたいな勝負するか。大体それなら私要らないでしょ?」

「いや、めっっちゃ強いビンタの打ち方とか……」

「それだけですか?……8000円のギャラが妥当に思えてきた……」


 でしょ?


「本当頼みますわ。あなただって沢山戦場で手を汚してきたんでしょ?今更じゃないですか。いいでしょ?」

「あなたはお願いしてるのか喧嘩売ってるのかどっちなんだ?」

「こっちはねぇ!!このプロジェクトに19,000円もかけてんだよっ!!」

「19,000円でどうやって宇宙行くんですか?」

「あの……ペットボトルロケット…?」

「ペッ…………?」

「あの……水でブシューーッて……あれのでかいヤツで……」

「さよなら」


 応接室から出ようとするジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世。脚にしがみついて必死に懇願する。

 なぜならプロジェクトに入ってもらえなければ私の首が飛ぶから。物理的に。この前経理が計算ミスで斬首されてた。


「おいぃぃぃっ!!頼むよぉぉぉっ!!」

「とても成功しそうにないので失礼します」

「んな事言うなよぉぉっ!!成功しようが失敗しようが払うから8000円は!!」

「なんでたった8000円で私が……」

「ビンタの仕方教えるだけだから!ライシャノット星人にビンタ教えるだけだからっ!!やってくんねーとおたくの娘さん返さねぇかんな!?」

「………………………………は?」


 しがみついた脚から濃密な嫌な予感。全身の毛穴が開いてヒアルロン酸が吹き出した。


 恐る恐る見上げた先に能面のような恐ろしい顔をしたジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世が居たから。


「……なるほど、最初からそういうつもりで……」

「ごめんなさい嘘ですごめんなさい嘘ですごめんなさい嘘ですごめんなさい嘘ですごめんなさい嘘ですごめんなさい嘘--」

「何人だろうと娘に手を出す者には容赦しない」


 --あっ、死んだ☆


「あのー……………………」

「月に行きたいのですよね?特別に月まで私が送って差し上げましょう」

「いや私は現場のもんではないので私は月に行か--」



 次の瞬間私の視界が激しく振られていた。

 視界の中の全ての像がブレて凄まじい勢いでフェードアウトしていく。全身を包む浮遊感と血管内で血がシェイクされる感覚に私はしがみついた脚に吹き飛ばされたんだって認識した。


 その後はひたすら上昇したんだと思う。どこまで?そりゃ大気圏突き抜けるまでさ。


 5秒も数えない間に私の体は大気圏を突破して焼き魚作れるくらい加熱された私の体は放り出された宇宙空間の絶対零度で瞬間冷凍されていた。


 上も下も分からない。体を動かすこともままならずひたすら暗黒の世界を漂流する。

 眼下に広がる母なる星への帰還方法も分からず……


 やがて私は考えることをやめた。

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