エスパーとチョコ買お?
--私は可愛い。
ので、私の歩いた道には例え不毛の大地でも花が咲き、水が湧き、小鳥が囀る。世界が色づき、私の姿を見た者は踊り出す。
この世界が白黒のパレットなら私は世界に色彩を与える絵の具……私の持つ“華”は世界を作る構成物質。
つまり、私=世界。
地元に帰る前にやる事がある。日比谷真紀奈、東京の街を練り歩く。皆さん世界が通りますよ。
「ねぇあれって…」「あっ!日比谷…」「熱愛報道が出てた……」
この日比谷真紀奈を見かければ道行く人達の視線も手元のスマホから私に一直線!!歩く芸術?それは私の事。
でもごめん……みんなも知っての通り、この美の女神、もう決めたの。
--私は私の道を往く。
あなた達の夢と希望を連れて行けない私を許して。
日比谷真紀奈という世界の恋人を失い静かに着実に崩れ行く世界の悲鳴を聞きながら私は確固たる意識を持ってお菓子屋さんへ……
私は決めたの……
そうっ!私はむっちゃんと一緒になるっ!!この既成事実チャンス逃さない!!
日比谷真紀奈、幸せになるっ!!
「--あれ〜?もしかして日比谷真紀奈?」
ルーブル美術館に行ってモナ・リザを見たとして、モナ・リザにキスをする人は居ないと思う。いくら美しいから、惹き付けられるからと言って、そんなことする人はなかなか居ない。
ここに居た。
美の至宝日比谷真紀奈の肩をいきなり組んでくる奴が……
明るい茶髪を後ろでひとつにまとめた快活そうな、人懐っこい印象を与える女の子。歳は私より少しだけ上にも見える…
けどそんな印象も高いトーンの声と見えない尻尾を振り回す様をイメージできる立ち姿からどこかギャップを感じざるを得ない。
顔は……うーん……77点。
私の家は教育が行き届いてるから知らない人に触られたら性病を移されるかもしれないってちゃんと分かってます。私は腕を払ってすすすっと距離を開ける。
「日比谷真紀奈です。どうも」
しかし私のファンには違いない。というか、世界中みんな私のファンだし…
ならば警戒はしつつも最高のスマイルで応えるのが美の女神としての責任。これが美の究極体。ありがとう。
「うわぁ……マジだよ……生日比谷初めて見たよ。やっぱ可愛いねぇ!!」
「そりゃ……日比谷真紀奈ですから」
……?この人何言ってんだろ。可愛いって……可愛いくない日比谷真紀奈が存在するとでも?
不思議な人だなぁって思って見つめてたら相手の女の子が自己紹介。
「私実渕。実渕さんって呼んでよ。真紀奈♪」
モナ・リザに自分の名前を書き込むかのような傲慢じゃない……?
いや、まぁ……ね?みんなの日比谷だし。それくらい許そう。広い心で……
「初めまして実渕さん、日比谷真紀奈です。応援ありがとう」
初めましてを強調しといた。
「いや、別に応援はしてないかな……」
「……」
ルーブル美術館のグルグルの口コミに「モナ・リザイマイチでした」って書くのと同じことですよ?今のは。死刑じゃない?
「……え?なんなんですかあなた…ホント…やだ。なに?」
「え?いや有名人が歩いとると思ってさ、声掛けたんだ。今からお買い物でしょ?」
「え……だからなんですか?ちよっと…やだ」
「その顔…………チョコレートを買いに行くんだね?」
「え……なんでそれを?……は?やだ」
「ふっふっふっ……君の顔に書いてあるよ?チョコレート買いに行きますって」
んなわけねぇだろ。どこの世界に「チョコレート買いに行きます」なんて書いて外歩く奴が居るんだ。お前は顔に字書くんか?メモ帳か?私の顔は。
「きみぃ……」
ジト目に粘着質な笑みを浮かべた実渕さんとやらが下からまじまじと私の事を睨めつける。まるで平面に描かれたミニスカの美少女を下から覗き込んでパンツを見ようとする男。分かりやすく例えるとモナ・リザの鼻の穴の中を覗こうとする観客の心理。
が、しかし。この日比谷真紀奈、日々のスキンケアは完璧だし鼻毛だって処理してる。毛穴にも鼻の穴にも隙は無い。
顕微鏡で見たって完璧美少女……
「恋、してるね?」
「……ッ!?」
しかし実渕さんが観察していたのは毛穴でも鼻の穴でもなかった!
彼女の若干濁った目が捉えたのは私の深層心理--心の底で熱く燃える秘めた想いだった。
……エ、エスパー……?
なわけない。
どーせ週刊誌の私の記事を見てそう予測したに違いない。間違いない。応援してないとか言っといてちゃんと日比谷ファンじゃないの。
「……地元に居るんだね、その子…」
「……ッ!?!?」
いや、それくらいの推察は52回やって1回は出てくるって。たまたまよ。
「…………その男の名前は小比類巻睦月。高校の同級生だ」
「………………ッ!?!?!?」
こ、こいつ……っ!!
「わ、私のストーカー……?」
核心を突く私の問いかけに実渕さんは「ふっふっふっふっ」と不敵な笑いをニタァァッと浮かべ私のことをじっっっっと見ていた。
なんだかその視線がどんどん心の中まで潜り込んでくるみたいで……
「いやっ!!私を裸にしてどうする気!?」
「いやしないよ」
「な、なにあなた!?何者!?私の狂信的信者!?」
「残念!違います〜。私は人の心が読めるエスパーですぅ」
は?何言ってんだろこの人。おかしくなったのかな?可哀想に……
「ねぇねぇ日比谷さん、あなた今からバレンタインにむっちゃんに贈るチョコレート買いに行くんでしょ?私も選んであげるよ」
「なんで……さてはあなたもむっちゃんを狙って……っ!!」
「ちゃうわ。私エスパーだからむっちゃんがどうしたらそのハートをあなたに開いてくれるのか解るんだ」
「…………え?まじ?」
「まじまじ」
実渕さんは呆然とする私にウインク(両目)してからコソコソっと耳打ちしてきたのだ。
「まま、騙されたと思ってさ〜…」
*******************
騙されてみようか。
私達がやって来たのは都内のオシャレなお菓子とか沢山売ってる店。なんか、原宿とかにありそうなアレ。分かる?
自称エスパーの実渕さんとやらと入店する私を出迎えたのはポップで賑やかな店内の内装。「チョベリバ〜」とか言ってそうな店内には「僕を食べて!」と訴えるお菓子のパッケージが所ジ○ージと並んでいた。違う、所狭し。
「ワッフゥー!見て見て日比谷さんよ!美味しそうで虫歯になりそうなお菓子が沢山だよ!!これとか「健康指定食品」とか書いてるけど絶対嘘!保存料着色料タポタポよ!!」
「それTNTポップコーンじゃん……私達チョコレートを買いに来たんだよ」
「私“達”?ノンノン、真紀奈ちゃん、チョコレートに想いを乗せるのはあ・な・た♡」
なんだろう……さっきからウインクができてない。
「で?むっちゃんが私にハートを開いてくれるチョコってどれ?」
「ちなみに真紀奈ちゃん、お料理できる?」
「でき……る。野菜炒めさせたら世界一」
「男の心を鷲掴みにするのはいつだって手作りってキーワードなんだぜ?」
じゃあなんで買いに来たし。いや、買いに来たのは私か……
「仕事のスケジュールいっぱいでチョコレート作ってる暇ないんだよね。だから14日にハートを射止められなきゃアウトなんだよ」
「ふーん?昨日とかお姉ちゃんの家で暇してたのに?」
……え?さっきからなんで私の全てをそんなにお見通しなの?怖……あ、エスパーだからか……
「そんな気持ちじゃむっちゃんのハートはゲット出来ないんだよっ!!」
「…………さっきから言おう言おうと思ってたんだけど馴れ馴れしくむっちゃんとか呼ばないでくれる?」
「真紀奈ちゃんだって呼んでるじゃん。カノジョでもないのに……」
……真紀奈ちゃん?
「いらっしゃいませ。本日はどのようなお菓子をご所望で?」
と、店内で言い合ってたら店員さんがやって来た。こんなピンクピンクしてるお店なのにまるで高級ブティック並の恭しさだ。これがTOKYO……
「えっと……恋人にチョコレートを贈ろうと思って……」
「サラッと嘘つくんじゃねー」
「それでしたらこちらがオススメでございます。お客様」
恋人に贈る用チョコレートを店員さんが見繕ってくれた。店員さんが持ってきたのはなんか高そうな外国のチョコレート。多分ブランデーとか入ってるやつ。
そのお値段なんと11万。
「全国のカップル様に大変ご好評です」
「嘘だ。全国のカップルさんこんな高いの買えないよ」
さて、ぼったくり商売と真っ向対決する私に着いてきた自称エスパーさんはと言うと……
「これください」
「450円です」
棒付きキャンディーに童心を取り戻していた。
レジでニヤニヤしながらキャンディーを舐める実渕さんを捕まえて詰める。
「ちょっと。むっちゃんのハートを射止めるチョコレート選んでくれるんじゃなかったの?」
「なんでもいいんじゃない?」
「ここで棒付きキャンディーにするぞ?」
「私はむっちゃんのハートを開く方法は分かるって言ったけどむっちゃんのハートを開くチョコレートは知らないよ」
「何しに来たの?ねぇ?」
「あのね真紀奈ちゃん……大事なのはさ……」
実渕さんが私の胸をドンッと叩く。ゴムゴムのJETバズーカくらいの威力で。
「あなたのここだぜ?」
店の壁を突き破って吹き飛びながら私は決意する。
--コイツ殺す。
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結局真紀奈ちゃんは11万出しましたとさ。
「修学旅行の時さ……私とむっちゃん初めて一緒にお酒飲んだんだ……ブランデーの入ったこのチョコレートはそんな思い出を思い出させてくれる素敵な1品だと思うんだ……」
「そうですね」
詐欺師をシメる為に連れ込んだ裏路地で私はチョコレートを大事に大事に抱きしめながらそんなあの日に想いを馳せる。
……で、コイツ結局なんなの?
「でもさ、真紀奈ちゃん。むっちゃんの心は今別の人のものよ?正直あなたとの思い出なんて便所の紙と一緒に捨てられてると思うの」
「黙って?今からあなたは生ゴミ強制試食の刑よ?」
おあつらえ向きのゴミ箱が路地裏に置いてあったので今から頭から突っ込ませようと思います。
「心配しないで?東京はゴミでも美味しいから……」
「聞いて?あのね。私がむっちゃんと真紀奈ちゃんをくっ付けてやろうって言ってんの」
「チョコ選んでくれなかったじゃん」
「だから、あなたが選んだチョコが大切なの。大切なのはハートなの」
「じゃああなたマジで何しに来たの?」
「私?」
どーせ私とお近づきになりたいだけのペテン師がふっふっふっと不敵な笑みと共に立ち上がった。
なにがそんなにおかしいのか知らないけど私を前に彼女は「よーく見てて、今から真実を見せてあげる」となんかよく分からないことを言ってたので私はいそいそとゴミ箱を用意する。
--その時。
「っ!?」
突然目の前が純白の閃光に包まれた!
突然の目潰し攻撃に私が目を瞑ったのと同時に前から「これが真実よ……」と急になんかテンションの下がった、美化して言えば厳かな声音が耳に届いた……
瞼の上からでも眼球を突き刺す光が収まった時、より詳しく説明すると瞼の裏側が透けて赤く見えなくなった時……私は恐る恐るゴミ箱を手に目を開けた。
--その先に広がっていた光景はおおよそ現実とは思えなかった。
なぜなら、さっきまで普通の都会っ子みたいな服装だった実渕さんとやらが目の前で光ったと思ったら突然早着替えしていたのだから……
--その装いは純白の薄いカーテンのような、美しくも神秘的な、分かりやすく言うと天使が着てそうな布切れ……
薄ら発光する体と純白に染まった髪の毛……思わず膝を着きそうになる柔らかでかつ心に平穏を与えてくれる笑み。
そして何故か少し宙に浮く体……
そして!何故か背中に生えてきた一対の翼……
わずか数秒で目の前のペテン師がコスプレしてた。
「…………え?」
その早業に言葉もない私がなんとか絞り出したのはそんな間抜けな声だった。
そんな私に向かって彼女は改めて名乗る。厨二病を拗らせ過ぎたペテン師が名乗ったその名は--
「--私は天界人口管理局日本支部少子化対策特別室室長、ミートソース・ブルーマウンテン・チーズカマボコ」
「…………………………」
「略してミブチです」




