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43億でどう?

 盛者必衰の断りとは言うが、いくらなんでも早過ぎないか?

 どうも、兵どもが夢の跡、小比類巻睦月です。

 43億8800万円が一瞬で消えた男です。しかも、強奪されました。

 四公、ヒップ・マムを倒し懸賞金を手に入れても橋本に奪われ、新しい四公の一角に選ばれても海に出る船がなく、今日俺は失意の中恋人の家に向かっていた…


 そう、脱糞女である。


 なんかいまさっき電話があった。今すぐ来ないと俺のアパートにカチ込むって言ってた。うちのアパート1階にヤクザの事務所入ってるし、間違われたら抗争だから俺は脱糞女を止めるために決死の覚悟でハイクラスマンションへ…


 脱糞さん、4月からはこのマンション引き払って自分で生活するんだって。今脱糞さんは進路に引越しにと忙しい。

 あ、脱糞さん、4月から調理師学校だって。俺?乾燥コッペパン。



 --俺はこの時なにも知らなかった。

 この後俺の肛門にタバスコを流し込まれることになるとは…



 --ピンポーーンッ


「おーい、脱糞さーーん、こっひーが来たよぉぉぉぉぉっ!!」


 後半ソプラノを効かせて伸びのある呼び掛け。芸術的な余韻を残す俺の来訪に間を置かず玄関が開かれ中から腕が伸びてきた。

 間髪入れず俺の胸ぐらを掴んで引っ張りこもうとする腕…一瞬逆に捕まえて一本背負いかまそうかと思ったけど可哀想なので俺は抵抗せず中に引きずり込まれる。


 中には脱糞女こと楠畑香菜ちゃん。コイツの家なので当たり前である。

 そして足下には謎の巨大ウサギ……


「ミギャーー!」「シャーーッ!!」


 そして俺のダウンの内側からはムッチャラキコキコが2匹…


「よぉ、睦月」

「脱糞さん、引越し進んでる?ウサギ、いつから飼い始めたんだっけ?」

「言うてへんかったか?てか…そないな事はどうでもええねん」

『こんにちわ睦月君。こうして話すのは初めてだね♪』


 っ!?ウサギが喋った!?


『私花子、トイレの花子さん。香菜の親友なんだ!!よろしくね!!』

「おい脱糞さん!!コイツなんだ!?」

「…そないなことどうでもええねん」

「そんな馬鹿な…」

「今日おどれを呼んだんは…これやっ!!」


 愛しの脱糞女は物事の重要性を履き違えている。どう考えても喋るウサギの説明以上に重要な事柄などない。

 が、俺は脱糞さんが突き出してきた紙面を目にして一瞬凍りついた…


 脱糞さんが持ち出してきたのは週刊誌--そして開かれたページには堂々と白黒写真が掲載されてた。


 そう…札束に埋もれた車内で俺と日比谷真紀奈がぶちゅーーー♡してる写真が……


 あ…やば。


 記事の見出しはこうだ。

 --コンビニにタクシー突っ込む!その車内に日比谷真紀奈と男の影……


 やべ……


 俺の顔にはモザイクがかけられてるが、多分見るやつが見れば分かる。日比谷さんの顔はバッチリ激写だ。


 …まじやべぇ。


 これ、俺はいいよ?でもこれ…日比谷さん的にどうなの?スキャンダル?え……


 激やべぇ…


 --状況を整理しなければならない。

 あの日俺と日比谷さんは橋本の刺客である宇佐川結愛に追われたタクシーの暴走運転の事故に巻き込まれた。

 これはその時の事故の衝撃で『事故』でお互いの唇がぶちゅーしてしまった…ということなんだが……


 あの時俺はマミーの虎で得た43億8800万円をほぼ全て宇佐川に渡している。それは宇佐川がこの光景をネタにゆすってきたから……


 つまりこれ、宇佐川結愛の仕業ってことでOK?

 いや問題はそこではない。


「…………これ、アンタやろ?」

「……チ、チガウトオモウヨ……」

「いや、アンタやろ?」

「………………」

「……随分と、日比谷と仲がええんやな?」

「………………」

「……ん?」

「……ガ、ガイコクデハキスナンテアタリマエダヨ?」

「………………浮気か?」

「チガウヨ?」


 ぴょんぴょん飛び跳ねるウサギもとい花子さんがタバスコの瓶を咥えてやって来た。

 脱糞さんの冷徹な視線が俺に刺さる……


「睦月」

「………………」

「ケツ、出せや」


 *******************


『……結愛さんは例の写真はどこにもリークしてないって言ってるよ?あと、あの一件は間違いなく事故だよ』


 ビデオ通話越しにそう説明するのは今回の件の全ての元凶である橋本圭介氏。彼が俺から43億強奪しようとしたのが全ての始まりである。


「……まぁ、事故なんは分かっとるよ。睦月が他の女に迫られる心配なんてしてへんし…それに日比谷とそういう関係になり得るんならとっくになっとるやろうしな…」

『ごめんね楠畑さん。こっひーは楠畑さん一筋だよ。僕はそう思う』

「ウチも知っとる」


 だったらなんで俺にあんなことしたんですか…


「誤解が解けたのは結構だが……おい橋本、じゃあ誰がこの写真撮ったってんだよ!」

『僕に訊かれても……多分週刊誌の記事さんが近くに居たんじゃないかな?日比谷さん今や有名人だし不思議じゃないよ』

「……橋本よ。俺はいいとして問題は日比谷さんだ。こんなスキャンダル公開されたら日比谷さんの将来に差し障ると思うだろ?」

「なんや、えらい日比谷の事心配するやん。あとなんでケツ半分浮かしとるん?」


 てめーがタバスコぶち込むからだよ。


「そしてその責任は君にある。OK?」

『えぇ……』

「橋本、元はと言えばお前がカノジョをけしかけるからこんな事故が起きたんだよな?」

『元はと言えば君が僕の遊○王カード勝手に売ったりするから……』

「おいおいおい。あれは合意の上だぜ?」

『嘘つくなよ』

「将来ビッグなアイドルになるお前がそんな細かいこと言うなよ…それに今回被害を被ってんのは日比谷さんだ」

『まぁ……それは…』

「日比谷さんの為にもお前には責任を取る義務がある。そう思わない?」

『……僕にどうしろと?』

「お前になんぞなんも期待してねぇよ…お前のカノジョだよ……」


 *******************


「…というわけで、君のせいだから何とかして来てくれって」

「ざっけんな。行ってこさせたのお前だよなぁ!?」


 カレシのとぼけた言い分に蹴りを入れる素敵なカノジョは私、宇佐川結愛さんだ。


 私達は今東京のホテル…そうホテル暮らし。なんてリッチな……

 私は今アイドルデビューに向けて本格的な準備期間に入った圭介に同伴して東京に来てたんだが…そんな中コイツにいい様に使われてる。


 そして今--


「ぐっ…苦しぃ…首がもげる……」

「大体、私は約束破ってねー」

「でも事故起こったの結愛さんのせい……」

「お前が金取って来いって言ったからだよな?」

「事故起こしてとは言ってない……」

「おい、めちゃくちゃ言うなよ?そもそも、もう暴露されたもんをどうしろってんだ?」

「それは…考えて……」

「舐めてんのか?」

「ぐはっ……ゆ、結愛さん……日比谷さんはなんにも関係ないんだよ?可哀想じゃないか……」

「……」

「君にも責任の一端があると思うんだ……」

「調子こいてんじゃねぇよ。お前にもあんだろ?」

「ぐっ…でも僕今からレッスンだから……」



 --これって1番の被害者私じゃね?


 とりあえず一旦圭介を絞め殺してふっかつのじゅもんで生き返らせてから巨大な風呂敷を担いでダッシュである場所へ向かう……


 向かったのは問題の週刊誌を発行した『週刊フライゴン』の入ったビルだ。


 とりあえず自動扉をわざわざ蹴破って侵入する。


「よぉ」

「どう言ったご要件ですか?」


 待ち受ける受付嬢は自動扉をぶち破る私に対して微動だにしない。只者ではない……余裕の笑みすら浮かべてる。


「この記事書いた奴と編集長と社長連れてこい。話があるんだ」

「失礼ですが、お名前をお伺いしても……?」

「北桜路の宇佐川結愛だと伝えろ。関西煉獄会を潰したあの宇佐川だと……」

「奥の応接でお待ちください」


 ……たまに思うんだが東京に来ると私が現れてもビビるやつが少ない気がする…これが魔境、TOKYO……

 この魑魅魍魎の跋扈する魔境で圭介はやって行けんのか……?



 ……とりあえず通された応接室で出されたお茶の美味さに感激の涙を流しているとものの5分程で指名した3人と思われる男達がぬっ!と現れた。


「おまたせしました……週刊フライゴンの社長、風来ふうらいと申します」

「編集長の偏州長へんしゅうちょうです」

「こちらの記事を担当しました晴手謝ぱてしぇです。」

「おぉ…ぐすっ……アポもなく……申し訳ない……宇佐川です……ぐすっ」

「……あの関西煉獄会を潰した宇佐川氏にお会いできるとは、光栄です(…なんで泣いてるんだ?)」


 丁寧に名刺を渡して来ようとする彼らを制して私は問題の週刊誌をテーブルに叩きつけた。


「ぐすっ……これ、なんだけどね?あ、お茶、おかわり貰っても……?」

「はぁ……どうぞ……」

「私の書いた記事がなにか?」

「いやさ、これ、この今週号を回収して、この記事は間違いでしたって表明して欲しいんだ」


 私の無茶苦茶な要求を耳にして3人の顔色が険しく変わる。少なくとも私が「お願い」してこんな反応は地元ではありえない。


「だめ?それとも死ぬ?」

「理由をお伺いしても?」

「いや……事実じゃないから。この2人、別に恋仲でもなんでもないしさ…」

「宇佐川さん、私の書いた記事に熱愛報道などはありません。ただ日比谷真紀奈と男が同じタクシーに乗って事故に遭ってキスしていた、書かれているのはそれだけでどれも事実です」


 とは、晴手の弁。


「ぐす……言い訳すんなよ。明らかにそう思うような記事じゃん。写真つけてさ……」

「しかし、事実ですので……」

「当社に落ち度も、陥れる目的もございません」

「でもさ、可哀想だからさ……」


「宇佐川さん!」と編集長が大きく身を乗り出してきた。そのタイミングでお茶のおかわりがやって来た。嬉しい。


「私達は事実を国民の皆様にお伝えする義務がある。そこで起こっていことを、知りたいことを皆さんに伝えることがジャーナリズム精神なんですよ!私どもはトップモデル、日比谷真紀奈の事は国民が大いに関心を抱いてるものだと思ってます!この記事を撤回することは我々のジャーナリズム精神に反することなんですよ!我々はなにもやましいことはしてません!!」


 一口飲むだけで暖かな深みとほっとする優しさが胸まで浸透してくる。鼻を抜けていく深みのある風味が一種の陶酔感まで与えてくれる。ああ……私は今美味いお茶を飲んでんだなって思わせてくれる。そんな一杯…


「……ぐすっ…そこを何とかならね?このままじゃ日比谷真紀奈、業界干されるよ?」

「それは我々の知ったことではありませんので……」


 なんて言い分だい。


「あんたらねぇ……ぐすっ……マスメディアってのは影響力あるんだから、それこそなにを記事にするのか選ばなきゃならないんじゃないの?こんな事書いて……晒し者にして……人のプライベートな交友関係は自由だろ?こんなのいじめだぜ?」

「我々は彼女らの関係にとやかく言ったつもりはありませんし、男性にはモザイクかけてます。それにこの国には言論・表現・出版の自由があるんですよ」

「自由には大きな責任が伴うと私は思うんだ……ぐすっ……」

「宇佐川さん、わざわざお越しくださって大変恐縮ではありますが、あなたの要求は呑めない」


 首を振る社長の目の前に巨大な風呂敷をテーブルに置いた。

 テーブルが軋む重さに明らかに結びきれてないてっぺんからこぼれる札束……


 彼らの目の色が変わったのを見逃さなかった。


「43億でどう?」

「ありがとうございます」

「早速、回収しましょう!」

「記者会見を開いて、正式に記事に間違いがあったと公表します!!」


 言いながらハイエナの如く金に群がる3人……そこに熱いジャーナリズム精神を語った誇り高き仕事人の面影はなかった。



 --結局43億は小比類巻にも橋本にも手にすることは叶わず、元から金持ってそうな連中の懐に収まりましたとさ。


 ビルを立ち去る際、虚しさと金が消えた虚無感にどこか虚ろな表情を浮かべる私に受付嬢がニコニコしながらちょっとした手土産を持たせてくれた。


「よろしければ……」

「……ありがとう」


 この世の真理は金で、志や真心ではない……

 そんなことを教えてくれる巨大なビルを見上げながら私は土産のお茶を飲んでましたとさ。


「うぅ……うめぇ……ぐすっ…」

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