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シートベルトしてますか?

「むっちゃんおめでとうっ!!」


 俺はその声に振り返り、同時にテレビ局の廊下にポトポトこぼしている札束に気づいた。俺は今銀行の金庫でも破って来たんかって大金を風呂敷に包んで帰路に着く途中だったのだ。

 その額43億8800万円。

 大海賊、シャーベット・チンチンの首にかけられた懸賞金である。


 さて、世紀の大金持ちになったのは俺、小比類巻睦月。乾燥コッペパン製造販売を行う有限会社『こっひーのコッペパン』代表取締役社長(予定)である。


 そして今追いかけて来たのが我が学友にしてトップモデル、日比谷真紀奈である。


「……どうした日比谷さん。この金は俺のだからさ…」

「え?分かってるよ。おめでとう!むっちゃん!!すごいね!一気に私より大金持ちだよ!!」

「……世界はひっくり返る事だろう。四公の一角が崩れたんだ……三大勢力の均衡が--」

「三大勢力の均衡は知らないけど……むっちゃんこの後暇?」

「暇と言えば暇だが……忙しいと言えば忙しい」

「えへへー♡むっちゃん、この日比谷、今日はこの後オフなんだ♡」


 ……やはり俺の43億を狙っているな?


「むっちゃんむっちゃん、実は私のお姉ちゃん……会ったことあるよね?お姉ちゃんがこの近くの珍獣カフェで働いてるの!良かったら……お茶でも…………」

「え?奢り?」

「……43億もあってカフェのお茶代が惜しいんだね…もちろんだよ!」


 タダで飯が食えて茶まで出てきて帰りの新幹線代まで出してくれるとあったらこうしちゃ居られねぇよな?

 と、その時……


 --おんどりゃこらぁぁっ!!こんぼけぇぇぇっ!!


「え?なに……」

「悪い俺のスマホの着信音」

「…………」


 誰だ?あぁ……かつて俺と親友契約を結んだ橋本圭介氏ですか。


「アニュハセヨ?」

『あ?もしもし?こっひーどうだった?お金もらえた?』


 この金食い虫め……俺が『マミーの虎』に出演すると言ったらこれだ。


「43 억엔을 받았습니다」

『えぇ!?43億円も!?すごいじゃないか!!』


 なんで通じんだよコイツ……


『え?じゃあさ、あの約束忘れてないよね?』

「기억이 안나요」

『ちょっと何言ってるか分からないけどさ、お金もらったら僕の遊○王カードコレクション返してくれるって言ったよね?』

「말하지 않아」

『うん全然分からない。今不死テレビだろ?直ぐに取りに行くからね?』

「오면 죽일거야」

『覚悟してね?』


 43億という大金を手に入れた俺にとっては既に過去の人である橋本はそう一方的に告げて通話を終了した。


 --その瞬間、俺の背筋に寒気が走る!!

 野生の勘か…大金を抱えたことによる究極の集中力か……いずれにせよ俺の研ぎ澄まれた第六感がここに居るのは危険だと判断する。

 ……馬鹿な…たかが橋本相手にこの小比類巻が?


「…?むっちゃんどうしたの?顔色が良くないよ?」

「아무것도 아니야」

「え?なんて?」

「그 가게는 안전합니까?」

「…………え?」


 *******************


 --とにかく安全な場所へこの金を安置しよう。そうしよう。

 日比谷さんが捕まえたタクシーに乗り込みながら俺はいつまでも離れない橋本の言葉にビクビクしながら風呂敷を抱きしめる。


「お客さんその荷物、トランクに積みましょうか?」

「……その手には乗らねぇぞ?この……泥棒野郎!!」

「え?」


 タクシーの運ちゃんの策略を跳ね飛ばして俺達は日比谷さんのお姉ちゃんの元へ……


「ガタガタガタガタ……日比谷さん、その店までどれくらいかかるの?」

「え?車で40分くらいだよ?」

「おい全然近くねぇじゃん!」

「ひぇっ……ご、ごめんなさい……でも私どうしてもむっちゃんとお姉ちゃんに会ってほしくて……」

「……何故?」

「え?それは……将来のお婿さん--」


 なにやらとぼけた事を言いかける日比谷さんの声を遮って運ちゃんがバックミラーを見つめながら「なんだありゃ!?」と絶叫する。

 俺らも釣られて後ろを見る。


 当然だがタクシーでの移動なので今俺らは車道を走ってる……


 そしてその車道の車達を縫うように走ってこちらに迫ってくる“ヒト”が居た。

 ソイツは制限速度50キロで流れる道路を車より遥かにハイスピードで飛ばしながら猛然とこちらに迫ってきていたではないか。


 俺はゾッとした。


 俺はアイツを知っている……否、北桜路市の人間ならば、誰もが知っているだろう……


「アイツは……っ!?」

「……愛染高校の魔人、宇佐川結愛?」


 青ざめる俺の横で日比谷さんが奴の名を呼ぶ。

 奴を凝視する視線に引き寄せられるように宇佐川は更に加速してタクシーに迫った!!


 --宇佐川結愛は橋本圭介のカノジョだ。俺がクソ漏らし女とよく分からん距離感にあった時、奴はこの怪物をものにしていたのだ……


 --覚悟してね?


 いつもの明るい語調の橋本の声が耳元で蘇って指先で背筋をなぞるようだった。

 ゾッとした。


 --アイツ俺を殺す気だっ!!


「お、お客さん気づいたか!?なんだいアレ--」

「逃げてくれ運ちゃん!!アレは……タ、ター○ネーターだからっ!!」

「ター……?」

「いいから飛ばせっ!!金ならあるっ!!」


 鈍い運ちゃんの脳みそを札束で叩いてやれば運ちゃんが男の目になる。ハンドルを握る手が明らかにさっきとは違うじゃねぇか。


「なんだか知らねぇが……世界の存亡に関わる事なんだな?」

「うん!俺死んだら人類滅ぶからっ!!」

「任せな--」


 運ちゃんが一度世界の運命を背負ったならそのドライビングテクは先程までの流れの悪い道路をトロトロ走るそれとは別物だ。

 蛇行運転で車と車の間を縫いながら器用にハイスピードに突き進んでいく。

 100キロを超えようかという速度に達しながら的確なハンドル捌きは--


 --ドガァァァァァァンッ!!!!


 嘘である。

 思いっきりハンドル操作を誤った運ちゃんはタクシーごとコンビニに入店した。

 タクシーで事故に遭うのはこれで2度目である。


 ものすごい衝撃と轟音。店内に車が鼻から突っ込む!と思った瞬間視界が大きく揺さぶられ全身に叩きつけられるショックと共にもうパニックである。

 俺はこの日ほどシートベルトを必要だと思ったことはないだろう……後部座席にもなぜシートベルトがあるのか。なぜ後部座席でもシートベルトをしなきゃダメなのか。


 後ろの座席なだからシートベルトをしないという人は一定居るのではないか?みんな、後ろでもシートベルトはあるから。してくれ。


 シートベルトをしてなかった俺と日比谷さんは車内で激しくバウンドしたのだから。


「きゃあああああああっ!!」


 隣で日比谷さんの絶叫が聞こえた。


 車が店に突っ込んで激しく横転。車体が回転するのを感じる。事故直後から車内で左右に激しくシェイクされていた俺達はごちゃ混ぜに……


 --ごちんっ



 ……俺のシャカシャカポテトの気分になった視界がなにかに覆い隠された。それと共に顔にぶつかってくる衝撃。鼻が潰れたツーンとする痛み。


 ……そして唇になにやら柔らかい感触があったんだ。


 --俺と日比谷さんは車内後部座席で激しくシェイクされていた。シャカシャカポテトになったのだ。

 当然、シャカシャカポテト内のシャカシャカポテトは互いに激しくぶつかり合うこともあるだろう。ならば、不意の事故が起こることもあるのだ。


 俺の目の前に日比谷さんの顔があった。

 そしてどうやら、痛みの後にも残る唇の感触は日比谷さんの唇らしい。


 撒き散らされた札束がクッションになったようで幸い目の前の日比谷さんに怪我は無さそうだ。俺も然り。

 そして札束の中で溺れながら俺は恐らく俺の知る中で最高レベルの美少女とチュッチュッしていた。


 日比谷真紀奈もこの状況に気づいたのだろう。

 俺と牙突零式レベルの至近距離から見つめ合う目がまん丸に見開かれ、顔に赤みが増していく。


 …………どーするかなぁ…


 選択である。

 事故直後に動くのは危険だよな?頭を打ったかもしれない。つまり、この唇に伝わる甘くて柔らかい感触をしばらくこのままにしておくことが懸命なのだろうか?

 しかし日比谷さんも女の子だ。これが橋本とのガッチンコならばこのまま橋本をぶち飛ばしても問題ではないが……


 ……まぁしかし、日比谷さん俺の事好きだしなぁ……


 考えながら少しむにむにしてしまった。だって息がしずらくて苦しいもん。「んんっ!!」と日比谷さん。

 なるほど。日比谷さんも脱糞さんもそう変わりませんね……


 我ながら、最低である。


 トップモデルとのキッスなどというハプニングは美味しいが、私にも恐ろしい妖怪タバスコ流し込み女がいる。ここはこれ以上彼女の純潔を汚す真似はよそう。


 と、ここまで事故発生から10秒。

 俺は札束に埋もれて身動きができない中、日比谷さんから何とか顔だけズラした。


「……っはっ……ぁ……はぁ……はぁ……」

「…………」


 超至近距離で荒い呼吸を繰り返す日比谷氏。もう顔は真っ赤である。


「日比谷さん大丈夫?わざとじゃないからね?平気?」

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

「生きてる?」

「………………はぁ!はぁ!!はぁ!!!!」


 あれ?怖いぞ?目がギンギンだしどんどん呼吸が荒くなってきているぞ?


 なんだか身の危険を感じる俺が何とか外に脱出しようとするが43億の札束が邪魔である。札束に埋もれて後部座席のドアにも手が届かない状況だ。


 と、その時!


 なにやらものすごい力が俺のほっぺを挟み込んだのだ。

 ぎよっ!?として俺が見ると目の前に俺の顔を両手で固定した日比谷さんが迫っていたではないか。

 ホラー映画ならばこの後日比谷さんの顔がふたつに割れて大きな口が出てくる。


「はぁ!はぁ!!はぁ!!!!はぁ!!!!!!はぁ!!!!!!!!」

「落ち着けどうしたいやごめんなさいわざとじゃないんです違うんですこの状況だからアレは仕方なかったんです本当にごめんなさ--」

「むっちゃんむっちゃんむっちゃんむっちゃんむっちゃんむっちゃんむっちゃんむっちゃんむっちゃ--」


 …………お、犯され--



 --バキィィィィッ!!!!


 ドアが本体から引き剥がされ車内の札束がドカドカと外に雪崩落ちる。その荒っぽいドアの開閉方法ととりあえず外に零れた札束を拾う姿は多分俺らを助けに来たわけじゃないんだなとすぐ分かる。


 騒然とするコンビニ内で淡々と札束を袋に詰めていくのは魔人、宇佐川結愛である。

 奴と俺達の視線が直線上にぶつかる。

 ちなみに俺らは俺が座席に、日比谷さんが天井にそれぞれ向かい合って座っているよう珍妙な体制になっている。


「………………なにしてんだ?」


 この惨劇の犯人と言っていい女の第一声がこれである。


「いや……お前のせいで俺達--」


 なんて俺の抗議を聞きもせず奴は黙々と札束を回収していく。


 そうである!!俺の札束である!!


「おいこら!それ俺の金だから!?」

「……むっちゃ………………あっ……」


 俺が何とかかんとか車内から出ようとする。が、日比谷さんと脚が絡まった濃密な体勢になってしまっていたが故に俺が動くと日比谷さんまで巻き込まれて……


「うわっ!?」

「え?」


 天井側からぶら下がっているような状況だった日比谷さんが、俺に引きずられるかたちで天井から後部座席の方へ“落ちた”。


 ぶちゅっ


「んーーーーーー!?」

「んーーーーーーーーっ♡♡」


 本日、2度目である。

 日比谷真紀奈、何故か俺の頭をホールド。不安定な体を安定させるために違いない。


 そして……


「……小比類巻睦月君。圭介のダチだよな?たしか……『脱糞女』さんって人と付き合ってるって……圭介のバイトしてたメイド喫茶の…」

「んーーっ!!んんんーんんーーんんーんっ!!」

「んふっ♡んふふふふっ♡」


 くそ!離れろお前!!


「…………恋人がいながらトップモデルといい仲なのか。流石に圭介の友達だな。隅に置けない奴め」

「んんんーっ!!んんんんんっ!!」


 舌をいれるな!!


「これ、大スキャンダルじゃね?写メ撮っていい?」

「んーー♡ん♡んんーーーーーっ♡」

「んんっ!!んんんんんっ!!んぅーーーーっ!!」

「黙ってて欲しい?」

「んんんんんっ!!んーーーーっ!!」


「--じゃあ、43億8800万で黙ってたやるよ」


 ……いや、あの……

 ……タクシー代だけ残しておいてください。

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