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みんなの正月の過ごし方

 あけましておめでとうございます。葛城莉子です。

 今日は元旦…地球上で1番おめでたい日だ。みんなおめでとうって言うだろ?よく知らない人にもおめでとうって言うだろ?そういうことだ。

 1年が過ぎればまたひとつ歳を取る。何がおめでたいのか分からないけど私もおめでとうと言おう。おめでとう。


 正月の何が素晴らしいのかと言うとやはり昼から呑めることだろうか。愛車が吹き飛んで部屋の扉がぶち壊れていてもアルコールはそんな現実から私を遠ざけてくれる。世界で最も偉大な発明である。


 さぁ今日は呑むぞ。もう一歩も動かない。尿瓶も用意した。


 --プルルルルルルルル、プルルルルルルルル


 嫌だ。電話になんて出たくない。

 そういえば世の中には電話恐怖症というものがあるらしい。深刻である。電話と社会は切っても切れない。そんな現実もアルコールで洗い流そう。


 プルルルルルルルル、プルルルルルルルル


 嫌だ。正月は誰とも喋りたくない。今日だけ世界から忘れ去られた存在になりたい。そんな望みを叶えてくれる魔法薬があるらしい。ビールというらしい。


 プルルルルルルルル(怒)プルルルルルルルルルルル(怒)


 ……


「……はい、もしもし?葛城ですが?(激怒)」

『こんばんわ、小比類巻ですが…』

「あけましておめでとう。今日はめでたい日だね」

『は?なにがめでたいってんだ!!』


 小比類巻睦月--我が校の生徒である。なぜか私の携帯の番号は校内に拡散されているらしく、こうして変人、奇人から電話がかかってくることがある。前にネットサーフィンしてたら私の番号がネット掲示板に『自殺相談ダイヤル』として載ってた事がある。


 さて、新年早々おかしな奴が電話してきてかつなんかキレてる。


「どうしたんだね?カッカせず甘酒でも呑んでいい気分になりなさい」

『俺…もうダメかもしれません……』

「なにが?」

『今朝コンビニ行こうと思ったら…黒猫が…俺の前を横切ったんです……』


 正月早々コンビニに繰り出すハングリー精神は感服すべきだがそれにしても黒猫がとは……


「それが?」

『今日はもうダメだ。俺、どうしたらいいんですか?こんにちは』


 まともな会話ができないレベルで思考が崩壊している…


『黒猫ですよ?これはきっと俺の不吉な1年を暗示してるんだ……あぁ、神よ……』

「心配するな。ただの迷信だ」

『ぎゃああっ!?蚊に刺された!!あっ!終わった!!……真冬の蚊に刺されたら死ぬってなんかで読んだもん!!』

「落ち着きたまえ……」

『うわーーーーんっ!!』


 重症だな…頭が。


「大丈夫だよ。小比類巻君…世界中に何万匹の野良猫がいると思ってるんだ?彼らが人の前を横切るだけで不幸が降り掛かってたら今頃世界人口は3分の1になってるさ」

『そうか…近年の自殺者の増加は黒猫が原因…』


 ダメだこりゃ。


 このままでは埒が明かないのでパソコンを立ち上げた。立ち上げたと言ってもテーブルの上でパソコンを立てたわけではないよ?


 黒猫 横切る 検索。


『もう死ぬんですね俺は…はぁ……こんなことになるならミレニアム賞金問題に挑戦しておくんだった…』

「小比類巻君聞きたまえ。黒猫が前を横切ったら不吉というのは元々中世ヨーロッパが起源の噂だ。猫は魔女の使い魔とされていたのが発端のようだよ」

『ヨーロッパだろうが日本だろうが同じ空の下に続いてる……』

「日本では猫は縁起物なんだってさ。だから心配するな」

『ヨーロッパから呪いが降りかかるんだ……ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…』

「いや……我々は日本人だから気にしなくていいんだよ」

『ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…』

「それにな?失礼じゃないか。黒猫さんに…黒猫さんは君に新年の挨拶をしに来たんだよ?それを縁起でもないだなんてあんまりな物言いだとは思わないか?」

『あけましておめでとうなんて言わなかったッスよ?』

「言うか、猫が」

『俺はもう死にます……お香典包んでください』

「そんなに言うならね君、どうして横切られる前に言わなかったんだね?横切ってしまった後で言われてもどうしようもないじゃないか」

『いや……そんなこと言われても……』

「遅いんだよ。どうして先を先を想定して動けないんだね君は。全く……」


 私の呆れ声に返ってきたのは沈黙である。怒られた幼子の拗ねたような沈黙である。


「君はもう手遅れになってしまったんだよ。残念だ」

『がーーん』

「新学期が始まったらお祓いしてあげよう。それじゃ」

『それだけ!?俺は真剣なのに!?鬼!!悪魔っ!!鬼畜っっ!!』

「さよなら」


 *******************


「美玲ちゃん、ちょっと太った?」


 発端はこれだった。

 カレシの小倉君の何気ない一言…その一言は私足立美玲の心を削岩機の如く抉った。

 私はメイド喫茶でバイトするくらいには自分の容姿に自信はあるつもりだ。にんじんは食べられなくても、そこそこイケメンなカレシと釣り合ってる…そう思ってた。


 デリカシー皆無にお腹の肉をぷにっされながら突きつけられる現実に私は決心した。



「美玲?いつまで寝てるの?お正月くらいシャンとなさい!」


 --1月1日。

 おめでたい正月の日、帰省した実家の自室で私は愛する母の呼び掛けに裏切りの沈黙で応えた。


 足立美玲、痩せます--


 正月太りというものがある。

 お正月にご馳走とかお餅とか食べ過ぎて体重が増加するという悲劇の事。

 心の弱い人間なら「正月なんだし…」と自分への弱さを覗かせるところだろう。お正月のおめでた特別な雰囲気がそうさせるのはよく分かる。

 でも私は違う。


「……ママごめん。美玲今日は部屋から出ないって決めたの……」

「何言ってるの!!」


 新年早々愛する家族への面会を拒否する親不孝者に部屋の扉を強引に開けようとするママの怒号が聞こえた。


「あなた28日に帰ってきてからもう3日も出てきてないじゃない!!しかも飲まず食わずでっ!!」

「止めないでママっ!!」


 ママの怒号にパパも2階の私の部屋に上がってくる。


「美玲…いい加減にしなさい。なんだっていうんだ全く…」

「開けなさいっ!!」

「パパ…ママ…愛してる」

「愛してるなら開けなさい。あなたもう何日食べてないのっ!!」

「ママっ!!私の事は放っといて!!」


 私の決意は固いんだ…

 きっと部屋から出た瞬間私は空腹の誘惑に負けて食卓に並んだおせちやお雑煮にかぶりつく…そしたらせっかく減らしてきた体重が元通りだ。


 決めたの私…絶対出ないって。

 必ず痩せるって。成し遂げるまで何がなんでも出ていかない!!


 この足立美玲…今まで何度体重計の数値と自らの意思の弱さに苦悩しただろう…

 今まで何度決意して、今まで何度挫けたろう…

 中途半端な決心と行動で目標に達せず、何度同じことを繰り返した?


「……もう、繰り返さないんだ……」


 潜り込んだ布団から這い出してベッド脇に置いた体重計に足を預ける。そこに示された数値は私の目標には遥かに遠い…具体的には18キロも足りない。


「…まだ40キロ…10キロしか落ちてないなんて…」


 こんなんじゃ…こんなんじゃダメだっ!!

 こんなだらしない身体で小倉君と会えないっ!!


 ……動こう。


 私はじっとしてるから減らないんだと思った激しく動くことを決意する。コサックダンスだ!コサックダンスは世界一激しい運動だって同僚の香菜が言ってた!!


 ドスンッ!!ドスンッ!!


「美玲!?」

「なにをしてる!?開けなさいっ!!」


 コサックダンスの騒音に無理矢理こじ開けようとドアノブをガチャガチャするパパとママ。でもドアノブは針金で固定してある上鉄板で上から封をしてあるから絶対開かない。


 ……うん、いい感じで落ちてきてる気がする。脂肪が燃焼してるのが分かる…

 もうすぐだ……

 もうすぐ足立美玲が究極の完成を見る!!




 --1月2日。

 ダイエットを初めて4日。まだ15キロしか落ちてない……


 今日もコサックダンスだと思ったけどなんだか体が重たい。動けない……

 私は絶望する。

 こんなに動いて飲み食いしてないのにも関わらず体が重たい…!?数字では体重は落ちてるのに…っ!!


「美玲…?お願いだから出てきて?」

「頼む…顔を見せてくれ…」


 パパ、ママごめんなさい…

 でも私…きっと痩せるからっ!!

 今より可愛くて完璧な!どこに出しても恥ずかしくないような娘になって帰ってくるからぁぁぁっ!!




 --1月3日。

 三が日も終わる。外からは楽しそうな子供の声…でも不思議と我が家に漂う空気は重たい。


 扉の前で消えない気配と超え…爪をガリガリと立てるような音と共にママの悲痛な声が消えない。


「パパとママが何かした…?お願いだから…ご飯だけでも食べて……」


 ……ママ、どうして?

 どうして美玲の邪魔するの?


 ご飯という単語にお腹がぎゅるるるっと鳴るけれど、この誘惑に負けたら今までと同じなんだ。

 今度こそ…実現するんだっ!

 理想の私になる為にっ!!



 --?月?日。



 ……どれくらい経ったんだろ?

 分かんないや…お正月はもう……終わったのかな?

 記憶も飛び飛びで、もう何日もベッドから下りてない気がする。布団は排泄物で汚れ、異臭を放つ部屋の中で私は霞む思考を巡らせる。

 ただ、記憶も意識も曖昧な中で「痩せる」という確固たる決意だけは忘れてない。

 それだけが私を支えていた…


 …そういえば、もう体重計にもズット乗ってないや……


 ……あれ?


 おかしいな……


 体が……動かないや……



 --どれくらいこうしてたろうか?


 もう寝てるのか起きてるのか分からないくらいぼんやりした意識を彷徨って……何度も何度も重たくなる瞼を閉じた開けたり……


 私の意識を一瞬だけ覚醒させたのは無理矢理扉を叩き破る轟音だった。


 誰?


 もう視線を動かす元気もない私の耳に騒がしい声が……


「児童相談所の者です、入りますよ……っ!?こ、これは……っ!!」

「まずいっ!!救急車!!」

「なんだこれ……即身仏にでもなろうと言うのか……!?」


「美玲……」

「美玲…美玲……っいやぁぁあっ!!」

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