大晦日の楽しみ方
--私は可愛い。
日比谷真紀奈と言えばもう世界中の誰もがその存在を知ってる。誇張でもなんでもなく私こそ美の中心。この日比谷真紀奈、その美貌に一片の陰りもなく、今日も私は美しい。
真の美しさとは外見のみならず溢れ出す内面--知性、清楚感、それらが醸し出す大人の色気…
幼さの演じる危うい魅力も捨て難いけど、歳を重ねる毎に増していくそういった美しさ…真の美貌とはそういうもの。
そう…昔の遊女がそうであったように真に魅力的な女とは美貌と教養と品格を併せ持った存在なの。
そんな日比谷真紀奈、世界中の人々の夢を背負った世紀の美女である以上見た目はもちろんのこと内面にも弱みを決して見せてはいけない……
はずだったのに--
12月31日。大晦日…
この日姉夫婦を交えた食卓は楽しい年の瀬の団欒から緊迫の家族会議へと一変した。
キッカケは大掃除…いつもなら私の部屋は自分で掃除するのだけどこの日は前日から東京で撮影があって私が自宅に帰ってきたのは昼頃だった。
そして事件は起きた…
「…真紀奈、改めて説明しなさい。これはなんだ?」
厳格な父、優しい母、美しい姉とその夫--嘘偽りなく愛おしい私の家族を今日ほど憎らしく思った日はない。
お父さんがテーブルの上に山積みにされた大量の本やDVDを指し示す。
そこには艶やかな美女達のあられもない姿が…
--私の秘蔵コレクションがバレた。
私の秘蔵コレクションとはつまり!エッチな本やらDVDやらのことである!!
緊迫の食卓--大晦日のご馳走はダイニングキッチンで今や遅しとその出番を待ち、場違いな美女達の妖艶な眼差しがテーブルの上から私を見つめていた。
美の化身日比谷真紀奈…これを自分の所有物だと認めるのは例え血を分けた家族相手とはいえ許されない。
しかしこの集め続けた珠玉のコレクションを目の前に「これ凪から預かってるだけだよ?」と偽りを述べるのは……
まるで異端審問官に詰められてる気分だ。私にこの踏み絵を踏むことは出来ない……
「真紀奈あなた…お母さん達に隠れてこんな……こんなに沢山…いや、多すぎじゃない?」
「まぁまぁお義母さん、真紀奈ちゃんも歳頃ですし…」
「そうよ母さん、そんなに目くじら立てるようなことじゃないじゃん」
お姉ちゃん…お義兄ちゃん……
「いや…男の子ならともかく、女の子がこんな……」
「しかもなんだこれは……獣姦モノだと?」
「ア○ル?ス○トロ?真紀奈あなた…お父さんとお母さんもこんなアブノーマルなプレイはした事ないのに…」
「答えなさい真紀奈」
なにこれ?拷問?なぜこんな辱めを……?
「これは真紀奈が買ってきたものなのか?お前まだ未成年だろ?答えなさい真紀奈」
「……お、お父さん。聞いてよ……これは…………」
「恥を知りなさい。なぜもっとこう……お前いつからこんな変態になってしまったんだ」
へ、変態……っ!?
「父さん言い過ぎ。人の性癖は人それぞれでしょ?」
「お前は黙ってろ愛梨」
「まぁまぁお義父さん…」
「君も黙っててくれ」
「大体!真紀奈がこんなに性に興味を持ち出したのは夜な夜な父さんと母さんが……」
「「やめなさい愛梨」」
「子供は大人を見て真似て育つの!!私だって……妹か弟が増えるのかと思ったもん!!」
「なんてこと言うの愛梨……あれはお父さんが……」
「母さんよせ。待て、愛梨。子は親を真似てだと…?お前達まさか……っ!!」
「勘弁してくださいお義父さん」
「私達、父さん達みたいな変態プレイはしません!」
……あわあわ。姉さんとお父さん達の間でバチバチ始まってしまった。これは…家庭崩壊の危機!
この場を穏便に済ませるには私がこのコレクションを否定するしかない……でも…っ!
考えられる?我が子を「こんな子知りません」って言うような非道。私には出来ない…
この可愛い我が子達に向かってそんな--
「あんなに可愛くていい子だったのに……こんなアブノーマルな変態になってしまうなんて……お母さん悲しい……ヨヨヨ」
「真紀奈、父さん達はお前を心配しているんだ。お前がこういうものを真似てもし病気にでもなったら……」
「ヨヨヨヨヨ……」
「見ろ、母さんも泣いている」
……
「…それ、私のじゃないよ……凪のだよ…」
ごめん凪。でもお母さんは裏切れないの。家族の前では可憐で清純でこの世の何よりも美しい日比谷真紀奈じゃなきゃいけないの…分かって。
「…ならば真紀奈。スマホとパソコンの中をお父さんに見せてみなさい」
「っ!?」
「ちょっと父さん…いくらなんでもやり過ぎよ?」
「落ち着いて下さいお義父さん…」
「なんだ?やましいものがなければ見せても問題ないだろう?それとも、やはりこの変態性の凝縮されたコレクションはお前のものなのか?真紀奈」
「真紀奈、お母さんの顔を見てもう一度答えなさい」
え?何これ?そりゃ…未成年でこういうの良くないってのは分かるけど……でも真紀奈もう18だし……それに年齢制限なんてあってないようなものじゃない!!
そんなになの?そんなに悪いことなの?ア○ルファックだめ?
「…………わ、私のスマホとかの中には仕事の大事なアレとかあるし……」
「真紀奈!」
「真紀奈?お母さん達はね、なにも怒ってるわけじゃないんだよ?ただあなたの健全な感性がねじ曲がってるんじゃないかって…」
「……お父さん、お母さん…私の事そんなに信じられないの?」
必殺、日比谷真紀奈渾身の瞳うるうる。この私が本気で瞳をうるませたならもう誰も何も言えない。この完璧な美貌に悲しみと湿り気(涙)が合わさったならそれはもうひとつの極地なの。完成品なの。
「…………真紀奈」
お父さん分かって。あなたの娘はなにも変わってはいない。私がこういうの見始めたの小3の頃からだから……
「ならばこれもお前のものか?」
--ドS村シリーズ完全版
「それは凪の」
目の前に追加で叩き出された巨匠ヤリスギーノの最高傑作完全収録版ブルーレイを前に私はキッパリと言い放つ。父と母の目を見て。
それ、凪が誕生日にくれたやつだから…
「……真紀奈、お前は友達と一緒になってこんなのを観てるのか?」
「違うよ?凪がうちに来て勝手に観てるの。マキナミテナイ」
お父さんとお母さんが「そうか…」と小さく呟く。穏やかに戻った目の色にようやく晩御飯にありつけると姉夫婦もホッとした顔色だ。
……が。
「ならこれは処分していいな?」
っ!?
「え?いや……いや友達のだからこれ…」
「真紀奈、今度凪ちゃんが来たらお母さんお話がありますからね?他人の家にこんなに沢山こんなものを置いて帰って……」
「いやいや私が言っとくから!私が返しとくから!!」
「真紀奈っ!!」
お父さん、姉さんの結婚話に反対してた時より凄い剣幕で顔をしかめてテーブルを叩く。『絶叫~保健室の先生との秘密の特訓~リアルア○ルセ○クス解禁』が衝撃で床に落ちた。
「なら今すぐ返してきなさいっ!!お父さんが車出すから……」
「……え?」
「お母さんも行きます。凪ちゃんとお話させてもらうわよ」
「……え?」
………………え?(冷や汗)
*******************
大晦日だ。
浅野美夜だ。
誕生日だ。
「詩音、美夜、お誕生日おめでとう!」
「父さんと母さんから誕生日プレゼントだぞ」
年の瀬に並ぶ豪華な夕食達を押しのけて大きな包が私と姉さん--浅野詩音の前にそれぞれ置かれた。
大晦日ってのは1年の終わりの日という特別感と新年がすぐそこに迫っているというワクワク感からどうしても気分が高揚するもんだ。多分、小さい頃大晦日だけは夜更かしが許されて年の瀬のスペシャル番組とかを観てたからあの頃のワクワク感というか非日常感が染み付いてんだと思う。
そんな気分、分かるよな?
そして私ら双子にとって12月31日ってのはそれだけじゃない特別な日だ。
多忙な両親が食卓に揃い、ここ数年ギクシャクしっぱなしだった我が家も毎年この日だけは和やかな雰囲気に包まれる。
食卓を囲むだけで胸がほんのり暖かく脈打つような感覚はちょっと前まで受け入れ難い感覚だったけど今はそれも素直に楽しめる程度には私も更正した。
なんせ今日は誕生日。
誕生日にはしゃぐような歳でもないけど、祝われるのは悪い気分じゃない。ちなみに私は両親の誕生日を覚えてない。
「今年もこの日を無事に迎えられて良かったわ」
「詩音も美夜ももう高校卒業か…父さんはホッとしている。ホットココアを飲ませてくれ」
「もーお父さんたら…ダジャレが寒すぎて部屋に霜が下りてるよ?」
いつになくニコニコウキウキした様子の我が姉がお預けくらったわん公みたいにプレゼントの包を見つめている。姉さんのは箱型でデカい。
「お父さん、お母さん、いつもありがとう。早速開けてみてもいい?」
「もちろん」
「今年は気合いを入れたぞ」
飛びつくように箱に手をかけ豪快に包を破り散らかす。正方形の大きな白い箱が姿を現した。
「わーーーーいっ♪」
楽しげな我が家の雰囲気を体現したかのような姉の奇声と共にダイナミックに箱がぶち破られた。外側に用はねぇ、中身を見せろと言わんばかりにビリビリと紙製の箱を素手で千切っては投げ、千切っては投げ…流石の両親もドン引きである。
そうして無惨にもボロボロにされた外装から赤く輝く鮮やかな物体が顔を出した。
まさか新型の消火器か……?
「…………お父さん、お母さん…これは?」
違った。
ランドセルだった。
しかも『エンジェルのウィング』だ。『エンジェルのウィング』とはよくCMとかしてるランドセルのメーカー?ブランド?である。
予想の斜め上からK点越えしてくるプレゼントに姉さんも思わず固まった。
「素敵でしょう?本革最高級なのよ?」
「嬉しいか?毎日背負って行きなさい」
「……こ、これを?」
ホンワカした空気の中で姉さんの頬が引きつる。なにを想像してたのか知らんけど少なくともランドセルではないのは確かである。
「お前達も18歳だ。18といえばもう大人の仲間入りだからな。初心忘れるべからず」
「お前はまだまだ未熟者だということを胸に刻んで励みなさい」
誕生日だってのになかなか辛辣なメッセージである。流石の姉さんも「わ、わー…ありがとう……」となんだか複雑そうな表情である。言葉にできないもどかしさが篭ってる。
……これは私のプレゼントも危ないぞ。
「……私も開けていい?」
「もちろん」
「美夜のは自信があるぞ。父さんと母さん、他の全てを投げ打って美夜のプレゼント選びに全てを賭けたからな」
「……え?じゃあ私のはそのついでの残りっ屁みたいなものなのかな……」
残りっ屁ってなんだ、姉さん…
しかし引きこもりやめて学校行くようになったら両親が気持ち悪いくらい優しい…
が、私は騙されない。
恐る恐る長方形の箱の包み紙を剥がしていく。現れた高そうな木箱にゴクリと唾を呑みゆっくり開ける……
と!強烈なアンモニア臭!
ほら見た事かバカヤロウ!やっぱりろくなもんじゃ--
…………出てきたのはなんか…灰色の二等辺三角形の有機物でした。しかも臭い…
そもそもなんなのかも分からない正体不明な物体にリアクションが取れない。が、きっとろくなもんじゃないに違いない。既に臭いがろくでもない。
「…な、なにこれ……?」
「ヨシキリザメの背びれよ」
「ヨ、ヨシキリザメの背びれ……?」
この世のどこに我が子への誕生日にヨシキリザメの背びれを贈る親が居る?ここに居る。仰天ニュースに取り上げられるぞ?
え?なぜ?なんの意図があって……?
「お前フカヒレ好きだろう?」
「ずっと食べたい食べたいって言ってたもんね?この前高級中華に行った時は満足出来なかったんでしょ?だからお父さんとわざわざ獲ってきたのよ?」
「と、獲ってきた!?」
マジで全てを賭けてんじゃん。マジで姉さんのプレゼント残りっ屁じゃん……
「……え?これでフカヒレ作れって?」
「「うん」」
「…………自分で?」
「「うん」」
「良かったね美夜!お姉ちゃんも手伝うからね!!」
「嬉しいだろ?美夜」
「好きだもんね?」
「……いや…………」
私が好きなのはフカヒレであってサメの背びれじゃねぇんだよ……




