ムッチャラキコキコと行く温泉旅行
温泉旅行に来た俺こと小比類巻睦月だ。
今日か?温泉旅行に来てんだ。温泉卵って温泉で茹でた卵の事らしいがあれ、要は茹で卵だよな?今日入った温泉の効能は神経痛を打ち消す力らしいんだがあの温泉卵を食ったら神経痛が治るのか?あ?
夏休み海に行けなかった恨みを晴らす為脱糞女こと楠畑香菜と温泉旅行にやって来た。え?何しに来たかって?温泉旅行に来たんだよ。
温泉街を制圧したので日が暮れた頃に宿に戻る。明日から税金を徴収させてもらう。
さて、飯だ。
「ごゆっくりどうぞ」
「ああ、ゆっくりさせて頂こう」
「……旅館の飯ってテンション上がるよな?睦月」
俺の向かいで1人鍋を前に臨戦態勢に入るこの女が脱糞女だ。それにしても部屋まで飯を持ってきてくれるなんてもしかして俺は王様になったのか…?
「脱糞さん、俺この街の王になる」
「勝手になっとれ。いただきまーす…」
この女は事態の重大さを認識していないようだ。俺が王様になるということはお前は王妃だぞ?
「煮えたぎっとるで……これなんの鍋やろ?この魚なんやろ……見たことない面しとるで」
女将の説明をまるで聞いていない…この鍋は……色々ぶち込んだ鍋だ。
「脱糞さん、魚食うか?」
「もらうわ」
「違う。焼き魚は俺のだ!刺身を食えって言ってんだよ…火も通さないで魚の肉を食うなんて原始人じゃあないか」
「手を加えん素晴らしさもあるんや…なぁアンタ温泉卵で腹いっぱいやろ?その鍋もかしわ飯もウチにくれへん?」
「……いいか?なぜ人が集団で社会を形成してこれたか考えろ。分かち合うことを学んだからだ。独り占めなんて卑しくて野蛮な事を考えてはいけない」
「知っとるか?ここの飯代ウチが払っとるんやで?」
だからなんだ。
『ミャーーーッ!』『ミャーーーッ!』
あ、これは温泉街で捕まえたムッチャラキコキコ。米粒食ってる。球体の亀の子たわしに小人の体が生えてて丸い目とギザギザの牙が生えてるみたいな見た目してる。
「これなんの魚やろなぁ……好奇心が爆発してケツから噴き出しそうやで…だれが脱糞女や」
「気になるなら食べてみればいいじゃない。いただきマングース」
「誰が屁こき女や」
焼き魚……バリバリしていい?ありがとう。バリバリ……
………………
……………………っ!?
「むっ……骨が多いな。睦月刺さらんように気を--」
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
「大袈裟やねん。喉に刺さった時なご飯の塊を呑み込むんやで?」
違う。指だ。
「なんでやねん」
「くっ……なんということだっ!指から大量に血が……っ!!」
「魚の骨でそない大量出血--」
ドババババッボトボトボトッ
「やば……」
「なんてことだ……小骨に返しがついてて抜けねぇっ!!」
「それ、骨か?毒針かなんかちゃうんか?」
「死ぬっ!このままじゃ死んでしまうぞっ!!」
「落ち着けや!魚の小骨で死んだら末代まで笑いもんやで!!気をしっかり持つんや!ひーひーふーっやっ!!」
「ひーひーふーーっ!!」
あ、鍋の火が消えちゃった……
「これは……くっ!!どうして俺はいつも死にかけるんだ……っ!!あぁ…なんか体が痺れてきたぞ……死ぬ……い、意識が……」
「踏ん張れや!死体と一晩なんて嫌やでウチは!!」
「ガタガタガタガタガタ」
「ああアカン…豆腐並みのフィジカルやでコイツ……しっかりしろや!生きろっ!!そなたは美しいっ!!」
「ピアノそなた月光……ド、ドクタァ…ドクタァを呼んでくれ……出来ればブラック・ジャッククラスの名医を……」
「小骨程度でブラック・ジャックとか贅沢すぎるやろ。井伊屋本店の最高級卵仕様プリンを一口で捨てるくらい贅沢や!てか、魚の小骨で医者呼んだら世界中の笑いもんやろなぁ……」
「やっぱりやめて……自分でなんとかする……ひん」
うんぁぁぁっ!おかあさぁぁぁん!!血が止まらないよぉぉぉっ!!
「--っ!!…おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
「アカン、血ぃ見てキレおった!」
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「ミャーーーッ」
滾る小比類巻の人差し指にムッチャラキコキコが乗ってきた!なんか卵臭い。
指の腹に突立つ透明の小骨と溢れ出る鮮血……それを前にしたムッチャラキコキコがそっと小骨に手を添えた。
……まさか?
ムッチャラキコキコは温泉の精霊。温泉と言えば湯治。つまりコイツには傷を癒す力が……?
「ミャーーーッ!!」
ムヂィィ!!
「ぎゃあああだたたたたたっ!!引っこ抜かれたぁぁぁっ!!」
「うわぁぁあっ!?肉が抉れとるでぇぇ!?」
「ミャーーーーーーーッ!!!!」
*******************
「おい……すごいぞ……」「何連勝だ…?」「流石だなぁ……」
--皆が俺達を見ている。
俺達の強さを見ている。俺達の実力を見てうっとりしている。
「やはり俺達は最強だな、義治」
「そうさ、俺達は最強さ、康二」
俺らは義治&康二。知らぬ者は居ない泣く子も黙る最強コンビだ。
この間のオリンピックにてその実力を世界に知らしめた卓球日本代表である。
相方康二がタンスの角に小指をぶつけた為湯治の為訪れたこの温泉宿。風呂の後たまたま通りかかった遊戯コーナーに卓球場を見つけたなら、いくらお忍び旅館と言えど俺ら最強ダブルスが黙っている訳にはいかない。
やはり卓球は国技…素晴らしい。
「なんの騒ぎだ?」
「卓球のオリンピック代表が来てんだよ。今色んな人と試合してるんだ」「勝ったら100万円くれるって!」
興味を……いや俺らのカリスマに惹かれた野次馬が1人またひとりと集まってくる。
その中から腕に覚えのある卓球リスト達が名乗りを上げてきたが……
「うーーん…やっぱり強いな」「もう17勝だからな」「勝てねぇよ、プロだもの」
やはり最強……ふふ。気分がいいぜ。なぁ?康二!
「さぁさぁ!こんなチャンス滅多にないよ!?」
「強い人大歓迎だっ!!かかっておいで!!1ゲーム先取、俺らに勝ったら100万円だよ!!」
「--かかってくるがいい」
「そりゃ向こうの台詞やで?」
……ほう。
見るからに自信に満ち溢れた……なんか、目がギラギラした2人組が俺達の前にやって来た。
浴衣の袖を捲りやる気は十分。分かる…この2人、デキる…
「オリンピックだかヒッポグリフだか知らんが叩きのめしてやろう…」
「100万円くれるってホンマ?」
「ふふ、大層な自信だなおふたりさん。本当だとも、ただし!」
「この義治&康二に勝てればだがな…」
新たなチャレンジャー…そして18人目の犠牲者はこのカップルだ。
--ゲームスタートっ!!
「……の前に」
「「ん?」」
先攻を決めようとした俺らを止めたのはカップルの男だ。彼は何やら懐をモゾモゾしながらおもむろに手のひらに乗っけたナニカを見せつけてきた。
「ピンポン玉じゃなくてこいつでゲームをしたいんだが」
「ミャーーーッ!!」
…………
「な、なんだい?それ…」
「ムッチャラキコキコだ」
「「ムッチャラキコキコ…?」」
「今回は深層階層、魔宮聖殿方式のルールでいかせてもらう」
「し…なんだって?」
「深層階層魔宮聖殿だ」
「どこだよそれ……」
「深層階層魔宮聖殿ではムッチャラキコキコをボールにしてやるのがポピュラーなんだ、な?脱糞女」
「え?ああ……せやな」
こいつは何を言ってるんだ…?あとなんだあの毛むくじゃらの小人は…ムッチャラキコキコ?
「なんや?怖気付いとるで?睦月」
「おいおい、流石に深層階層魔宮聖殿では無敵だった俺達相手には卓球の日本代表も勝ち目なしか?」
何を言ってるのかさっぱり分からんが多分「俺ら地元じゃ無敵なんだよ」的な意味合いだろう…
逃げる訳にはいかない。卓球である以上…その…なんとかせーでんとやらのルールがなんである以上!
「…面白い。まきゅーせいれーん式の卓球とやらを見せてもらおうか」
「深層階層魔宮聖殿(怒)」
魔宮聖殿からの刺客は手の中のムッチャラキコキコをそっと卓球台の上に降ろす。それと同時にカップルが構えた!
……なんか、金剛力士みたいな構えだ。これが魔宮聖殿方式……
「…どっちから?」
「ふん、日本の王者よ……このルールに先行後攻などない…」
「ムッチャラキコキコが襲いかかって行った方……それが先攻や」
言うが早いか!!
「ミャーーーッ!!!!」
ネットをよじ登ったムッチャラキコキコが俺らの方へ鋭い牙を剥き出しに襲いかかった!!
ジャンプすると共に飛んでくるのは目!俺らの目目掛けて襲いかかってくる!!
「うぉあっ!?」
反射的にラケットを振った俺の一打に「ミャーーーッ」という悲鳴と共にムッチャラキコキコが吹き飛んでいく。
「ふんっ!!」
対角線上に真っ直ぐ飛んだムッチャラキコキコをカップル女が弾き返した!
……本来なら1バウンドさせなければ俺ら相手の得点なんだが…ムッチャラキコキコは台に触れることなく一直線に飛んでくる。
「うぉぉっ!!」
ギョロ目でピラニアみたいな牙の生えた小人が眼前に迫るのは中々の恐怖だ。俺は思わず飛んできたムッチャラキコキコを避けてしまった…
顔面から床に叩きつけられるムッチャラキコキコ……
「……こ、この場合は?」
「なにが?」
「何がって…俺らの失点か?」
「失点?ふん…最終聖域、天聖空墓式ルールに得点の概念は無い」
「深層階層魔宮聖殿じゃなかったのか!?」
「このゲームは先に相手側の選手の目玉4個、ムッチャラキコキコにほじくられた方の負けだ」
……っ!?
え…?こんな……ちょっとした遊びのつもりなのになんで目玉賭けるなんてことに……?
「……お、おい……義治、やばいぞ。最初から思ってたがコイツら……ヤバいぞ!」
「…常識が通用しない……まさか、本当に最終聖域天聖空墓から来たのか……!?」
危機感を抱くには遅すぎた。それと、深層階層とか最終聖域とかどこにあんだ?
俺達の間を超高速で飛んでいくムッチャラキコキコがカップル男の右目に食らいついた!!
「ぎゃぁぁぁぁぁあああっ!!!!」
「むっ……睦月ーーーっ!!」
飛び散る鮮血と鼓膜を破る程の大絶叫…鋭い爪と牙が柔らかい眼球を容赦なくほじくっている……
はっきりいってヤバすぎる……
「……お、おい!これ、俺らどうなるんだ康二!!」
「っ!?来るぞ!!」
「ミャーーーッ!!」
あらかたほじくり終えたムッチャラキコキコが今度は康二の方へ--
さっきより速いっ!?圧倒的にっ!!
「ミャーーーッ!!」
「ぎゃああああああああああっ!!!!!!」
「こっ……こうじぃぃぃぃっ!!!!」
ブチブチッ!!ブシャッ!!メリメリ……ッ!!
「……かっ!」
あまりの激痛に立っていることすら出来ず康二が失神する。ぽっかり空いてしまった眼窩から血まみれのムッチャラキコキコが這い出して来た……
もう震えが止まらない…
俺達はとんでもないデスゲームに巻き込まれてしまったのでは……?
「……グルルルルル」
「ひっ!!待っ……待ってくれ降参だっ!!俺らの負けでいい!!コイツを……止めてくれっ!!」
「…残念やけど闇の決闘はウチらの意思では止められへん……戦いの全権を握るんはムッチャラキコキコや…ウチらはムッチャラキコキコの食事にほんの少しルールを加えることしか出来へん…」
しょっ!食事!?
「グルガァァァァァッ!!」
「やめ--ひぃぃああぁぁぁぁぁっ!!!!」
「……脱糞さん、この目100万円で治るかな?」
「卓球球でも入れとけや」




