粒あんなんか?こしあんなんか?
温泉やぁぁぁぁっ!!
「睦月見てみぃ!温泉やで!!」
「そんな電車から「海だー」みたいなノリで言われてもここから温泉見えんのよ…」
楠畑香菜、高校三年生の冬休み。恋人小比類巻睦月と新幹線に乗ってコトコトやって参ったで。
そうやっ!!温泉旅行やっ!!
同級生も親もせんせーも居らん、2人きりの旅行や!!
「ええなぁ!ええなぁ!!温泉ええなぁ!へぇ……意外と温泉街広そうやん…2泊3日でここの温泉制覇しようや!」
「体ふやけるぞ……テンション高いな脱糞さん…俺は昨日の三連単が外れて涙が出るくらい寂しい気持ちだぜ……」
「だって夏休みの時は旅行行けへんかったやん!!」
「おぉそうかそうか…そんなに俺と旅行したかったのか、可愛いヤツめ」
「うん」
「え?うん?」
新幹線とタクシー乗り継いでやって来たんは某県の温泉街や。
温泉街には30超える温泉があるそうやわ。タクシーの運ちゃんが言っとった。そんなに温泉って湧くんかいな。
街の雰囲気は京都の清水寺のとこの……あの…お土産屋さんたくさんの……あそこや。あんな感じや。
「ええやんええやん!!これ全部お土産屋さんかな?睦月、ちょっと見てこう!」
「……その前に宿に荷物置きに行こうぜ」
「ええやんちょっとくらい」
「重いだろ?すぐそこだし……」
「やかましい殺すぞ?」
お土産はな、初日にぱぱっと買っとくのが吉や。その後たくさん集中して遊べるやろ?
とりあえず正月実家帰るから家族の分と親戚の分と美玲と店の奴らの分と速水と田畑と長篠と……花子はそこら辺の草でもむしっとこ。
「アカン……金が足らんわ……」
「おいおいしっかりしてくれよ。この旅行ほぼお前持ちなんだから……お土産代で飯代吹き飛んだなんて言うなよ?」
「ちょっとは出せや……」
とも言えへんのはコイツのビンボー生活を見とったら仕方ないところではある。金銭的な問題に関してはコイツにはなんも言えへん。1番腹立つ。
「俺、お袋と同好会と莉子せんせーに温泉まんじゅう買って帰るんだ。買って?」
「宿代飯代交通費はウチが出すけど自分のお土産代くらい自分で出せや」
「じゃあさ、これにしよう。温泉まんじゅう58個入。これ買ってわけよ?」
「なんでそない入っとんのや……」
温泉まんじゅうムッチャラキコキコやと……?
店先に並ぶバカでかいパッケージには沖縄の妖精キジムナーみたいなのが書かれとる。コイツがムッチャラキコキコか?
なんや……ムッチャラキコキコって……
「58個入りで1,1774円だって、安い。オヤジさん」
「俺はお前の親父じゃねぇ……」
またくせの強そうな店主が出て来たで……
「これ、くれ。タダで」
「帰んな兄ちゃん」
「待てや睦月、お土産買ってくる側が分けるとかそないな貧乏臭い発想……」
「これ一個で十分だろ」
「土産がまんじゅうだけってのも…他のも買う考えたら1,1774円は高--」
「脱糞さんよ。これは俺らの旅行だぞ?金は俺らが楽しむために使うべき、そうだろう?」
「せやな」
考えてみればなんであんな変な奴らが何買ってたら喜ぶかなんか考えんのに時間使わなアカンねん、もうええわこの変なまんじゅうで。
「……いや、これ粒あんやろか、こしあんやろか」
「え?どっちでもいいだろ?早く払え。脱糞さんよ」
「いやアカン……そこだけは妥協できへん。ウチの中では粒あんかこしあんかは何にも勝る問題なんや」
「親の死にも?」
「勝るやもしれへん……オヤジ、これ中の餡粒あん?こしあん?」
「……気になるか。このムッチャラキコキコが……」
「いやええねんそれは」
「俺は気になるぞ…オヤジ、なんだこのムッチャラキコキコってのは……」
「そないなことより粒あんかこしあんかを教えて欲しいんや。ウチはこしあん派やねん」
「……守り神さ。聖なる温泉にのみ現れるな……」
「守り神……」
「じいちゃんが粒あんの粒前に喉に詰まらせてんねん。ここ大事なとこやねん。オヤジ」
「聖なる温泉ってなに?オヤジ」
「穢れなき神聖な温泉さ……他の湯とは違ぇ……選ばれた奴しかその湯に身を浸けることは許されねぇ…その資格を見極めるのがムッチャラキコキコさ……」
「へぇ……」
「この街のシンボルみたいなものさ。観光大使もやってる」
「へぇ……」
「なぁ、粒あんなん?こしあんなん?粒あんやったら買わへんよ?ウチは」
「神聖な温泉って何が違うのさ、オヤジ」
「オヤジ粒あんとこしあんの違い分かる!?」
「ムッチャラキコキコが居るのさ……」
「へぇ……」
「いてこますぞクソオヤジ、粒あんかこしあんか訊いとるやろが」
*******************
「こちらがお客様のお部屋になります」
「「おぉー」」
あのまんじゅう、栗まんじゅやって……
さて、今回の宿は温泉街にある『旅・ナウ』☆4.5の温泉宿をチョイスや。
部屋からは温泉街と奥に広がるでっかい山を一望できるで。
「お部屋にも小さな露天風呂がございます。大浴場、露天風呂はいつでもご利用になれます」
「ほうほう。なるほどなぁ……」
未だかつてこれ程真剣に人の話を聞いとる睦月は見たことがあらへん……
「女将さん、訊きたいんですけど…ムッチャラキコキコの居る温泉ってどこで入れます?」
「多分そこら辺に居るかと思いますのでふらりとお気になられた外湯などに入ってみてはいかがでしょうか」
神聖な温泉ちゃうんかい。
「……なるほどこの街はいわゆるダンジョンの最下層クラスのレベルだと…そういうことですな?」
「……?はぁ…まぁ……」
「どうも。ところでムッチャラキコキコって虫網とかで捕まりますか?」
「さぁ……歯とか爪とか鋭そうなんでなんとも……」
沖縄でキジムナー探しもザン漁もやったんや。こんなとこまで来てムッチャラキコキコ狩りせんで?
てことでぶらぶら散策でもしようかと街に繰り出すで。
「温泉街の楽しみ方と言えば外湯に入ったりフラッとご飯屋さんに入ったりやろ。てか他には無い」
「……なぁ、今からでも遅くない。捕獲セットを揃えてムッチャラキコキコを捕りに…」
「いかん」
「でもよ?ムッチャラキコキコが居るだけで聖なる温泉になるなら金儲けのチャンスだと思うんだけど、俺。ムッチャラキコキコ連れて帰ってさ、銭湯やろうぜ?」
「おどれムッチャラキコキコの存在をここに来る前から知っとったんか?」
「いや」
「つまり誰もそないな温泉の妖精知らんのや……客引きにはならんで残念やったな」
「……いやしかし…………」
「やかましい」
それにしても風情のある街並みやな。海が近いんか知らんけど美味そうな海鮮出しとるお店も多いし……
「君、可愛いね……良かったら俺とお風呂入らない?」
流石や……温泉街にもなるとナンパの仕方も一味違うで……
「おいやめとけ、コイツ風呂で糞するぞ?」
「……え?まじ?」
--カレシの顔をタコ殴りにする前にオモロそうな外湯を見つけたで。
「なにぃっ!?温泉卵食い放題だと!?脱糞女!温泉卵で腹を膨らましておけば晩飯代が浮くぞ!?」
「……なんでなん?旅行に来てまで飯代ケチらんでええやんけ」
「そうか、どうせお前の金だ」
「あんまり調子に乗っ取ったら割り勘にするで……それにしても、ネット、トイレ、洗濯、軽食完備、温泉卵は食べ放題って……なんやねんこれネットカフェかい」
「すべて湯の中で完結しますだとよ。つまりあれだ……トイレも完備ってことは湯の中でトイレしていいってことだろ?」
「やめとこ」
「馬鹿野郎。温泉卵食い放題だぞ!?」
「温泉卵と糞の湯どっちがええねんお前……」
「……いやだってお前ここなら安心--」
「何が安心なんか言ってみろコラ」
--まぁええか。汚物の浮かんだ湯なら入らんで出ろ。
ウチはお風呂が大好きなんや。街を歩いとるだけでいい湯の匂いがしてくる場所でいつまでも寒空の下歩いてられへん…
謎の湯は入ってみたらただ大衆浴場って感じやけど……番頭さんに金渡して……
「おいっ!入浴料200円もするぞ!?」
「200円くらい払えや……」
温泉街の温泉って考えたら安いな…
……更衣室も普通…ただ誰も客が居らんけど……
少なくともネット環境と洗濯が出来る設備は見当たらんけど……?
「おいっ!温泉卵はどこだ!?」
向かいの男子更衣室がやかましい。
……まぁええか!
「湯が良ければなんでもオーケーやっ!!」
産まれたまんまの姿になっていざ浴場へ--
……飛び込んだウチはその光景に絶句してもうた。そこにはあまりにもウチの想像を超える温泉が広がっとったんや……
「あ、いらっしゃい」
広い。まず広い。とにかく広い。浴場の広さ、高さ、奥行……地元の銭湯とは比較にならん流石や。
どんくらいデカいかと言うと一軒家が丸々入るくらいデカい。
赤い屋根の家が巨大な浴場を仕切るように真ん中に浸かっとった……
んで、中からおっちゃんが顔出しとった。
「いらっしゃい」
「……」
「……温泉卵、食うかい?」
「おい脱糞女!男湯におばちゃんが住んでるんだけどここ混浴か!?」
とりあえずオヤジの顔面に洗面器叩き込んどった。
「--ち、違うんだ嬢ちゃん、待ってくれ。オイラは変態じゃない」
「黙れ。タオル無かったらウチ終わっとったわ」
「……いや、オイラ見て咄嗟に隠したみたいだけど入ってくる時丸見--」
スパコーーーンッ!
「……女湯に住んどるオヤジが居るとはええ度胸やな」
「ぐふっ……なんてコントロール……いや違うんだ嬢ちゃん……ここはオイラ達の家なのさ」
「見りゃ分かるわ」
温泉に家建てる変態のオヤジの後ろからテレビの音とか「太郎、二郎!いつまでもゲームしてるんじゃないよっ!」てカミナリ母ちゃんの怒号が聞こえてくる…
つまり、普通の家や。
……ただ、温泉の中に建っとった。
説明を補足すればするほど訳分からんしなんでウチは温泉に来てこないなオヤジとバスタオル1枚で対面せなあかんのや。
「ここは元々オイラ達の私有地なんだよ」
「何言うてんねん…」
「違うんだ…ここを温泉街として開発しようってことになって…街に元々住んでた連中はみんな出てっちまったさ。けどな?ここはオイラ達の街だ!オイラ達が出ていかなきゃいけねぇ理由があるのか?」
「……まさか」
「立ち退きを拒否してたらいつの間にか…オイラん家の周りに温泉ができちまったのさ」
だ、そうや。
同情の余地はあるけど流石に出ていけや。知らんで入ってきて真っ裸見られたウチはどないしたらええねん…
「じゃあアンタら……ずっとここに住んどるん?」
「もう20年にもなる」
そりゃ客来んわ……
「あんたーーっ!男湯のお客さんが温泉卵くれって言ってるよー!あとパソコンも貸してくれってさー!」
「おっかちゃん!オイラは女湯担当だって何回も言ってんだろ!?」
「…………」
「…へへへ、でもな。ちゃんと時代の波に取り残されねぇように立ち回ってんのさ。この温泉ではネット環境完備だし飯だってここで作って出すし洗濯もうちの洗濯機でするしトイレも貸すし……」
「なぁ」
「ん?なんだ?便所か?便所だろ?遠慮するな。」
「ウチ、風呂入りたいんやけど?」
「……?」
「……」
「……入れば?」
「あ、そ…」
とりあえず女湯担当のエロおやじは湯の底に沈めとった。なんか嬉しそうに沈んでいったけど、たぶん直に死ぬやろ…
どっから入ってきたんか知らんけど「ただいまー」って女の子の声が家の中から響いてきたわ。娘さんも居るみたいやな。
「うぉぉっ!?脱糞女!?やっぱり混浴だぞ!?今JKが男湯に入ってきたもんっ!!」
「……ああ、こっちもやでー…」
掛け流し温泉で、神経痛に効くらしい。
男女の湯を分ける家から快活な子供の声と元気なお母さんの怒鳴り声が聞こえてくる事以外は、案外ええ……
やっぱり温泉は日本人の心やな。
「はいよ!温泉卵お待ち!」
「……どーもー…」
温泉卵頼んでみたわ。お母さんあんがとう。
熱々でお塩のかかった温泉卵も美味そうや。また来ようかな……?
『ミャーーーッ!!』
「……おっ」
温泉卵割ったら中から毛むくじゃらの小人が出てきたで。
「っ!?脱糞さぁぁぁんっ!?温泉卵からムッチャラキコキコがっ!?」
「……せやなぁ〜…」




