翔吾と小5の監禁日誌④
「日比谷真紀奈さん以上で撮影終了になりまーーす。お疲れ様でしたーっ」
--私は可愛い。
今日は初、映画出演の撮影最終日ということで夜遅くまで撮影してたけど、丸一日の疲労を感じさせないこの美貌…撮影中スタッフが何度もその美しさに卒倒したせいで撮影が長引く程だった。
私の撮影が全て終了して私の美しさを讃える拍手と共に花束が渡される。花束が雑草に映るほどこの日比谷の美しさには磨きがかかっている。ちなみに私の出番は序盤にビッグフッドに殺される登山客である。凪との富士登山経験が活かされたね…
「煩悩寺、今日の私どうだった?」
「世界最高峰の美しさだったっス!!早く公開されて欲しいっス!!」
マネージャーの賞賛と拍手の見送りに大層気分がいい。明日は凪でも誘ってパンプキン祭にでも行こうか…
「今年のスケジュールっスけど…大きい仕事はほぼ終わりっス!!年末で大切な時期でもあるっスから、試験勉強でもしてくださいっス!!」
「…試験勉強?全国模試55位のこの日比谷真紀奈が?」
「流石っス!!」
美しさとは滲み出る品性…この日比谷、抜かりは無い。主席で卒業する予定ですから?ええ。全国模試11位の浅野詩音だけが目障りだけど…
「ん?煩悩寺?この日比谷の隣を歩く権利を与えられながらスマホなんていじって…一瞬たりとも日比谷真紀奈から目を逸らしたらダメよ?」
「失礼しましたっス!!」
ネットニュースなんか見て…ん?
「?どうしたっスか?日比谷さん」
「…この子……どこかで見たことがあるような……?」
「……ああ、大田権吉祥寺ノ助君っスか?あの大田権グループの御曹司っスからねぇ…今度の撮影にも出資してるっス」
「……んん?誘拐……?」
「知らなかったンすか?巷じゃ有名っスよ」
……あれ?
この子…………
「……むっちゃんの隠し子???」
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--堀田手組若頭、大党…
渡世で漢を磨き続けて30年…小さな組ではあるがシマといい関係を築きつつ、細々と今日までやらせてもらってる。
一時期は関西煉獄会の勢力拡大の影響も受けて今やこんなボロアパートの1階に事務所を構えちゃいるが…今日も任侠道に邁進している。
が……
「…オ、オヤジ…」
「ああ、こりゃ一体何事だ?」
ある日いつも通りに事務所でくつろいでいたら気づいたらけたたましいサイレン音……
恐る恐る外を確認してみたらものすごい数のパトカー……
「……オヤジ!!代貸!!表は完全に囲まれてますっ!!」「どうしていきなりサツがこんなにうちの事務所囲んでんだっ!!」
「落ち着きやがれっ!!馬鹿野郎共がっ!!」
パニックになりやがる若衆を叱り飛ばしちゃいるが、正直俺だってビビってる。
いきなりサツに囲まれるような覚えはねぇ…
とはいえ俺らも極道だ。サツにいつしょっぴかれてもおかしかねぇ立場にはある。特に、先の煉獄会のゴタゴタで全国の極道組織への警戒度は一気に上がったと聞いている…
にしたってこんな弱小組織、いきなりこんなに大掛かりに潰しに来なくてもいいじゃねぇか。
「オヤジ…どうします?」
「慌てんじゃねぇよ大堂…俺らはなんもやましいことはしちゃいねぇ…」
「…す、すんませんオヤジ、代貸……俺昨日電車で可愛い女が居たもんでついケツを……」
「この馬鹿野郎がぁっ!!」
軽率な若衆に1発ヤキを入れる。極道がカタギに手ェ出すとはどういうことだっ!!
「……まさか、その件で……?」
「ふざけんなっ!!」「テメェ自首してこいっ!!」「組が潰されたらどう落とし前つけんじゃこらっ!!」
荒ぶる若衆達をなだめていたらオヤジが腰をあげた。嫌な予感がして俺はオヤジを止める。
「……オヤジ!!」
「……若けぇモンのやったことのケジメをつけんのが親分の仕事だ…大堂、後の事ぁ頼んだぜ?」
「待ってくださいオヤジ!!オヤジが連れてかれたらこの組どうするんですか!?」
俺の必死の説得にもオヤジの決意の炎は揺らがなかった。しがみつくように服を掴んだ手をオヤジはゆっくり引き離す…
「……これからの組を担っていくのは若い連中だ。俺ぁの時代はもう終わったんだぜ…」
「……オ、オヤジ……っ!!」
『ここに居るのは分かってる!!抵抗せずに出てこいっ!!』
表のサツの声に連れられるようにオヤジが玄関に向かっていく。
引き離された俺達は、その漢の背中をただ見送ることしかできねぇ…っ!!
オヤジ…っ!!
「オヤジィィィィィィッ!!!!」
「--警部!!誰か出てきましたっ!!」「ムッ!あれは…?」
オヤジが警官隊の前に出る。すげぇ数だし全員武装してやがる…っ!!オヤジ……
「お前は…堀田手組の…っ!!」
「どちらさんもお控えなすって…堀田手組組長…若衆のケジメつけさせて頂く為に参りました。」
「……?」「……?」「……?」
「さぁ…あっしを逮捕したらいい。若いモンのやらかした事の責任は、親の責任…」
「……?」「……?」「……?」
「……さぁっ!!」
「……警部っ!!」「…よ、よく分からんが……逮捕ぉぉぉっ!!」
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--一攫千金を夢見る三十路のフリーター伊藤翔吾。人生最大のピンチっ!!
『ここに居るのは分かってる!!抵抗せずに出てこいっ!!』
朝起きたらアパートの周りがサツに囲まれてやがったっ!!くそっ!!どうしてここが分かったんだっ!?
なぜ俺がサツに囲まれているのか…その理由はこの小僧だ……
「……とうとうこの日が来たんだね。おじさん」
大田権吉祥寺ノ助、小5。大企業大田権グループの御曹司……
俺は今コイツを誘拐し逃亡生活を送っている最中……だった。
だが、どうやらここまでのようだ…
ざっと見ただけでも30人は居るし、みんな拳銃持ってやがる……ひぃ……
現実から逃れるようにそっとカーテンを閉めて俺は畳に敷いた布団にくるまる。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」
「別に殺されやしないと思うけど……おじさん。どっちが誘拐されたか分からない位の怯え様だね」
「こんな事バレたらお袋に殺される……」
「そっちなのかい?」
何かいいアイディアはないのか?このピンチを切り抜ける……
期待を込めてガキンチョを見つめるが残念ながらガキンチョはその期待には応えてくれないようだ。
「……あんな数に囲まれたら終わりだよ。残念だけど、諦めるしかない」
「……残念なのは俺だ」
「僕だって残念さ……おじさんが捕まったら家に帰らされるからね……」
「……そういえば家に帰りたくないとか言ってたな」
「そうさ…言っただろ?家に帰ってもひたすら勉強…愛のない家庭で息苦しい毎日さ」
「……贅沢な話だぜ。恵まれた環境で、恵まれた教育を受けられるってのに……」
「おじさんには分からないんだよ」
「ああ、分からねぇな」
しばらく暮らしてみて分かったが俺はこのガキンチョが嫌いだ。
今どきのガキのように妙に醒めた態度に世の中を舐めきった言動…自分がどれだけ恵まれているのかも自覚していない。
「……お前みたいのを見てるとよ、ムカついてくるぜ」
「なんでだい?」
「いい家に産まれて、ちゃんとした勉強出来る機会に恵まれて、美味い飯食えていい服着て将来が約束されて……そんな贅沢三昧な人生にすら不満を抱く……そんな性根がだよ、見ててムカつくぜ」
「周りの子が遊んでても遊べないし、両親の愛は無い…自分で生き方も決められず決められたレールを歩くだけ……どこが贅沢なんだい?」
「贅沢さ。お前……自分で自分の生き方を決めて生きていくことがどんだけ大変な事か分かってんのか?お前は最初から人生楽ちんコースに入会してるから漠然とした想像だけで『自由』に憧れてんだ。自由ってのはな、責任が伴うんだぜ?」
「……?」
「それにお前、親が決めたからって理由だけで自由を諦めてる。そこがそもそもダメだ。お前の人生ならいくらでもお前の好きなように生きればいい」
「だから、僕の人生はもう決められててそれができないんだよ。だからあの家には帰りたくないんだ」
「逃げてんだよ」
何も分かっちゃいねぇガキンチョに俺は言葉をかけ続けた。
なぜだろうか?こんな事してる場合じゃねぇんだろうが……
……なんか、分かったんだ。
コイツをこのまま『帰しちゃいけねぇ』って……
「自分の人生はいくらでも自分で開いていける。失敗も成功も、自分の責任だ。俺はそれを痛いほど思い知った。普通の人間は自由に生きる為の金や知識や力をもがいて努力して手に入れていく。だがお前はそれを産まれた時から与えられてる。その上親と戦うことを逃げるってのは、甘えが過ぎるんじゃねぇか?」
「……人生負け犬のおじさんに説教されたくないよ」
「馬鹿野郎っ!!」
ちょっとイラッとしたのもあったが俺は思いっきりガキンチョを叱りつける。
このガキンチョの目には俺と同じ『諦観』があった。人生なんて…という投げやりな感情だ。
それが俺を更に熱くさせていたんだろうな…
「……人生負け犬の俺だから、言えることもあんだよ」
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努力できることが本当の才能とはよく言ったものだが、その通りだと思う。
俺はごく普通の家庭に産まれごく普通に育った。どこにでもある家庭でどこにでもある学校に通い他の連中と同じように人生を歩んで行った。
ただ1つ人と違った事があるとすれば俺にはずっと野心があったこと。
ビッグになってやる--
漠然とした人生勝ち組のビジョンを抱きそれを実現できると信じて疑わなかった。
そうして俺は高校を卒業して工場に就職した。学校まで行かせてもらって順調に正社員雇用された。俺は恵まれていた。今なら分かる。
ただ、決して高いとは言えない給与と普通すぎる人生に俺の中で燃えたぎる『ビッグになる』野心は満足しなかったんだ。
俺は漠然と成功できる人間だと信じてた。なんの能力もなく、努力もしてないのにだ。
「工場長、俺ビッグになりたいんで辞めます」
「お前何言ってんだ?コッペパンの乾燥機に頭でも突っ込んだのか?」
故に入社3日で俺は乾燥コッペパン工場に辞表を叩きつけていた。
「俺はこんな安月給の工場勤務に満足する器じゃないんですよ」
「初任給も貰ってねぇのに何言ってんだ」
「工場長、俺を見てなにか感じるものがあるでしょう?」
「頭かわいそうなのかなって……」
「俺は大きくなる、成功者になる。そんな顔してるでしょ?」
「考え直せ。お前うち辞めてなにかしたいことでもあるのか?」
「ビッグになります」
「ふざけてんのか?ビッグになるって具体的に何になりたいんだよ」
「札束をバスタブいっぱいに詰め込んで女と入ります」
「それは成功した後のビジョンだろ?どうやってバスタブいっぱいの札束を稼ぐんだよ」
「俺は他の奴らとは違うんで、何しても成功しますんで」
「どうかしてるぞお前…それならうちで仕事覚えて、役員にでもなれ。バスタブいっぱいとはいかねぇがそれなりに安定した生活を--」
「工場長!!俺はね!!世界長者番付トップになる器なんですよ!!こんな中小企業の工場勤務なんて相応しくねぇっ!!」
「お前何しに来たんだよ……」
工場長は折れなかった。俺の辞表を何度も突き返し「考え直せ」と説得してきた。
当時の俺にとっては鬱陶しい事この上なかったが今なら分かる。あの工場長は親心で俺の将来を案じてくれていたんだ……
そして俺はその親切心を踏みにじって3ヶ月後退社した。
「工場長、ビッグになったらロールスロイスに乗って会いに来ます…」
「お、おう……頑張れよ?」
あの時の引きつった工場長の顔は「いずれビッグになる俺を妬んでるに違いない」と本気で思った。
--そして、現在に至る。
「なんだいその雑な回想は……」
「分かるか?ガキンチョ…人間ってのは何も頑張らずに成功できるわけじゃねぇ。それどころか、気づいて頑張っても手遅れって事もあるんだ。だがお前は違うっ!!」
俺はガキンチョに伝えなきゃならねぇ事がある。力強く肩を掴んでガキンチョに訴えかける。
「お前にはチャンスがあるんだ……っ!!逃げるなっ!!息が詰まりそうな程努力できるチャンスが向こうから勝手にやってくるこの環境から…お前はこんな所で燻ってていいタマじゃねぇ…」
「おじさんが連れて来たんじゃないか…」
「お前は絶対ビッグな男になる。逃げずに今に向き合えばな…逃げるな!目ェ逸らすな!!戦え!!」
「……おじさん、そんな事より今この現状を打破する方法を考えたらどうだい?」
……ガキンチョ、お前も分かってるはずだ。もう…手遅れなんだよ。
俺はいつだって、現状に甘んじて「いつかなんとかなる」と考えて何もせず、人生を棒に振ってきた…
そして今お前をこのまま帰したらお前は俺と同じようになるかもしれねぇ。ならなかったとしても、頑張って生きることを知らねぇ大人になっちまう。
……俺にはそれが見過ごせないんだ。
なんでかな…?お前のこと別になんとも思ってねぇはずなのに……
「……ガキンチョ、これが俺からお前に何かを伝えられる最後のチャンスなんだ」
「今まで沢山伝えたみたいな風に言わないでおくれよ…」
「お前はお前の居るべきところに帰るんだ。そして約束しろ…お前はビッグになれ」
「……おじさん。」
「俺とお前の生活は、ここまでだ」
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ぼちぼち警官隊が突入してきそうだ。俺は最後の仕事を済ませよう。
間抜けな人生だったが、最後に誰かの人生を正しい方へ向かわせられるなら…
「おじさん、いいのかい?」
「強く生きろ……ガキンチョ」
こいつがこいつの人生を歩めるように…俺はその為なら喜んで反面教師になろう。
俺達はアパートの外までゆっくり出てきた。その瞬間大勢の警官から銃口が向けられる。
……が。
「ガキンチョ!俺のようになるなっ!!なりたくなければ強く生きろっ!!お前ならできるっ!!」
「お……おじさん……っ!!」
「うぉぉぉぉっ!!これが俺の生き様だぁぁぁっ!!」
「おじさんっ!?どうして全裸なんだいっ!?」
俺は全ての衣服を脱ぎ捨てて、産まれたままの姿で警官の前に飛び出した。
こんな恥は晒すな…ガキンチョ、お前ならきっとでかくなるっ!!
「なっ!?なんだコイツはっ!?」「うわぁぁぁぁっ!!」「なぜ裸なんだっ!?意味が分からんっ!!」「こっちに来るぞ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!!!」
「おっ……おじさぁぁんっ!!」
--パァンッ!!
「--っ…くぁっ!!」
「おじさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」
……これで、いいんだ…
凶弾に倒れながら俺は空を仰ぐ。俺みたいにどん底を生きるな……それだけを伝えたかったんだ……
それを伝えられるなら……俺は……
「おじさぁぁぁんっ!!意味が分からないよぉぉぉぉっ!?」




