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天丼

「助けてぇぇっ!!妖怪おどろおどろが暴れてるよぉぉっ!!」「校内保守警備同好会が居なくなってからもうめちゃくちゃだぁっ!!」


 --今日も平和だ。


 私の城、保健室に差し込む日差しは暖かく今日も校庭では妖怪おどろおどろが暴れ賑やかな騒音を奏でている。校内保守警備同好会が活動停止になったそうだが、そのせいかトラブルが増えた…気がする。


 しかし私の日常は変わらない。今日も飛び込んでくる笑えるトラブルを心待ちにしつつホットココアを口に含むのは莉子せんせーこと私、葛城莉子。

 ただ笑えないトラブルは勘弁である。


 一向に軽自動車の弁償が行われない日々に胃をキリキリさせながら怪物達の跋扈する惨状の奏でる悲鳴をBGMに、ぼちぼち昼飯でも食うかと思ったその時……


「……莉子せんせー…………」


 控えめに開かれた扉から何かが食われる咀嚼音と絶叫と共に女子生徒が入ってきた。


 岡本幸子おかもとさちこ、1年生。いわゆる『常識人派』に分類される生徒だ。その彼女が神妙な顔で入室してくる。その目は助けを求めるように私を見つめている。


 特に怪我をしている様子もない…しかしひとつ目を引くのはお腹。彼女こんなに腹ぽっこり出てただろうか…?


「どうしたのかな?おどろおどろにやられた?」

「いえ…おどろおどろは体育の里中先生が殲滅したけど、次はタイタン族が……いやそれは関係ないんですけど……」

「どうした?昼休みの休憩ならお断りだよ。先生は今から忙しい。今日はカッププードルババロア味を食べるんだ」

「暇じゃないですか……莉子せんせー、助けて……」


 お腹をさすりながらうるうるした瞳で訴えてくる。嫌な予感がした。


「……食べ過ぎ?」

「違います……莉子せんせー、私……」

「……」

「……できちゃった」


 --!?


 *******************


 --「できちゃった」とはつまり「できちゃった」という事である。つまり、「できちゃって」るわけだ。「できてしまった」とも言える。


 本来なら天からの授かりもの。めでたい事この上ない祝福の対象である。新たなる命の息吹…芽吹いた尊い命を授かるその腹の膨らみはそのまま母となる少女の幸せの大きさを表している……


 が、それが望んだ授かりものか否かというところで話は変わってくる。もしお腹の中の生命が望んだものでなければ、その腹の大きさはそのまま少女の葛藤や不安の種だ。


 そして残念ながら岡本君の表情、高校生という身分、年齢を加味した結果妊婦となった彼女の場合、後者のようだ。


 --葛城莉子、かつてない絶望。笑えない、マジで。


「……ま、待ちたまえ……その……おめでとう?いや……えっと……相手は?」

「……相手?」

「その……いつから?」

「10ヶ月くらい前から……」

「長!?なんで今更相談に!?」

「……言い出せなくて。でももう隠しきれない。こんなに大きく……」


 うんデカい。デカすぎる。2人くらい入ってそう。


「……えっと、どうするの?」

「どうするって……取りたい」

「取りたいって……つまり、堕ろすってこと?」

「下ろしたい……」

「……残念だが、10ヶ月にもなってしまったら中絶はできないよ。産むしかない」

「う、産む!?産まれてくるんですか!?」

「そりゃいずれは出てくるだろ」

「で……出てくる……っ!!」


 私の説明に顔を青くしてガタガタと震える岡本君。いくら望まなかったとはいえ我が子に対してその反応はあんまりだと思う。


「……岡本君。経緯はどうあれその子は君の子だ。責任から逃げることはできない」

「私の子って……っ!!私こんなの知らないもんっ!!責任とかないもんっ!!冗談じゃない!!」

「岡本君!!その言い方はあんまりじゃないのか!?君の日頃の行いの結果だよ!?どうしてもっとこう……計画的に……できなかったのかね?」

「け、計画的……?」


 ……いかん、こんな言い方は良くないな。お腹の子に罪は無い。


 岡本君はどうしても堕ろしたいらしいが現実的にも道徳的にも許容できない。

 それにしてもあんなに真面目だった岡本君が……莉子せんせーはショックを禁じ得ない。


 ……まぁとにかく、養護教諭としてこの問題、しっかり解決する必要はあるようだ。


「……ご両親はこの事は?」

「言えるわけない……こんな……」

「そんな言い方はやめなさい。病院(産婦人科)には行った?」

「病院にも……まだ」

「……そうか。今から行くよ」

「莉子せんせーでも…どうしようもないんですか?」

「ある訳ないだろう…それとこの件は私の手に余る。学校と親御さんとよく話し合う必要はあるよ?場合によっては、高校も中退しなければならない」

「そんな……私何も悪くないのに……」

「いや君のせいだから」


 彼女の担任は……三上先生か。教師陣の中でもとち狂ってると評判の。

 保健室の内線から三上先生に繋いでもらうと早速三上先生が出た。


『なんスか?』

「ああ三上先生…実はおたくのクラスの岡本君がですね……」

「やめてっ!!こんなこと知られたら生きていけないっ!!」


 ……そんなこと言われても。


『私の(クラス)岡本がなにか?』

「……私の?」

『ええ、私の……』


 なんだ、「私の」って…


「…………岡本君、もしかして相手は三上先生?」

「あ、相手……?」

「その……君の……」

「あぁ…?はい。三上先生です(クラス担任は)」


 ……っ!?

 な、なんだって……?


 教師でありながら教え子に手を出すとは…どんな経緯であれ許されることではないっ!!しかも未成年を妊娠させるなんて……っ!!

 沸騰する頭のまま私は電話口で声を荒らげる。


「どういうことですか?先生!!あなた岡本君になんてことを……」

『え?何が?』

「あなたのせいで岡本君が大変なんですよ?恥を知りなさいこの……ケダモノっ!!」

『……え?』

「ちゃんと責任は取るんでしょうね?というか、知ってたんですか?こういう事になっていると……」

『えっと…なにが?』


 なんて無責任な態度。大人としての節度も責任感もない。こんな男が教育者として相応しいわけがない。


「信じられません…岡本君は病院(産婦人科)に連れていきます。あなたのやらかした事は教育委員会に報告させていただきます。覚悟してください」

『え?…………は?』


 *******************


「……莉子せんせー?さっきなんであんなに怒ってたんですか?」


 ハンドルを握る助手席で岡本君が不安そうな眼差しを向けてくる。この先のことを憂う彼女の眼差しに応えるべく私は彼女の髪の毛にそっと指を通した。


「……なにも心配することは無い。いいね?」

「……はい」


 ……そう。この子の未来まで考えより良い選択を…そしてこの子に産まれてくる我が子を慈しめる心を…




 --マカ・センシャイクリニック(産婦人科)


「あのすみません…10ヶ月なんですけど診てもらえますか?」

「ここに名前を書きな」


 冒険者ギルドみたいな受付で受診を待つこと数分……不安と疲れからかウトウトしだした岡本君の隣で電話してたら呼ばれた。


「もしもし?岡本幸子さんのお母様ですか?私養護教諭の葛城と申します…」

『はぁ……お世話になっております…あの、娘がなにか……?』

「妊娠されました」

『っ!?はっ!?にっ……妊娠っ!?』

「10ヶ月です」

『じゅじゅじゅ……10ヶ月ぅぅ!?』

「今マカ・センシャイクリニックに来てます。至急お越し頂けますか?」


 ちなみにこんな内容の会話である。お母さんひっくり返ってた。それにしても10ヶ月にもなるなら親ならなにか気づくだろう、ボンクラめ。


「岡本ぉ……入んな」

「…………行くよ。岡本君」

「むにゃむにゃ…ん?莉子せんせー……なんで産婦人科……?」

「1度もかかってないんだろ?とにかく、行こう」


 なんか横暴な受付に呼ばれて診察室に入ると年季の入ったおじいちゃんが私達を待ち構えていた。


「…俺がマカ・センシャイだ。イエス・キリストのお産にも立ち会った伝説の医者さ。世界中の妊婦が俺を求めてる……」

「いくつですか?」

「100から先は数えてねぇな」


 そんな伝説の医者がなぜこんな地方で個人病院やってるのかはさておき……


「…嬢ちゃん。なかなか立派な腹だな。10ヶ月なんだって?」

「……はい、10ヶ月前から…あの、先生ならこのお腹どうにかしてくれるんですか?」

「……嬢ちゃん、不安なのは分かるぜ?マリア様もそうだった。だがな、どんな生命だって産まれる瞬間は尊いもんだぜ。産まれてくる権利は誰にでもあんのさ、それを母親が奪っちゃいけねぇ……」


 おぉ。言葉に重みを感じるぞ……流石だ。

 その言葉を真摯に受け止め……いや、不思議そうな顔をする岡本君の表情からは不安は払拭されてはいない。

 キリストのお産にまで立ち会った伝説の男の言葉すら届かないのか……


 …………いや、ただ居合わせただけかもしれないしなぁ……


「……まるで赤ちゃんみたいな言い方」

「赤ちゃんみたいな?バブーバブー、赤ちゃんでちゅ」

「先生、気持ち悪いです」


 辛辣な私のツッコミはどうやら聞こえてないらしくシリアスべったりな空間で赤ちゃんプレイに興じる伝説のおじいちゃんを前に岡本君は立ち上がった。


 その顔には覚悟を固めた表情が彫り込まれている。ゴルゴ並の彫りだった。


「……誰にも見せたくなかったけど…私、ちゃんと向き合う覚悟がようやく決まりました……」

「……バブ?」「岡本君、どんだけ我が子を否定したいだね……」


 嘆き悲しむ私の目の前で岡本君がブレザーのボタンを外し、スカートに入れ込んだカッターシャツの裾を引っ張り出す。


「……莉子せんせー…なんか知らないおじいちゃん……私を助けて……」

「……」「……」


 そして彼女はいきなりシャツを腹が見える高さまで捲り上げる。



 --そこには信じられない光景が待っていたっ!!悪夢と呼んで差し違えない。色んな意味での悪夢が……


 岡本幸子は「できちゃった」んであって、それは妊娠した…………


「このっ!!人面瘡からっ!!」

『こんぬづわ』



 ………………わけではなかったみたいね。


 お腹が大きく膨れるほど巨大なその腫瘍は人面瘡でした。もう、すごい膨れててね…すごい、デカかった。妊婦かよとツッコミたくなるくらい……


 …………ああ、人面瘡ね?


「私!!できちゃった!!人面瘡っ!!」

『こんぬづわ』


「………………人面瘡…ね」

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