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武?…良き

 私、阿久津がオカルト同好会に入会したのには訳がある。それは我が校の108不思議のひとつに数えられる『武』先輩の正体を探る為…


「良き……」


 武先輩とはこの人である。

 仏のようなというか……京都のお寺とかにある仏様がそのまま肌色になって制服を着たようなこの人が武である。

 その正体については神仏に極めて近しい存在であるというふうに現在では落ち着いてるけれど……


 私は認めない。


 私はオカルトなんて信じない。宇宙人はこの目で見たから信じるし幽霊も見たから信じるしUMAも串焼きになってたから信じるけど、非科学的なものなど一切信じない。


 私はこの同好会で、武の正体に迫る--ただそれだけの為に青春を費やすと決めた。


 結果、成果ゼロ。


 武先輩も3年生……もう卒業してしまう。このままでは私の人生の記録に『武の正体、不明』という不名誉な1ページが一生刻まれる事になるんだ。

 そんなのは断じて許されない。


 というわけで今回は武先輩の正体に迫っていこうと思う。



 ……その前に私と武先輩の出会いについて語らなきゃならないだろう。


 遡ること1年前。入学したての私はあの日同級生らと部活動や同好会の見学の為に校内を回ってた。

 その時何となく門を叩いたのがオカルト同好会。


「よく来たなっ!!ようこそ!!入会届けは入口に置いてあるぞっ!!」


 代表、宮島松林の凄い圧には私達新入生はドン引きしたものだ。そして……


「……良き」

「……っ!?」


 その場にはもう1人、なぜか胡座をかいたまま滑るように移動する謎の生命体が居た。

 それが武先輩。


 以上。



「--武、阿久津君!今日の活動内容を発表するっ!!」

「良き……」

「はい」


 さて、今日も今日とて身近すぎる世界の神秘に触れながらどうせまたしょうもない同好会活動に精を出すとしようかしら。


「今日の活動は……学校付近のスーパーにニンゲンの刺身が売られているというので調査する!!」

「……良き」

「ニンゲン…南極圏の海に生息するという巨大な人型生命体ですね」


 なんとUMAの刺身がスーパーで売られているというのだ。


「情報ソースは?」

「このチラシが今朝の新聞に挟まっていた」


 特売っ!!『ニンゲン』の刺身196円!!


 安いっ。


「代表、実際どうやってこれがUMAの肉かどうかを調べるのですか?」

「DNA鑑定に出す」

「……良き」


 この活動に学校から支給される活動費が浪費されるというのだから涙がちょちょぎれる。



 ……というわけで私達はニンゲンの刺身を買いにスーパーへ。


 *******************


 さて、武先輩の正体に迫る前に武先輩の何が未知なのか、説明しておこう。


「ぬぅ……夕方ということもあってか凄い混みようだ」

「……良き」


 まずその移動方法。

 普通人間は二本足で立って歩くと思うけど武先輩は立たない。終始胡座をかいたまま滑るように移動するのだ。足を一切使わないその移動方法はドラえもんみたくちょっと地面から浮いてんじゃないのかと思うくらい滑らかである。アイスホッケーのパックをイメージしてもらえたら分かりやすい。


「先輩まずいです。問題の品は特売品…恐らくモタモタしてたら売り切れますよ」

「ぬっ!!流石阿久津君!!急ぐぞ!!我らの未知への探求を妨げるものは何者も許さないっ!!」

「……良き」


 その移動速度は時速約4kmから8km。人間の徒歩から走るスピードと遜色ない。


「武、鮮魚コーナーはどっちだ!?」

「……良き」

「ニンゲンって鮮魚なんですか?」


 次にコミュニケーション。武先輩はいかなる時でも「良き」しか言わない。以前「何が良きなんですか?」と尋ねたら「…良き」という返答が返ってきた。

 噂では高校入試の面接でも「良き」で通したらしい。

 その上紙面上でのコミュニケーションを計ってもやはり「良き」しか書かない。1度期末考査の答案用紙を見せてもらったけど「良き」しか書いてなかった。でも87点だった。


 そして答案用紙の名前の欄も「良き」な上コミュニケーション不可能なので誰も武先輩の下の名前を知らない。

 なんか教師に尋ねても「いや…それはちょっと……」とよく分からない返答をされた上なぜか翌日から2週間の停学処分を食らった。


 この謎に満ちた武先輩に踏み込むことは最大の禁忌とされているらしい。


 なんでも神と融合したという元野球部の恐怖のオカマ、剛田先輩も「あのお方とあたしはなるべくなら関わらない方がいいわ」と言っていたらしい。


 以上が武先輩の未知である。



 --鮮魚コーナーは特売品を奪い合う主婦の戦場。殺気立った奥様達が殴り合い、殺し合い鮮魚パックを取り合っている。


「行けぇ武!!」

「良き…」


 宮島先輩の掛け声に応え特攻隊、武が行く!!だるまみたいな体勢のまま荒ぶる主婦達の足下をすり抜けて獣の群れに突っ込んでいく。


 とても近寄れない特売コーナーの波をしばらく傍観していたら武先輩がぴょんと飛び跳ねて戻ってくる。


 なんと移動だけじゃなくジャンプまで胡座。


「なんというか…すごいですね武先輩。もしかしてケツ穴にジェットエンジンとか付いてます?」

「良き」

「武!!ニンゲンの刺身は!?」

「良き」


 仏の武の手にはしっかり1パック白身魚の短冊状の刺身が握られていた。ミッションコンプリート。


「でかしたぞ武!!…そしてこれが…」

「……これ、鯛かなんかの刺身じゃないんですか?」

「良き」


 肝心のニンゲンの刺身だけどもうまんま魚の刺身。しかし特売シールが貼られたパックにはちゃんと「ニンゲン」って書かれてた。ただ産地がオーストラリア。


「宮島先輩、ニンゲンってオーストラリアに居るんですか?」

「きっと養殖かなんかだろ」

「養殖されてたらもうUMAじゃないですね」



 --レジにUMAの肉を通すという一生に1回もまずない珍体験を経験できるのは世界広しといえどこの街くらい…いや、多分オーストラリアとかなら普通に売ってるんだと思う。


 こうして私達は今日の活動、ニンゲンの刺身(オーストラリア産)をゲットした。

 ていうかこんな得体の知れないものを売ってるなんて…保健所に報告した方がいいんじゃないか?


 まぁそれはいいとして、私のミッションはこれからである。


「…さて、早速だがこれをDNA鑑定……」

「その前に食べてみません?」

「良き」


 私の上手い誘導に宮島先輩も「伝説のUMAの肉(養殖)…確かに味あう価値はある」と頷いた。


「じゃあそこの公園でも…」

「外肌寒いし、お醤油とかあった方がいいと思うんです。今から誰かの家にお邪魔しませんか?」

「醤油かけるの?伝説のUMA(養殖)だぞ?勿体なくない?」


 いやきっと鯛かカンパチかなんかですってそれ。


「武先輩のお家近いですよね?」

「良き」

「いいですか?お邪魔して」

「良き」


 完璧な作戦。どうせ武先輩は「良き」しか言わない。話を持っていった瞬間私の作戦は成功なのよ。


「すまないな武。ではお邪魔するぞ。今日はニンゲンのしゃぶしゃぶだっ!!」

「良き…」


 *******************


 家というのは究極のプライベート空間にして個人情報の宝庫。いかに謎に包まれた武先輩といえど自宅ならばその正体に迫る手がかりがあるはずっ!!

 例えば御家族とか、下の名前とか、なぜ立って歩かないかとか…

 ついに私の青春をかけた武先輩の神秘への追求へ王手がかかる!!

 いざっ!!



 勝手なイメージだったけど武先輩ってなんか忘れ去られたお寺とか天岩戸の隙間とかそういう所に生息してるイメージがあった。でも訪れてみたら普通の家が普通の住宅街に佇んでいたじゃない。


「表札に武って書いてある」

「当たり前だろう。では邪魔するぞ武」

「良き…」


 もうニンゲン食うことしか頭にない宮島先輩と私を連れて武先輩が武の神殿に帰還。


「良き」


 ただいまって言ったんだと思う。


「良き」

「っ!?」「おじゃまします、お母さん」


 なんと奥からパンチパーマかけた仏様みたいなおば様--武先輩の母上が降臨なされた!!しかもだ!お母さんまで胡座のまま廊下を滑ってるっ!!

 しかも「良き」って言った!!


「良き」

「良き」

「良き」

「…良き」

「良き」

「良き」

「良き」


 !?!?!!?


 全てが「良き」で完結した会話の後武先輩が「良き」ってこっちに言った。

 とりあえずお邪魔する。


 …武先輩のこの不可思議な生態は遺伝…?


「ふむ、皿と醤油を用意してくれるらしい。お言葉に甘え、オカルト探求道を極めようじゃないか」


 え?宮島先輩って「良き」だけで武先輩とコミュニケーション取れるの?


 通されたリビング。そこではなんとセーラー服に身を包んだ武先輩がっ!!


「良き」

「良き」

「良き」

「良き」


「な、何者…?」

「妹さんだ。ご挨拶するんだ阿久津君」


 なんと武先輩に妹さんが!?


「…こんにちは。お邪魔します」

「良き」


 許された。


 そしてリビングのテーブルを囲むと治療の神 ディアンケトみたいなお母さんが醤油皿と醤油を持ってきてくれた。


「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「……良き」

「良き」

「良き」


 …………?


「良き」

「良き」

「良き」

「良き…」

「…良き」

「良き」


 ……………………????


「さぁ阿久津君!武!!伝説のUMAニンゲン、実食だっ!!」

「良き」


 いやそれどころじゃない。この家族全て「良き」だけでコミュニケーションを取ってるぞ?今の「良き」の応酬は武先輩とお母さんと妹さんが混じってたんだけど声だけ聞いて誰が誰か分かる奴居る?


 なんか頭が痛くなってきた。


「さぁいざ実食--」

「あ、あーっ!せっかくなら武先輩のお部屋で食べたいなーっ!!」

「突然どうした阿久津君!!」


 結局謎が深まっただけじゃない。こうなったらプライベートゾーンに踏み入って武先輩の秘密に迫るしかないっ!!


「……良き」

「良き」

「良き」

「……良き」

「良き」


 いいんだって。


「妹さんと部屋が同じだからダメだそうだ。阿久津君、ここでいいじゃないか」


 いやだめだった!というかよく考えたら宮島先輩って私が入会する前は武先輩と2人で同好会やってたんだよね!?


「さぁ食う--」

「え?宮島先輩って武先輩の言ってること分かるんですか!?」

「なんなんだ急に!!長い付き合いだろう?」

「……え?お2人はいつからの関係で……?」

「そんなことはどうでもいい。早く食べよう」

「いやいや、折角のUMAなので魚のツマミに聞かせてくださ--」


 こんなに近くに武先輩の秘密に近い人が……っ!!私は追求を諦めず宮島先輩に食らいつく。

 ここで逃したら私はこの先一生武先輩の正体という解けぬ謎のせいで眠れぬ夜を過ごすはめになるんだっ!!


 --その時だった。


 部屋の温度が一気に下がった気がしたのは。


 武先輩、お母さん、妹さん、宮島先輩まで…室温の低下は私に向けられる視線の冷たさをそのままに落とし込んだみたいだった。


 体の芯が冷える。吐く息が白い……


 じっとマネキンのようにこちらを見つめてくるみんなが怖くて私は思わず立ち上がっていた。


 逃げるようにリビングの扉へ向かう。が、いつの間にか目の前に武先輩のお母さんがっ!!


「……あっ」

「……良き」

「ご、ごめんなさい。わたし急に具合が……」

「……良き」

「……良き」


 体温の低下は心の温度の低下。猛吹雪の雪山に1人取り残されたみたいな不安感とどうしようもない恐怖感が支配する。

 この場に1秒だって留まりたくない--そんな恐怖を感じながらもジリジリと武先輩のお母さんが私を部屋の中央に押し込めるように寄ってくる。


「……あの、先輩…?」

「阿久津君、君……なぜそんなに武を詮索するんだ?」

「え?いやあの……別にしてな--」


「--良き」


 え?なに?なになになになに?何が「良き」なの?


 私を中心として武一家と宮島先輩が迫ってくる。

 息苦しさと目眩、得体の知れない恐怖感が私を支配し、全身が激しく震え出す。


「あの……ご、ごめんなさいっ!!もう聞かないから……っ!!あのっ!!」


 怖い……

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!!


「良き」

「せ、先輩……」

「良き」

「良き」

「お願い来ないで……」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」


 誰か……


「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」

「良き」


 誰か助けて……っ!!


「--良き」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

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