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ピコピコハンマーは凶器です

「諸君、これが現在我が校に起こっている事件である」


 --野球部盗撮動画流出事件。


 身の毛もよだつ狂気の沙汰は私の口から改めて同好会メンバーへ通達され、その場を氷河期の如く戦慄の冷風で覆い尽くしていた……


 まぁ……犯人の意図はどうあれ、そういう事実がある以上は私ら校内保守警備同好会が動かない訳にはいかない。

 そしてここに天才浅野美夜が妙案を打ち出していた。


「この事件の解決は1年、2年生のお前達に一任するから。あと、より早く解決にたどり着いた者を次期同好会代表に選出する」


 突然現代表の口から宣言される次期同好会代表権をめぐる戦い--

 その言葉に同好会室がざわついた。


「……それはつまり、この盗撮騒ぎを一番早く解決に導いた1年、2年から次期代表を選ぶってことですかい?代表……」

「うん、つまりもクソもなくそのままそう言ったろ?」


 目の色を変えて私の宣言をただそのままリピートして確認するのは身長2メートル15センチの大男、豊富。

 1年生ながらその戦闘能力を買われ我が同好会の中心戦力に数えられる猛者である。

 ただ、凶暴かつ好戦的な性格故手綱を握るのが難しい、金髪角刈りゴリラみたいなゴツイ顔した野郎だ。

 つまり、神楽の下位互換である。


「……既にそのような被害が出ているというのであれば警察沙汰かと思いますが。我々で解決させるのですね?代表」

「うん」


 そしてこの鼻の穴がデカいオールバック糸目もやし野郎は得川。この同好会の後方支援係。普段はパッとしないけどこの男の根回しやサポートがあったおかげで上手く事が運んだことも……あったかもしれない。情報収集能力に定評がある。有事の際には同好会の指揮を執る……こともあるかもしれない。

 つまり、私や姉さんの下位互換だ。


 --現在次期同好会代表最有力とされるのがコイツら。そしてコイツらが勝手に作った派閥が勝手に抗争を始めてる。

 それもこれもパッパと決めてしまわない姉さんの優柔不断さが原因だが……これはいいタイミングだ。


 寒くなってくるこの時期、そして卒業も近づいてくる大事な時期だ。こんな時に外を駆け回ってなどいられないのでコイツらに次期代表の椅子をチラつかせて働かせよう。


「じゃ、そういうことだから頑張って」


 *******************


 --美夜が次期同好会代表をかけた野球部盗撮事件の解決の捜査指令を1,2年に出してから約1週間……


 その日、私浅野詩音と美夜は同好会代表として同好会室にやって来てた。そう、事件解決……そしてその際に巻き起こった事件に関する報告を受けるために……



「--この度は、私彼岸神楽が着いておりながら……このようなことになってしまい、申し訳ありませんっ!!」


 一体何が起きたのか……そう問うより早く床に額を擦り付けた神楽さんが叫ぶように許しを乞うた。


「神楽さん、頭をあげて……」

「この度の不祥事の責任を取り、彼岸神楽、腹を切らせていただき--」

「切るな」

「いいえっ!!そうでなければお2人に示しがつきませんっ!!どうかっ!!うぉぉぉぉおっ!!」


 --スコーーーンッ!!


 切腹3秒前の神楽さんの頭を美夜が消火器でぶった叩く。3秒早い介錯に神楽さんが「いやちょっと……まだ切ってないんですけど…」と顔をしかめた。

 いや今はコントをしてる場合じゃない。


「他校の生徒を怪我させたと聞いてる」


 美夜が厳しい顔つきで神楽に事件の経緯説明を求めた。


「……はい、今回事件解決に奔走する中、豊富派の暴走が起こりまして……このような結果に……」

「……詳しく説明してくれる?神楽さん」


 共に解決に動いていたという神楽さんの顔色は険しい。大きな責任を感じてる顔をしてた。

 しかし事が事だ。厳格な対処が必要な時もあると思う。この1件、誰にどう責任を問うべきか……それを見極める。


 私に促された神楽さんが事件の経緯についての説明を始めた--


「30秒でしろ。昼休みあと3分だぞ」


 *******************


 --浅野美夜代表によりこの盗撮事件は1,2年に捜査が一任させることとなった。

 そして恐らく、この事件の解決へ向けての奔走と、次期代表の選出条件が揃ったことで同好会内の派閥争いも鳴りを潜めることだろう。


 私、彼岸神楽は今日まで中立を貫いていた。


 そもそもこの同好会に参加したのも浅野姉妹への義理である。なんなら彼女らが卒業した後にまで同好会に参加する義理はない。


 それに最近この同好会は私の力に頼りすぎている節がある。コードリコリスラジアータの発令頻度がめちゃくちゃ高い。


「……新しい力で盛り上げる為にも、私が抜けた方が都合がいいのかもしれない」

「なにをブツブツ呟いてるんだい?」


 1人廊下を歩く私に後ろから声をかけてきたのは2年、得川先輩率いる得川派の生徒達だ。


「……1年の教室の方までなんの用でしょうか?得川先輩」

「お前に話があるんだ、神楽」


 ……?


「神楽、お前には得川派へ着いてほしい」


 何の話かと思えば……くだらない派閥争いへの勧誘に私はため息を吐き出した。そして、いくら現代表が次期同好会代表の権限をチラつかせても派閥争いは収まらないのでは?という不安がよぎる。


 同好会最高戦力である私を誘うということはつまり、そういうことでは……?


「……私は中立です」

「そうだろうな。だけどそういう話じゃない……神楽、お前に味方に着いてほしいのはこの盗撮事件を解決するまでの間でいい」


 ……それは派閥争いが終わるまでと同義では?


「お前も知っての通り俺達は武闘派では無い。戦力的に豊富派閥に遅れを取っている。そこを神楽、お前の力で補填したい」

「私は代表争いに関わる気はありませんよ。先輩。この事件の捜査に関しても……」

「浅野代表はこの事件の捜査は1,2年でやれと言ったぞ?それにな神楽、俺は自分の為に代表を目指すわけじゃない」


 得川先輩が感じのいい人のフリした悪人みたいな前フリと共に豊富を避難しはじめた。私は早くトイレに行きたかった。


「お前も豊富の暴力性を知っているだろう?アイツは野心家だ。いずれ後醍醐のような男になる。あんな男に同好会を任せて、お前は不安を感じないのか?」

「あなたの方が適任だと?」

「豊富よりかはな……」


 それにと付け加え得川先輩は強調する。私を引き入れたいという必死の思いが表に出ていた。


「お前に協力してもらいたいのはあくまで事件の捜査だ。どんな凶悪犯かも分からない。メンバーの身の安全に対する保険は欲しいんだよ」

「……」

「お前も同好会メンバーとして、この事件に向き合う義務がある。そうだろう?」


 ……色々思うところはあるけれど、事件を早急に解決させる必要があるのは事実。

 私はとりあえず、得川派へ所属することを了承した。


 得川先輩の思惑は分からない。が、いいように扱われるこの彼岸神楽ではない。

 なにより、もう漏れそうだったのだ--




 --ということで私は得川派閥と共に翌日から犯人探しに奔走することになった。


 武闘派の多い豊富派閥は暴力も辞さないやり方と人海戦術で独自に網を張ってる様子。対する得川派は過去のデータや危険人物のリストアップから始める。


 正直戦闘専門みたいなところのある私にとってこの容疑者絞りはかなり苦になったけれど……


「リストアップが完了した。ここからは1人ずつ潰していくぞ」


 得川派作戦会議室(保健室)にてリストが公開、共有される。


「それでー、なんとか寄りを戻せたんですよ莉子せんせー♪」「千夜ちゃん良かったねー、ところで無限監獄ってどこ?」

「……君達、ここは憩いの家ではないんだぞ?」


 今日も今日とてよく分からない用事で集まってくる生徒達の横で極秘作戦会議が始まる。


「我々がリストアップした結果、まず最有力容疑者として3年3組の村上……『ピコピコハンマーの村上』の異名を持つ武闘派だ。以前にも金儲けの為に盗撮行為を働いている。最重要容疑者だ。武闘派だが話の噛み合わないことで評判のあの小比類巻に以前倒されている。校内の武闘派としては中の下である」


 まず、前科持ちのピコピコハンマーの村上。


「次に野球部マネージャーの穂崎ほさき。野球部の部室に侵入できる可能性が高い。『鎖鎌の穂崎』…コイツも武闘派だ。最近爪水虫らしい」


『鎖鎌の穂崎』。


「野球部コーチの小黒おぐろ。かつてはプロとして活躍した人だが……どうも男色家の毛がある。それに野球部関係者だからな。独身」


 コーチの小黒。


「それに、現代カルチャー研究同好会の香曽我部。文化祭の招待状を転売した前科あり。金の亡者とみて間違いない」

「あたし!?」「香曽我部さんまたなにかしたの?」


 金の亡者香曽我部。


「あとは田畑、長篠コンビ。イカれてるから怪しい」


『アニマルモンスター』こと田畑長篠コンビ。


「この容疑者を分担して探る。武闘派2名に関しては神楽に任せたい」


 得川派での私の仕事は武闘派容疑者2名に探りを入れることだった。


「それと並行して問題の動画投稿サイトの方も探る。有料サイトなので、会員費は後で同好会経費として学校に請求する。今キャンペーン中で会員登録したユーザーには超限定秘蔵映像がプレゼントされるそうだ」


 なんと……


「では頼むぞ!豊富派に先を越される訳にはいかないからなっ!!」

『はいっ!!』


「……えっ?ちょ……え?なんであたし?いやっ!!触らないで汚らわしいっ!!蕁麻疹がっ!!蕁麻疹がっ!!!!」




 ……というわけで、頭脳派の得川派が私を必要としたのはこの武闘派対策ということだった。

 私の目的地は容疑者の中でも武闘派とされる『ピコピコハンマーの村上』と『鎖鎌の穂崎』を確保し事件への関与を確かめること……


 今は野球部の練習中…練習への支障を考慮して私は先に村上への接触を図ることにした。


 --普通科3年3組。放課直後の教室はまだたくさんの生徒で賑わっていた。その中に私が飛び込む。


 相手は武闘派、しかも前科持ち……油断はできない。

 日本刀を構えながら教室に入っていく私の姿に生徒達が絶句した。


「こっ……校内保守警備同好会」「しかも最高戦力の彼岸神楽じゃないか……」「立て続けにこりゃ……ただ事じゃないよ」


 日本刀を持った私の姿に……だけでは無い様子。教室内に漂う異様な雰囲気に私は教室の端に視線を移した。


 ……彼らは。


「ちょっと1年、いくら校内保守警備同好会だからってそんな刃物ぶら下げて--」

「邪魔です」

「ぐはっ!?」


『速度違反の速水』を切り伏せながら私は教室の奥へ……そこで思わぬ人物達と邂逅を果たす。


「おやおや?彼岸神楽ぁ……」

「……豊富」


 私を見下ろす巨人の正体は金髪角刈りゴリラこと校内保守警備同好会随一の武闘派、かつ次期代表最有力候補、豊富。


 豊富派の人間が囲む先には「なんだよ!!私が何したってんだよっ!!」とピコピコハンマーを手に威嚇する村上……


「…まさかあなた達も村上先輩を狙っていたとは……」

「ということはお前も考えることは同じか、彼岸神楽。聞いたぞ?得川派に着いたそうじゃないか」

「…私は中立です」


 どうやら目的が被ったらしい。

 しかしどうしたものか……得川派としては容疑者を敵対派閥に渡す訳にはいかないけれど、私は別に得川派の肩を持つわけでもない。犯人に繋がるのであればどちらが尋問しても構わないわけで……


「くっ……くそっ!!なんだってんのよっ!!」


 私達の圧にピコンッ!!と凶器を振り回しパニックになる村上。その彼女のピコピコハンマーを振り回す腕を巨人、豊富があっさり捕まえた。


 豊富派は暴力集団……やはり彼らに渡す訳にはいかないか。


「……その人の身柄はこちらで預かります」

「おいおい、調子に乗るなよ?彼岸神楽」「俺ら誰だと思ってんだ?」


 粋がる豊富派の雑魚達……しかし彼らも私相手に勝てるとは思ってない様子で、威嚇するのみで襲っては来ない。

 それは豊富も同じだった。

 いかに我が同好会で主力クラスを張るとはいえ、私と彼では実力に天と地の差がある。そしてそれを数の有利程度で軽視する彼ではない。


 私はゆっくりと刀の切っ先を向けた。


「……まぁいいさ」


 それにしてもあっさり豊富は村上をこちらに解放した。

 拍子抜けしている私を前に豊富はまるで悪者みたいな笑みをニチャァァッと浮かべ私を見下ろしていた。


「お前と闘るのはハイリスクすぎる……でもよ、彼岸神楽。俺に着いて行った方が将来安泰だと思うぜ?」

「……私はどちらにも着かない。私が代表と認めるのは浅野姉妹と彼女らが認めた人だけだ」

「ふん……」


 部下を引き連れ私の横を通り過ぎる豊富。背中越しに彼は「よく考えるんだな」と口にする。

 自信に満ちたその語気に微かな違和感を覚える私に、その違和感を刺激するように彼は語る。


「この跡目争い……いずれにしろ制するのはこの俺だ。例えお前ら得川派が真実にたどり着いても、それは俺らのものになる」

「なんだと?」

「せいぜい頑張ってくれや。お前も従順になれば、俺の側近に迎えてやるぜ。ゼハハハハハハハッ!!」


 どっかで聞いた事ある笑い声と共に去っていく豊富を問い詰めようにも、行く手を阻むように彼を囲む部下達がそれを許さない…


 そのまま教室の入口に頭をぶつけながら帰っていく豊富を見送りながら私は頭にこびりつく不穏な言葉を何度も咀嚼していた……


「くそっ!私は何もしてないっ!!ピコピコハンマーでも喰らえ--」

「黙って同行願います」


 スパンッ!!


「うぎゃああっ!?私のピコピコハンマーがぁ!?」

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