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行政訴訟

 --召喚令状

 葛城莉子殿

 こっくり式質疑応答契約に関する訴訟における証人として血の池地方裁判所への出廷を命じる

 --血の池地方裁判所


「……………………」


 仕事が終わって帰宅した私をアパートの郵便受けで待っていたのはなんとあの世からの召喚令状。


 ……こっくり式質疑応答契約?


「…あぁ、こっくりさんの……」


 そういえばそんなことがあったか…

 うちの生徒2名がこっくりさんを呼び出してそのままにしてしまった為に契約違反だと言い出しいなり寿司23万個請求してきたあれだ…

 うちの生徒も質問に答えてないと請求を拒否し、両者の戦いは法廷に移った……


 ……で?


「血の池地方裁判所ってどこにあるの?」


 階段を登りながらスマホを取り出してマップアプリに血の池地方裁判所と入れてみる。

 ヒットしない、当たり前だが……

 いくら命じられたってどこにあってどう行けばいいのか分からないんじゃ応じられないだろ……


「……寝よ」


 そんなことより今日は疲れた。風呂入ってビール飲んで寝よう。

 明日学校であの2人に裁判があったか訊いてみよう…


 *******************


 --……きなさい。

 --…………起きなさい。

 --起きなさい。


 ………………?


 誰かが呼んでる。なんだ?こんな変な目覚ましかけたっけ……?


「起きなさい。葛城莉子」

「……………………………………?」


 メガネを外して寝たはずなのに、私の貧弱なはずの視力は瞼の向こうでクリアに世界を映し出してた。

 それもそのはず、メガネをかけてるから。


 ただ問題なのはその視界に広がるのが自宅の寝室じゃないこと……


 まず真っ赤。

 薄暗く深い赤一色の岩肌、ぐつぐつと煮える地面。暑い……

 日本の真夏どころか、熱帯雨林にでも飛ばされたのかと思うほど暑い。

 そして景色に負けず劣らずの真っ赤な顔をしたパンツ一丁の大男……

 コスプレ?

 だって頭からなんか人参生えてるし棍棒持ってるし……


 ……いや、これ夢か?


「葛木莉子、もうまもなく裁判です。こちらへ……」

「……は?」

「こちらへ」


 鬼のコスプレ野郎に続いて歩く。

 岩肌剥き出しの屋外かと思ったけど、よく見ると柱とかあるし天井もあった。自然味溢れてるけど……

 そう、例えるなら火山の内側みたいな……


「あの……ここどこですか?」

「血の池地方裁判所ですが?事前に召喚令状を送ってあるはずです」


 ……は?

 あれ?これどこからが夢だ?

 あれ?てかこれ夢か?暑さといい地面を歩く感触といい視界といいなんかリアルすぎるというか……そもそも夢なら「夢か?」なんて認知しないような……


「……え?これ夢ですか?現実ですか?」

「寝ぼけてらっしゃる?」


 質問したら怪訝そうな表情を浮かべられた。こっちの反応だそれは。


 ………………まぁいいか。

 夢だろうが現実だろうが、来てしまったものはしょうがない。


 建造物の中とは思えないが、裁判所と言うからには裁判所なんだろう。実際少し歩いたら扉?みたいなものも見えてきた。

 警備員みたいな鬼のコスプレ野郎2人に会釈しながら中に入る。中もさっきと同じような山の中に掘りました的な洞穴のような狭い空間。


「まもなく開廷です。あなたは証人です、呼ばれるまでここでお待ちください」


 案内役のコスプレ野郎はそれだけ言い残して奥の扉の中に消えていった。

 岩の扉の向こうからはざわめきが聞こえてくる。


 向こうが法廷か?


 ……気になる。気になるじゃん?

 裁判なんて初めてだし、裁判デビューが冥界?地獄?だからね。ここ血の池地方裁判所だからね。


 好奇心を抑えきれなくて私はそっと扉を開けて細い隙間から外の様子を伺う。

 その向こうではまさに裁判が始まろうとしていた……


 *******************


「--只今より、こっくり式質疑応答契約違反に関する裁判を開始します。開廷!」


 広い広い室内--うちの学校の体育館くらいありそうな真っ赤な法廷の壇上で裁判官が声高に宣言する。


 そこはよく見る裁判所とよく似た作りだった。

 私から見て正面に裁判官達の座る席、その正面に証言台、証言台を挟んだ両端に原告、被告人席、1番後ろは傍聴席か……


 まず傍聴席がすごい。

 席は満席……しかもその中には狸やら狐やら河童やら……とにかく珍妙な姿をした物の怪達のオンパレード。

 裁判官達も同様に明らかに人じゃない。赤、青、黄色の角を生やした鬼だ。信号機かな?


 どうやら本当にあの世らしい……血の池なんて言うくらいだから地獄かな?裁判官は閻魔じゃないのか…最高裁判所とかに行ったら閻魔なのか?


 さてそんな異形ひしめく法定内で異彩を放つ2人の姿……

 その2人は原告側の席に座ってた。


 ……間違いない。長篠風香と田畑レンだ……


 思ったより落ち着いてると言うか、もはや事態が呑み込めて無さすぎてパニックになる前に呆然としてしまってる。間抜けな顔がなんとも面白い……

 そして彼女らと向かい合う形で座る反対側--

 そこに見たことあるようなないような狐が座ってた。

 多分あの時のこっくりさん……

 ああなんだこれ……何この絵面……まずい笑えてくる……


「まず、原告側弁護人……」


 裁判官に呼ばれて訳も分からず席に座ってる2人の隣に座っていた落ち武者が立ち上がった。禿げ散らかしてるし、頭に矢が刺さってる。関ヶ原帰りだろうか?


「原告、長篠風香、田畑レンはこっくり式質疑応答契約における契約違約金の支払い義務が不当なものとして血の池区役所に支払い義務取り下げを要求する」


 だそうです。


「原告がこっくりさんを行い契約をしたのは事実であり、その契約の規約を違反したことも事実であり、血の池区役所の違約金支払い要求は正当なものであります!!」


 応戦するように立ち上がったのは被告側--つまりこっくりさん側の弁護士だろうか?こちらは宣教師みたいな格好をしてる。やっぱり頭が禿げてる。眩しい、冥界に燦然と輝く2つの太陽…


「うむ……原告、支払い義務取り下げが正当なものであると言うことの証明を」

「原告2名は契約の際契約書の提示を受けておらず、現世住人の原告2名がこっくり式質疑応答契約について把握していないのは明白であります。原告2名は契約内容が不明瞭なまま契約を成立させられています。契約時の本人達の同意がなく、この契約は不当なものであるとします!」

「異議あり!こっくり式質疑応答契約はこっくりさんの降霊術を行った時点で成立するものであります!これに関しては契約書にも記載がされています!」

「その契約内容の説明が不十分であります!!契約書の提示を行ってから正式に契約を結ぶべきです!!」

「いやだからそもそも呼び出された時点で契約--」

「原告側の主張を認める。被告側は発言の重要性をよく考えた上で発言するように。」

「……くっ!」


 うわーこれなんだ。

 鬼やら落ち武者やらザビエルやらが超真剣に裁判してる……


 原告、被告の主張を纏め話の争点を明確にしていく……

 ところでこれは役所相手の裁判なので行政訴訟ということになるんだろうか。行政訴訟での原告側の勝率は10%程と聞いている。

 しかしこの時点では原告側が有利な心象だな……


 ……知らんけど。日本の裁判と同じシステムなのかは……


「被告側はこっくり式質疑応答契約の成立を主張しながら!原告側からの質問への回答を拒否しています!契約の成立を主張するのであればこれは契約違反ではないのでしょうか!?」

「……被告人、返答を」

「……っ、回答を拒否した訳ではありません!件の質問に関しては質問内容の当事者が回答の提示を拒否しています!被告人は規約に従ったまでで、契約違反ではありません!!」

「異議あり!契約書にそのような記載はない!!質問には全て答えるとあります!!」

「いいえ!「全て答えます」などとは契約していません!!」

「被告人の主張を認める」

「……っ!」

「原告、被告の言い分は分かった。両人、和解する気は?」


 ここで裁判長が和解を勧める。場の注目が原告--長篠と田畑に集中した。

 ずっとぽかんとしてた2人は弁護士に耳打ちされ、相変わらずぽかんとしたまま顔を見合わせた。間抜けな絵面。


「……えっと、それいくらくらい貰えます?」


 はいっ!と元気に手を挙げた長篠からの質問。ここで訊くんだ。図太いなぁ。


「……それは話し合いで決まる」


 またしても弁護士からコソコソと何かを吹き込まれてる。

 現状原告が有利という状況、和解で適当な賠償金を貰うより勝てる見込みがあるなら戦った方がいい--的なこと言ってるんだろうか?


「は?50~80万いなり?それっていなり寿司50~80万個ってこと?なにそれ!」

「要らないよいなり寿司とか!その数はもはや嫌がらせだろ!食べきれんわ!!」

「なんでいなり寿司なのよ!円で寄越せ円で!!」

「そんなん要らんわ!!」


 ……あー、やべー……なんだろコレ。

 冥界ではいなり寿司が流通通貨なの?みんないなり寿司数千とか数万個抱えて買い物行くの?あー、腹いてー。

 地獄の鬼もおいなりさんが大好きなようだ。


「和解は不成立……では裁判を続ける。証人尋問!!」


 *******************


 ……え?これなんなん?

 夢やろか?まぁ夢やろな……長い夢やなぁ。


 目を開けたらここに居った。

 中年オヤジの頭にとんがりコーン突き刺したよーな奴がウチをここに連れてきて数十分……

 洞穴みたいな空間から引っ張り出されたと思たら……


 右も左もバケモンだらけやんけ……え?ここどこなん?ウチ今から何されるん?キンタマ縮こまってまう……あ、キンタマないわ。


「証人、楠畑香菜、証言台へ……」


 へ?なんなんこれ?証人?なんの?なんの証言したらいいんや?

 てかあれ!?


 キョロキョロ視線を泳がせとったら視界の端に見知った2人……赤やら青やらの体色のバケモン達の中で安心感のある肌色。


 あいつら同じクラスの……


 恐ろしい夢やけどなんであの2人なん?友情出演なら他に居ったやろ?


「証人楠畑香菜、宣誓を」


 え?宣誓??あ、これ?手元になんか紙あるわ。


「……えー、わたくし楠畑香菜は良心に従い真実を述べ、一切隠さず真実を述べることを誓います……これでええ?」

「よろしい。では始める」


 なにこれ?なにやらされとんウチは……


 ぶっ飛んだ夢にぽかーんとしていたウチの目の前に歩いてきたのはどっかの落ち武者さん。

 頭頂部禿げ散らかしたざんばら頭のザ・落ち武者スタイル。しかも頭を矢に貫通されとるし……


「楠畑さん、あなたは○月✕日午後16時15分、こっくり式質疑応答契約の現場に立ち会った……そして被告側に対して質問への回答をしないでくれと要請した…そうですね?」


 ……??????

 ごめん何言うとんのか分からへんのやけど?日本語やのに一個も理解できへんかった。

 なに?こっくり式……?


「楠畑さん、正直にお答えください」


 やっかましいねんなんや貴様。てかこれはほんとになに?裁判?裁判に落ち武者?なんやそれステキな金縛りが始まっとるでホンマ。意味わからん過ぎてウチもうガチガチやんけ。


「お答えください」


 近ーい顔こわーい!!


「……えー…ちょっと何言うてんのか分からへんのやけど…一から説明してもらっていい?なに?そのこっくり式……?」

「あなたは原告の2名をご存知ですね?」

「……あー、うん…」

「○月✕日、この2人と一緒にいた」

「……え?いや別に……」

「彼女らがこっくり式質疑応答契約をしている場面に出くわした?」

「異議あり!!誘導尋問です!!」

「被告側の意義を認める。質問を変えなさい」


 だからなんやねんこっくり式質疑応答契約って。


「あなたは原告2名がこっくりさんを行っている時、その質問への回答を拒否するよう求めましたか?」


 ……こっくりさん?

 あの2人とこっくり……あー……もしかしてウチの再再々追試の時の?

 それは思い出した……相変わらずこっくり式なんたらは意味不明やけど……


 質問への回答を拒否するよう求める?

 どゆこと?誰に?


「……いや」

「裁判長!お聞きの通りです!!被告側の主張は全くのこじつけなのです!!そもそもこっくり式質疑応答契約に参加していない人物が降霊中に交信することは不可能なのです!!」

「馬鹿な!!嘘をつくな!!」


 落ち武者の熱い弁に落ち武者の対面のてっぺん禿げが声を荒らげた。怒髪天を衝く勢いや。ちゃう、髪ないやん。


「いや…そないこと言われても……」


 てっぺん禿げがウチに詰め寄ってくる。見事な頭頂部の形や。こんだけ綺麗な丸やったら禿げ散らかして見せびらかしたいやろなぁ……


「こっくり式質疑応答契約の最中、あなたは原告と被告のやり取りを聴きましたね?」


 今度はてっぺん禿げからの尋問。青白い顔が真っ赤になっとる。もう疲れてきたんやけど…


「……あー……うん。せやな」

「その中で「歓迎遠足で漏らした生徒」と「メイド喫茶でバイトしている生徒」という質問を覚えていますか!?」


 ……………………………………………

 あぁ……なるほど……?


「……覚えとるよ?」

「それはあなたですね!?」


 ……………………………………………


「いや……あの……」

「証人、答えなさい」


 やっかましいねん!!上から物言いやがってなんやねんこの角生やしたおっさんは!!ウチの気持ちとプライバシーは!?


「……せ、せやったかな?そんな気もするような……せんような……」

「正直に、はっきり仰ってください!」

「異議あり!!質問が強引です!!」

「原告の異議を却下する。証人、答えなさい」

「なっ!?」


 …………………………なんなんこれ?いじめ?


「……はい」

「あなたはその質問への回答をしないでくれと主張した!?」

「……はい」

「……以上です」


 ……………………なんなんこれ?


 *******************


 ずっと腹を抱えながら覗き見してた私についに出番が回ってきた。


「証人、葛城莉子。宣誓を……」


 ついさっきまでこの証言台に立っていた楠畑と同様の宣誓を行う。しかしそれどころでは無い。あの歓迎遠足で漏らした子がメイド喫茶でバイトしてるとは。しかも同一人物て……

 明日からあの子に会ったらどんな顔をしたらいいんだろうか…

 と言うか、うちの学校はメイド喫茶なんてバイトを許してるのか?


「あなたは原告が被告からの請求を拒否した際、原告と被告のやり取りを直接聴いてますね?」

「……はい」


 アレなのか?あの派手な髪色も仕事……


「原告はこっくり式質疑応答契約について事前に何も知りませんでしたか?」


 髪……髪といえばこいつも…なんで落ち武者って頭禿げてるんだ?落ちぶれたら禿げるのか?


「そう言ってましたね」

「嘘をついてるように見えましたか?」

「いいえ」

「あなた達の認識するこっくりさんについて教えてください」

「降霊術で…質問したらそれに答えてくれるものです」


 あ、そうか…兜被ってるから?レーサーとか禿げてるし……

 いや、普通にまげが解けただけか……?


「こっくりさんの儀式を正式に終わらせないとどうなるかご存知ですか?」


 ……じゃあこっちは?

 この宣教師風の禿げは……?


「こっくりさんが帰ってくれなくて取り憑かれるとか……うちの学校でもそういう被害が出でました……」


 こいつは遺伝か……?そもそも禿げてることに理由を求めるのが間違ってる。禿げは禿げるのが定め……私のおじいちゃんもそうだった。色々試してたがダメだった。

 そう、禿げはどこまで行っても禿げ……救うことは出来ない……


「原告はこっくり式質疑応答契約を終わらせなければいけないと理解していた可能性が高い!そのうえでその義務を放棄したのであります!葛城さん、最後にこの件についてなにか一言……」

「そうですね……お互いいなり寿司の食べ過ぎには気をつけて欲しいですね」

「以上です」


 *******************


「--判決を言い渡す」


 さぁ…いよいよ運命の時だ。

 行政を相手取った、この世とあの世を跨いだ裁判--その判決が言い渡される。


「原告側の要求を全面的に認めるものとする。尚、被告側には原告に賠償金、40万いなりの支払い義務を命じる」


 裁判長の言い渡す判決に傍聴席が湧く。それほど予想外な結末だったんだろうか。被告人席でこっくりさん達ががっくりと項垂れる。信じられないと言うような表情でザビエルが天を仰ぐ。

 反対に原告側は弁護人の落ち武者だけが湧いてて肝心の2人はぽかんとしたまま。と言うかずっとぽかんとしてるよこいつら。


「原告側はこっくり式質疑応答契約の内容について無知であり、被告側は契約内容の説明義務があったにも関わらずそれを放棄した。よって被告側の主張は正当ではないものとする。

 --以上!!」


 *******************


 --この学校は退屈しない。

 生徒も教師も保護者もみんなトンチンカンだ。漫才の世界に居るような気分になる。

 保健室に篭っているだけの退屈な仕事も、ここに飛び込んでくるトラブルに期待しながらならば苦にならない。


 今日もきっと、あんぽんたんなお馬鹿さん達が騒がしい日常を奏でてくれることでしょう--


「せんせー!!莉子せんせー!!」


 ほらね?


「長篠と田畑が食べ過ぎで倒れたー!!いなり寿司40万個食べたらしい!!」

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