私にチャンスをください
「つーむーぎーちゃーーん。あーーそーーぼーー!!」
その日クソふざけた天使の呼び声を聞きながら朝を迎えた。舐め腐った天使より少し早めに1日を始めた私は既に人生へのお別れの準備を始めていた…
しっかりと縄が体重を支えられることを確認してから輪っかに首を通す。
……私の人生は終わった。
どうせ私なんて万年浪人生に違いない。恋も人生も敗れた私にこの先の展望なんてないんだから、このまま終わってもいいだろう……
グッバイ…人生。
「紬ー、お友達が来た…きゃあああああっ!?」
開け放たれる部屋の扉の前でお母さんが絶叫する。悲鳴を合図に私は椅子を蹴飛ばした!!
--ガタンッ!!
…………椅子の倒れる音と足裏に感じるヒンヤリした床の感触…天井から伸びた縄に首をかけた私とお母さんとミブチさんの目が合った。
床に直立した私は気まずいったらない。
……縄が長すぎた。
「……何してんの?」
「いや、死のうと思って…」
縄を外された私はミブチさんと向かい合っていた。私潮田紬は死にきれなかった。
いや、まだ諦めない…
「ごめんなさい今日はもう帰ってくれない?縄の長さを調整しなきゃいけないから」
ボッ!!
「あっ!?なんで燃やすの!?」
「紬、何があったか私に話してみ?」
この人はミートソース・ブルーマウンテン・チーズカマボコさん。天界から私と広瀬虎太郎を恋人にすべくやってきたキューピットである。
ただ、まるで役に立たない。
容赦なく縄を焼き払うこの人は指がライターになってるらしい。燃える縄を床に放りながらミブチさんは真剣な眼差しで私を見る。
「……フラれた?」
ぐさっ!!
「……そっか。ダメだったか」
「うん、だからもう死のうかと思って」
「極端すぎん?思考がゼロか100しかないん?」
「だってあなた言ったじゃないですか…この文化祭が唯一のチャンスだって…このチャンスを逃したら一生孤独な人生を歩むことになるって…」
「いやそこまでは言ってない…言ってないけど……」
おかしいなぁ…と首を傾げるミブチさん。そんなはずないんだけどなぁ…としきりに首を傾げる。傾げすぎて側頭部と肩がひっついている。
「……いいよもう。どうせ頭も悪くて目も悪くてそばかすのある私なんて…」
「紬ちゃん、告る時ゲップとかした?」
「してない…」
「おかしいなぁ…互いの好感度メーターはマックスまで上昇してたはずなんだけどなぁ…」
「もういいよポンコツ天使…あなた私を騙してたんだよね?」
「誰がポンコツ天使だ。室長だぞこう見えて…まぁ、元気出しなよ?人生恋だけじゃないんだからさ」
「お願いがあるんだけど、その指のチャッカマンで私を燃やしてくれる?」
「私の指はチャッカマンじゃない」
段々煙くなる部屋の中で「分かった」とミブチさんがなにが分かったのか知らないけど頷く。
「2人がくっつかないと私も仕事が終わらないし…ちょっと虎太郎に真意を問いただしてくる」
「いやいいよ…真意もクソもないよ…フラれたという事実だけが真実だよ。もう拗らせないでよ。私はここで一生布団の染みとして生きていくんだから…」
「生きる意思を取り戻しただけマシだけどさ…いいの?このままじゃ2人とも幸せになれないよ?」
「もう不幸だし…」
「だから幸せになろうよ」
「人生恋愛だけが幸せじゃないからもういいよ」
「じゃあ焼身自殺しようとしないでよ」
「ところで煙くない?」
…あ、さっき燃やした縄の火が床に燃え移って……
『家事です、家事です。火災が発生しました』
*******************
火災報知器がぶち鳴ってマンションの住民が外に逃げ出した。控えめに言って何してくれてんのこの人。
マンションの外まで出てきた住民達の中に虎太郎の姿を見つけて私は心臓がハクトウワシに握り潰されたような感覚を覚える。
ハクトウワシはアメリカの国鳥でもある北アメリカ大陸に広く分布する猛禽類。翼長が2メートルにもなる大型のワシ。どうでもいいって?今は試験勉強の成果を頭の中でリピートしてなきゃ心臓がもたないの。
「一体なんだ?」「4階で火事らしい」「どこの家だ?」
もう肩身が狭いったらないよ。消防車がピーポーピーポーいわせながら到着するのを見守ってたら横の放火魔がドンッと肩を叩く。殺すぞ?
「紬ちゃん、ラストチャンスだ」
「文化祭の時も聞いたよ。もういいよ」
「虎太郎に真意を確かめるんだ。ここを逃したら次は無い」
「だからそれも聞いたってば」
「2人の運命の糸はおまつりした釣り糸の如く複雑にしかし確かに繋がってるんだよ?いいの?ここで断ち切られても!!」
おまつりしたなら切らなきゃ…
「私いつまでも帰れないんですけど!?年末は帰省しなきゃなのに!!」
本音が出てるじゃん…
「虎太郎もなにか事情があるかもしれない。2人の想いが重なってるのにこのまま終わらせるのは、虎太郎も不幸になる結末だよ?」
……そんなこと言われたって。
フラれた直後に一体どんな顔して会えば…
「あ…紬さん」
「あ、虎太郎…」
こっちに歩いてきた虎太郎とばったり会ってしまった。え?私今どんな顔してる?
恥ずかしさと怖さから顔を直視できない。こんな時どんな風に会話すればいいの?心臓がアカクラゲに刺されたみたいに痛いよ…
アカクラゲは日本近海に分布するクラゲでとっても強い毒性を持ってる。乾燥した刺糸が鼻に入るとくしゃみが出るから「ハクションクラゲ」なんて言われることもある。
そしてサラッと消えていくミブチさん。この局面で逃げ出すのはもはや本物の放火魔。
「………………この前はどうも。文化祭、楽しかったね」
気まずい沈黙の後虎太郎が振り絞るように当たり障りのない会話の口火を切る。
「……うん。こちらそこ」
--私達の運命の糸は繋がっている。
そんなミブチさんの甘言が、向き合うことを拒絶した想いに痺れる毒のように絡みつく。そう…デンキクラゲの触腕のように…
「なんか火事らしいね。紬さん大丈夫だった?」
「虎太郎っ!!」
出火元が我が家なんて口が裂けても言えないのでボロが出る前に私は言葉を勢いよく投げつけた。105.8マイルくらいで。
「ぶ、文化祭のさっ!!私の告白のことなんだけどっ!!」
「っ!!」
叩きつけられる豪速球は虎太郎に返答の間も与えずマシンガンの如く炸裂する。アロルディス・チャップマンが30人くらいで全力投球してくるのを想像してもらえれば分かりやすい。
「どうして私じゃダメなのか理由を教えて欲しいっ!!」
「……っ」
「だって虎太郎は全然モテない勘違いヤロウだし多分告白なんて人生で1回もされたことないはずだしなのにこのチャンスを棒に振るその意味が分からないんだけど!!そんなに私には魅力がないのかなっ!?」
「ぐはっ!?」
鋭利な切れ味を持った言葉の数々は虎太郎を容赦なくなます切りにした。血を吐きながら倒れる虎太郎が駆けつけた救急隊員に保護される。
「大丈夫ですか!?」「なんだ!?突然血を吐いて倒れたぞ!!」
「虎太郎っ!!」
「……いや、その理由は…ごふっ!!説明したと思う…けど?」
「聞いてないっ!!」
「ごふっ!!つ、紬さんのこと…そういう風には見れないんだよ…俺…」
「だからその理由を訊いてるのっ!!」
「ちょっと!!後にしてください!!」「いかんっ!!電気ショックだっ!!」
「……紬さんとは…ずっと…1番の友達として…やって来たから……ひーひー…ぐふっ!!」
……そんなの…っ!
そんなのって…なんだか段々腹が立ってきた。
「しっかり!!息をしてくださいっ!!」「すぐに救急搬送だっ!!」
救急車に連れ込まれかける虎太郎を捕まえる。
「いやなんだアンタ!!」「一刻を争うんだぞ!?離しなさいっ!!」
…私何してるんだろ。
もう終わったと思ってたのに…未練がましくしがみついて…でも、やっぱり諦めたくない。
「虎太郎っ!!」
「つ……紬さん……ぐふっ!!はっ!!」
「私にもう1度チャンスをちょうだいっ!!絶対!虎太郎に意識させてみせるからっ!!」
ピーポーピーポー
「みせるからぁぁぁっ!!!!」
「……青春だなぁ(天使のしみじみ)」




