桐谷兄弟はぽっと出じゃないよ
ランボル姉貴から逃げ出して見回りという名目で文化祭中の校内を練り歩くのは校内保守警備同好会代表、浅野美夜。最近ピッキング技術を手に入れた私は姉からの束縛という鎖と決別し、自由を手に入れていた。
そしてお付として消火器を手に後に続くのは同じ同好会の宮原だ。コイツとは『頼ろう会』の事件から苦楽を共にする戦友である。
「文化祭も午後の部……なんとか平穏に終わりそうだな。浅野妹」
「……油断するな。何があるか分からないのがこの学校だ。出来れば何かあっても関わりになりたくはないが……」
今のところスズメバチの駆除と、またしても出店されていた違法オカマバーの摘発、あとうどんでトリップした馬鹿の拘束程度でこれといった大問題には発展してない。姉さんはさっき紹介状を転売した不届き者を捕まえたらしくて神楽と取り調べ中だ。
「…なんだかんだ、あっという間だったな。妹」
「いつからお前の妹になったんだ」
なんか半ケツで女子を追っかけ回してる馬鹿が居たがあの程度であれば見逃してもいい。女子の体に触った瞬間頭をかち割るが。
「……お前が生徒会を潰してからここまでの地位に上り詰めるまで……なんだかずっと傍で見守っていた身としては感慨深いぜ」
「いつから私の相棒ポジに収まったんだよ」
……まぁたしかに。
この学校に来てから色々あった。自分でもあんなに尖ってた自分が丸くなったと思う。人間、身を置く環境ひとつでこんなに変わるものかと心底驚いているよ。
ここに来て常識外れのお馬鹿達を目の当たりにして学校という場所に対する価値観が360度変わった。というか、過去に抱いていた不快感や不信感なんかに構ってる余裕が無くなるくらい、ここでの日々は忙しい。
……こうしてほふく前進で走り回るトンチンカン達を見ていると、馬鹿なことをしながらも必死に生きてるコイツらの青春が眩しく思える。多分、私脳外科にかかった方がいい。
「……まぁ、ここでの生活も悪くないよ、宮原」
「…そっか」
「馬鹿しながら楽しそうに生きてるお前達を見てると過去の自分がいかにくだらない事に固執していたのかを思い知った。こんな馬鹿でも世の中生きていけるなら真面目にあれこれ考えるのは損だ。そうだろ?宮原」
「……お前にも校内保守警備同好会としての誇りが生まれてきたか」
「どゆこと?」
「そんな楽しそうな青春を守るのが俺らの仕事さ。お前がそんなみんなを受け入れたってことは、その仕事に誇りを持っているってことだからな」
「違うと思う」
同好会に関しては今すぐにでも辞めたい。
……なんて、少ししみじみしながら見回りという名目のサボりを続けていると…
私の視界の端に一瞬だけ見覚えのある嫌〜な面が映りこんだ。
「…おい、宮原。アイツら……」
「どうした?あ、さてはあのカップルが羨ましいんだな?心配するな妹君よ。今は俺が居--」
馬鹿の頭を消火器でかち割ってから私は目だけでソイツらを追う。
「……アイツら、桐谷兄弟だ」
「なんだって?」
--桐谷兄弟とは以前この高校に在籍していた『めんどくせぇ奴リスト』に名を連ねる程の武闘派生徒である。刀剣使いで昼休みにバレー部相手に大暴れしていたのを神楽がのして退学になったはず……
そんな奴らが今、人の目を忍ぶようにこそこそと(刀ぶら下げて)人通りの少ない体育館裏へ小走りで入っていく。
これを見逃す校内保守警備同好会では無い。てか、見逃すと後で姉さんがうるせぇ。
「……マークするか?妹よ。アイツらは危険だ」
「なにかする前に押えた方がいいな」
「……何もする前に押さえるのはちょっと……」
「物騒な光り物ぶら下げてんだろーが。もうなにかしでかす前に潰そう。うん、それがいい。疑わしきは罰せよだ」
私達は兄弟の後を追う。
体育館裏の植木の茂みに身を潜めた私達は誰かを待っているように辺りをキョロキョロする2人を監視していた。
来といてなんだが戦力の差を考慮するのを忘れてた。私とこの亀の子たわしみたいな頭のもやしじゃ勝負にならねぇ……
神楽を呼ぶか……
「っ!!アイツはっ!!」
私が無線を取り出したその時、宮原が戦慄の声を上げる。
その声に弾かれて視線を上げればその先にはもう面倒事が起こること確定な光景が……
「…待ったか?」
「いや。なぁ弟よ」「そうだな兄よ。今来たところだ」
野郎3人、華のない絵面でデートの待ち合わせみたいな会話を咲かせるその相手は私もよく知った男だった。
「……1年の後醍醐」
「うちのメンバーじゃないか」
後醍醐長一郎。
今年入ってきた1年坊にして、神楽が加入するまでほんのしばらくの間我が校内保守警備同好会のエースを張っていた男である。体育祭でその恨みを神楽にぶつけていたが叩きのめされた奴。
この一瞬の栄光に縋り付く情けない男と我が校の狂犬だった奴らがなぜ……?
奴らの醸す雰囲気はどう見てもお友達の待ち合わせではない。
「計画通り行くぞ?頼むからな桐谷兄弟」
「分かっている。俺達も校内保守警備同好会には煮え湯を飲まされた」「敵の敵は味方の親戚の婆ちゃんだ」
他人じゃねーか。
「もうすぐ軽音部のライブが始まる…そのステージには日比谷真紀奈がバックダンサーで出演する。おそらく、この文化祭で最も注目されることだろう……そこを襲う」
「大勢の前で生徒に危害を加えられ……校内保守警備同好会の鼻をへし折るということだな?」「楽しみだ」
なっ!?
「学校の守護者気取りの馬鹿どもの頭に冷水を浴びせて目を覚まさせる時だ……俺らが乱入して暴れ……そして」
「フニュッシュはこれだ。なぁ弟よ」「ああ、最高の花火を打ち上げてやるぜ」
……これはえらいことになった。
コイツらシャレにならんレベルの事をしでかそうとしている……
……ど、どうする?
こんなとこで物騒な火遊びなんてされたら……
「--おいこらっ!」
なんて考える間に……
私は茂みから飛び出していた。それは思考を無視して体が勝手に動いていた故の行動。
自分で自分の無謀に面食らいながらぎょっとする悪党3人の前に消火器片手に立ち塞がった。
あぁ……なにしてんだ私。
「校内保守警備同好会だっ!お前ら今の話聞いたからな?」
「きっちりかっちり聞いたからな!!」
遅れて飛び出す宮原も私に並ぶ。遅れて出てきた上に若干私より後ろに居るこの男に私は失望の視線を禁じ得ない。
そして対峙するクソ野郎どもは--
「……校内保守警備同好会だと?兄よ。どうやら嗅ぎつけられたようだ」「ふん、そう簡単に欺けんか……」
憤怒の表情を浮かべる桐谷兄弟。もう腰の刀に手を添えているコイツらは本気でイカれてる。
普通に逃げたい……
「…お前ら、なんでこんな真似する?私らに恨みでもあるのか?」
私の問いに返ってきた返答は…
「ふざけるなっ!お前らのせいで俺らは退学処分になったんだぞ!?」「今はトリマーしながら貧乏生活だっ!!刀持ち込んで暴れたくらいで退学にしやがって!!」
怒髪天を衝く無茶苦茶な暴論だった。
てか、お前らそのガラでトリマーって…可愛いわんころの毛を刈ってんの?トリマーって儲からないのか…?
「いや、退学にしたのは私らじゃないし…そもそもそんなことしたら退学にもなるだろ?」
「黙れっ!!」「それくらいの事で退学になってたまるかっ!!他の連中の方がよっぽど退学案件だろっ!!なんで俺達だけなんだっ!!」
……うん、まぁ…そうかもしれない。
ちょっと正論が混じってきて口を閉ざすしかない私に対し今度は宮原が後醍醐に向かって怒りの声をぶちまける。
「後醍醐……校内保守警備同好会でありながら学校に対して牙を剥くとは…どういうつもりなんだっ!浅野代表が容赦しないぞっ!!」
「黙れ、お前も男の端くれなら私より後ろに退がるな」
そしてそれに返ってきたのは……
「俺をエースとして認めないお前らが悪いんだっ!!」
子供じみた癇癪。
「校内保守警備同好会のエースは俺だろう!?浅野!!」
「…入ったばっかりの一年坊が誰に向かって口聞いてんだ?浅野先輩だろうが?あぁ?」
「今のうちに土下座しとけお前らっ!!見ろ!!この代表の顔をっ!!ヤクザも裸足で逃げ出す悪人面をっ!!」
さっきからやかましいこのもやし野郎を裏拳で叩きのめそうと思ったら既にこの男、私より5メートルくらい後方に居た。もはや現場に留まっているだけで逃げ出していると言っても過言じゃないのではないのか?
「俺はっ!!この学校の為に死力を尽くしてきたんだ!!なぜ認めないっ!!」
「認めてない覚えも認めた覚えもないけど…具体的にどう死力を尽くしたんだ後輩」
「色々だっ!!」
「そういう時さっと具体的な答えが出ない時点でお前はダメなんだよ。就活失敗するぞお前」
「俺は就活はしないっ!!世界一の拳法家になるんだっ!!」
くそっ、この学校には現実と向き合って生きてる奴は居ないのか?
……まぁいい。コイツらと問答する気はない。そもそも、会話で抑え込める連中でもないんだろうし……
私は話も早々に切り上げて消火器の安全ピンを引き抜いた。
「地獄でやってろ馬鹿野郎」
「うぉぉっ!!浅野妹カッコイイっ!!」
馬鹿3人に向かって噴射される白い消火液。純白の泡が奴らの全身を覆い尽くして完全に飲み込んだ。きっと今頃視界を奪われた奴らはあたふたしてることだろう。
そして消火器の真髄とは液を噴射した後にこそある。
私は片手でぶん回しながら鈍器と化した凶器で襲いかかる。奴らがあたふたしてるうちに頭蓋骨をかち割って--
--キンッ
「…あえ?」
「…甘いぞ、校内保守警備同好会。甘々だ」
が殺意の塊が奴らの血を吸うことはなく振り切られた銀閃が真紅の消火器の胴体をふたつに割っていた。
それは私の必勝の一打を無情にも撃ち抜く反撃。
「俺を無下にした罰を受けるがいい…はぁっ!!」
腹の底に突き抜ける爆発。後醍醐の撃ち込む強打が私を吹き飛ばしながら意識を刈り取った…
「うわぁぁっ!?妹ぉぉぉっ!!」
……あぁ、柄にもないことしなければ良かっ…………
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--目が覚めたら私と宮原は仲良く縛られて拘束されていた。文化祭でふん縛られる馬鹿は私達くらいだろう。
私らの前に立つクソ野郎3人は私らのスマホを取り上げてバキバキに砕き割りながら醜悪な笑みを浮かべていた。ムカつく。やっぱり学生なんてろくなもんじゃない。
「…お前らタダで済むと思うなよ?ぶっ殺して生き埋めにしてやる」
「ぶっ殺した後でどうやって生き埋めにするんだボケ。兄よ、この女頭がイカれたらしいぞ?」「こうなると哀れなものよ、校内保守警備同好会。ふはははっ!!」
「助けてください僕は関係ないんです。邪魔しないって約束するので帰してください。あと、スマホ弁償してください」
桐谷兄弟の罵倒の後に滑り込む宮原の馬鹿の命乞い。さっき偉そうに私に校内保守警備同好会の使命みたいな話をほざいていた奴にはもうその誇りもない。
「…浅野美夜。俺をエースとして認めるならば解放してやろう。しかし、認めぬというのならば、命はないぞ?」
コイツららこんなくだらない事で人ふたりぶっ殺そうとしてやがる…
「……あぁうん。認める認める。お前がトップオブトップ。なぁ?宮原」
「お前がプリマだ」
「なんだその適当な感じは……俺を馬鹿にしてるのか?」
「「してないしてない」」
「……やはり俺を認める気はないと。どの道計画を知ったお前らを生かしておく道理は無い」
ふざけんな、なんだったんださっきのやり取りは。
憤る私らの首に桐谷兄弟の刃が触れる。あ、ヤバい…小便チビりそう。
おいふざけんなまだ本物のフカヒレ食ってねぇんだよ。まだ死ねないんだよ私は。
「…よく考えろ。こんなことで道を踏み外したら一生後悔するぞ?」
「道を踏み外した先輩からのお言葉だぞ?」
宮原うるせぇ。
「それが遺言か?」「俺らに味合わせた屈辱…死を持って償え」
やべぇぇぇっ!!まだ春雨みたいなフカヒレしか食ってないのに…いやぁぁぁぁっ!!
やめろぉぉっ!!マジでぶっ殺すぞ!?毎日お前の枕元に化けて出て、ダイエット中にラーメンカツ丼うな重って囁くぞこらぁぁっ!!
…心の叫びは届くことなく、無情にも同時に振られる刃が私らの首を刎ね--
--ズバッ!!
ることはなかった!!
「くばっ!?」「うっ…」
首と胴体がさようならする直前、目の前を突風が駆け抜けた。が、その風は刃の切れ味をもって桐谷兄弟を同時に切り裂いていた…多分。
時代劇の悪者みたいに倒れる桐谷兄弟、「な、なんだっ!?」と身構える後醍醐。そしてその前に……
「--弱者を一方的に斬り捨てようとする外道が……」
その男が立っていた。
「……お前は…っ!彼岸三途っ!」
「ま、まさか…あの伝説の男が……」
私と宮原の声に今年入学したばかりの後醍醐も「あの……彼岸三途かっ!?」と驚きの声を上げながらおしっこジョンジョロリンだった。流石に校内保守警備同好会なら知っているか……
「……彼岸三途。私の学校教育改革計画を潰した男…っ!!」
憎悪を込めた声でそう言うが、実際はあの時の計画が完遂されなかったことに私は感謝している。が、やっぱり素直に感謝はできない。
潮田紬と広瀬虎太郎、そして我が姉浅野詩音と共に私の『せいし會』を潰した男……最後の最後にうちのメンバーをほぼ1人で壊滅させやがった……怪物。
「…貴様は学校を去ったはず…なぜ!?」
「君に答える必要があるのか?」
抜き身の太刀を2本構えて油断のない眼光を後醍醐に向ける。ちなみに今文化祭中だ。
「……分からんな。なぜ俺達の邪魔をする?」
「……そうだな。以前の俺なら「強者と戦いたいから」…そんな理由を口にしたろう。その昂りは今でもある。誤魔化しきれない俺の性だ」
無駄にカッコイイ台詞回しをぶちかます彼岸三途は目を細めて「だが」と続けた。文化祭中にだ。
「--俺は己を律し正しく剣を振るう。俺のわがままが沢山の人を傷つけた。だから俺の剣は人を守る為に振るう」
もうどこぞの流浪人である。そして今は文化祭中である。
その時後醍醐が腰を深く落としてそのオーラを倍増させた。オーラというのは体から湧き上がっているアレだ。この街の人間はなんか戦闘モードになると湯気が出る。
そして殺し合いが巻き起こりそうな今、テロリスト予備軍と真剣を構える男が向かい合うのは文化祭中の学校だ。
どちらからでもなく--言うなれば互いの呼吸の重なったその時か…知らんけど。
両者の体は同時に発火した。
ちなみに発火したというのは後醍醐に関しては比喩だけど彼岸三途はマジで発火した。
「ふぉぉぉぉぉ--」
「--シッ!!」
猪のような突進を見せる後醍醐に対して、至極冷静に燃えながらダッシュする彼岸三途は奴の繰り出す拳を外し正確に剣を滑らせた。まさに、互いの牙が紙一重で交差する刹那のカウンター…
……知らんけど。
私が見えたのは彼岸三途のすれ違い様にぶち倒れる後醍醐のみである。
今の実況は全て私の想像。
「…この人達は妹が世話になった恩がある。お前ら畜生にやらせはしない」
「…み、ご……と」
--まさに瞬きの間の攻防……息を飲む決闘は彼岸三途に軍配が上がり決着となった。
……そしてこの壮絶な戦いが巻き起こったのは文化祭中である。




