私Mでした
--私は可愛い。
そこに居るだけで空気が華やぎ、人々の心が色めき立つ。一言発する度に鈴の音のような軽やかな声音が空気に溶けて聴く人の心を震わせる。
もはや存在が国宝級…いや世界の宝。私という存在が森羅万象の美しさの基準をワンランク上げたといえる。もし私を美しさの基準にしたならば世の中のほとんどのものは美しいとは言えなくなるだろう……
そう、私は可憐で美しい……
私のような存在は周りが放って置かない。
あの体育祭以来、私はクラスの中心の1人になった。ようやく、世界が私に追いついた。そういうこと。
さてそんな昨今--
体育祭が終わったばかりだというのに学校内はもう文化祭の準備に追われだした。期末考査も時期的に近いっていうのにうちの学校は慌ただしい。
というわけでうちのクラスの出し物を決める時間……
「--えー、投票の結果うちのクラスはクレープ屋と劇に決まりました」
黒板の前でクラス委員長がそう告げクラス内で様々な声が出る。ほとんどは来る文化祭に対する楽しみな気持ちを表したもの。
「で、劇の内容ですけど……」
「はいはい!桃太郎!」「小学生かよ」「ロミオとジュリエット」「シンデレラ!」「眠りの森の美女」「実録、東京タワーを造った男達」
「…せっかくならオリジナルのストーリー作ろうぜ?」
纏まらなかった意見は1人の生徒の提案に乗っかる形で固まったようだ。
楽しそうとかダルいとか思い思いの感想を言い合いながらとりあえず自分達でストーリーを作ろうという話になった。
そうしてホームルームの時間は劇の内容をどうするかという話し合いに移っていく。みな友人の席を行き来して好き好きに案を出し合っていた。
さて!
出し物が「劇」に決まったということはすなわちもうひとつ決まったこともある。
それはヒロインは私ということ……
折角クラスに世界一の美少女が居るのに大々的に打ち出さないわけが無いよね?どんな内容にしろヒロインは絶対出てくるでしょ?
そしてクラスの人気者の私の元にも数人の女子が集まってくる。そう、愛される人というのは周りから自然と人が寄ってくるの。
「日比谷さん、あの後どうなった?」
「あの後?」
「体育祭の後よ!空閑君に告白した?」
おっと早速文化祭関係ない話題が始まった。
あの体育祭での剛田への宣戦布告--思いの外たくさんの生徒に聞かれてたみたいで最近はその話題で持ち切り……
まぁこの日比谷真紀奈の恋バナだ、周りが放っとかないよね?うん。
……でも、そんなに詰め寄られてもなぁ。
「…いや」
「なんでー?」「勝ったら告白するんじゃなかったの?」「言ってたじゃん?剛田君に。てかなんで剛田君に?」
「いやー……まだ私の中で気持ちがはっきりしてないというか……」
「どー言うこと?」
……なんか面倒くさくなってきたな。
「ごめん、お花積みに行ってくる」
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逃げ込んだ女子トイレの鏡の前で咲き誇る一輪の花。うわぁこの美少女は一体?私です。
よし、幽霊は映り込んでないね?
「はぁ……」
「なんか大騒ぎになっちゃったね?」
「凪」
「日比谷さん、ああいうの苦手?大勢の人に囲まれるの慣れてなさそうだもんね?」
なぜこいつはナチュラルに毒を吐いてくるの?自分は慣れてるとでも?
「スターは大変なの……凪は大きい方?出しすぎてトイレ壊しちゃダメよ?」
「日比谷さんが気になって着いてきたの!そんなに出さないから!トイレ壊れるってどんだけ!?」
憤慨する凪と並んで洗面台にもたれる私達。隣の凪は心配二割、興味本位八割くらいの顔で私に尋ねる。
「で?結局どうなの?」
「………………私は美の女神だし、みんなのものだから--」
「それまだ引っ張るの?いい加減聞き飽きたけど……日比谷さんはまだ好きなのかはっきりしない感じ?」
「……うーん」
「好きなんだと思うけどなぁ……体育祭であんなにムキになるんだもの」
「うーん……」
「でも、チャンスだと思わない?」
「なにが?」
「文化祭だよ!?普段接点のない人と関わる大チャンスだし、みんな浮かれてるんだから、アプローチ仕掛けるには絶好だと思うけど?」
「はいはい、凪はぼっちだからこういうイベントに参加出来て興奮してるんだね?」
「……殴っていい?」
「アプローチか…確かにずっとモヤモヤしてても気持ち悪いし、ここらではっきりさせようか……」
「ここまで素直に好意を認められない人、私初めてだよ。引っ付きそうで引っ付かないラブコメ主人公じゃあるまいし…」
「それは凪の人間関係が乏しいからだよ」
私の柔肌に鋭いボディブローが飛んできた。鳩尾をえぐられ思わず「うぇっ!」とかいう下品な声が……
「ねぇなにすんの?」
「聞きなよ。劇でさ、日比谷さんがヒロインで空閑君に主役やってもらうんだよ。」
「……私がヒロインで、彼が主役……」
「そう!漫画とかであるじゃん!!やだー、素敵!憧れるなぁ…本番で告白とかしちゃってさ……」
凪、スプラッター映画なんて観てる人が恋愛漫画に憧れちゃいけない。
しかも甘すぎるよ。空閑君ってそういう目立つのやりたがらなそうだけど?
「空閑君が主役とかやると思う?私がヒロインは確定として、あーいうのはクラスのイケてるグループから選ばれるんじゃないの?」
「そう?劇の主役なんて案外誰もやりたがらなそうだけど…それにそこはさ、日比谷さんの恋愛に興味津々な女子達が上手く根回ししてくれるんじゃない?」
……甘いよ凪。
そう思い通りには--
「--えー、じゃあくじ引きの結果主役は橋本君で、ヒロインは満場一致で日比谷さんね?」
………………………………?
*******************
私達がトイレから戻る頃には劇の内容は決まってた。
凪の予想通り劇の主役は誰も立候補せず、最終的にくじ引きで決まった。予想と違ってたのは主役は空閑君ではなく名も無きクラスのモブだったこと……
名前はあるけど……
そして問題の劇の内容は……
--あるところに貧しくも美しい娘(私)が住んでいて家族に愛されて生活してたそうだ。しかし、村の領主に見初められ無理矢理婚姻を結ばされ城に連れていかれましたとさ。それを村に立ち寄った旅日(橋本君)が助け出して最後は結婚して--
折角オリジナルで作ろうというのになにそのオリジナリティのないありふれたストーリー。
まぁ素人が奇を衒ってしっちゃかめっちゃかになるよりはマシなのかもしれないけど……
つまり私と橋本君は結婚するのか……えぇ……
いいのかなそれで。たとえ劇の中とはいえ私はみんなの--
「えー、その他の配役ですが、ヒロインのお父さんは大谷くん、お母さんは神崎さん、妹は鳥羽さん、悪徳領主は空閑君、旅人のお供は大場さん、芳賀君、二谷くん」
「おいなんで橋本が主役なんだよー」「ずるいぞ…」「俺のが画になる」
立候補もしなかった連中が配役が決まった途端にブーブー言い出す。それはいいんだけど……
悪徳領主空閑君なの……えぇ……
*******************
て訳で翌日仕事の早い演劇部の作った脚本が全員に配られて放課後から練習が始まった。
「私衣装係なんだ。ごめんね日比谷さん、手伝えなくて」
散々煽っておいて無責任にも練習に参加しない凪。後ろ姿に中指を立てつつも練習に渋々参加する。
そう思い通りにはいかないだろうと思ってたけどなんかこういう形になると途端にモチベーションが……
「あー、困ります領主様、私には心に決めた人が……」
「あー、日比谷さん?もう少し感情込めて……」
「あぁ!困ります領主様!私には心に決めた人が……」
「棒立ちじゃちょっと……」
「あぁ!困ります領主様!私には心に決めた人が……」
「ちょっと仰々しいな……」
「……じゃあどうすればいいの?コサックダンスでも踊る?」
「ふざけてる?あと周りの人達も棒立ちじゃなくてさ……」
演技指導が厳しい……
監督(演劇部)に何度も頭を叩かれる。馬鹿になる。なんかイラついてきた。
「ところでラストに橋本君とのキスシーンがあるんだけど……」
「え!?キス!?」
「ふざけんな」「デレデレしてんじゃねーぞてめー」「却下だ却下」
「あぁ…任せるわそこは、フリでもいいししてもいいけど……」
なんでそこだけ適当なの?1番大事なラストシーンでは?
さて序盤の練習が終わり、中盤。領主に連れされた私がいじめられる場面……
もういかにもやる気のなさそうな空閑君が出てきた。
「じゃあ空閑君、日比谷さんをいじめるシーンね。これ使って」
……っ!?これは…っ。
出てきたのは鞭。鞭だと?
良く考えれば私は今から好きな人(未定)に叩かれ蹴られってされる訳!?
なんてこった脚本誰だ。いいじゃん。
私は今から『SMプレイ』をすると……
ここで私に閃き--というより気づきが…
これで私が快感を覚えたならそれはもう空閑君が好きってことなんじゃない?だってそういうことでしょ?今から鞭で叩かれたりロウソク垂れ流されたりおケツに異物挿入されたりするんでしょ!?
しかも衆人環視の中?
なんてこったい、憧れのSMデビューがまさかの見られながら!?
あ…やばい興奮してきた。
「じゃあ始め」
え?もう?心の準備が……
「これ誰の脚本だよったく……えー……おい、私の言うことが聞けないのか?お仕置が必要だなー」
「もうちょっと感情込めてよ」
「そうだよ空閑君!!真面目にやらなきゃ!!」
「!?」「!?」
そんな棒読みじゃ盛り上がんないじゃん!!
……っと、落ち着け。ハメを外しすぎちゃダメよ真紀奈……みんなの前で変態プレイで盛り上がったりしたら日比谷真紀奈のイメージが……
「ああ…えっと……おい、私の言うことが聞けないのか?お仕置が必要だなぁ……」
「なんでそんな棒読みなの!?気持ちが篭ってないよ気持ちが!!」
「……いや、そんなこと言われても……」
「もっといやらしく汚らしく!!下品な笑みを浮かべながら!!これから私を辱めるんだよ!!ねぇ!!」
空閑君ドン引き、周りもドン引き。熱くなりすぎた……
ただ1人、演劇部の女子だけが……
「日比谷さん…さっきまであんなにいい加減だったのに……分かってくれたんだね」
分かってますとも。この脚本あなたでしょ?あなたは天才よ。
「…………おい、私の言うこと--」
「無表情だよ空閑君!!」
「ほら!日比谷さんの言う通りよ!台詞を読めばいいってもんじゃないから!もっと悪徳領主っぽさ出して!!ほら!!」
「…………おい、私の--」
「表情がぎこちない!台詞にももっと抑え込んだ欲情とゲスさを!!」
仮面のように凍りついてた空閑君の表情に青筋が立つ。何かが切れる音がしたと思ったら彼の目が凶暴に剥かれた。
「おぉい!!てめぇ俺の言うことが聞けねーってんだな!?あ?じゃあ仕置が必要だな!!きつーい仕置がぁ!!」
「いいよ空閑君!!そこで日比谷さんを突き飛ばして!!」
「オラァ!!そこに這いつくばれ!!このクソアマ!!」
「きゃっ!!」
強い力で乱暴に床に叩きつけられた。床に打ち付けた箇所がジンジン痛む。
…………こ、これは……
「そこ!日比谷さんいいよ!!いい表情!!」
「へっ…こいつが欲しいんだろ?」
SM嬢みたいに鞭を引っ張ってパァンッ!!って鳴らす。いい!いいよ!!
これがSM……画面や紙面の向こう側でしか知らなかった出来事が……あのプレイが……
「オラァ!!ご主人様の鞭だぜ!!食らいやがれ!!」
「きゃん!!」
弾ける乾いた炸裂音。お尻を打つ鞭の硬さ。
…ただ音に反して痛みは大したことなかった。むう……
「いいよ空閑君!!その調--」
「いや、こんな威力じゃ演技できないから!!もっと強く!!」
「「……え?」」
「もっと!!」
叩きやすいように四つん這いでお尻を突き出す。この日比谷真紀奈の芸術的臀部の湾曲……さぁ思う存分叩けばいいわ!叩いて!!
「……オラァ!!」
パァンッ!!
「もっと!!」
バチィンッ!!
「うっ…いい……」
バチコォォォンッ!!!!
「あうううぅっ!!」
「…………あの、空閑君ちょっと強すぎ……」
「いやもっと!!」
「「え?」」
「早く!!」
スパァァァンッ!!!!
これは……っ、これはっ!!
あぁ……今日はとても大事なことに気づけた気がする……
私……私!Mなんだぁ!!
ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!
「えっ!?ちょっと!!何してるの!!」
昂る感情に水を差すのは教室の外から響いた甲高い叫び声。
教室内の全員が一斉に扉を見る。そこには数学の教師が--
……あ。
ヒートアップした昂りが冷めてきて冷静な思考がかえってくる。
やばい……私みんなの前で何を…………
「空閑君!?これは何!?」
「えっ!?俺!?」
「日比谷さんに何してるの!!ちょっと来なさいっ!!!!」
「……は?え?え?」
あわわわわまさか私お尻を叩かれて……みんなの前で……あわわわわわわわわわわ。
まずいまずいまずい、私の…日比谷真紀奈の清純で可憐なイメージが……あわわわわわわわわわわわわわ……
「いや違う、これ文化祭の練習……ねぇ!!おい!何とか言えみんな!!おぉい!!」
あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ。
*******************
--翌日朝、凪が登校してくるなり血相を変えて私の席まで飛んできた。
「日比谷さん!昨日職員室行ったらなんか…空閑君が日比谷さんをいじめてたって…ほんと!?大丈夫!?何があったの!?」
「……凪」
「え?なに?」
「私、とても大事なことに気づいた……」
「……なに?」
「私、Mだった……」
「…………は?」




