ランボル姉貴がやって来たっ!
「……はぁ」
「んだよ、辛気臭い顔して…なんか悩みでもあるの?」
私の隣で重たいため息を吐き出す彼岸神楽さんを我が妹、浅野美夜が気にかける。隈に縁取られた凶悪な三白眼も可愛い後輩に向けられる時ばかりは優しげに和らぐんだ。
そしてそんな妹の可愛さに悶絶するのは朝から文化祭警備に加わる浅野詩音……
我ら校内保守警備同好会--
この文化祭最終日、たくさんの人に安全で安心の思い出を提供するべく頑張ろうと思う。
今日も変な奴が来ないかと正門に詰める私達3人。その内の最強戦力、神楽さんの物憂げなため息に私は妹と後輩の会話に耳を傾けた。
「いえ、美夜先輩…なんでもありません」
「しっかりしろ、油断したら死ぬぞ?まじで。昨日も核ミサイルのスイッチ持った奴来たからな…なんか悩みでもあるなら聞くが?」
「……すみません。ご心配をおかけして。ですが、しっかり任務には気を張ってますからご安心ください」
そう言う神楽さんは反射で目の前を飛ぶアシナガバチを刀で切断して見せる。斬り捨ててから「あ、すみません…」と刀を収める彼女は群雄割拠の我が校において最強の抑止力として申し分ないインパクトである。
さて、そんな神楽さん、一体なににお悩みなのか……
「……実はですね。我が兄三途に文化祭の招待券を送ってるんです……」
「……彼岸三途か」
--彼岸三途君。
我が校の2年生にして剣道部のエース……だった人。その怪物じみた強さは怪物と評され我が校をインターハイ優勝まで導き、美夜がかつて率いた『せいし會』すらほぼ単身で壊滅させる戦闘力を誇ってた。
そんな彼は海外修行の為休学--そして今は退学した、なんて噂もある。
事実、彼が日本に戻ってから登校してきた記録はない。
関西煉獄会--
我が校内保守警備同好会の調べによると、彼は帰国後この日本屈指の暴力団組織に加担していたとか……
うん、警察に行こう。
そして我が後輩神楽さんは三途君とは血の繋がった、かつ因縁のある兄妹。
その因縁自体には決着が着いたと聞いてるけど……
「来れるわけないじゃん。登校してこないのに文化祭は来ますってか?」
「……そう、ですよね。やっぱり。ただ、私は今まで兄妹として接してこれなかった分、三途と交流することを望んでいます。同時に、彼が普通に戻ることも…」
「……今更来ても叩き出すだけだけどな」
辛辣な美夜の物言いにも神楽さんはあはは……と気のない乾いた笑いを返すだけ。なんだか胸が締め付けられる思いです。
「交流自体はしてるんですけど……やはり、兄にもちゃんと人生をやり直して欲しいんです」
「そりゃ結構なことだが、面倒事だけは持ち込んでくれるなよ?」
そう口にする美夜と私達の前に颯爽と現れた人影がひとつ。
その姿に見覚えのあった私達は姉妹揃って思わず「あっ!」と声をあげてた。
「やぁ」
「「ランボル姉貴……」」
「……?」
その人は昨日私達を散々連れ回した謎の「ランボル姉貴」!
神戸からランボルギーニだかベンツだかで後輩に会いに来た謎の女性…しかし紹介状がなかったのでお引き取り……
願うのに随分骨を折ったあのランボル姉貴じゃないか。
浅野姉妹に悪寒走る。
この人、結局半日近く私達を連れ回して帰って貰う為に高級イタリアンまで奢ったんだから…
「久しぶり…いやぁ、会いたかったなぁ。元気してた?」
「やべっ、ちょっとお腹痛くなってきたわ」
「あっ!待ちなさい美夜っ!!」
ランボル姉貴を見るや否やそそくさと逃げ出そうとする美夜を止めようと引っ張られる私の腕。しかし、手錠から伝わってくるはずの美夜の重さはなく、代わりに片方の輪っかが外された手錠だけがチャリチャリと揺れた。
…あの子、いつの間にピッキング技術を……
「こんにちは、紹介状をお持ちですか?」
「神楽さん、この人は持ってないんだよ」
私の補足にランボル姉貴は「ふっ…馬鹿にしてもらっちゃ困るな」と得意げだ。
…え?まさか……?
ランボル姉貴はすごくしたり顔で懐から取り出した1枚のチケットを差し出した。驚いたことにそれは正真正銘、我が校の文化祭の紹介状…
あれ?
「え?昨日持ってなかったはずでは…?」
「気にするなよ」
「神楽さん、ホンモノですか?」
「…透かしも入ってますしシリアルナンバーもちゃんと入ってますね…」
なんと…
では昨日事情を説明して後輩さんにでも送ってもらったのかな?でも、追加の紹介状の受注なんてなかったと思うけど…
「まぁ…紹介状があるなら……」
「良かった。なんせ今日の為に最高級のシティホテルに宿泊したからね。これで門前払いを食らったら、ラリアットしながらベントレーで突っ込むところだったよ」
「結局あなたはなんの車で来たんですか?」
「お邪魔しまーす」と入ろうとするランボル姉貴を止めて金属検査。
まるで空港だねと呆れるランボル姉貴は時計と財布と鍵くらいしか引っかかる物もなく、無事文化祭へ参戦。
……ただ、この人ちょっと変だから心配。
というわけでランボル姉貴を案内するという名目で少しの間神楽さんと監視することにします。
「紹介状は後輩さんから?」
「ううん、メ○カリで売ってたからね」
……っ!?
「なっ…どこのどいつですか!?紹介状をフリマアプリで売るなんて……っ!!くそっ!!見つけて縛り上げますっ!!」
「お、落ち着こう神楽さん…ショックではあるけど…てか、そんなもの売りに出して買われると思ったのかなその人……」
「なんかね、福神漬けって名前の人だったよ?10000円で売ってくれた」
…いちまんえん。
「プロフィールに顔写真載せてたから、まずはその福神漬けさんを探して売ってくれたお礼を言おうと思うんだ」
「……いいでしょう。その不届き者、我が一刀で斬り捨ててくれます」
「神楽さん…やめよう」
とりあえずその福神漬けさんは後で確認するとして……今はやたらパンパンに膨れ上がったバッグを提げるランボル姉貴が昨日の如く暴走しないかを--
「おいおい!まじかよ!!」
とランボル姉貴が何かを見つけて足を止めた。ドキリとしながら何事かと神楽さんと見るとそこはたこ焼き屋さん。なんでもクラーケンを使用してるんだとか。
「おじさんひとつくださいな♡」
「お、おじさん……」
元気よく焼いていた男子がショックを受ける中、会計係の女の子が「500円です」とトレーを出してきた。この文化祭にしては良心的価格である。
「……お嬢さん、君にはカリスマがあるね。私には分かるよ?」
あ!なんか始めた!!
「え?はぁ……どうも」
「君はいずれ人の上に立つ器だね……そんな人間には相応しいパワーというものがある。そう……相応しいパワーを身に纏えば自然と周りの人は君のカリスマに引き寄せられていくんだよ。つまり、パワーが全て」
「……?」
「君に、このパワーをプレゼントしたいんだ。私のパワーを込めた私の骨だ。これを持っていてほしい。もしも私の力が必要になったなら、その骨に念じてみてくれないか?パワーだから。それ」
「……これ、手羽先の骨…」
「なに、そんなに大したことじゃあないさ。友情の印だと思ってくれ。そうだな…受け取りにくいというのならば、このたこ焼きを貰っていく…そうすれば--」
「ダメですよ!?」
この人手羽先の骨でたこ焼きかっぱらおうとしたっ!!やっぱりこの人油断出来ないっ!!
颯爽と去っていこうとしたランボル姉貴の首元に冷たい刃が光るっ!触れれば切れそうな鋭さを秘めた眼光がランボル姉貴を射抜いていた。
「……この彼岸神楽の前でそんな真似は許しませんよ?」
「……あ、ひぃ……」
……ランボル姉貴はクレジットカードしか持ってなかったので私が立て替えました。
「ちょいとお姉さん、何この人。いいの?学校に刃物なんて持ってきて……」
「いいんです。私達は校内保守警備同好会ですから」
「……なるほど」
「それにしてもこのタコ……固いですね。この彼岸神楽の歯をもってして噛みきれない……っ!?」
神楽さんがやたら固いタコ足に苦戦してる間にまたしても「おいおい……まじかよ!?」とランボル姉貴が興奮した声を張り上げた。
今度はなんだろ?てか、現金持ってないなら後輩さんにさっさと会って帰ってほしい……
「らっしゃいらっしゃい!!コモドドラゴンの姿焼きだよっ!!ただしっ!!食べられるのはこの活きたコモドドラゴンを仕留めたお客さんだけっ!!誰か居ないかい!?」
居るわけがない。
大きなブースの真ん中の檻に閉じ込められた巨大なオオトカゲが噴気音で威嚇してる。
このオオトカゲを仕留めた人がオオトカゲを食べられるらしいけど……
「……危険なシノギですね。粛清しますか?代表」
「うーーん……逃げ出さないようにしっかり管理できてるのであれば……」
「日本刀の姉ちゃん、お姉さんあのトカゲ食べたいよ」
正気ですか?とても食欲をそそるビジュアルではないけど……
「……これは一般客に向けて提供されているサービスなので」
「ふーーん?ビビってんだ?ふん、天下の大剣豪宮本武蔵野花子さんもオオトカゲには臆すると……」
「……なんですって?」
いけないっ!!神楽さんの剣豪スイッチが入っちゃった!!
「……まな板の鯉にこの彼岸神楽が臆していると?侮辱は許しませんよ?」
「ぷぷっ!威勢がいいのは口だけですかー?てか、あれ鯉じゃないですけど〜〜?」
「……」「神楽さん、落ち着こう」
「でかい口を叩く前に態度で示す……君の腰のその刀は飾りか?」
ぶちっ!!て音が聞こえた気がした。
「--彼岸神楽っ参るっ!!」
「おおっと!!校内保守警備同好会のエースが挑戦だっ!!」
檻に飛び込む神楽さんに野次馬が湧く。檻の中で巨大なオオトカゲと対峙する神楽さんはぬらりと刀を引き抜く。オオトカゲさんは完全にビビってしまっていた。
「……ランボル姉貴、あの子はすぐにスイッチが入るのでやめてください」
「……あのね?いいこと?あの子がねトカゲにトドメを刺す寸前でこのパチンコを撃ち込んで倒すのよ!そうしたらオオトカゲは私が倒したことになるから」
「……?」
「私、夢だったの。オオトカゲバスター」
割り箸製パチンコを渡されて思わず困惑する私。この人のペースについていけない。ついでに思考にもついていけない……
タイミングを図るランボル姉貴がキリキリとパチコンの輪ゴムを引っ張る。張力に負けそうなパチンコが悲鳴をあげている。ちなみに弾はなんか……紙くずを丸めたやつ。
こんな武器ではオオトカゲバスターは叶いそうにないな……
「いいか?福神漬け……あの女がトカゲを瀕死に追い込んだ時にここからこのボウガンを撃ち込むんだ。そうすればオオトカゲの肉は俺らのものだ」
「天才っス先輩!!オオトカゲ入りコッペパンは売れそうにないっス!!」
……え?ランボル姉貴以外にも同じようなことを考えるおバカが--
「福神漬け!?」「っ!?どうした姉ちゃん!!いも引くんじゃねぇぜっ!!」
いやランボル姉貴!今福神漬けって言ってたっ!!
私は声のした隣へ首をグルンって向ける。そこでは割り箸製ボウガンを構えてオオトカゲを狙う気の狂った2人組……
私が狙いを澄ますのを辞めたことでランボル姉貴もそちらを見た--
その時、ランボル姉貴とこちらの視線を受けた男子の目とが重なった。
「……えっ?」
驚いて目を見開く少年--
「おっ、睦月じゃん。みーーっけ♪」
彼の顔を見て柔らかくいたずらっ子みたいに笑うランボル姉貴。
「ま、松葉先輩!?」
「--グオォォォォッ!!」
「オラァっ!!殺ったぞぉぉっ!!」
「おめでとうございますっ!!オオトカゲの姿焼きは彼岸神楽さんがゲットしましたぁ!!」




