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ブロック対抗リレーファイナル

 --私は可愛い。


 はちまきを頭に締め直しシューズの紐を結べばそれだけでもう至高の美貌を放つ。高校生特有の瑞々しさと幼さ、危うさと大人の色気と知性が同居する奇跡の美しさ……

 学校行事というのはこの日比谷の美しさをさらに飛躍させてくれる。この美しさ、もはや天井知らず。天の神にも届く勢い。

 …失礼、私が神だった。

 そう、私が美の女神。そこを退け不遜な神々よ、唯一神が通るわよ。


 --そう、私は可愛い。


 芸能界に入りさらに磨きがかかった美しさと可憐さに世界はメロメロ。ボア・ハンコックもこの前石化してた。

 もはや『可愛い』『美しい』という概念は私の為のものであり私の登場でこの世界の女性達のレベルは強制的にワンランク下がった。

「あの子可愛いなー、でも日比谷真紀奈に比べたら…」「君は綺麗だけど日比谷真紀奈と並んだらちょっと……」そんな会話をよく聞くんじゃないだろうか?

 世の男達よ。許してあげて。私と比べるのだけは……


 だって私はこの世界で最も美しい存在なんだからっ!!




 --この子日本陸上のホープ。しかも可愛いし。日比谷真紀奈より可愛んじゃね?



 それはとあるSNSの投稿。夏のインターハイかなんかの記事に対しての書き込みだったと思う。

 その記事にでかでかと映っていた女は私にこの投稿を見せつけてきた女--速水莉央。


 騎馬戦中、突然ブロック対抗リレーでタイマン張れと絡んできたこの人は得意げな顔で私にこの投稿を突きつけてきた。


「……」

「どう?」


 いやなにが?

 あなた何か勘違いしてるみたいだけど……


 ……いけない。

 この日比谷真紀奈。外見だけじゃなくて中身も魅力的な女になるって決めたんだから。しかも私は今や芸能界のスター。

 こんな発言はなにも珍しくない。人気者にはアンチというものがつくらしいしそれでしょ?


 怒らないよ?全然、この日比谷、こんなことで目くじら立てて喧嘩売るような野蛮で自意識の肥大化した自己顕示欲の塊じゃありませんけど?


「……良かったね速水さん。インターハイいい結果出たんだ。大学はスポーツ推薦?」

「そうだけど…そこじゃないよ」

「日本陸上のホープだって。将来はオリンピック代表かな?」

「そうだけど……そうじゃなくてここよ。この日比谷真紀奈より可愛んじゃねってとこ」


 そうだけどって……ちょっと自信家すぎない?


「……」

「私はそんなに思い上がってませんよ?ええ。でも世間の評価は正直だからなー」

「……煽ってもリレーには出ませんよ?」

「へー…じゃあいいのかな?走りでは日比谷真紀奈の勝利……顔では私の勝ち。これでおけ?」

「……」


 勘違いしないでくれる?私は顔面で世界を救える女よ?そもそもあなたとの勝負に立ってないし。これだって肌の露出の多い陸上のユニフォームに発情したおバカの発言でしょ?生日比谷見たことある?ねぇ。


「……そっか。じゃあ分かった。高校最速は日比谷さんにあげるよ。私はオリンピックで世界取るから」

「……あ、そう」

「その代わり今日からは私が高校最高の美顔ね?日比谷真紀奈公認だから」

「…………」


 ……え?何この人。子供……

 日比谷はこんなお子ちゃまの相手なんてしませ--


「やっぱり最高の美少女たるものオトコのひとつも作らないとね。あんたの好きな……小比類巻だよね?」


 あぁ?(怒)


「“前”高校最高の美少女、日比谷の想い人…前任者の意志を継いで私がものにするか。私の可愛さが前任者を上回ることの証明にもなるしね。香菜には悪いけど私の可愛いさで--」

「いやいや調子乗ってんなよ?おい。ねぇ?さっきからムカつくんだけどなに?舐めてんの?……潰すよ?」

「…………いや、急に怖いな」

「そもそも私、高校最高じゃないし。世界、いや宇宙最高だし。あと、お前ごときにむっちゃんが振り向くわけないから?第一私より可愛いとか思い上がりも甚だしいすぎてなんかもう頭の血管引きちぎれそうなんだけど?」

「……戦わずに負けを認めた女が何言ってんの?貰うからね」

「そもそもむっちゃん今私のモノじゃないしお前むっちゃんに指1本触れたら明日から分かってる?学校に居場所無くなるからね?この日比谷の影響力舐めんな」

「いや…………さっきから言動がドラマの女子カーストトップなんよ」


 ドン引きしながらも速水、ビシッと私に、この日比谷真紀奈に指を差しやがりながら不敵な笑みを浮かべて挑発する。


「なら勝負しなよ!!認めさせてみなよ!!この暫定高校最高の美少女速水に!」

「黙れ。誰が決めた」

「ブロック対抗リレーのアンカーで勝負!!勝った方が最速と最かわを名乗る!!依存はないね?」


 …………


「……私に勝てると思ってるの?速水さん」

「そう来なくちゃ……長年の因縁、ここでケリつけてあげる。日比谷真紀奈」

「吠え面かかせてケチョンケチョンにしてやる」




 --女にはどうしても退けない戦いがある。


「ん?日比谷さん次はブロック対抗リレーだぞ?あんた出ないだろ……」

「……むっちゃん。リレーには私が出るよ」

「?」


 入場門前で私はむっちゃんの両手を強く握る!熱い決意を込めて!!


 ……この戦い絶対に負けない。

 勝ったら……勝ったら結婚するんだ。


「負けないから。見てて。むっちゃんは私に任せて……私が勝つからっ!!」

「……え?あぁ……そう。うん、分かった(俺リレー出ないけどね?)」


『只今より最終種目、各ブロック対抗リレーを開始します!!』


 *******************


 ……ついにこの日が来た。

 私速水莉央。ついに高校最速の女の名を手に入れる。

 例えインターハイで優勝しようと、大学のスポーツ推薦を受けようと、ウルサイン・ボルトから「Youがスピード、ナンバーワン」って言われようが……


「私の気分は晴れなかったっ!!!!」

「うぉっ!びっくりした……」


 叫んだら入場門の前に並んだ男の子がビビった。失礼。


 ……そう。

 私の人生最大の汚点。唯一の敗北。その事実だけがずっっっっっと心に引っかかり続けていた。奥歯に挟まったヒレカツの肉片みたいに。

 ……爪楊枝では取れない人生の引っかかり。それが今日…………


『ここまで各ブロック同点ですっ!この戦いが優勝ブロックを決する!!選手入場!!』


 パ〜〜〜パパパパ〜〜〜〜♪


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」「うわぁびっくりした!!!!」


「香菜、香菜。莉央が出てくるよ」「なんやえらい気合い入っとるやんけ……ゴリラ?あれ?レンは?」「あそこに生えてるでしょ?」



 --各ブロック選手出揃いスタート地点に並ぶ。流石に大トリの種目、ざっと見回しても各ブロック学年問わず粒ぞろいが揃っている……

 綺麗に整備されラインの引かれ直すグラウンドの砂色の地平線が私達を出迎えてくれている……ところで騎馬戦から中央に刺さったままになってるレンはいつ回収されるの?


「……日比谷真紀奈」

「……速水莉央」


 私のブロックと日比谷のブロックが隣に並ぶ。共にアンカー同士。隣合って視線を交わすライバルは今年こそ出てきたようだ。


「積年の決着……ここでつける」

「……この勝利をむっちゃんへのブーケトスにする」


 ……?ちょっと何言ってるのか分からないです。手向けってこと?死んだんかアイツ。

 ブーケトスって女に向かって投げるやつだろ?


「あらァ♡なんだか懐かしいメンツね♡うふっ真紀奈ちゅわんがアンカーだなんてなんだか緊張--」

「「黙れ」」


 アンカーが私と日比谷と合剛田……まさに2年前のあのクラス対抗リレーの再現ね。しかし今回この野郎はどうでもいい。

 日比谷以外は--


『さぁ注目の一線です!!やはり期待株はこの人かっ!アンカーの彼岸神楽っ!!』

「……こふーっ」


 ……またコイツか。


 1年の化け物彼岸神楽。あの彼岸三途の妹とかいう噂がある、それを信じさせる程の化け物女。この体育祭も散々引っ掻き回したモンスターだ。

 日比谷との決着には関係ないけど注意だ。日比谷に勝ってコイツに負けたとか言ったらシャレにならないから……


 てかコイツもアンカーかよ……


『さぁ中々注目の布陣ですが、莉子せんせーどう思います?』

『怪我なく終わってほしいですねぇ……』


『--それでは、位置についてー……』


 ……来た。この時が。

 各ブロック、先頭選手がバトンを手に構える。


「……勝負。日比谷真紀奈」

「受けて立つ」

「うふっ♡なんだか濡れて来ちゃった♡」

「こふーーっこふーーっ」


『どぉんっ!!』


 激しく天に向かって放たれる火花と共に各選手一斉にスタートっ!!


 *******************


 --私は可愛い。今日はそれを証明する為の戦い……

 しかし冷静に考えてどうする?


 相手は音速で走る女。もはや人間じゃない……無理言ってアンカーに入れてもらったけど……

 しかもアンカーの布陣が各ブロック大変なことになってる。みんな強そう……


 ……私の運動能力は凪曰くナメクジとタメ…

 はっきり言ってまともに戦っても勝機はない。正気ではない。


 が、これはリレーだ。私一人が速くある必要はない。たとえアンカーがナメクジでもそれまでに差をつけてくれていれば……


「頑張れーーっ♡応援してるよーーっ♡この日比谷真紀奈がーー♡」


 私は渾身の可愛い声で走る自分のチームメイトを激励する。声援はいつだって人に力をくれる。他人からの励ましには人のリミッターを外す力があるんだ。

 ましてエールを送るのはこの日比谷真紀奈。


「ひっ…日比谷さんが……俺の事を見ている……っ」

「頑張れーー♡」

「日比谷真紀奈が……俺に惚れているっ!?」


 我がチームメイトの名前も知らない男子、発火。燃え上がるビートがグラウンドにステップを刻む。


 若干周りから白い目で見られながらも私は必死に応援した。全力で。こんなのカメラの前でしかしないレベルでの笑顔と声を作って……

 お願いだからなるべく差をつけて……っ!!


 --そして。



『さぁアンカーへ繋ぐラストランっ!!ここまで各ブロック全く互角だァ!!』


 コイツら役立たずだった。


 アンカー前最後の選手達の走り…次に私のところにバトンが来るって言うのにその差は全く広がってない。この人達、接戦を演じて戦いの行方をアンカーに丸投げするつもりだ。

 ……は?どうしろってんのよ?この日比谷真紀奈に…………


「いよいよね♡」

「決着つけてやる…日比谷真紀奈っ!!」

「こふーーっこふーーっ」


 ああぁぁぁぁあ神様っ!!何とかしてっ!!頼むっ!!ハーゲンダッツあげるからっ!!


 その時--


「おわっと!」ズブッ!!


『おっとこれは…?最も内側のコースを走る3組の選手のバトンがグラウンド中央に刺さった田畑レンのケツに勢い余って刺さったぞ!?取りに行く取りに行く……が大したロスはないようだっ!!』


 速水んとこの選手が勢い余ってバトンを滑らせてなんか中央に生えてる田畑レンのケツの穴に刺した!

 ほぼロスはない……でもコンマ数秒私のブロックの選手がリードしたっ!!


 ほんの少し……少しだけだけど速く……私の手にバトンタッチが届く。


「日比谷さんっ!結婚しようっ!!」

「ごめん無理っ!!」


 速水以外ほぼ全ての選手が一斉にバトンを受け取りスタートを切る!

 もう負けてもいいから……速水だけには負けないっ!!


 ここに来てほんの少し神様が私に微笑んだ…っ!ここまで来たらもう、私の力で勝ち抜くしかないっ!!


 --疾走する視界の端に応援席のむっちゃんが見えた。

 ああむっちゃん……鼻くそほじってる。前の橋本君の後頭部で指拭いてる……


 見ててむっちゃん!私勝つから--


 ああっ!ダメだーーっ!!

 まだスタートラインから数メートルも離れてないのにもう速水のところにバトンが……っ!


 *******************


 --ガッカリだ。日比谷真紀奈。


 先にスタートした日比谷の走りを後ろから眺めて私は失望のため息を吐き出していた。

 まるで赤ちゃんペンギンのようなその走りに王者としての覇気はなく、ぐんぐんと他の選手に抜かれていく……


 これがあの日私を抜いた女?


「ご、ごめんっ!」

「問題ないよ」


 ほんの少しだけ遅れたチームメイトから最後のバトンを受け取る。日比谷はまだ目と鼻の先だ。

 これは勝った。悪いけど日比谷真紀奈、お前の持ってるものは全て私が--


 --ヌルッ


「ん?」


 汗?なんだかバトンがヌルヌルする…

 ……いや。なんだこれ?なんか液状の感触の中に粒のような固形の感触も……しかも異常な粘土だ。

 ……てか臭い。


 思わずスタートライン上でバトンを見た。

 そこにはなんか……茶色と赤の混じったよく分からん謎の汚物がバトンを介して手にベッタリ……


 ……っ!?

 この臭い……ウ○コ!?

 まさか……さっきレンのケツに刺さった時に……!?


「うわぁぁぁっ!?」


 びっくりして捨てちゃった。

 え?は?ありえないんだけど何してくれてんのあの野郎。何人の手に糞つけてくれてんの?

 てかこういうのは香菜のネタでしょ!?


「……っ!」


 ……この私に糞を握りしめて走れと?


 奥歯を全力で噛み締めて色んなものに耐える覚悟をする。ここでチンたらしていたら負ける!

 拾い上げた汚物。血便。生暖かいそれを決して離さぬよう力強く手で包みいざスタート!!


 ……一体なにが悲しくてこんなに全力で糞を握りしめてるんだ私は……


 その頃先頭は--


 日比谷真紀奈を取り残し残りのメンバーは先頭でほぼ並んでいる。その中でも彼岸神楽と剛田がやはり速いか…?問題ない今から抜く。


「こふーーっ!!こふーーーっ!!こふーーーーっ!!!!」

「うふっ♡神楽ちゃん、そろそろ白黒はっきり……ん?どうしたのぉ?」

「ひひひーーーんっ!!」

「痛いっ!?」「こばっ!?」「なんだ…っ!!ぎゃああああああっ!!」


 ……が、なんか彼岸神楽が周りの選手を攻撃し始めた。


『おっと莉子せんせー!これはなにが起こってるんでしょうか!?』

『……多分まだ馬と同化してるんじゃないですか?』

『おぉっと!!暴れ馬だっ!!周りの生徒を薙ぎ払って自分はコースアウトっ!どこへ行く気だァ!!』

『ケンタウロスですから』


 ……先頭陣営はなんか知らんけど消えた。

 私の前には……日比谷真紀奈だけっ!


「はぁ……はぁ……ぜぇ……っ!」

「…やっぱり運命はこういう展開を用意したか。いいわ……日比谷真紀奈っ!!」

「はぁ……え?は?なに?今……話しかけないで……ぜぇ……」

「お前との因縁もここで終わりだっ!!私がお前から全てを貰うっ!!」


 速水莉央、加速っ!!

 拍子抜けな我がライバルへ…1度は私を負かした女へのせめてもの礼儀として、過去幾度と強敵を屠ってきたあの日のMAXを--


 今--


「うわぉぁぁぁぁぁっ!!!!」


 なんだ!?


 突然の悲鳴に思わずブレーキが入る。この声は日比谷じゃない……


 私の差し掛かった位置にはちょうど……グラウンド中央にレンが刺さってた。

 なんか…ケツからピュッピュッて血を吹きながら……嫌な予感がしました。


 早く通過するんだっ!!


「お尻が……っ!お尻が痛いよぉぉぉぉぉっ!!!!!!」


 --ブチチチチチチチチッ!!ビチャチャチャチャチャチャチャッ!!!!



 --私はその光景に思わず足を緩めてしまっていた。

 噴水の如く天高く舞い上がるのは異臭放つ汚物の波…天空を覆い尽くすそのカーテンは地球の物理法則に従って私の斜め前から降り注いできた。


 ……こんな大量の糞、香菜しか出さないかと思った。


 --ベチャッ!!


「うぎゃああああああっ!?目に入った!?」

『おぉっと!?これはなんだ莉子せんせーっ!!』

『あー……血便ですね。多分さっきバトン刺さったからでしょうな』

「うぎゃあああああああああっ!?ぶっ!?口にも……げほっ!?ぐはっ!!おえっ!!うぇぇぇぇぇっ!?」


 ビチャチャッ


『速水選手吐いたァァっ!!』

『これはもうダメですね……』





 --なんだか、後ろが騒がしい。

 でもそんなことに構ってる暇は無い。

 既に肺は焼けるように痛くて一呼吸ごとに内側から耐え難い痛みが込み上げてくる。

 全身を不快に包む汗が流れ、脚も正確なコースを捉えきれてなくてきっとフラフラだ。


 もう視界の端がぼやけてる。ゴールがどこかも分からない。


 それでも走った。

 走って走って……走りまくった。決して緩めることはなかった。


 もう……みんなゴールしたのかな……?



 --パァン!!!!


『一着!!2組日比谷っ!!』



 ……え?

 あれ?


 白いゴールテープが私の体を離れて地面に落ちていくのを見つめながら私は宣言された言葉の意味を頭で探す。


 信じられなくて私は振り返っていた。


「…え?」


 地獄絵図だった。


『おめでとう!!2組ブロック、優勝ーーっ!!』

「ぎゃああああああああああっ!!感染症がっ!!感染症がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


 ……

 …………???

 ……は?

 あれ?


「…え?やったぁ?」

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