借り物競走ファイナル
『続きまして、3年生による借り物競走てす』
--ドンドンドンドンッ!!ドンッ!!パラパラ……ッ
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
……とうとう俺の出番がやって来たようだな。
…出たくなかった。
本日この俺、小比類巻睦月が挑むのは我が校の名物競技、借り物競走である。毎年ランダムに振り分けられる各種目。今年は俺ら3年生に回って来たようだ……
この借り物競走、ひとつ上の先輩がツチノコを見つけたことで有名だがお題となる借り物がまた曲者揃いである。
正直、何が出てもろくなことにならないだろう……
出場選手がスタートラインに立たされる。50メートル先に置かれた伏せられたカード達。そのどれもが禍々しいオーラを纏っている。
なるべく難易度の低い……簡単なやつを引かなくては……
みな気持ちは同じらしいく、血走った目でカードに狙いを澄ましている。
『みなさん位置について……よぉいっ!』
来るぞ……スターターピストルが今……
『どんっ!!』
ドンッ!!
実銃だった。激しい火花とともに各選手一斉にスタートっ!!みなが競い合い揉み合いながらカードを目指す!!
なんせハズレを引いたらマグロとかミロのヴィーナスとかイリオモテヤマネコとか言われるんだっ!
さほどタイム差なく俺らはカードの元にたどり着く。殴り合いでもしたのかボロボロの奴らも居る。が、ここまで走るのは前哨戦。
カードは手書きだ。つまり、筆圧の強い奴が書いたカードは裏面だけで何が書かれているかある程度分かる。
「どけっ!小比類巻!!それは俺のカード--」
「黙れっ!!」
割り込んでくるバカを肘で打ち倒し吟味する…そうこうしている間にも次々カードが奪われていく…
発動する優柔不断…なんか不穏な文字が見え隠れするカード達から……
このカード…『大切』って字が見えるぞ…
恐らくこれは……『大切な〇〇』とか『誰かの大切な~』とかそんなんだろっ!!つまり、この体育祭会場で完結するモノの可能性が高いっ!!
「これだぁぁっ!!」
漢小比類巻。一世一代の賭けに……
--大切なあの人を亡くした小次郎君
負けた。
「ぬぅぅぅぅわぁぁぁぁぁっ!!」
『さぁみなさん!カードのお題を貸りて来てくださいっ!!』
これ、過去一難関じゃね?知りもしない他人しかも大切なあの人を亡くした指定だぞ?小次郎君どこに居るんだよ。
「鍋の蓋ーっ!!鍋の蓋お持ちの方ーっ!!」「お、俺と腕相撲してくださいっ!!」「牛乳瓶の底、誰か貸してくださーいっ!!」
当たりを引いたであろう生徒がグラウンドを駆け回る。そしてハズレを引いたであろう人達は学校から飛び出した。
……もしかしたらこの中に小次郎君が居るかもしれん。
「小次郎君、小次郎君居る?この中に小次郎君って居る?小次郎君は手を挙げてくれ。頼む。お願いだから」
「わたしだ」
居た。
2年生のテントからラスボスみたいな雰囲気で小次郎君が見参した。この眉毛の太さは両津勘吉にも匹敵するだろう…
「小次郎君、君を探していたんだ」
「そうだろうとも…」
「君、最近大切なあの人を亡くしたろ?」
「わたしの愛している人達は元気ハツラツだ」
どうやらこの小次郎君では無いらしい。
いや待て。ならばこの小次郎君を大切なあの人を亡くした小次郎君にすればいいのでは……?
「君、大切な人居る?今ここに」
「わたしの愛すべきファミリーはわたしの勇姿を見る為に駆けつけてくれているぞ」
小次郎君が手を振る先で観戦テントから元気よく手を振る家族の一団の姿が…
「……小次郎君。頼みがある」
「聞こう」
どうでもいいがコイツ後輩のくせになんか偉そうだな。
「あの人達、殺していい?」
「断る」
「ひとりでいいんだ……お母さんかお父さんか弟さんかおばあちゃんか…」
「あのばあさんは他人だ」
「あ、そう…じゃあお母さんかお父さんか弟ね」
「断る」
「頼むよ」
「なぜわたしのマイファミリーを手にかけようとするのだ?」
「君に大切な人を亡くしてほしいんだよ」
「…先輩がその気だと言うのならわたしにも考えがある」
なんだそのファイティングポーズは。
「なぁ……考えてみろよ。お前は考えたことないか?この世界には人間が多すぎる」
「ならば先輩が消えろ」
ほぅ……コイツ先輩に向かって消えろとか言うんだ?ふーん。
「…残念だが君に拒否権はないんだよ。あそこで手を振っている君の家族……お父さんかお母さんか弟かばあさんか…」
「だからばあさんは他人……んっ!?」
その時、小次郎君の顔色が変わった。
俺の指さす先で笑顔を振りまく仲睦まじい家族。その中の一点を凝視し彼は固まった。
それは最初俺の戯言だと一蹴したおばあちゃん。
改めてその姿を確認してから彼は突如瞳をうるうるさせ始め……
「…お、おばあちゃん」
おばあちゃんじゃねぇかやっぱり。他人に手を振るはずがねーだろ。
「あれは……去年亡くなったわたしのおばあちゃん……」
ただ事ではなかった。
「え?何あれ幽霊?俺とお前にしか見えてない感じ?」
「おばあちゃん……大好きだったおばあちゃん…」
いや待て?大好きだったおばあちゃん死んでんだな?じゃあコイツ大切なあの人を亡くした小次郎君で間違いないな?
「よし、お前ちょっと来い。俺とゴールまで走ってくれ」
「おばあちゃん…おばあちゃんの……豚汁」
「いいから、豚汁はいいから」
「わたしはおばあちゃんの家で…毎年お正月に蟹を食べたんだ……」
「分かった分かった。いくらでも食わせてもらえばいいじゃない。それより俺と……」
「おばあちゃぁぁぁぁぁんっ!!」
小次郎君、号泣。そして疾走。
家族の集まるテントに向かってコースも無視してグラウンドを横断…
「おぉぉぉいっ!!」
『そこの人ー、コースを無視しないでくださーーい!』
「おばあちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「待てやっ!!行くのはいいからっ!!行くならコースを走っていけっ!!待てってばふざけんな……っ!!」
「あった!あったあった!鍋の蓋持ってる人居たっ!!やった一番乗り--」
コースを走ってきた鍋蓋引っ提げ歓喜する男子生徒。彼がゴールテープを切ろうとしたまさにその時だ。
「おばあちゃぁぁぁんっ!!」
横断してきた小次郎君が無情にもテープを切ってゴールイン。
「うんぁぁぁっ!?なんだアイツ!!ふざけんなっ!!」
「はいはいはいっ!!ゴール!!今ゴールした人俺の借り物だからっ!!俺一等!!」
「はぁ!?今のやつグラウンド横断してきたろっ!!ふざけんなっ!!」
「一等!!俺一等!!」
「--おばぁちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」
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『位置について…よーいどぉんっ!』
銃声に押されるようにみんなが一斉に駆け出す。我先にとお題のカードへ走る選手達から半歩遅れてお題へたどり着いた私はその場で盛大にコケた。
多分、普段妹と2人分の重心を分け合って生きてきたから1人になったらその身軽さに体がついてこないんだと思う。
--校内保守警備同好会代表、浅野詩音。
体育祭警備責任者だけど、生徒として競技にもちゃんと参加。私が出るのはこの借り物競走。
モンスターひしめくこの学校の生徒達が異口同音に恐れる借り物競走。バラエティ番組並に無理難題を押し付けてくることで有名なこの狂気のレースに挑む。
伏せられたカードのお題はめくってみないと分からない。私は己の直感だけを信じて真ん中らへんのカードを手に取る!!
お願い…水筒とかメガネとか……そういうやつっ!
--叶わなかった初恋のあの人
「〜〜〜〜っ!!」
ハズレを引いてしまった生徒達の中に混じって私も声にならない苦悶をあげる。
私のお題は初恋のあの人らしい(失恋前提)
……え?
なにこれ?どういうこと?これは…連れて来いって事なのかな?あの日の初恋のあの人を?
私の甘酸っぱい青春の1ページを?
「鍋の蓋ーっ!!鍋の蓋お持ちの方ーっ!!」「お、俺と腕相撲してくださいっ!!」「牛乳瓶の底、誰か貸してくださーいっ!!」
運良く当たりを引いた人達はグラウンドを駆け回る。
…リタイヤしようかな?
ダメよ!!詩音っ!!学校行事なんだから真面目にしなきゃっ!!反抗期の妹にお手本を見せる意味でもこれは全力でやらなきゃならないんだっ!!
お姉ちゃん、頑張るっ!!
多分マグロとかガラパゴスゾウガメとか当ててしまった生徒達だと思うけど学校から飛び出していく人の波に混ざって私も敷地内から飛び出した。
……私の初恋。
私の初恋が失恋に終わったことはさておき、私の初めての恋を預けてきた人はこの世界にただひとり…
会いに行こう……
--と、言うわけで借り物競走の為に電車を乗り継ぎ早30分。お願いだから会場で完結するお題にして欲しい…
一旦自宅にまで戻ってから小学校の卒業アルバムを引っ張り出して、方々に連絡を取りようやく私はその人の住所を探し当てた。
もう借り物競走終わってるんじゃないのかななんて不安はここに捨てていく。電車を降りた。
最寄り駅からタクシーを飛ばし20分。既に1時間近く経過しているけど、中国までパンダ借りに行った人も居たからビリにはならない…はず。
いや、私が目指すのはあくまで1等賞。見てて!美夜!!
--そこは平和な家庭を絵に描いたような家々が立ち並ぶ住宅街。駅から離れたその場所は日曜の午前中ということもあってのどかな静寂に包まれていた。時折家から聞こえてくる子供の元気な声に心の口元が綻ぶ。
そんな住宅街を歩いて私は目的の表札を見つける。
--遥か昔に置いてきた私の青春がここに…
会うのは10年振りくらいになる。緊張する。私のことを覚えてくれているだろうか…
震える指を使命感だけで支えて押したインターホンが静かな住宅街に鳴り響いた。
「はーーい」
玄関の扉が開いて中から顔を出したのは可愛いお子さんを抱いたエプロン姿の中年女性。快活そうな、太陽みたいな暖かな笑顔が良く似合う人だった。
彼女は体操着姿の私にぽかんとした視線を向ける。
「あの…康介先生はご在宅ですか?」
「…えっと?どちら様でしょうか?」「おぎゃっ」
「あ、ご挨拶が遅れました。私、小学校の頃康介先生にお世話になりました、浅野詩音です」
「小学…ああ、康介さんの教え子さん?」
「はい」
「まぁまぁ…わざわざお越し頂いて…中へどうぞ」
日曜日の朝っぱらから連絡もなしに訪問した大昔の教え子にも彼女は優しく対応してくれて中に通された。
特に特徴もない、つまりごく平凡なお家のリビングでは懐かしいあの人が新聞紙を片手にくつろいでいた。
「あなた、昔の教え子さんがいらっしゃったわよ」
奥さんの呼びかけにこちらを向く康介先生。記憶の中にある先生よりは流石に老けてたけど確かに思い出と重なる先生の顔に思わず込み上げてくるものがあった。
……いや、今は青春してる場合じゃない。
「……浅野君?」
「お久しぶりです、康介先生」
私のことを覚えていてくれたなんて……いかん、また感激しそうになってる。しっかりするのよ詩音、今日は思い出に浸りに来たんじゃないでしょ?
「久しぶりだなぁ…何年ぶりだい?おい、コーヒーでも……」
「結構です。すぐにお暇しますので……」
かつての教え子との再会に顔を綻ばせる先生に私は単刀直入に要件を告げる。だって早くゴールしないといけないもん。
「先生、私と来てください」
「……?」
「先生に来て頂かないといけないんです」
「……どこに?」
先生っ!!とテーブルに身を乗り出して必死さをアピール!だって早くしないとゴールテープ切られちゃう!!
「先生!私先生が好きでしたっ!!」
「っ!?」「えぇ!?」「おぎゃ?」
「小学5年生の頃……体育の授業でコケて膝を擦りむいて大出血したあの時、先生がくれた絆創膏……あれが私のハートを奪い去っていったんですっ!!」
「……あ、浅野君」
「私と来てくださいっ!!先生!!先生じゃないとダメなんですっ!!」
揺れる先生、詰める私、オロオロする奥さん、眠そうな赤ちゃん。
もう問答してる時間は無いっ!!
「来てくださいっ!!」
「ちょっ……待ちたまえ浅野君っ!!」
「あなたっ!?」
先生の手を引いて家を飛び出す。悲鳴じみた奥さんの「浮気者ーっ!!」の罵倒。
皿とか鍋とか飛び交う中で私は先生と走る。走るっ!!
……そして電車。
ここまで1時間40分。間に合うか……?もしかしたら誰かがゴールしちゃったんじゃないだろうか?
「……あ、浅野君。これは一体」
「先生は私の初恋の人なんです」
決意に満ちた私の声に先生はハッとした顔で私を見る。
「……私には爪水虫がある」
「関係ないです」
私の強い意志を込めた視線に先生は逡巡の色を捨てた。膝の上に置いた手をグッと握る。
「……君の気持ちは分かった。君がそこまでの覚悟なら……僕も覚悟を決めよう」
先生、スマホを取り出す。お電話をかけているけど相手は……?
「父さん」
?借り物競走に出るのになぜお父さんに電話を?
「父さん俺……駆け落ちする」
『なにを寝ぼけているんだお前は』
「すまない。落ち着いたら連絡する」
『ま、待て!!お前なにを--』
ブツ!!プープープー……
「……」
「……」
「……浅野君、岬の上に家を建てよう」
「はい?」
--走る。
走る走る走る…っ、彼方に見えるゴールテープへ向かって走…………
…………?
「はぁ…はぁ…あ、浅野君……どこまで走るんだい。先生、もう歳だからさぁ……」
あれ?
ゴールテープ…ない。
『続きましては--』
「あ、あのっ!!」
グラウンドに滑り込む私の手は先生の手を固く握って…駆け込んだ私達に実行委員の人が「?」みたいな顔してる。
「借り物競走の……」
『ああ、みんな遅いので次いっちゃいました』
「……」
「浅野君、ここどこ…?」
委員の子から無言で渡される4位の旗……
…………2時間かかって4位なんだ。
「浅野君、結婚式はいつがいい?」
「…………は?」
「ね、姉さん!?誰そのおっさんっ!!」
『続きまして、各ブロック対抗大綱引きです』




