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JKの昼休み

 ウチや。

 夏休みが終わった。夏休み中に来た台風でカレシの家が吹き飛んで今カレシとカレシのおかんと同棲しとる。まぁ、それはええ。


 夏休みが終わったちゅうことは昼休みが来るっちゅうことや。9月末に体育祭やから授業の合間に体育祭の練習が入ってキッツいわ。

 今日も午後からまた体育祭の全体練習や。なんで行進の練習をせなあかんのやろか?あと、汗で臭いけ体操着着替えたいねんけど……


 そんな昼休みや。あ、楠畑香菜や。


 ウチの昼休みは大概おバカトリオ、田畑、長篠、速水と飯を食うって決まっとんのやけど……


 この日、事件が起きた。


「ぎゃああああっ!?!?」


 机引っつけて顔突き合せて弁当食おうとしたら速水が隣でらしくない悲鳴をあげる。なんやと思って奥歯カタカタ言わせとる速水の視線をなぞったら……


「……田畑、お前」


 田畑の弁当箱が蠱毒になっとった。

 蠱毒っちゅうのはいわゆる最強毒蟲決定戦のことや。詳しくは調べてくれ。

 つまりや、この狂人の弁当箱の中身が今そんな感じの状況になっとった。

 どういうことかと言うと、弁当箱の中身が白米半分、おかずの入るスペースがタランチュラやら百足やらバッタやった。


 狂気。


「な、なんやそれ……気持ち悪っ!」

「んー?なに?2人も食べたいんか?やらないけど?やらないけどぉ!?キャキャキャキャキャッ!」


 コイツのイカれ具合はうちの学校でも群を抜いとる。ペットを取り返す為に警察署に火をつけるレベルの最高峰の狂人や。しかし今までここまでのインパクトをウチらに見せつけたことはなかった。

 動物狂いがとうとう奇食に手ェ出した。


「風香、なにこれ…説明して」

「落ち着きなよ莉央。ただのお弁当だよ」


 どうしたの?みたいな面して速水に説明になっとらん説明をする長篠の弁当は…普通や。女子高生のお手本みたいな弁当や。

 ウチ?ウチの弁当?コンビニや。速水は購買のパンやな。

 そしてそんな中に鎮座する奇虫弁当やっ!!


「これがただのお弁当……?冗談も程々にしてよ。人間の食事じゃないんですけど?あ、私、なんか気分悪くなってきた…」

「田畑、1回蓋して仕舞えや。速水が吐くぞ?」

「なんだよー。いくら私の弁当が羨ましいからってそんなひがみ方あるー?分かったよ……しょうがないから脚の1本くらい……」

「やめろやぁっ!気持ち悪いっ!イカれんのもほんと大概にしろやおどれっ!!飯時にそないなモン机の上に出すなやっ!!」

「うっぷっ!」


 真っ当な説教に田畑ふくれっ面。まるで何も悪いことしてないのに怒られた子供みたいな面やが、どう考えてもおかしい。うん、おかしい。

 コイツがおかしいのなんて今更強調することでもあらせんけど、おかしい。


「なぁ、何があったん?ウチに話してみ?どないしたんそれは。嫌がらせ?誰かにすり替えられたんか?サイテーやな長篠」

「うっ!おえっ!!」

「違うから……レンはヴィーガンになったのよ」

「どうぶつ、かわいそう、ころさない」

「いや殺しとるやんけ。タランチュラがこんがりやんけ。 」

「虫はいいや。てか、そんな事言ってたら何食うのさ?馬鹿じゃねぇの?あ?お前頭の中脳みそ入ってる?おっぱらぱー?」


 殺すぞ?


「レンはね、なんか唐突に牛や鶏さんを食べるのが可哀想になったんだよ」

「なんで鶏にだけ敬称つけたの?おぇっ…うぅ!!」

「落ち着け速水…ここで吐くな。昼休みや」

「実はさ…牧場、買ったんだよね」


 こいつ親が総理大臣だか国連のなんとかだか言いよったけどとうとうイくとこまでイってもうたんやな…頭が。


「牛さんさ…すげー可愛いぜ?」

「それ、肉牛なん?」

「うん。あんな可愛い奴ら殺せねーよ?」

「どないなっとんのや、長篠」

「牛さんが可哀想だからもう肉は食べないんだってさ。だから、虫」


 せやから虫はなんでええんや?虫やって可愛いやんけ。


「なんで牧場なんて買ったの?…オロロッ!」


 コイツやりおった!


「……和牛、食べたくてさ」

「もうええ速水、コイツ訳分からん」

「なんかさ…私思うんだよね。牛とか豚ってさ、真面目なんだよ。だってさ、てめーで太ろうとしてんだぜ?アイツら、ポケーっとした面して毎日草食ってんの。太ったら食われるのにさ…」

「「「いただきまーす」」」

「健気じゃん?愛おしく感じちゃうじゃん?思ったわけ…あれってさ、恋なんだよね」

「風香、卵焼きちょーだい」

「莉央もなんかちょうだい」

「ゲロでいい?」

「霜降り肉、食う?」

「コンビニ弁当だよね?」

「5000円もしたわぁ…」

「前から思ってたけどさ、香菜って金の使い方おかしいよね?ゲロの味しかしねぇ」

「みんな分かるかなぁ?幸の薄い人ってさ、なんか…愛おしく感じるじゃん?これってさ、母性なのかな?こう…違うな。違うんだ」

「ねーねー、このパン、ラムネ入ってる」

「シュワシュワするん?」

「いーな!私もシュワシュワしたいよ。香菜、霜降りちょうだいな」

「長篠アンタさっきから人のばっかり取ろうとすんなや」

「守ってあげたいんじゃなくて…なんか、一緒に堕ちていきたい的な?あ、私もシェアするーっ!」


 なんや古代の言葉みたいな解読不可な力説しとった田畑がウチの弁当から漬物持ってく。コンビニ弁当のちょー少ない漬物を一発でかっさらっていくこの悪行。


「こら、田畑おどれ。やめぇや漬物取られるん一番テンション下がんねん」

「サソリあげるー」


 っ!?!?


 ピンク色の霜降りの上に降臨する真っ黒な虫!!ダイオウサソリかなんなんかは定かやないけどとにかく特大サソリやっ!!


「田畑おまっ…ええ加減にせえよ?テロやでこれは…テロ」

「うぉ…すごいビジュアルね香菜…また吐きそうになってきたよ」

「美味い?」


 美味いかやと?イカレとんのか貴様こないなもん食え…

 目の前で田畑がカブトムシの幼虫貪り食っとった。


「げぼろぉぉあああああっ!!」

「あーーっ!莉央!!ちょっといい加減にしてよっ!!」

「汚ねーぞ莉央」

「やかましいっ!!アンタのせいやろがっ!!」


 チューチューッ


 吸うな!!


「おぇっ…げぇっ!!え?美味しいの?ねぇ……は?意味分からん私は今何を見せられてるの?」

「……」

「え?どう?」

「……」

「何とか言えや」


 --ペッ!!


「吐いた!?」

「コイツ吐きやがったでっ!!」

「ちょっとレン!!虫さんに失礼でしょ!?」


「…………風香」


 その時何かを悟ったような面をした高校生界のムツゴロウを自称する女は呟いた。


「……虫さん可哀想だから、虫さんは食べないことにした」


 不味かったんか?


「レン……あなた。家の虫わざわざフライパンで素揚げにしといて今更…え?えぇ?」

「いや、クワガタは食えるよ?カブトムシもギリ…でも幼虫はダメだこれ。うん、ヤバい」

「いやいや、レン!!どうするのよこれ!」

「……」


 長篠からの叱責から逃れるみたいにウチを見つめるこの女は1回頭にアイスピック突き刺してやらなアカンのやろか?


「折角だし…シェアする?」

「しねぇよ。おえっ!!」

「あなたが食べなさいよ」

「このサソリも引き上げろや」


 全員からの非難の視線。悪びれる様子もなく現実逃避するクソガキは何も言わんと虫いっぱいの弁当箱をそっと合わせた机の中央へ押し上げる。

 んで、隣の長篠の弁当箱からそっとおかずをかっさらった。


 まさに山賊。


「あんたね……」

「風香!風香!!私が飢え死にしていいんかっ!?この後の体育祭の練習で私が力尽きていいんか!?むしゃむしゃ」

「せやから自分の虫食えばええやん。アンタ、犠牲になった虫さんに対して申し訳ないとか思わへんのか?」

「そうよそうよ……おぇっ、ちょっと、ビジュアルがスゴすぎる……ほんとに近づけないでよその弁当……あっ!」


 速水のサンドウィッチがひとつ奪われた。怒涛の勢いでネコババしていく。コイツとずっと友達やってやっとるウチらはノーベル平和賞をもろうてとええんとちゃうやろか?


「っ!?このサンドウィッチ、なんなシュワシュワするよ!!莉央!!莉央ーーーっ!!」

「ラムネ入ってるもん」


 …コイツホンマにこのまま“シェア”っちゅう名の追い剥ぎで昼飯を凌ぐつもりや。その上…「私は貰ったからみんなにもあげなきゃフェアじゃないよね?」とか言うて虫をウチらに全部押し付けるつもりや…


 見える。


 次のターゲットはウチ……前髪に半分隠れた奴の視線は既にウチの弁当に狙いが定まっとる。図々しい、さっき漬物奪っとってから……


 何としても虫食わせる。


「レン、本当にちゃんと食べなさいよ。マーリーもアレクサンダーもこんなお遊びの為に素揚げにされたんじゃないんだからね」

「レンに私の気持ちは分かんないよ」

「誰にも分からないわよ」


 自然な会話?の流れの中に当たり前のように箸が伸びてくる!!この圧倒的図々しさ!

 奴は隣の長篠と喋りながらそっちに視線を向けつつウチの弁当へ手を伸ばした。まるで雑談の中でてめーの飯を口に運ぶ時の一連の動きの様。机の上の全ての飯は私のもんだと言わんばかりのジャイアニズム。


 せやけどウチは箸が弁当に届く前に弁当箱をずらして奴の狙いを外させた。

 恐らくは位置的に霜降り肉を狙っとった奴の箸はそのまま黒い塊捕まえて吸い込まれるみたいに田畑ん口へ…


「私ばっか貰っても悪いしさー、みんなも私の弁当食べ--」


 口元も見んで自分が押し付けたサソリの素揚げを口にリリース。サクッちゅう小気味いい音が教室に木霊した。


「「あ」」

「……」

「…どうや?田畑」

「………………」

「美味いか?」

「……………………」

「…案外サソリ思わんで食うたら普通なんちゃう?」


 イけるやろ?幼虫そのまま食っとった女やしな?


「………………………………」


 全員が固唾呑んでリアクションを待つ中で…

 奴の頬っぺが風船みたいに膨れ出したのを察したウチらは嫌な予感に反射で机から飛び退いとったわ。


 …そして。


「--うぼっうぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ゲロゲロゲロゲロッ


 吐いた。


「うわぁっ!レンっ!!」

「汚ったなっ!!うえっ!」

「うはははははっ!やりおったでコイツ!!今日からゲロ吐き女呼んでやるわっ!!うははははははははっ!!」


「おんげぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


「うわぁぁ……コイツ、最悪だぁ」

「レン…」

「あははははははははははははははっ!!」



 --楽しい楽しい昼休み。

 せやけど楽しい時間っちゅうのは直ぐに過ぎ去っていくもんや。

 そうや、友達がゲロ吐いたっておもろいんはその時だけや……


 全て吐き出し終わった後に、机と弁当を覆い尽くすゲロの山を前にどないしよこれ…って思いながら立ち尽くす昼飯完食しそびれた3人。

 これがウチらの昼休み。


「あへっ……へへへへへへへっ、へへへへへへへへへへへへへへへへっ」


 ゲロにまみれた青春で、バカが1人で笑いよったわ。

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