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男って馬鹿よね

 大変だ。夏が終わった。

 大都会東京--夏だろうがなんだろうが相変わらず人ばかりだけれど……

 夏休みが終わったという事実が私を震撼させていた。


 --潮田紬。この夏を完全に棒に振る…


「いや君、毎日夏休みみたいなもんじゃん?」


 蝉の声も聞こえなくなった公園のベンチで私の隣に座る友人が辛辣な一言をかける。浪人生と無職に絶対言ってはいけない言葉。


 ミートソース・ブルーマウンテン・チーズカマボコさん。通称ミブチさん。

 彼女は人ではない。天界から降りてきた恋のキューピットである。

 私と私の好きな人、広瀬虎太郎は天界公認のカップル。ミブチさんは少子化対策の為私達をくっつけるべくやってきたサポーターなのである。


 ……にも関わらず、この夏休み、何も無かった。


 虎太郎と同じ大学に進学してから告白する。そう決めた。にしたって夏だっていうのに何も無さすぎでは?


 虎太郎、夏休みなのに「研究が忙しい」と言って遊んでくれない……


「……なんか、何のために居るんだろうこの人。」

「それ私に言ってる?あのね紬。何度もしつこいようだけど結ばれるかどうかはあなた次第だからね?私はさ、仕事ちゃんとしてるから?」

「……私だって夏休みカブトムシ狩りとか岩牡蠣取りとか誘いましたよ?けど……」

「センス悪ぃんだよね、君」


 家もお隣さんでバイト先も一緒でなのになんかここまで接点ないと向こうに問題があるのではって気になってくる……


「ミブチさん。虎太郎は私の事どう思ってるんですか?」

「え?好きなんじゃない?」


 適当……


「なんか……虎太郎、私に毛ほどの興味もないんじゃないかって気がして……」

「ないんじゃない?」


 グーパンしたら鼻血が出た。天使にも血が通ってるんだってことを知れました。


「……っ!」

「ミブチさんなんとかしてください。そもそも虎太郎、恋愛に興味が無いんじゃないんですか?このままじゃわたし何してもお隣さんから卒業出来ません」

「君、意外と暴力的よね?」

「なんとかしてください」

「知るか。虎太郎君に意識させるとこから君の戦いは……あぅ、そんな睨まんでよ分かったよ手助けしますから」

「お願いします」

「君は勉強しような?」


 *******************


 天界人口管理局日本支部少子化対策特別室室長、ミートソース・ブルーマウンテン・チーズカマボコ。

 通称ミブチさんです。


 潮田紬と広瀬虎太郎の恋愛は想像以上に発展しなかったんだ。困ってます。

 しかし私が言うのもなんだけど浪人生があんな恋愛脳でいいんかね?まぁいいや。


 ……さて。全く恋を成就させる気のねぇ紬だが、彼女の言う通り虎太郎にも問題があるのは明白だろ。

 この夏、紬は私のサポート有りで何回かアタックした……けれど潮田もびっくりの塩対応で全て躱されてんだわ、これが……


 まぁ理由は分かってんだけどね?


 虎太郎はチェリーだから、女の子と2人で遊んだりできねぇんだわ。ならば?


「--というわけで虎太郎君、君の意識改革に来たよ」

「突然来てなんだい?実渕さん」


 大学の夏休みは9月末まで。まだ長い夏休みの最中だってのに同い歳がバーベキューやらなんやらしてる時この男は大学の自習室に居る始末だ。


 虎太郎の方が女慣れしたら紬ともいい感じになるっしょ?虎太郎、女の子には興味あるもんな?珍獣カフェの姉ちゃんに惚れてたしな?


「虎太郎君、このクソ暑いのに自習かい?課題が終わらないとか?ちなみに私は全て提出しているよ」

「うん……まぁ夏休み予定もないので……」


 君が尽く断ったんだろ?

 参考書に目を通し……いや?見えてるのかこれ。目が開いてないが……いや、いつもか。

 とにかく真面目に勉強してる姿は紬にも見習わせたいもんですな。


「ダメダメ。ダメですわ」

「あっ!なにするんだいっ!!」


 ノートと参考書?を取り上げて私は虎太郎を無理矢理立たせる。抗議の色を浮かべた顔で私を睨む……ん?睨んではない。目が開いてない。


「遊びに行こうか?虎太郎君」

「え?急になんだい?」

「大学生だろ?夏は遊ぶものだよ。私が君を外に連れ出してそのカチカチの頭を解してやろうって言ってるんだよ」

「……大学生なんだから勉強しなきゃだろ?俺は一流企業に就職するんだ」

「虎太郎君」


 心底真面目そうなトーンで、かつ憐れみを込めて私は虎太郎君の両肩に手を置く。


「勉強ばかりしてきた奴が社会に出て使えねーって言われてんの見たことないの?頭より、コミュ力だぜ?」

「失敬な!こう見えて高校時代は生徒会だったんだぞ!!」

「虎太郎君、君に足りないのは女の子への免疫だ」

「な、なんだい突然……」

「そんなことだから惚れたカフェ店員に対してストーカーみたいなアプローチしか出来ないんだよ」

「っ!?ストーカー!?」

「毎日通いつめたらストーカーじゃん」


 虎太郎君の顔色がいい感じに死んできたら手を引くだけだ。さぁ、青春へ駆け出そう!


「今日は私が虎太郎君に学生としての健全な夏を教えてやろうっ!!」


 *******************


 ……で、下界の学生ってのは夏には何をするんだ?


 相変わらず乗り気じゃない虎太郎君。とりあえずオシャレなスターマックスコーヒーへ入ろうか。ここの特製フラペチーノが美味い。

 ところでフラペチーノって何をもってフラペチーノなの?


「……実渕さん、唐突にどうしたんだい?なにか俺に用でもあったの?」

「虎太郎君に用事がある奴はそう多くないと思うけどな」

「いちいち心抉ってくるなぁ君は!」

「では傷ついた心を癒してやろう」

「君が傷つけた」


 ところで今日の彼のシャツなんだけどなんで葉緑体なの?


「虎太郎君はさ、この夏カノジョとか作らないのかね?」

「その答えは君が知ってるだろ?どうせ誰も俺に用はないし興味もないよ……」


 沢山誘われたろ?


「ふぅん……どうかな?虎太郎君、気が利くし優しいしモテると思うぞ?」

「なんだい突然、壺?絵画?それとも説教本かい?」


 やっぱり可愛くねぇよお前。


「実際居るでしょ?いい感じの子。どうなのさ」

「いや……そりゃ何人かには遊びに誘われたりしたけどさ?」


 え?何人か?


「……まじ?」

「アマレス部の五里田ごりたさんでしょ、女子ボディビル部の淡白室たんぱくしつさんとか……」

「なんでゴリラばっかなの?」

「知らないよ……俺はね、別に女の子と遊ぶ為に東京に来たんじゃないんだよ。それに俺はもう騙されたくない。俺に良くしてくる女の子はみんな結婚してるに違いない」


 拗れてんなぁ……


「でもでも、そんなのばっかじゃなかったでしょ?紬ちゃんとかは?」


 虎太郎君、明らかに反応を示した。やはり私の見立て通り、この子は紬が気になってるはずだ。

 ただチェリーな部分が邪魔をして中々自分からいけないだけだろ?虎太郎。


「そういえば何回か……遊びに行こうとは誘われたな。高校の頃はほとんどなかったのに……」

「紬ちゃんも地元離れて寂しいんじゃないの〜?虎太郎君、女の子は寂しい時に優しくされるとキュンとするんだぜ?」

「そうなのか……でも」

「ん?」

「あの人勉強忙しいだろうからさ…」


 おい紬、やっぱりお前のせいだぞ?


「虎太郎君はさ、紬ちゃんがなんで私らの学校目指してるか知ってる?」

「俺も何回か訊いたことがあるよ。でも教えてくれないくてね……同じ志望校に行きたいって言ってたから高校の頃は勉強見てたんだけど……正直身の丈にあった志望校とは言えないし……」

「……虎太郎君、紬ちゃんと仲良かったんだ」

「一応、生徒会で一緒にやってきたからさ…」


 …………てかさ、コイツは本当に気づいてないわけ?脳みそ入っとんのか?これだからラブコメの主人公は…

 私には分かる。ラブコメの主人公は気づいてても向き合うのを恐れて目を背けているだけである。本当は第1話から気づてる。多分。


「虎太郎君、星、好きだろう?」


 *******************


 東京って本当に数分で色んな所に行けて便利だよなぁ……

 そう感心するのは地元を離れて東京で切磋琢磨してる大学生、広瀬虎太郎です。


 なぜか実渕さんに連れ回されてやって来たのはプラネタリウム。プラネタリウムとは昼間でも星空を眺められるっていう優れた施設である。しかも星の解説までついてくる。1回行くだけで星座マスターである。


 暗いプラネタリウムの中にはあんまり人が居なかった。シートに体を沈ませ実渕さんと並んで人口の星々を眺める。

 こういう場所の難点は眠くなることだよなぁ……


「虎太郎君、あの星知ってるかい?あそこにはね、絶滅危惧種のナンジャッテンダイ族が住んでいるんだ」

「へー」

「虎太郎君、あの星の税関はとっても厳しくてね……」

「へー」


 なんか…解説アナウンスに混じってよく分からない補足説明がついてくる。ナンジャッテンダイ族ってなに?

 というか本当に彼女は何がしたいんだろうか?俺はどうして実渕さんとプラネタリウムを……?


「虎太郎君、紬ちゃんの事を、どう思ってる?」

「へ?」


 なんでこの人こんなに紬さんのことをあれこれと……


「……友達」

「友達か」

「うん。なに?」

「よく考えてごらん?」

「……?」


 なんだいその試すような視線は。なんかムカつくなぁ……


「実渕さん、それを訊くために俺を連れ出したの?」

「ん?まぁ……うん」


 なぜ?

 ……なぜそんなに紬さんと俺の関係が気になる?考えろ。考えるんだ。確か紬さんと実渕さんはバイト同じで……

 仲がいいのか。それが?

 俺と紬さんも仲がいい。で?

 俺と紬さんは家も隣で高校からの知り合いで……実渕さんはそれを近くで見てて……


 ……っ!?


 その時、広瀬虎太郎の人生でトップクラスの落雷が落ちた。その衝撃たるや全身の筋肉が引きつけを起こす程だった。


 突然のお出かけにプラネタリウムに俺の交友関係を探るような言動……間違いないっ!


 この人……俺の事…………好き?


 ぱっちりと大きな瞳がプラネタリウムの星を映して濡れているみたいだ。そんな瞳が期待の混じったような視線で俺を見つめている……

 この俺を、見つめている。


 ……そうか、そういうことだったのか。

 思えば初めて会った時からそうだった。この人はやたらフレンドリーで……


「?虎太郎君?」

「……実渕さん」

「うん。」

「紬さんとは……友達……ダヨ?」

「……うん」

「友達ダヨ?」

「どうした?」


 チョンッと隣の実渕さんの手を指でつついてみる。


「どうした!?」


 男、広瀬虎太郎……ここはかっこよくエスコートするところなんだろう。

 日比谷さんとの恋に破れたばかりだけど…そうか、こんなに身近に俺を想ってくれる人が居たなんて……


「本当にどうした!?」


 手を重ねてみたら明らかに動揺している。これは好きな男からのアプローチにあたふたしているんだ。


 いいのか?広瀬虎太郎……

 いいんです。

 虎太郎、カノジョ欲しい……

 虎太郎の灰色、無味乾燥な人生にようやく彩りが……!?


「気づかなくてごめんな?」

「なにが!?」

「確かに女子への免疫は無いかもしれない。こんな…分かりやすい気持ちにも気づけないなんて…でもこれからは違うよ」

「お、おう!?」

「俺に任せてくれ」

「そ、そうかい…任せたよ?」

「うん」

「うん?」

「……星が綺麗だね」

「?????」


『こちらで輝いているのが、バカジャネーノ一等星です』


 *******************


 ……なんだこれ?


 よくわかんねーけど、ホテルに来た。なんで?なんでかって?知るか。

 なんか1人で張り切りだした虎太郎が私を連れてきたんだが……


 昼間っからピンク色の輝く看板の下で「俺に任せてくれ」と連呼するこの男……私には分かる。


 コイツにはマジで女への免疫ない。あれだ、ちょっと優しくしたら惚れてると勘違いするって言う都市伝説レベルで語られてるアレだ。

 それにしても飛躍しすぎじゃね?紬、お前こんなののどこがいいん?

 仮に私がそうだったとしてよ、告白前にホテルて……しかも今昼の2時。


「……あのさ、虎太郎君、なんか張り切ってるとこ悪いんだけどさ……」

「俺に任せてくれ」

「いや……」

「大丈夫だ」

「ちゃう」

「入ろうか」

「入らねーよ」

「疲れただろう?休憩しようか」

「しねーよ」

「大丈夫だって。分かってるから」


 殺意が湧いてきたぞ?

 この男の暴走具合を見てたら紬とくっつけることに不安しか感じないんだけど……いや、それより先に我が身の不安を感じる。


 しかし……私の仕事はさ、紬とこの子をくっつけることなわけで?辛いけど現実を受け入れて貰うのが私の仕事なわけで?


「…ムードが足りないのか?ごめん。じゃあチューから」

「待て待て待て!!頭おかしいんか!?いやーーっ!」


 ベチィィンッ!!


「ぐはぁっ!?」

「ごめんけど!違うから!!そういうんじゃないから!!まじっ!」


 ……虎太郎、現実を乗り越えた先に幸せがあるんだぞ?


 ビンタ食らって拒否られた虎太郎、普通に考えたら黒歴史。何が起きたか分からないって顔でぽかんと固まってた。

 場所はラブホ前。もはや事件である。彼がなにをどう勘違いしたのか知らんけど彼の青春の1ページに拭い難い恥を刻むことを申し訳なく思いつつ、私は告げなければならないことを告げる。


「私虎太郎君の事そういう目で見てないんだよね。ほんとごめん」

「…………っ」

「いや……そんな母親に縋る子供みたいな顔されても…無理だから、まじ」

「……でも」

「いやでもじゃなくて」


 虎太郎君…目が開いてる。そんなにか?


「ほら、虎太郎君にはもっと相応しい人居るよ?だからさ……」

「でも君は……」

「いや…」

「いや」

「いやじゃなくてよ。ほら、例えば…」

「え?は?え?じゃあ今日の……今までの……え?」

「え?」

「え?」


 いや、怖い怖い怖い。なんでにじり寄って来るん?


「……俺、この前失恋して…………え?」

「いやいやいや、ほんとごめん。ごめんて…え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 …………え?


「……実渕さん?」

「ちょっ…………あんまり近づかないで……おまわりさーーんっ!!」

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