鎖の呪縛
台風の影響で1日伸びた夏休み。それも終わりかったりぃ二学期が始まった。
もう3年生……来年の今頃には私は何してるんだろうか?あんなことやらかした私を社会は受け入れてくれるだろうか?
人より短い高校生活だったけど、終わりが近づけば寂しい気持ちにもなるってもんだ。
二学期始業式は昼までに終わって昨日までの大荒れが嘘みたいに快晴な空の下下校のチャイム。すぐ間近に迫る体育祭とやらに向けて生徒達が委員会やら練習やらで居残りするのを見ながら私は下校する。
「待った」
そんな私を止めたのは手首に食い込む手錠だ。痛ぇ。
私を止めるのは我が姉浅野詩音……この学校で完全にイカれてしまったこの女は今日もやる気満々である。
そんな姉に常識人側の視線を向けるのが私、浅野美夜である。
「同好会があるでしょ?美夜」
「はぁ?二学期早々やらないよ。明日からだ」
「ダメです。代表は私です。私が決めます」
「私も代表なんだよ。てか、夏休みのフェスで勝手なことして、活動停止になったの忘れたか?」
--夏休み中に開催された音楽フェスティバルに勝手に警備として乗り込んで勝手に運営相手に暴れた私達は謹慎中である。この程度で済んでしまうこの学校はやっぱりおかしい。
「活動は出来なくても集会はできます」
「黙れ。姉さん、今日はそんなこと言ってる場合じゃないんだよ」
そう。私達姉妹にはくだらない同好会に精を出す暇は無い。なぜなら……
「今日は母さんが高級中華連れてってくれる約束だろ?」
「美夜……中華は逃げないよ。そんなお昼ご飯の為に早帰りなんて小学生じゃあるまいし……」
「早帰りじゃねー。放課のチャイム鳴ったろ」
姉さんはなにも分かってない。
高級中華だぞ?これが懐石料理とかフレンチなら私もこんなに浮かれたりしない。
中華だぞ?
つまり?フカヒレだ。
私の18年間の夢が今日叶うんだぞ?
--私の夢は死ぬまでにフカヒレを食べること。私の胃の中をあの琥珀色のご馳走で埋め尽くす。それが私の人生の目標。
今日までこの修羅の学校で生き残ってこれたのはそのフカヒレへの執念があったからに他ならない。フカヒレを食べるまで死ねない。その強い意志が私を支えたんだ。
姉ならそんな妹の夢の成就を手助けして当然では?
「同好会行くよ」
「姉さん……たった1回だ。今まで毎日やってきたじゃないか。たった1回同好会休んだくらいでバチは当たらない」
「ダメよ!私達代表なのよ?柴又さんから受け継いだ意思どこに行ったの?」
「受け継いだの姉さんだけだから」
「今学期の方針を決める大事な日なんだよ?美夜」
「どうせまた放課後の校内巡回と神楽頼みの異常者制圧だろ?」
「こらっ!!」
「こらじゃねぇ」
「美夜……せっかく学校のみんなが私達を認めてくれたんだよ?いいの?こんなので?信頼を築くのは大変な時間がかかるけど、失うのは一瞬だよ?」
「そんな一瞬で崩れ去る信頼ならないも同じ」
私の説得にも彼女は応じない。姉の意思は固いらしい…しかし私の意思も固い。
説得は諦めて強引に引きずって行こう。この手錠のせいで逃げることは不可能だ。
「たまには妹の意見も聞きなさいよっ!!」
--ガシャンッ!!
「痛ただただっ!!」「痛い痛い痛いっ!!」
手錠が細い手首に食いこんでズキンズキンと痛む。姉妹を繋ぐこの鉄の鎖は私達の道を分かつことを許さない。
フカヒレと同好会…決して相入れることのない互いの主張をキリキリと金音を鳴らす手錠の鎖が物語っている。
「美夜痛いっ!!」
「なら諦めろっ!!フカヒレが待っているっ!!」
「フカヒレ!?この前食べたじゃんっ!!」
「インスタントだろあれはっ!!あんな春雨スープみたいのはフカヒレとは認めないっ!!」
「美夜!よく聞きなさいっ!!あなたがお姉ちゃんに暴行を加えてまで求めるそのフカヒレはね!大体どこに行っても春雨スープみたいなものだからっ!!」
「そんなわけあるか!!私は高級中華で本物のフカヒレを食べるんだっ!!」
以前スーパーでインスタントのフカヒレを見つけた。あんな高級食材がおうちで簡単に…と感激したものだが、蓋を開けてみればただの春雨だ。あんなのフカヒレじゃない。フカヒレってもっとこう…厚切りパイナップルみたいなやつのことだろ!?
「美夜!!千切れるっ!!手首千切れるって!!」
「諦めろ姉さん!!私は人生の夢を果たすんだっ!!」
「美夜っ!!」
なんだなんだ?と正門前に人集りが…恥ずかしいなんて言ってる場合じゃない。フカヒレが私を待ってるんだ。
この人生を賭けた綱引き…負ける訳にはいかない。
「大体姉さんはいつもそうさっ!!私の為私の為って言いながら私の気持ちなんていっつも無視するじゃないかっ!!」
「そんなことないっ!!私はあなたの為を--」
「言ったそばからまたそれだっ!!ふざけるな!!私の為って言葉が免罪符になると思ってるっ!!私の人生は姉さんのものじゃないっ!!」
「……美夜」
「私だって…私だって自分の意思で生きるんだっ!!」
「…そうだっ!!負けるな美夜さんっ!!」「妹を解放してやれっ!!」「その呪縛を打ち破れ!!じゃないと君の人生は始まらないぞっ!!」
……嗚呼、声援とはこんなに力をくれるものなのか。
徐々にだけれど私の脚が正門へ近づいていく。心做しか姉さんの抵抗力が弱まった気がした。
「解放して!!姉さんっ!!」
「……っ!美夜っ!!あなたそんなことばっかり言って!!あなたいっつも我儘ばかりじゃないっ!!」
「なにをっ!?」
「私は別に…美夜の全部を否定したことなんてないっ!!あなたが言う美夜の意思って、やらなきゃならないことをサボったりとかそういうことばかりでしょ!?」
「そんなわけあるかっ!!」
「お姉ちゃんはこれからはちゃんと美夜を叱ってあげられるお姉ちゃんになるって約束したんだからっ!!」
「そのやらなきゃならないことってのも全部あんたが決めてることだろ!!」
「お姉ちゃんの愛情が分からないの!?」
「そうだそうだ!」「負けるなお姉ちゃん!!妹さんを導けるのは君しか居ないんだっ!!」「君達はいつも二人一緒にやってきたじゃないかっ!!お姉ちゃんに向かってその言い方はあんまりじゃないのか!?」
こ、こいつら…っ!!
野次馬の声援を受けて姉さんの力が強まっていく。いい加減手首から血が出始めてきたよ。
「ふ、ふざけんなっ!!バケモノだらけの密林に入ったり夏フェスに殴り込むことが必要だってのか!?」
「美夜!!私達は校内保守警備同好会よっ!!」
「私だって人間なんだよっ!!たまには同好会代表の皮を脱ぎたい時があるんだっ!!」
「でもそれは今じゃないわっ!!」
ギリギリ…ギリギリ……
くそっっ!!私に人ひとりを引きずる力があれば……っ!!
…………もうこうなったらこの手錠を外すしかない。どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても私はフカヒレの元へ行くっ!!
「阿久津君、我らオカルト同好会としては対抗リレーの時宇宙人の皮を被って走るというのが最も相応しいと考えている。どうだろう武」
「…良き」
「良くないでしょなんですかそのイカれたコスチュームは。私は着ない」
「阿久津君!」
そこへ!!要注意リストオカルト同好会の面々が通りかかるっ!!2年生の阿久津が何故か手にノコギリを持っていたっ!!
「おいっ!!そこのメガネ女っ!!」
野次馬の中のメガネかけた女子がみんなこっちを見た。違う。
「お前のノコギリでこの呪縛を切り離してくれっ!!」
「させないわっ!!美夜っ!!」
「……え?なんですかあれは。またなにかしましたか?宮島先輩」
「呼ばれたのは君だろう、阿久津君。あれは校内保守警備同好会じゃないか。嫌だよ関わりたくないよ」
「……良き」
「チンたらするんじゃあないっ!!今すぐそのノコギリで私の手首を切り落とすんだっ!!」
「なっ!!何言ってるの美夜!?」
「なんだってーっ!!浅野美夜が……自分の手首を切り落として手錠を外そうとしているぞっ!!」
なんかわざとらしい野次馬の解説は私の意図を正確に汲み取る。
「こらーっ!!オカルト同好会の阿久津さんっ!!あなた校内でそんな危険物……拘束しますよっ!!」
「黙れ姉さんっ!!早くするんだっ!!ちょいとそのノコギリで私のこの左手首を切り落とすだけでいいんだっ!!」
「…………」
「何度も言わせるんじゃあないぞっ!!早くこいっ!!そのノコギリを持って…早く来るんだっ!!」
「……え?嫌です。これ、あの……かぐや姫は本当に居るのかって検証の為に今から竹切りに行く用のノコギリなんで……」
「そんなことを聞いてるんじゃあないっ!!早くしろーーっ!!」
「美夜っ!!あなたそこまでっ!!」
「私の腕を切り落とせーーっ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
わざとらしい野次馬の悲鳴。
そしてドン引きしている阿久津。
かぐや姫なんて居なくたっていい……そんな幻想より今は、現実のフカヒレの方が大切なはずなんだっ!!
「させないっ!!」
「我が運命は既に……フカヒレに向かって回りだしているっ!!姉さんっ!!今更お前程度の……脆弱な力で……ぬぅぅっ!!くそったれがっ!!この便器に吐き捨てられたタンカス供がァーっ!!」
「汚い言葉遣いをするんじゃあありませんっ!!」
「…………」「阿久津君、望み通りにしてやったらどうだ?」「良き」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」「ああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……」
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅあっ!!!!」「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「…………」
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁおっ!!」ぅぅぅ--」
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「フカヒレ♪フカヒレ♪」
--結論から言おう。
今は夕方だ。
拮抗する私と姉さん。躊躇う阿久津。三者の絶妙なバランスは均衡を保ち続け、気づいたら日が暮れていた……
そして帰ったら母さんが車を用意して待っていた。
つまり、フカヒレである。
いかにも高そうでスカした門構えを潜ればそこは高級中華。テーブルに通された私は迷わずフカヒレをオーダーしその時を待つ。
ちなみに腕は手錠でボロボロになった。
でもいいんだ♪今日はフカヒレが食べられるから♡
「もうっ、聞いてよ母さん。この子ったら……」
「はいはいもう784回も聞いたわよ」
憤慨する姉と呆れ顔の母。そんなことはどうでもいい。
神は居た……そして本物のフカヒレはその神より確かなる存在なのである。その事実に比べれば姉妹喧嘩も抉れた手首も全て瑣末な--
「おまたせ致しました。フカヒレスー「待ってたぞこらぁっ!!」
テーブルに置かれたボウルには黄金色に輝くスープがっ!!
なんて美しい光景……立ち込める湯気まで黄金に見える。芳醇な香り。なんの香りかは知らないが美味いに違いない。
「良かったね美夜。さぁ念願のフカヒレだよ」
姉さんからスプーンをぶんどって…
僭越ながら浅野美夜、スプーン投入させて頂きます。
透き通るスープ……そしてきっとその奥に厚切りパイナップルみたいなフカヒレ……
……?
ボウルの底が見える程の透明感なのに、デカデカしているはずのフカヒレさんが見当たりませんが?
なんなら具、入ってる?
「…………フカヒレは?」
「スプーンに入ってるじゃない。ほら、お椀によそっておあがりなさい?」
…………
嘘だ。
だって私のスプーンの中には……ババアの髪の毛かってくらいほっそい半透明な春雨みたいなのしか……
…………春雨?
春雨………………………………
「厚切り……パイナップルは?」
「美夜……」
やめろ姉さんっ!!そんな目で私を見るなぁっ!!
「美夜だから言ったでしょ?」
「………………」
「こんなものだよ。お店で食べるフカヒレだって」
--姉さんが何を言ったのか、私には理解できなかったし、もう覚えてもいないけれど。
私が次の瞬間には店に火をつけようとしていたことだけは鮮明に記憶の中に刻み込まれていた。




