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また妾を無視するっ!!

 --私葛城莉子は高校の養護教諭である。

 私の仕事とはすなわち生徒の健康を守ること…生徒の健全な成長を見守って助けてやるのが私の仕事だ。

 生徒を守るのが私の仕事だ。

 生徒の明日を守るのが私の仕事だ。


 剛田君は命懸けで日比谷君を守った。

 妻百合君や橋本君も命懸けで戦っている。

 宇佐川君もだ。


 だから私も戦わなければならないだろう。時にはビールを我慢してでも、私はこの子達を守らなければならない。


 なぜなら、私はこの子達の保護者だから…


 太陽をぶつけられたのかと思った。

 宇佐川君へのトドメとして放たれた火球の直撃。度重なる戦いの巻き添えでぶっ壊れた学校の車の扉がたまたま落ちていなかったら私達は盾にするものがなく為す術なく消し炭だったろう。


 が、鉄の盾を用いても無事とはいかず私の両腕は焼けて溶けた車の扉と熱波により大火傷だ。


「…あ、あんた……」

「……っ、無事かね?宇佐川君」


 痩せ我慢だ。転げ回り叫びたいほど痛い。しかし子供達の前で情けない姿は晒せないだろう?


 そして私は子供達をいじめる巨悪を睨みつける。

 --白面金毛九尾の狐。


『ふふっ…ふははっ。葛城莉子。人間風情が。そうか。いつまで怖気ておるかと思ったらようやく出てきたか。しかし遅すぎたようじゃな』

「……」

『思えばこの戦い…お主が始めたこと。お主がゆきぴーの元にやって来てから全て始まった。愚かな事じゃ。余計なことに首を突っ込まなければもう少し長生きできたというのに…』

「……黙れ。生徒を守るのが私の仕事だ」


 怪物がちっぽけな私を見下ろして醜悪な笑みを浮かべる。全く驚異でない私に対して軽蔑すら込めた眼差しを投げかけるのだ。まるで死にかけの虫の足掻きを眺めるかのような…


『葛城莉子よ。お主の始めたこの戦い、お主が終わらせぬか?生徒を守ると言うのであれば文字通りお主の選択で終わらせよ。ゆきぴーを妾に差し出せ。さすればこの場の者は見逃してやろう』


 ちなみにゆきぴーとは古城幸恵のことである。九尾の狐の目的は古城幸恵と結婚して世界を2人のユートピアにすることだそうだ。は?


「……」

「ひっ…こっち見ないでくださぁぁぁい。ひぃぃ……」


 私がちらっと一瞥したら古城幸恵はガタガタと震え出した。小さくか弱い女の子が、そこに居る。


『お主が足掻いたところでどの道何も出来ぬだろう?もう戦える者も居らぬぞ?』

「……」

『ゆきぴーを差し出したならばお主の車とアパートの扉も直してやろう。ビールも買うてやるぞ?ん?』

「…君は馬鹿かね」


 私は何も出来ないちっぽけな身で九尾の狐の前に立つ。


「私は生徒を守ると言ったんだ。この子も私の生徒だろう」


 私の答えは決まっている。

 いつもいつも…私の日常を騒がしくも楽しく彩ってくれるこの子達の未来を守る。

 例えちっぽけで何も出来なくても…


 覚悟を決めた私を九尾の狐の嘲笑が踏みにじる。私の愚かな選択を侮蔑の笑みと嗤いで侮辱する。


『--ならば死ね』


 九尾の狐の口が光った。またあれが来る。

 脚が震える。攻撃が来る前から放たれる熱量が肌を焼き、それが来る攻撃の威力を物語る。

 今度は即死だろう。


 私は私を庇おうとする宇佐川君を突き飛ばしその場に両脚で踏ん張る。

 私には何も出来ないかもしれないが…せめてここは退かない。絶対に。


「あんたっ!ヤバいてっ!!」

「いやんっ!」

「り、莉子せんせーーっ!!」


 宇佐川君と剛田君と日比谷君が声をあげる。これが私の聞く最期の音になる…

 たっぷり力を溜め込んだ妖狐の口から炎の球が練り上げられ私に向けて--


『うぐっ!?』


 …放たれる、と思った。が、口の中の火球を飲み下す九尾の狐が突然その巨体をくすぐったそうに激しくよじる。ダニに侵された猫みたいだ。


 私達の背後で強い力を感じる光が強く、強く九尾の狐を照らしていた。光に当てられただけでピリピリと肌がザワつく力の塊だ。


 それは妻百合悠々斎の手の中の勾玉だった。

 九尾の狐の封印の要であるその勾玉がとてつもない光を放っている。


 ……その隣で。


 ピ〜ヒョロロロロロ〜♪


 スマホから流れる笛の音色に乗ってるのか乗ってないのか…よく分からないがその場で場違いなほど滑稽な、しかし何故か目を引く舞を舞う男の子…


「圭介……」


 宇佐川君の呟きに応えるように橋本君の舞が加速する。相変わらず何かが違うが……


「結愛さん…僕、君の期待に応えるよっ!!」


 にじみ出る橋本君の気合い、想い…

 それを受けてか封印の勾玉が更に強烈に輝きだした。


「あ、姉上…っ!かつてこれほどの力をこの勾玉から感じた事はございませんっ!」

「…舞が…神事の舞が完成しようとしておりますっ!!ゆうちゃんっ!!」


「おーーっほっほっほっ!頭を打ちましたわーっ!!マネージャー!包帯を寄越すのですわー…マネージャー?」

「……城ヶ崎、見ろ」

「何を泣いておりますのー?」

「見るんだ…あの踊りを……」

「?」

「……ビューティフォー」


 橋本圭介、覚醒。


『ぬぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁっ!!!!』


 光の強さが増すごとに猛烈に苦しみだす九尾の狐。


『ぎゃあああああああっ!!』


 何故か一緒になって苦しむトイレの花子さん。


 勾玉の光を受けて汗を散らせ必死に踊る橋本君の姿は、そのズッコケダンスがまるで気にならないほど厳かでなんか…神々しくて…なんか……

 なんか…すごかった。


 九尾の狐の体から青白い光が湧き上がり、勾玉の方へ吸い込まれていく…


『はぁ…はぁ…おのれ……まさか妻百合でもない者が……封印の舞を舞うとは……っ良いのか妻百合よっ!その舞は妻百合にのみ伝承される秘伝!!貴様らそれを部外者に踊られてプライドはないのか!?』

「……もう部外者ではございません。妻百合の神事の舞は家元にのみ継承されるもの……すなわち、橋本先輩は妻百合の次期家元にございます」

「おいちょっと待て。圭介はアイドルになるんだ」


 明らかに九尾の狐が弱っている。妻百合へ「おい今すぐ止めさせろ」的ニュアンスの揺さぶりをかけるほどに……

 しかし、やはりそう簡単ではなかった。


『くっ!!舞が完成し封印が施される前にその小僧を消し飛ばせば良いだけの話っ!!』


 大きく跳躍した九尾の狐は少しでも勾玉から離れるように空中で静止し、再び口の中で火球を育てだす。


「……ちっ!」

「まずいわ…あたしも結愛ちゃんももう神通力を出すパワーがない。あんな上に飛ばれたら手も出せないっ!!このままじゃまとめて消し飛ばされるわっ!!」

「急げ圭介っ!まだ完璧に踊れねぇのかっ!!」

「……っ!!なにかがまだ違うんだっ!」

「何かと言うか全体的におかしいでございますが……もう少しでマスターできるでございますっ!!それまで何とか……何とかしてくださいませっ!!」


 妻百合君も無茶を言う。


「おいっ!そんな攻撃を仕掛けたらゆきぴー諸共吹き飛ぶぞ!?いいのかっ!?」

「ふぇぇ……莉子先生ゆきぴーって私ですかぁ?ひぃっ……」

『もう知るか。ここで封印されるくらいならまとめて消し飛ばしてくれるっ!!』


 こいつもうなりふり構ってられなくなったようだ。

 しかし…まずいっ!!


 遥か頭上で火球が太陽のように煌々と輝きその熱波は地上まで届き私達を炙る。

 そして……


『--滅せい』

「うぁぁぁぁんっ!!結愛さぁぁんっ!!」

「くっ!!」

「おしまいよっ!!」

「おーーっほっほっ!?おほっ!?おほーーーっ!?!?」


 --ボッ!!


 ウルトラマンのスペシウム光線みたいに九尾の狐の口から赤い熱線が放たれたっ!!ものすごいスピードで迫ってくるそれは間違いなく私達を巻き込んで地上を焼き払う。


 せっかく橋本君が覚醒したというのに……っ!

 よもやこれまで……万事休すっ。



「--失礼」


 ぎゅっと目を瞑り身を焼く豪火に対して覚悟を決めた時だ。耳元を揺らしていく声が涼やかな余裕とともに通過した。


 ……誰?


 恐る恐る目を開けば、すぐ目の前にまで迫った熱線を前に小柄な影が躍り出た。

 私達の最前線に姿を現したその何者かは腰に携えた太刀を振り抜く。


 目にも止まらぬとはこのとこだろう。神速の居合が炸裂。しかし何より恐ろしいのはその太刀筋は切れるはずなどない炎の波を真っ二つに叩き割ったこと。


 炎が斬れた--

 分かたれた炎は私達の両サイドへそれてそれぞれ明後日の方向に走り遠くで爆炎をあげる。私達は突然現れたそのサムライの神業に口をあんぐり開けていた。


『なに!?』


 それは九尾の狐も同じ。まさか自らの放った一撃がいなされるとは思いもしなかったのか、コミカルに目を丸くして眼下を見下ろしていた。

 が、襲撃者“達”はそんな隙を見逃さない。


「斬り捨て御免」

『っ!?』


 いつの間にか--本当に気付かぬ前に九尾の狐の元まで跳躍していたもう1人のサムライが九尾の狐の巨体を沿うように空を走りそのまま降下していく…

 そう、沿ったラインに深い斬撃を残してだ。


『ぎゃあああああああああああっ!?』


 九尾の狐の体の横にふた筋のラインが走る。鮮血と共に妖力が青白い光となり傷口から吹きこぼれ勾玉へ吸収されていく…


 そして地面に帰還した二刀流のサムライは炎を割いたサムライと並び立ち、地面に落ちてくる九尾の狐を見つめていた。


 その後ろ姿……私は知っている。

 いや、私達は知っている。まさか……


『ごふっ!?妾が……斬られた!?何者だっ!!』


「--彼岸神楽流初代総師範……彼岸神楽」

「……彼岸三途だ」


 突然現れた2人の剣士にその場の誰もが絶句した。特にその男は、我が校の生徒ならば知らない者は居ないだろう……

 ある日突然消えた天才剣道家。我が校最強の男……

 そう。あの『せいし會』をほぼ1人で壊滅させた彼岸三途君だった。


 そしてもう1人は、同じ彼岸の苗字を持つ『校内保守警備同好会』の最高戦力…彼岸神楽。

 字面がよく分からないがこれは一高校生の説明である。


「お前……っ神楽かっ!?ここで何をっ!!」


 …兄妹だよな?宇佐川君の声に彼岸兄妹がそちらを向く。三途君と宇佐川君の視線が交差した時、宇佐川君の体から死にかけとは思えない程強烈な殺気が吹き出した。


「…お前か。煉獄会に加担してたクソガキってのは……圭介をぶっ刺した奴らの生き残り……」

「宇佐川結愛。元々俺はお前を討ち取る為に煉獄会に入った。煉獄会が潰れた今興味はないけど、組長一家への義理立てとしてここで首を取っても構わないが……?」

「あ?」

『やいっ!妾を無視するでないっ!!』


 シカトされ別方向でバチバチし始める両者に構ってちゃんが地団駄を踏み癇癪を起こす。が、舞の力で確実に力を失っていき、明確なダメージを与えられた九尾の狐の顔には焦りが濃く浮き上がっている。


「宇佐川結愛。兄は既に更生しています。それに今はこんなことをしている場合ではないでしょう?」

「……随分、強くなったみたいだな神楽。達也と修行してた頃はヒヨっ子だったのに」

「……佐伯達也と、兄のおかげです」


 なんだかいい感じのところ悪いが…


「こら、三途君」

「……あ、莉子先生」

「君、いつ日本に戻ってきたんだね?海外で武者修行するって休学してたんじゃないのかい?」

「あ……ちょっと色々ありまして……」

「君、あんまりフラフラしていたら卒業が危ういぞ?もうすぐ3年生だろ?」

「あ、はい…」

「いつ復帰するんだい?」

「いや…ちょっと……」

『だからっ!!なんで妾を無視するんじゃっ!!あぐぅっ!!』


 勾玉がどんどん輝きを増している。橋本君もどんどん加速している。城ヶ崎麗子のマネージャーの感動も天井知らずに上昇している。


 ……封印まであと少しだ。いやそんなことより。


「君達ここで何してる?」

「……なにやら強い力を感じたので。もしや大変なことが起きているのではと…校内保守警備同好会として無視はできませんでした」

「……助けが必要でしょう?」


 この街の人間は世界の危機に敏感だ。

 そしてこの2人、どうやらこの局面において最も頼りなる戦力とみて間違いないようだ。

 九尾の狐が明らかにビクついている。


 …教え子に戦わせるのは保護者としてどうかと思うがここは託すしかない。


「必要だよ。あのバケモノを封印しなければ世界が滅びてしまうんだから」

「え?」「またまたぁ…大袈裟だな」


 なんでこの非現実的光景は受け入れられて世界の危機には懐疑的なんだ。

 ……いや、この2人あまりに強すぎて「こんな奴に世界の存続が危ぶまれるわけないじゃん」的な余裕を醸してるのか?


「とにかく今橋本君が封印の儀を行っている。儀式が完成するまで、奴を足止めしなければならないんだ」

「……兄さん」

「……ふん、細切れにして終いだろ」


 この2人のこの余裕……今まで1番頼もしいぞ。なんだか……申し訳ないが他のメンバーとは安心感が違うっ!!


「--行くぞ、神楽」

「ええ……参ります」

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