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ハイドロプレーニング現象

 --聞いたことがある。

 この街には古くから神が住んでいると…

 我が校の建っている土地はかつてその土地神を祀っていた場所なんだとか。我が校の屋上には鳥居が偶に現れる…なんて噂も耳にしたことがある。

 その神というのはいわゆる邪神であり、決して人に対して友好的な存在ではなかったらしいんだが……


「それがあたしよ」


 --葛城莉子、もはやなにを聞かされても信じてしまうようになってしまった。


「あたしは神様と融合したの。うふっ♡」


 剛田剛。元野球部主将。校内モンスターリスト堂々のトップである。

 目の前で空中浮遊をして見せたこのオカマの言葉をもはや疑う余地はない。てかもうどうでもいい。彼はピッコロだった。それだけである。


 私達は今、最凶の大妖怪九尾の狐との決着をつけるため妻百合花蓮の元に車を走らせている。

 道行く車(こんな天気で車が走ってる時点で正気の沙汰ではない)が吹き飛んでいく隣で謎のオーラに包まれた我が車は普通に走っている。妻百合君が居る病院はすぐそこだ。


「この嵐が邪悪なる力によって引き起こされているのは感覚で分かるわ。そういう話ならあたしも力を貸すわよ♡」

「君には何ができるんだい?」

「神の力で優しく抱きしめてあげられるわ♡」

『コイツやばいよ』


 後部座席に乗るのはトイレの花子さん。九尾の狐のヘドロにより実体を得てしまった地縛霊である。強制的に脱糞をさせる力がある。

 そして妻百合花蓮……かつて九尾の狐を封印した陰陽師の末裔。彼女の力でなんとか封印できれば、古城幸恵は助かるかもしれない。

 そして私のアパートの扉と軽自動車を弁償してもらうんだ。


 さて目的地に到着だ。

 こんな有様だ。病院の入口は封鎖され周りには人っ子ひとりいない。緊急避難先として住民を受け入れているんだろう。近づく車にゆっくり玄関が開けられた。


「避難の方ですか?」


 現れる病院スタッフ。


「違うわん」

『世界を救いに来た』

「すみません、人を迎えに来たんですけど……妻百合って人呼んでもらえます?」


 病院スタッフの「何言ってんだコイツら」という顔。


「急いでください。世界の存亡がかかってます」

「……いや、え?」


「--先生!」


 その時奥からこちらに走ってくるのは3人の人影。その先頭に立つのは黒髪を揺らす清楚な美少女…校内美少女ランキング第3位の妻百合花蓮、その人だ。

 妻百合君に続く2人…メガネの少年を見てスタッフがぎょっとする。


「橋本さん!?何してるんですか!?危ないから病室から出ないでください!?」

「もう治ったんで」「圭介。お前はここに居ろって」


 妻百合君と…夏休みにヤクザに刺された橋本君。もうひとりは誰だ?

 三つ編みの少女と剛田君の視線が交差し、女の子がぎょっぎょっとする。


「ぎょっぎょっ!?」


 口で言った。


「あら…?あなたは魔人宇佐川。久しぶりねぇ。あたしの学校にカチコミに来た時以来かしらァ♡」

「お、お前は……あの時のオカマ……」

「うふっ♡カレシとは仲良くやってるかしらァ♡」


 ……やはり変人と変人は惹かれ合う。スタンド使いの如く。きっとこの子も変人に違いない。この街に居るんだから…


「くっ……一体なんでお前がここに…まさかあの時の決着をつけに来たのか?」

「あら?あの時の決着はついてるでしょ?あたしの圧勝」

「……もうあの時の私じゃねぇよ?」

「待ちたまえ、こんなところで決闘を始めようとしないでくれ。というか君らこそ何しに?」


 窘める私に橋本君が「だってこの人が」みたいな顔で隣の三つ編みさんを見つめている。


「圭介、お前は部屋に戻ってろって」

「いや、結愛さんが行くなら僕が行かない訳にはいかない」

「てめーになにができるんだよ。これから何しに行くか分かってるのか?」

「世界を救いに行くんだろ?」


 妻百合君…なぜ話した?


「待ちたまえ君達。用があるのは妻百合君だけだよ」

『そうよ!こんなに演者が増えたら私の出番が減るじゃないっ!!』


 君は何を言ってるんだ?幽霊は言うことが違うね。


「橋本先輩、宇佐川様、私、1人で大丈夫でございます」

「黙れ。世界の守護者たるこの私が行かなくてどうする?何しに行くかは具体的には知らんけど」

「結愛さんが行くなら僕も行くっ!!」


 ……くそ、ここで問答をしている時間はない。

 九尾の狐退治に新たに怪我人と世界の守護者が加わった。そうそうたるメンツである。



 さて、妖怪退治のメンバーは妻百合花蓮、トイレの花子さん、剛田剛、橋本圭介、魔人宇佐川結愛。

 私は数に入ってない。送迎担当である。


「それで具体的にはどうやって封印するんだい?妻百合君?」

「ぶん殴る」

「君には聞いてないよ宇佐川君。そういえば君、以前うちの学校の校舎を吹き飛ばしたそうじゃないか」

「それは圭介」「酷いよ完全に君の誤解のせいじゃないかっ!」

「葛城先生…実は私の弟の悠々斎が陰陽術を扱えるのでございます。ので、弟になんとかしてもらおうと思っております」


 丸投げした先が他力本願だった。


『葛城先生よぉっ!!私の体は元に戻るんだろうねっ!?』

「知らないよ」

「うふっ♡橋本圭介…今までノーマークだったけどいい男になったじゃない♡やっぱり恋をすると人は変わるものね♡食べていいかしら?」

「ひぃっ!!」「おい。やるか?やっぱり決着つけとくか?コイツは私の男だ」

「あらぁ。そういうことならあたし、譲らないわよ?」


 呑気なピクニック気分でタイヤを転がす妖怪退治御一行。しかしそんなほのぼのした空気はいつまでも続かない。


 私はチラリと覗いた空の雲が車を追いかけるように追従しているのに気づいた。

 しかも…雷鳴を引き連れて。


「剛田君。この車は君の不思議な力で普通に走っているそうだが…」

「神通力よ」

「雷に打たれても平気?」


 その時雷雲が明らかに変化した。


 空に浮かぶ雲が形を変え、獣の顔のような--イヌ科の動物の顔のような形に変形する。しかも、おおよそ動物には似つかわしくない憤怒の形相を携えて…


 直後、ルンルンで走る学校のバンの真横に青白い閃光が一直線に降り注ぐ。

 轟音と光--それは原始的な恐怖を刺激し私の天才的ドライビングテクを鈍らせる。

 危うくガードレールに激突しそうになるのを必死にハンドルを切って回避。


 しかし不安定な車体に食い下がるように落雷が続々と襲いかかってきたっ!


「なんでございますか!?」「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!助けて結愛さんっ!!」「おめー何しに来たっ!!」「あら?何かしら?」『あぁーっ!!おへそ取られるっ!!』


 阿鼻叫喚の地獄のドライブである。古城宅が目前に近づいているというのに…

 これも九尾の狐とやらの仕業だと言うのか。


 --死ねぇぇ


「…な、なんだ?何か言ったかい?」

「どうなされましたでございますか、葛城先生!」

「今なんかシンプルな罵倒が聞こえた気がしたんだが…」


 --死ねぇぇぇぇ


「ほら、君か宇佐川君」

「なんで私だ」「結愛さぁん!なんか聞こえるよぉっ!!」


 --妾の邪魔をする愚か者…死ねぇぇ


「あの雲でございます」

「アイツか!?アイツが世界をいじめてるっていういじめっ子かっ!?妻百合!!」

「お、恐らくそうでございますっ!!」


 --玉藻の前。またの名を九尾の狐。

 日本三大妖怪にして最凶の妖…古城幸恵を蝕み世界を滅ぼさんとする厄災。

 そして私のアパートと軽をぶっ壊した犯人。


 それが今明確な敵意を持って私達に襲いかかってきたのだ。


 矢のように降ってくる落雷。アスファルトを砕き割る連続の閃光に目がシパシパする。


「うわきゃぁぁっ!!この世の終わりだァっ!!結愛さぁぁぁんっ!!」「くっつくな離れろっ!!」「お、落ち着いてくださいませ橋本先輩っ!!」「怖いの?あたしの胸に飛び込んできていいわよ?」『ああぁっ!!ヤバいっ!!雲じゃん!!ガニシュカ大帝じゃんっ!!あんなのどうやって倒すんっ!?ヤバい腹痛くなってきたっ!!』


 ちょっと静かにしてほしい。


「調子に乗ってんじゃねーっ!!私のカレシ泣かせんなっ!!」

「おいたが過ぎるわね♡」


 後部座席の宇佐川君と剛田君がなにやら青白いオーラを纏い出す。やめてほしい狭い車内で。

 次の瞬間車目掛け落ちてくる落雷がピタリと途中で静止した。雷の性質上ありえない現象である。しかしここまで来たらもう何が起きても驚かない。


 --なんだ?この力は…おのれ……


 古の妖すら怯ませる2人の力。最近の高校生は怖すぎる。


「葛城先生、古城様のご自宅はあとどれ位でございますかっ!?」

「早く着けっ!!」「信じられない…あたし達の力でも抑えきれないわっ!!あぁんっ♡」


 再び襲い来る落雷を華麗なドライビングテクで躱す。躱すっ。


「凄い莉子先生っ!!雷の全部避けてるよっ!!」

「捕まってなさいみんなっ!!もうすぐ着く!!」

「弟は既に現場に到着しているようでございますっ!!お急ぎくださいませっ!!」


 アルコール飲まなくて良かった。

 宇佐川君と剛田君が落雷の攻撃を緩めてくれている?(知らんけど)おかげで私の華麗なドライビングテクで躱せる。普通に考えたら降ってくる落雷を避けるなど不可能だ。


 見慣れた道に入る。この先直ぐに古城宅だ。

 またあのヘドロだらけの家に帰ってくることになるとは…しかしこれで全て終われば…


「うぉぉぉっ!!待ってろビールっ!!」


 アクセルベタ踏みである。


 遠くに見える古城宅はおぞましい有様だ。

 家から噴き出したであろう黒いヘドロは禍々しく家の外壁を這い、どこにでもあるはずの平和な家庭の象徴を魔殿へと変容させていた。


 …待っていなさい古城君。今助けてやる。

 そして待っていなさい軽自動車。すぐに新車に買い換えてやる。あとアパートの扉も新しく…今度はチェーンロック付きのやつに--


『うぉいっ!?100キロ出てんぞ葛城先生っ!!ブレーキブレーキっ!!』

「莉子先生ぇぇっ!!ぶつかるぅぅっ!!」

「圭介っ!叫んでないで伏せろっ!!」

「あらんっ!家に突っ込むわよんっ!!」


 あ、やべ。


 みんな、雨の日は路面が滑りやすい上にタイヤとの摩擦係数が低くなりスピードを出せば出すほど危険なのを知っているかい?

 私は忘れていた。

 なんせ雨より危険な落雷が迫ってきていたから。


「まず--」

「え?」


 家の前に居た誰かと私の危機をようやく認識した悲鳴に近い声が重なる。

 黒いジャンバーを着込んだ少年が普通なら近寄らない禍々しい家の門の前に立っていたのだ。この暴風雨の中普通にたっているだけでおかしいんだが…


 問題はそこじゃない。


 --キキキキキキキッ!!


 タイヤと半ば洪水状態の路面の間に入り込んだ水は私の華麗なドライブテクを無力化した。

 ブレーキも、ハンドル操作も間に合わず…


 --ドカァァァァァンッ!!!!


 炸裂するエアバッグ。お亡くなりになる私のメガネ。激しく揺れる車内。

 半ば暴走状態だった車は古城宅に突っ込むことでようやく停止した……


 ……そして。


「…っ!!ゆ……ゆうちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」


 希望がひとつ潰えた音がした。

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