少し世界を救って参ります
皆様ごきげんよう。私、日本舞踊妻百合流次期家元、妻百合花蓮と申します。以後お見知り置きを……
さて、我が妻百合流は元を辿ると陰陽師でありましたというのは小学生様の教科書にも載られる有名な話。嘘でございます。軽々しい嘘を吐いた罰としてこの場で切腹致します。
切腹したいでございます。
今、この街…いえ、この世界に忍び寄っておられる滅亡の危機…その原因は我が妻百合家がかつて封印されました伝説の大妖怪、玉藻の前様の復活でございます。
神事で玉藻の前様の封印を強化するはずでしたのに、家元のぎっくり腰が原因でそれができませんで現在、このようなことになってしまっております。
3つの魂の封印の一族、古城家のご息女が現在玉藻の前に囚われておいでです。
我が校の養護教諭、葛城莉子先生から緊急でお電話を頂きまして「何とかしてくれ」とのことでしたのでこの妻百合、世界の存亡をかけました戦いに身を投じようかと存じ上げます。
どうぞ最後までお付き合いくださると幸いでございます。
--ぷるるるんっぷるるるんっ
『花蓮か?』
「いいい、家元っ!?大変でございますっ!!」
『落ち着きなさい』
「我が妻百合家で代々封印されてました九尾の狐の封印がどうやら解けたようでございますっ!!」
『なんだと?』
家元の声も事態を直ぐに察されましてすぐに深刻な声音に変わられます。私の隣で橋本先輩と宇佐川様が「何言ってんだこいつ?」みたいなお顔をされてます。
しかしそんな視線に構っている場合でもございません。
外で更に勢いを増す台風がこの街を呑みこんでいかれます……募る焦燥。妻百合の両肩にかかった人類の命運はこの若輩者には重すぎるでございますが、振り絞る使命感でなんとか舌を動かします。
「魂を封印されてました一族の方が分かりましたでございます。私の高校の生徒の古城様と仰られるのですが……」
『待て、順を追って話しなさい。馬鹿な…勾玉は健在だぞ?』
「ですが、どうやらその封印が解けまして古城家様が全滅されたとたった今……」
『一体何が起きている。花蓮、お前の言っている話が本当ならばそれはこの世界の滅亡を意味するぞ。分かっているのかね?』
「こんな時に冗談を口にはしませんでございます。現在この街を襲っておられる台風はどうやら九尾の狐の仕業のようでございます」
『馬鹿な』
「原因として考えられますのは、神事を行わなかったことによります勾玉の封印の緩みではないかと……」
『くっ……』
「家元、なんとか九尾の狐を封印しませんと世界が滅んでしまいますでございます」
「つ、妻百合さん…?」「なんだ?滅ぶんかこの世界」
そうでございます先輩方。
『……封印』
「家元、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
『…………』
長い沈黙でございます。たっぷり時間を置きまして、思案されました家元がようやく口を開かれます。
『…我が妻百合の陰陽術はそのほとんどが今となっては失われてしまっている』
「……っ!そんな…」
『花蓮、お前は今すぐ家に戻りなさい。なんとか迎えを寄越そう。我が妻百合の総本山ならばある程度の安全は確保されている。妖力もある程度ならば、遮断されるだろう』
「……家元、それはこの事態を放置して逃げ帰れと仰られておりますのでしょうか?」
『聞きなさい、花蓮。妖狐玉藻の前は妖ではない。神の領域にまで足を踏み込んだ大妖怪だ。例え我々に陰陽術の伝承が残っていたとしても、我々には手も足も出ない』
「家元っ!」
『封印が解けた時点で終わりなのだ……花蓮』
…………そんな。
絶望感が支配致します。我が妻百合の無力がこの世界を終焉に導くと仰るのですか?
この世界は……
なんの罪もない人々は……
……私の大好きな人達は、このまま妖狐に呑み込まれてしまうと仰られるのでございますか?
「--嫌だっ!!」
「っ!?」「うわぁびっくりした」
『か、花蓮……?』
声を荒らげたのなど、兄妹がイタズラでマトリョーシカにナメクジを入れられた時以来でございます。
私は家元の言葉を断固とした強い意志で跳ね除けます。
妻百合の名を背負うものとして、ここで逃げるという選択肢はございません。
「妻百合さん?どうしたの?」「おいこっち見んなよ」
私は橋本先輩と宇佐川様を見つめます。そうでございます。この街には守らなければならない人達が沢山おらっしゃるのでございます。
「……家元、私、逃げませんでございます」
『花蓮……』
「我が妻百合が守らずして、誰がこの世界を守るでございますか?」
「妻百合さん?一体誰となんの話しをしてるの?」「壮大だな。お前アベンジャーズだったのか?」
家元が電話の向こうで重たい沈黙を続けます。無言で発せられます圧にそれでも私、負けませんでございます。
どれくらい経ちましたでしょうか……
外で暴れ回られます暴風の音のみが支配されます病室で、やがて家元のため息が耳元を抜けていかれます。
『お前は昔からそうだったね花蓮…こうと決めたら頑固な子だった。お前が家を離れ地方に進学すると言った時も…』
「家元」
『本当にどうしようもない子だ』
しかし原因は家元のぎっくり腰……
『悠々斎を向かわせよう…』
「……ゆうちゃんでございますかっ」
--妻百合悠々斎…私花蓮の実の弟でございます。確か数年前に「バックパッカーになる」と仰られて家を出られた……
『あの子は我が妻百合において唯一、陰陽術の力を引き継いだ子だ』
「し、知らなかったでございます……」
『あの子の力なら…あるいは九尾の狐にも対抗できるかもしれない』
「家元っ」
『花蓮…これだけは言っておく。危なくなったらすぐに逃げなさい。お父さんは世界より…お前が大切だ』
「……家元」
『お父さんはこれから整骨院だから、行けない。悠々斎を頼むよ。花蓮』
……………………家元。
『その古城の所へ向かうんだ花蓮…恐らく、九尾の狐はそこを起点に復活する。気をつけるんだよ。お父さんはぎっくり腰を治したらそっちに行くからね…』
ぎっくり腰が治るまで来られないのですか?
--電話が切れましたでございます。
悠々斎……私の可愛い弟。今どこで何をして居られるのか、全く存じ上げませんが…
あの子の秘めたる力……
それに、この世界の存亡がかかっておられます。
私はゆっくりと立ち上がりました。
「……電話終わった?」
「おい妻百合、世界はどうなるんだ?」
宇佐川様……そうでございましょう。不安でございましょう。しかし、ご安心くださいませ……
この妻百合花蓮。命に変えてもこの世界、お守り申しあげます。
「……すみません、先輩。私行かなくては」
「え?どこに?コンビニ?」
「世界を救って参ります」
「コンビニ感覚で世界を救いに行くな」
私はおふたりに深く頭を下げ、病室を後にします。
……もしかしたら、これが最後のお別れになるのかもしれません。しかし、私は……
「え?妻百合さん?本当に世界救いに行くの?何が起きてるの?」
「……あの子」
「つ、妻百合さーーんっ!?」
「どうかしちまったのか?」
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これでいい。
妻百合花蓮と連絡がついた。これでようやく私は帰ってビールを呑める。あぁ良かった。解決。
もう私に出来ることはないだろう。さぁ帰ろう。
『葛城先生。どこ行くのさ』
アルコールに呼ばれ職員室を出ようとする私、葛城莉子を引き留めるのはトイレの花子さん(実体)
「帰る」
『帰る!?これどうするの!?私、こんなんなっちゃったんですけど!!』
自分の体を指して絶叫する生き返った地縛霊。体を手に入れたというのにガン切れである。
しかし私にできることはもうないのだ。いつまでも古の妖怪とかトイレの亡霊とかに構っている暇はない。
「陰陽師に後のことは頼んだから……」
『いやいやいや!あんた!!生徒を助けなきゃいけないんじゃなかったん!?』
「……」
……そんなこと言うなよ。まるで私が早く帰って1杯やりたいだけのクソ野郎みたいじゃないか。
君の気持ちは分かるさ……そりゃ、私だってアパートの扉と軽自動車の落とし前はつけたいさ。しかしだね……
『何とかしてよ!!古の何とか倒しに行くよ!!私、トイレに帰らなきゃいけないんだからっ!!』
「……もう一度トイレに入ったらどうだい?ポックリいけるんじゃないかな?」
プルルルルル、プルルルルル
なんだ?職員室の電話が鳴っている。
「はい」
『妻百合でございます。葛城先生でお間違いないでございましょうか?』
「お間違いないが……どうしたのだね?」
『私、今から古城様のところに向かいます。古城様は今どこに?』
「……自宅のはずだ。多分」
『ご自宅の住所を教えて頂けますか?』
「待ちたまえ。この天気の中向かうのかい?」
いや丸投げしといて何言ってんだ私。
「危ないからやめておきなさい。なんか…家からできる儀式とかでなんとかしなさい」
『…正直、私達でもなんとかできるかはなんとも申し上げられません……とりあえず、古城様の所に向かわなければ……』
「この天気で?」
『この天気で』
「電車止まってるよ?」
『…………』
「…………」
『……どういたしましょうか?』
あぁ神よ……
『……………………』
「……君、今どこに居るのかな?」
--葛城莉子は誰よりも面倒見がいいことで有名である。
学校から一歩外に出たなら来た時より更に激しくなっている暴風が私を襲ってくる。踏ん張ることも叶わず吹き飛ばされる私を花子が捕まえた。
流石トイレの地縛霊、雨風の影響をまるで受けていないかのように普通に立っている。
『どうやって行くの?』
「学校の車を借りよう。仕方ない」
学校のバンに乗り込む。既に転倒していたが気合いで起こした。花子が。
「病院に向かう」
『やだ、ビョウイン、キライ』
軽よりは頼もしいバンも走らせれば暴風に煽られ浮く。私の華麗なドライビングテクニックでなんとか……
--ドガシャーンッ
「うわぁぁぁっ!!学校の車なのにぃぃっ!!」
『浮いてるっ!!葛城先生浮いてるよこの車っ!!今だったら空だって飛べる気がするっ!!』
「飛んでんだよっ!!」
あゝ無情。正門出て5秒で我々は黒雲覆う大空へ……車で行こうなんて馬鹿だった。しかし現代人にとってとりあえず移動するなら車でという選択肢しかないのである。
自動車という人類史における偉大なる発明すら古の何とかの前では無力……
こんなことならやはり大人しく家に帰っていれば……
「--あらヤダ」
背筋に百足が這うような原初の怖気を帯びた声とともに私達のバンは天高く舞い上がったそこでピタリと静止した。
まるで空中に縫いとめるられたかのようなその不自然極まる挙動に私達がぎょっとする中、運転席の真ん前になにかが現れる。
空飛ぶオカマだった。
別にこの天気だ。人が空を飛んでたっておかしくないけど…
その男(?)は明らかに“浮遊”し、車同様その場で風に流されることなくピタリと静止してみせた。なにやら体から紫色のいやらしいオーラを噴き出させている。
「……き、君は」
『なんだコイツっ!!これが古の妖怪!?』
「失礼しちゃうわ。助けてあげたって言うのに……こんにちは莉子ちゃん♡うふっこんな日にドライブかしら?」
その世にも恐ろしい男(?)は分厚い唇を三日月型に変形させてゾッとするウインクを投げてきた。
--剛田剛。
またしてもうちの生徒である。
「お困りかしら♡」




