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私の呪いはポットン系だ

 --どうも、葛城莉子です。

 好きな物は日持ちするご飯。嫌いなものは執拗に食事に誘ってくる職場の人間。

 仕事は高校の養護教諭です。


「……という訳でして」

『はっはっはっ。全く葛城先生もご冗談がお好きですなっ』


 記録的な台風が絶賛直撃中の今日。

 我が校の生徒、古城幸恵が謎の高熱に倒れていると聞いた私は彼女の様子を見にこの豪雨の中わざわざ自宅まで出向いたのだが……


 そこで待っていたのはなにかに取り憑かれた古城幸恵と、どうなったのか分からないお父さん。

 家中を侵食した謎のヘドロから命からがら逃げ延びた私とお母さんは突風に吹き飛ばさるまま逃げ込んだビジネスホテルに居た。


 事は重大である。


「いやほんとですって…あれはなんか…悪霊的なものに取り憑かれてますって」

『はいはい。私は今日休日なのでそういう冗談に付き合ってるほど暇じゃないんですよ。さよなら』

「教頭!」


 ……切られた。死ね。


 古城家で起きたこの事件を報告したら頭の輝きだけが取り柄の教頭からは相手にされなかった。ふざけるな。お前が行けって言ったんだろ?


「……悪霊じゃないよ」


 その時、同じ部屋のベッドにずぶ濡れで腰掛ける古城幸恵のお母さんがぽつりと呟いた。


「……」

「あれはそんなに可愛いもんじゃないさ。そして、あれがこの街にやって来たら、この街の人間はみんな無事じゃ済まない……」

「……」

「この街だけじゃないよ……この国、いや、この世界そのもの……」


 物騒なヤクザといいなんでこの街にはそんなのが集まってくるんですか?


 こんな与太話信じる方がどうかしてるんだろうがどうかしてるくらいが正常なのがこの街…

 それにあんなものを見たあとではとりあえず耳を傾けるのが正しい。


「お母さん…幸恵さんに何が起きてるのか、あなたは知ってるんですね?」

「……知ってたとして、あんたに説明して理解できる話でもなし……」

「お母さん。今はそんなこと言ってる場合では無いでしょう?娘さんと旦那さんが大変です」

「……旦那はもうダメだね。あれは助からない」

「……っ」


 憔悴しきった母親の顔からはふざけた表情は伺えない。


「……あんたが来たからさ。あんたがあの子と会うから……あれが怒ってしまった。ああなったらもう、そっとしておかなきゃいけなかった。どの道私らにはどうすることも出来ない……」


 どうしてこういうホラー系の人は話をぼやかして焦らすのか。


「話してください。何が起きてるのか。私の理解は二の次だ」

「……」

「幸恵さんは私の学校の生徒だ。あの子を守る義務が私にはある」

「守る?あんたに何が出来る?」

「……それを知るためにも……」


 いいからはよ話せボケ。話が進まないだろ。私は早く帰って1杯やりたいんだ。


 私の誠意が伝わったのか「信じるも信じないもあんたの勝手だがね…」と母親はゆっくりと口を開いた。


「私ら古城の家には古くからこんな言い伝えがあるのさ……『傾国の大妖、古の眠りから目覚める時、愛しき者を求め泰平を喰らい尽くすであろう』」


 やめてくれそれがホントなら1杯どころではない。


「かつて1人の人間の女を手に入れる為にこの国に災いを振りまいた妖がある陰陽師によって封印された。切り裂かれた魂はふたつに分かれ1つは石となり遠くの地に…そしてもう1つはその妖の愛した女へ…女はその魂を呑み込み妖と変じ再び災いをもたらした」

「……ふむ」

「その妖も陰陽師により滅された。再び切り裂かれた魂は1つは勾玉へ……そしてもう1つはその女の一族の中に代々眠り続けた…」

「ふむふむ」

「その妖の魂を封じた一族…妖の愛した女の末裔が私ら古城家よ」

「……つまりその古の妖とやらがあれを?」

「……そんなはずはない…はずだった」


 母親は唇を強く噛み締め眉間に皺を寄せた。その表情には大きな責任感が…


「ごめんトイレ行っていい?」

「いや最後まで話してからにしてください」


 違った。便意だった。


「古城家、勾玉、殺生石……分かれ封じられた3つの魂は惹かれ合っている。ひとつでも封印が解けたならその魂はたちどころに力を取り戻し、古の大妖怪が再びこの地に地獄をもたらす……」

「今まさに地獄の渦中です」


 アルコールが摂取できないのだから。


「そうならない為に、3つの封印は厳重に保たれていたはずなのにっ!!」


 ぶっ!!


「あ、ごめん。ちょっとマジ無理。トイレ」

「あ、どうぞ…」


 ……つまり封印とやらが解けたということでよござんすか?


 どうやらこれは古城家のみの問題ではないらしい。やたら壮大な話になってきてますますビールが遠のく……


「お母さん、これからどうすればいいんですか?」

「どうすることもできない…ここまで力を取り戻してしまったなら……もう……」

「…もう一度封印したらいいのでは?」


 ぶっ!!


 なるほど。そうらしい。


「どうしたら封印できるんですか?」

「…可能性としては……かつて妖を封印した陰陽師の末裔か……」

「なるほど、どこにいるんですか?」

「私は知らないよ」


 なんでだよ。あなた達封印の一族なんじゃないのか?


「このままだと幸恵さんはどうなります?」

「…連れていかれる。古の妖へと変じこの世を地獄にしてしまう。もうおしまいだよ」

「なんかその…陰陽師?について知ってることないんですか?」


 ぶふっ!!ぶっ!!


 ないらしい。


 さて困ったな。このままでは泰平とやらが食い散らかされてしまうらしいし……古城幸恵が妖怪になってしまうというのになんの解決策もないという…

 もう全て諦めて家に帰って世界が滅亡する前に1杯やった方がいいんじゃないだろうか……?


「うぎゃぁぁぁあっ!!」

「今度はなんだ?」


 突然トイレの中から悲鳴が。母親の野太い叫び声に扉を失礼して……


「あぎゃあああああっ!!」

「お、お母さん!?」


 お母さん、便器の中に吸い込まれていく……怖いというより汚い……


「うげぇあああああっ!!!!」

「…お母さん……」

「あああああああああああっ!!!!」

「……」


 助けろよって?やだよばっちい……


「あ、あんた…ゆ、幸恵を…っ!!幸恵をっ!!頼む……っ!!」

「え?」

「あの子を…救ってあげて…頼んだかんねぇぇっ!!!!」

「……え?」

「頼んだかんねぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」


 ジャーッゴボゴボゴボッ


 ……


 コポッ


 *******************


 お母さんは流されてしまった。古城家全滅。

 なんの手立てもないのにただ丸投げされた私はこぽこぽ言ってる水洗便所を見つめていた。


 ……いや、頼まれたってさ。


 これが学校の先生の辛いとこ。アルコールはまだまだ摂取できなそうだ…


 さて、この手の厄介事で私が頼れるのは1人しか居ない。私はスマホを取り出した。そこには以前お世話になったある人物の連絡先が載っていた。


 プルルルルル


『……はい。今仕事は受けてません』

「お久しぶりです。ジョナサン・小西先生」


 --ジョナサン・小西。

 業界では知らぬ者は居ないという伝説の霊能力者。彼に払えない怪異は存在しないとかするとか……


 現在休業中らしいジョナサン・小西に私は電話越しに頭を下げる。


「先生、緊急事態です。何とかしてください」

『いや、だから今仕事は受けてないってば……てかあんた誰』

「あ、葛城と申します。以前こっくりさんの件でお世話になった……」

『ああ…またあの学校ですか』


 なんでそんなに嫌気が差したみたいな声をするんですか?


「先生、私の生徒が今大変なんです。古の妖とやらに取り憑かれたかなんかでもうビクンビクンしてまして…一家全滅で私の手には負えないんですよ」

『いや、だから今仕事は受けれないんですって…』

「こっちも軽自動車吹っ飛ばされて家のドアもこの風で吹き飛んでアルコールも切れて大変なんですが?(怒)」

『知らんがなそんなの』


 なぜそんなに頑なに拒むのか…


「このままでは古の何とかに泰平の世が呑み込まれてしまうんですが?」

『…………この台風の事ですか?』


 え?


「台風?」

『葛城先生。この台風は自然現象なんかじゃない。邪なる巨大な力によって引き起こされています』


 じゃあなにか?私の軽自動車の弁償はその古の妖に請求すればいいということですか?


「私のアパートのドアの修理もしてくれると?」

『は?』

「この天変地異も古城君を襲っている妖怪の仕業だと…」

『古城ですって?』


 何かが琴線に触れたかジョナサン・小西、覇気のない声色に張りを取り戻す。そうだ。こういう時あなたみたいなキャラはなんだかんだ言って手伝ってくれると相場が決まっている。


『やはり…あれがまずかったのか』

「なにかご存知ですね?」

『……葛城先生、私は今深刻な呪いを受けて身動きが取れない状況です。お手伝いはできない』

「呪い?もしかして水洗便所に引きずり込まれる系ですか?」

『ポットン系だがそれはいい…私はついこの前、古城幸恵からお祓いをして欲しいと頼まれました』


 え!?うちの生徒、こんな胡散臭い人と繋がりがあるの!?

 …いやまぁ、古城家そのものが胡散臭いか。てかなんでお祓いしてこんなことなってるの?


『どうやら私は祓ってはいけないモノを祓ってしまったようです……』

「アンタがなにかしでかしたのかコノヤロウ」


 今日の私は朝から虫の居所が悪い。


『…古城氏に取り憑いていたあの落ち武者は……やはり守護霊だったか』


 おいおい古の何とかに加えて落ち武者まで取り憑いてるのかあの子は…


「あなた守護霊祓っちゃったんですか?」

『だって祓ってくれって言うから…』


 だってじゃねー。


『あの守護霊がこの巨大な力を今まで押さえ込んでいたということなんだ…つまり私のせいだ』


 認めた。


「じゃああなた責任取って何とかしてください。あと私の家と軽自動車弁償してください」

『残念だが私は今ポットンから出られない。何度持ってきてもらってもトイレットペーパーが消滅する呪いにかかったらしい。もうケツにミソがついたまま3日経つ』

「なんですかその呪いは。今どきポットンってどこのトイレですか」

『自宅です』

「知らないですよそんなの」

『あなたが訊いたんじゃないか…』


 どうやら頼みの綱はトイレから出られないらしい。ミソついててもいいから来い!!


『…ひとつ、心当たりがある』

「はぁ」


 そう前置きして、ミソの乾いたケツを気にしながらジョナサン・小西は私あることを教えてくれる。教えてくれなくてもいいからあなたが何とかしてください。


『…古城一族には代々、大妖怪の魂の片割れが封じ込められていると昔師匠から聞き及んだことがある』

「すみませんその只者じゃなさそうな師匠と連絡取り付けてくださいます?」

『その大妖怪を滅した陰陽師の一族…それがまだ現存しているらしい。彼らなら何とかなるかもしれない』

「いいから師匠を呼べ」


 頑なに師匠の紹介を拒むジョナサン・小西の口からその一族の名が告げられる。

 そして私はこの世界の狭さにびっくりした。


『--妻百合流。日本舞踊の一大流派です』


 またうちの生徒かよ。

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