禍
--台風が本州に上陸して1日。九州地方にまで降りてきた台風は以前勢力を増してこの街にもその被害の爪痕を残し続けている。
現在進行形でだ。
『台風6号は現在、福岡県に留まり異常に発達し続けており、広範囲において特別避難警報が発令されています。突如進行を止め留まっているこの異常事態に専門家も何が原因かは分からないとの事で--』
暴風が窓を叩き割らん勢いで叩きつけられる。部屋の中にいても身の危険を感じるほど、今回の台風は異常な大きさだった。
『こんな状態じゃ生徒を登校させる訳にもいきませんから…』
「…そうですね。ではしばらく休校ということですか?」
『そうなります。職員の皆さんにも出勤は控えて頂いて……なので葛城先生も……』
「分かりました」
9月1日。長い夏休みの延長は生徒達にとっては吉報だろう。しかしこの天気ではろくに外も歩けまい。
葛城莉子、年齢国家秘密。
安アパートの一室でスマホをぶん投げ横になる。怠惰なる休暇の始まりだ。
こんなこともあろうかと非常食(ご馳走)を買い込んである。ここは自宅。保健室と違って勝手にカップ麺のストックを食い漁る生徒は居ない。
そう、このダンボールの中のカップ麺は全て私のモノ……
「ふふっ」
笑みが腹から込み上げる。
「ふはははっ。はははははっ!!あはははっ!!」
もう1歩も外には出ない。決めた。何があっても。例え親が死んでも。
台風バンザイ。ビバ、夏休み。
あぁ愛しの台風よ……願わくばずっとこのままこの街に居座ってほしい……
プルルルルルッ
なんだうるさいな。私はポ○モンをやるんだ。
「はい?」
『もしもし?度々申し訳ない。教頭です』
「申し訳ないがこの天気では食事は……」
『違います。普通科3年2組の古城幸恵がここ数日高熱で寝込んでいると親御さんから連絡がありまして……』
「……はい」
出ないぞ。私は出ない。
『かなり容態が悪いそうなので…ただ担任はちょっと遠方ですから…この天気じゃ…ねぇ?』
「……」
外には出ない。
『葛城先生宅が1番近いんですよねぇ…』
「……」
……出ないもん。
『保健室の先生ですし……ちょっと様子見てきて貰えません?ねぇ……』
…………出ないもん。
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さっきまで救世主にすら思えていた台風もこうなってくると話が変わってくる。
死ね、台風。
家から1歩出たらそこはもう地獄。
まず玄関を開けてすぐ突風に吹き飛ばされこれはもう歩いて行くのは不可能と判断し車で…そしたら私の軽まで吹き飛ばされた。
仕方ないので気合いで歩いて駅まで向かうも道中何度も吹き飛ばされ駅に着く頃には血まみれでこっちが重症患者である。
外は豪雨と強風、そこら辺に雷がアホみたいに落ちていた。それでも会社員らしき人々は負けじと駅まで歩いて向かっていた。日本人の狂気を感じる。
負けてたまるか。
登山用のストックで踏ん張りながら駅に来て見れば電車は軒並み運休。転がりまくっているタクシーを何とか拾って古城宅へ…
道中8回くらいタクシーが横転した。それでも営業を辞めようとしないタクシー会社に狂気を見た。
「こんにちわ……はぁ……お電話差し上げた養護教諭の葛城ですが……はぁ……」
『今風がすごいから玄関開けたくないんですけど……』
インターホン越しに遠回しに拒否られた。死ね。
10分ほど粘っているとようやく扉が開いた。開いた瞬間後ろからの風が私を強制的に家の中に放り込む。玄関に投げ出された私を見て母親は「まぁっ!」と一言。
まぁ!じゃねぇよ。
「こ、こんにちわ……幸恵さんのお加減は……」
「あなた何か憑いてるわよ。これは…高校時代の男の霊ね」
「は?」
「あなた、取り憑かれてるわよ?」
黙れ。
「いや……そうですか今度お祓いします」
「悪さをするわけではないからそのままでいいわ」
「そうですか。ところで幸恵さんは…?」
尋ねると母親は神妙な顔つきだ。余程悪いらしい。
「ふむ……どうやら目を覚ましてしまったみたいね」
「あ、今起きられてます?お話できます?」
「娘に会いに来たの?やめておきなさい。あの子はもうおしまいよ」
「…え?」
「魅入られてしまった。愚かな子…いいえ。私が何も説明しなかったから……」
……何だこの家。帰りたい。
「あの子は連れていかれてしまうわ。ああ可哀想に……」
「連れていかれる前にお話いいですか?」
「……あんた。そこまであの子のこと……」
この悪天候の中わざわざ来たんだ。顔も見ずに帰れるか。
「いいわ。ただし少しの間よ。アレの嫉妬を買うからね……」
「……アレ?」
あれなのはあなたの方ですよお母さん。
古城幸恵の部屋は2階だった。古びた日本家屋の至る所には御札やらが貼り付けられていて2ちゃんねるに出てくる怪談話の家みたいだ。帰りたい。
体調もそうだがこの子の家庭環境が心配になってきた。
例によって古城幸恵の部屋の扉も夥しい数の御札に埋め尽くされていた。
「3分だけよ」
「お母さん、もしかしてなんか宗教とかやってます?」
「いいこと?何かあったら直ぐに出てくるのよ。命の保証はしないからね?」
お母さん?
半ば強制的に私は部屋の中に放り込まれ直ぐに扉を閉められた。
イライラと不安の募る中私が部屋を見ると…
「古じょ--」
「あうぅぅぅうううあわぁぁぁぁぁっ」
部屋の中も夥しい数の御札。そのベッドに寝かされた古城幸恵が白目を剥いて痙攣してた。ベッドがぶっ壊れそうだ。
「……」
「ううぅぅぅぅうわぁぁぁぁぁっ」
……ああ、これはアレだ。以前学校で多発した『こっくりさん』と同じやつだ。ひと目で分かってしまった……
『阿業天甲真劣海空昇公経滅……』
なんか部屋の外でお経みたいの聞こえてくるし……
あぁ…これは私の手には負えない。戦う前から敗北を予感した私はそれでも目の前で苦しむ生徒を放っておけなかった。
「……古城君、私が分かるかね?しっかりしたまえ」
「うえぇぇぇぇぇぇぇえっ!!えっえっえっ!!」
私が手を握ってやるとありえないほど激しく暴れ出した。陸に打ち上げられた魚の如く。
「うぇぇぇぇっ!げぇぇぇぇぇっ!!」
--ビチビチビチッ
吐いた。私の顔に。
その時、部屋中の御札が突然一斉に燃え出す。部屋の家具がガタガタと踊り狂うように震えだし部屋の温度が急激に下がった気がした。
「…な、なに?」
「うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!びぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!!」
まるでなにかに縛り上げられるかのように古城幸恵の体がぎゅっと不自然に硬直しそのままベッドからゆっくり浮遊し始める。
ゲロまみれの古城幸恵の口から薄紫の息?みたいなものも溢れ出し……
「いかんっ!!」
扉を蹴破って中に入ってきたのは初老のおじさん。あ、お父さんですか?
「瘴気が出とるっ!!下がらんかぁっ!!」
「あ、はじめましておじゃましてま--うげっ!」
お父さんに蹴っ飛ばされて私が部屋の外に吹き飛ばされる。
何をするんだと頭を上げた時には何者かの力によって扉が勝手に勢いよく閉められた。
「あ、あんたっ!!」
『幸恵!!幸恵っ!!うごぉぉああああああっ!!』
「あんたァァっ!!」
部屋の中から響いてくる悲鳴。
慌てて助けに入ろうとする私を母親が止めた。チョークスリーパーで。
「あんたっ!!入ったら死ぬよっ!!」
「ぐげっ!?」
「ああなったらもう……くっ!!この家にも居られないっ!!」
私が絞め落とされる中廊下やら天井やらの御札が部屋のものと同じように燃え出す。火事である。
「封印が……」
「お母さん……苦しい……死ぬ……」
--リーン、リーン
どこからともなく響いてくる鈴の音。場違いなほど穏やかで心を癒すその音にお母さん、私を放り出して慌てて階段を転がり降りる。
「あんた…っ!幸恵っ!!何も出来ずに逃げ出すお母さんを許して……っ!!」
「え?え?」
閉め切られた部屋の扉の隙間からゾゾゾッと黒い何かが這い出してくる。木の根のようにその黒い何かが壁や床を這って迫る。
いつの間にか私はホラー映画の世界に放り込まれたらしい……
締めるだけ締めて私を放ったらかして逃げるお母さんに続いて私も慌てて玄関へ…
玄関まで逃げてきた時には家中の御札が赤く燃え上がり、その上を黒いヘドロみたいのが埋め尽くす。この世のものとは思えない光景……
外の暴風雨も気にせず私と母親は家から飛び出した。瞬間、襲い来る信じられない突風。私達の体は枯葉のようにあっという間に吹き飛ばされた。
「……っ!」
吹き飛ばされ転がりながら見た古城家はとうとう家全体が外から見て分かるほど黒いヘドロに侵食され、そこだけ現実ではないかのようだった……
……私は夢でも見てるんだろうか?
てか、夢であってほしい……
--おバカの街に最凶最悪の災いが降臨する。
これは、その序章に過ぎない……




