ピラルク釣り放題!!
「納得いかんのやけど?」
「何がやねん」
「なんで花火大会日比谷が来とんねん。ウチの夏休みはこのまま終わるっちゅうんかい?」
「夏はまだまだ長い。見ろ、今の日本の温暖化を。10月くらいまで半袖でOKだ」
「やかましい。海行く」
「え?」
「熱海行きたい。前言うたやん。行こうや。2人で。ここ大事」
「…俺金ないし」
「ええよ知っとるし。ウチが出すわ」
「俺泳げないし」
「教えてやるわ。この楠畑香菜が」
「…………」
「なんやねん。嫌なん?」
「ごめん俺……洗濯機の葬式が……」
「買ったる」
「行こうか。いつ?今?行くぞ。」
「明日やっ!!」
ウチは楠畑香菜。バタバタと忙しかった夏休み。ようやくカレシと2人で遊べる思たら日比谷が付いてきて消化不良。
相棒小比類巻睦月を連れて明日、熱海に行く。泊まりや。
これやで。これや。これが高校生のあるべき青春…青春にウ○コなんて要らんのや。
--ざぁぁぁぁぁっ!!
--ごぉぉぉぉぉっ!!
『驚異的な速度で成長した台風6号は現在山口県に上陸し、猛烈な勢力をさらに拡大させる模様です。この台風の風速は僕が吹き飛ばされる位の強さ--』
台風や。
歴史的とさえ言われる超大型台風が山口県に上陸した。おかげでこっちにも影響大や。
当然交通機関は軒並み運休……
「どないなっとんねん」
「今度の台風は強烈だな。見ろ、俺のアパートが今にも倒れそうだ……」
台風のことなんてなんも考えとらんかったウチらは睦月ん家の前で暴風雨に晒されながら不気味な空を眺めとった。
--バキバキッ!!ドカァァンッ!!
あ、アパート倒れた。
「ぬぅぅわあああぁっ!?俺ん家がっ!!」
「あーあ。まだこっちに来とらんのにこれや……これはしゃーないな。水着とか用意しとったんやけど……」
「俺ん家がぁぁっ!?」
「諦めや。こうなってしもたら…せめて人並みん家に引っ越せ」
「くそぅっ!!」
…それにしてもほんの昨日とかに発生した台風やのに大きくなりすぎやでホンマ。しかもなんで山口から下に下りてくんねん。
なんや嫌な予感するわ……
「睦月、これからどないする?熱海行けへんし、お前ん家これやし……」
「ああっ!?瓦礫からピエール・ガンバルマンのバックがっ!!おい手伝えっ!!まだ価値があるっ!!」
「帰ろか?」
「帰らねぇっ!!てかここが俺の帰る家っ!!」
知らんがな。
「家泊まってもええよ?」
「え?あのヒルズに?」
「ヒルズちゃう」
「…お袋も?」
「え?お母さんはちょっと……」
「お袋どうしろってんだよ……」
そらそうやけど。
「……脱糞女海楽しみにしてたもんな」
「え?そりゃ0.1ミリくらい楽しみやったけど…急に何?」
「コンドームくらいの期待値だったのな?熱海が泣くぞ?仕方ねぇ……お前の0.1ミリ、俺が拾ってやろう」
泥だらけのピエール・ガンバルマンを大事に抱えた睦月がドンと胸を張りおる。この男が自信ありげな時はろくな事がないわ。
「デート、俺がエスコートしてやろう」
「この悪天候でデート!?」
「任せておけ。屋根があるところでかつ、海だ」
なんやて?
……嫌な予感しかせぇへん。
「……本音言うたらこのまま家帰って非常食ポリポリかじりたいとこやけど……アンタがそない言うんやったら騙されてやろうやんけ……」
「それでこそ楠畑香菜だ」
「きゃー♡ウチを海に連れってーっ!!」
*******************
--オヤジの釣り堀
騙された。
暴風雨の中ウチが連れてこられたんはこの悪天候の中でも勇敢に営業するオヤジの釣り堀や。
「オヤジ、釣具2つ」
「へいよ」
なんでもここでは鯉とか釣れるらしいわ。淡水魚やんけ。大目玉はピラルクやと。淡水魚やないかい。
……海は?
確かに屋根はあったけど庇程度やった。雨風をモロに受けてウチの髪の毛もボーボーや。この突風の中懸命に睦月の後付いてやっとの思いでやって来た海は小さすぎやった。
大時化のちっさい海ん中には鯉やらバスやらピラルクやらが時化にも負けじと泳いどる。淡水魚やないかいっ。
「喜べ脱糞さん。水着に着替えてもいいぞ?」
「海は?」
「この目の前に広がる海原こそが俺らのう--「海は?」
…………
……海は?
「……なんだよ。気に食わないのかよ?そーかいそーかい……せっかく俺が頑張ってこの雨の中連れてきてやったってのに……」
「……いや、ウチも頑張って付いてきてんねん。この雨の中を……まぁ…」
……まぁええ。せっかくウチのために連れてきてくれたんやろ?その気持ちだけはありがとぅ頂いとくとしまっか。
「まぁ折角来たんやし釣りしよか!睦月、ウチ釣りしたことないけ教えてや」
「俺もない」
なんやねん。
「まぁ針に餌つけて投げればいいんだろ?簡単じゃん」
「付けてや」
「うわっ!?おいこれ練り餌とかじゃねーのかよっ!!イモムシみたいだぞ!?しかも生きてるっ!!」
「ミルワームちゃう?」
そういえばこの台風やし、ムカデの餌買っとかなあかんかったな…レッドローチのストックも無くなりそうやし……
……無くなったらペットのゴキブリと同棲させよ。
「いゃんっ!?ひんっ!!やだ脱糞女俺触れへんねん。やって」
「なんやねんお前。もう男辞めろ」
普段からオオムカデの世話しとるウチにとってはこんなちっこいイモムシ可愛いもんやで。
と思っとったら突然一際強い突風が吹きよる。餌入れた容器ごとひっくり返ってイモムシが飛んでく。
「ぎゃっ!?口入った!?うぇっ!!」
「バカ!そんなふうになんでも食うから腹壊すんだ脱糞女!!」
「食うとらんし普段から食っとるみたいに言うなや!!」
風に巻き上げられて大空へ飛んでくイモムシ達……あぁ、この小さな命。コイツらどないなってしまうんやろか……
まぁ、ここで魚の餌になるよりは空に出てった方が幸せなんかも知らん……
「……元気でな」
「誰に言ってんだ」
--まぁ餌なんてなくても釣りはできるやろっちゅう話で。
「いいか?脱糞さん。なるべく遠くに投げることを意識するんだ。思いっきり振りかぶって投げろ。いいな?」
本来釣り堀言うんは他の客のエリアに針落とさんよう注意せなあかんと思うんやけど生憎この天気や。今日は貸切。思いっきり好きなように針を投げられる。
釣り初心者からのレクチャー受けつつウチは竿を構える。なんやモンハンの大剣みたいや。
「いいぞ、助走をつけて思いっきり投げつけろっ!晩飯はピラルクの塩焼きだっ!!」
「よっしゃっ!!」
ここ、持ち帰れんかった気がするけど……
本来なら釣り堀で走ったらあかんやろうけど生憎今日は貸切や。気合い入れて竿を後ろから前へ!!ダッシュしながら振り回すっ!!
「やぁぁぁぁぁあっ!!」
「痛っ」
突風が前から後ろへ。そのタイミングで投げたウチの竿の針は風に流れてどこいったか分からへん。
「ん?どこ落ちた?」
「痛い。ここ。俺のほっぺ」
なんや手応えが……もうかいなっ!!
「睦月これなんか引いとんねんけどっ!!これ、どないしたらええん?」
「外せバカ」
「こりゃ大物やでっ!!」
「あぎゃっ!?痛ででででっ!?おバカ!!頬が千切れるっ!!バカバカバカっ!!痛ででででででででででっ!!」
「こ、コイツ……中々手強いで……っ」
「痛いっ!!」
「えいっ!!こらっ!!」
「バカ!!横に振る……痛たたたたたっ!!ぎゃんっ!!」
「さっきから何しとんのや、手伝ってぇや」
「てめぇっ!!わざとやってやがるなっ!?おい脱糞--」
「えぇいっ!!はよ上がらんかいっ!!」
抵抗する獲物相手にウチは竿を真横に全力で引っ張った。重うて上に引き上げられんのやもん。
「きゃんっ!!」
「え?」
そしたら睦月が何故か釣り堀にダイブした。何しとんねん。
「おい睦月。アカンてここは海ちゃうぞ!!ここで泳げるかバカ!!」
てかアンタ、泳げへん言うてなかった?
「ア、アカンっ!!睦月!!」
釣り堀の生簀ってどんだけ深いんか知らんけどこないな暴風雨の中カナヅチが落ちたら…
慌てて助けにダイブしよ思ったら--
「ぶはっ!!」
「おっ!無事か睦--」
なんや顔に針つけた睦月が何もんかに抱えられて浮上。そんまま陸地に放り投げられた睦月。
さてこのバカを引き上げたんは……
「……貴様ら」
生簀ん中から上がってきたんは、どー見ても人やった。人が釣り堀の生簀から出てくるだけでびっくりやけどそのビジュアルも中々強烈や。
いつから居るんか知らんけど底の泥やら砂やら巻貝見たいのやら体中に引っ付けとる。後ろで結んだ髪の毛もベッチャリやし、何より左腕がない。ピラルクに食われとんのか?
なんや幽霊船の船員みたいな男やった。
釣り堀の怨霊はウチらに超攻撃的な視線を向けとった。
「釣り堀の中に人を投げ込むんじゃない」
「……」「……」
いやお前が言うなや。
*******************
「貴様は……小比類巻睦月っ!!」
なんや、この変人ウチのカレシと知り合いかい?まぁこの街越してきて今更釣り堀に人が沈んどるくらいのことでは騒がん。しかしカレシの知り合いはやだ。
「げほっ!!ごほっ!!」
「なんやねんアンタいきなり飛び込んで……死ぬで?」
「いや……お前のせい……」
「なんやその針。どこで引っ掛けて来てん」
「だからお前!痛いっ!!引っ張るなっ!!」
「取れんやん」
「--おいっ!!」
床が揺れる。後ろでカッパもどきが地団駄を踏んどった。
男はウチらにシカトされたんが気に食わんかったらしい。そないな事より釣れへんし地味に雨でびしょ濡れやし釣り堀に変なやつ居るしもう帰りたいわ。
「無視をするんじゃないっ!!小比類巻睦月っ!!」
「誰?」「俺が知るか」
「なに!?この佐伯達也を忘れたって言うのかっ!!」
「知らん。あ、助けてくれてありがとう。これやる」
睦月は佐伯達也さんに濡れた飴玉を手渡した。
「……」
「睦月、もう帰りたいねんけど」「なに?金がもったいないぞ。折角来たんだから1匹くらい釣って……」
「それは叶わんな。なぜならこの中の魚は俺が全て食った」
………………
「睦月帰ろ。知り合いやないんやったら関わらん方がええて」「おいてめぇ。何してくれてんだ。なんだお前はっ!!」
「……小比類巻睦月。本来なら千夜に手を挙げたお前は末代までこの俺が叩き潰してもいいんだが……俺が強くなれたのもお前と戦ったおかげ…そこは感謝しよう。そして、特別にあの時のことは忘れてやる」
「なんだってんだアンタ…やんのか?」
「……千夜への狼藉、1度や2度叩きのめしたくらいでは罪滅ぼしにはならんが…もういいんだ」
「やんのかって?」「はよ帰ろて。魚おらんて」
「俺はもう……」
その時変人がガクッと膝から崩れ落ちた。その頬を伝うんは透明な涙の軌跡……その上で張り付いたヤドカリが活き活きしとる。
「俺はもう千夜のカレシを名乗れないからな……」
「……」「……」
釣り堀から上がってきて突然泣き出す隻腕の変態。もう金輪際関わりとうないわ。でもこの男、構ってほしそうや。
「……聞いてくれるか?」
「いやだ」「ウチら忙しいねん」
「俺は……最愛の人を失った。何故かって?」
「知らん」「聞いとらんてはよ釣り堀帰れ。警察呼ぶぞ?」
「俺はある男に勝ちたくて……それだけのために全てを捧げた。いや、気持ちでは千夜のことを何より大事に思ってたはずだ……だが、それが彼女に伝わってないなら同じことだな……」
「睦月、洗濯機買ってやるけはよ帰ろうや」 「え?まじ?でも俺家ないんだけど…」
「全てが終わった時俺は愛想を尽かされてしまった」
「しばらくウチ泊まったらええやんけ。言うとるやん」「お袋も?」「…………」「なんだその顔は?」「……ええよ」
「世界最高のオンナを手に入れておきながら…俺は、男として最低なことをしていた。強くなることが千夜の為だと思っていた。でも、違ったのかもしれない」
「オヤジ、帰る」「釣り堀の魚な?あそこの変態が全部食うてしもうたって」
「何故ここに居るのかって?ふふ…千夜にフラれた俺に他に何がある?俺ぁ…貝になろうと思ってな」
「……お客さん」
「なんの貝かって?イモガイさ…」
「お客さん」
「なんだ、小比類巻…………あれ?小比類巻睦月は?おじさん誰?」
「警察、行こか?」
「え?」
「……」
「……………………え?」




