どこにでもある話
『昨夜日本海上にて発生した熱帯低気圧は明日にも風速17キロメートル毎秒を超え勢力を拡大しながら明日の19時には台風6号となり山口県に上陸するものと思われ--』
ぼちぼち台風が発生してくる時期に入って異例の日本海側で発生した台風に世間はちょっとした騒ぎだ。しかも予想進路では山口県からそのまま九州に下がってくるという。その上今回はかなりの大きさになりそうなんだとか…
こんちには、阿部凪です。
みなさん、台風対策してますか?台風、舐めてはいけませんよ?怖いから。
私?してます。
台風が来る前に映画に行きました。
夏休みのいいところは明日もお休みだからレイトショーにも気軽に行ける事だよね。
今回の映画は何としても夜に行きたかった。なんせ夜の暗闇がテーマのホラースプラッターだもの。
あぁ…凄かった。新鋭監督らしいけど中々の大作だった…特に眼球ほじくり出して「お前にはもう朝は来ないな。いひひっ」って笑う八百屋のおばちゃんには狂気を感じた。あと人間タン塩。
素晴らしい映画を観た後は素晴らしい時間を過ごさなければならない。憲法1309条。
いつも行く映画館の近くにオシャレな喫茶店があります。夜遅くまでやっててパフェが美味しいの♡
「…貴様。何者だ?」
「俺か?…混沌を愛する世界の僕さ」
「なにを訳の分からないことを…この俺を武蔵小杉のたぶじろうと知っての狼藉か?」
「挑むならば早くしろ。俺は腹が減っている。お前をバリバリ食っちまうぞ?」
「挑んできたのはお前のような気がするが……いいだろう。お前に本物のスペアリブを教えてやる…」
暗くなるとこんなイカレがよく出てくるけど店の前の変態をスルーして入店するのはお手の物。この街に生きてる人なら当然の嗜みよね。
「いらっしゃいませ」
「トリプルサンダーメロンパフェとアイスコーヒー」
「コーヒーには七味はお付けしますか?」
「大丈夫です」
「少々お待ちください」
ここのトリプルサンダーメロンパフェは食べるとビリビリ痺れるんだ。それが癖になる。
窓際席に座れば夜の街を駆けていく車の尾灯が連なる提灯の明かりみたいに見える。通りの桜並木は春先にはライトアップされてそれはそれは綺麗です。
……私阿部凪は来年には警察官(予定)。
そうしたらこの街を離れるのかな?日比谷さんはモデルだしきっと東京とか行く。橋本君や小比類巻君の進路はちょっと想像出来ないな…
高校最後の夏休み…そんな寂しさもちょっとしたスパイスです。
「奥さんと別れるって言ったじゃん」
「美和ちゃん…おじさんはね、妻も子供も歯槽膿漏もある身なんだよ…」
「私の事愛してるって言ったよね?」
「美和ちゃん。愛してるさ…」
夜の喫茶店では偶にこんな会話と遭遇する。暗い窓ガラスが反射する後方では派手なギャルとダンディーなおじ様が……
「おまたせしました。ミラクルフルーツパフェとアイスカフェモカでございます」
「違います」
「失礼しました」
ほんとに失礼しちゃうよ。
「--どうだったね?地球は青かったかね?」
「ええ先生。地球は青かったですとも。宇宙という広い海原に浮かぶこの星は美しく、そしてちっぽけに見えました」
「彼ハ勇敢ナ宇宙飛行ニ成長シマシタヨ」
「あの泣き虫が今じゃ宇宙飛行士か…」
「ええ先生、宇宙は色んなことを教えてくれます」
宇宙飛行士が居るらしい。チラリと振り向くと歳のいったおじ様と鷲鼻の外国人が青年と朗らかに話してる。
「彼ハ強クナリマシタ」
「先生、人は本当に些細なきっかけで大きく成長できるんですね。それを教えてくれたのは宇宙と…先生です」
「大袈裟だな。私が君に教えてあげられたことは微分積分くらいのものだよ」
「いいえ先生。先生との出会いが僕を大きく変えてくれた…いや。それは少し正確では無いかもしれません」
「私、本気なのに…」
「すまないね美和ちゃん」
「私とは遊びだったんだ…?」
「本気さ…でも今はダメだ。嫁のお腹に赤ちゃんがいるんだ…お互いの幸せの為、苦しいけどここでこの関係は終わりにしよう……」
「…おじさん。私にも赤ちゃんがいるの」
「……っ、なんだって?」
なんだって?
「おまたせ致しました。二等辺三角形チョコパイとホットココアでございます」
「違います」
「どういうことだい?」
「はい先生。あの日…コーヒー牛乳をこぼして人生に絶望していた僕を先生が自宅に招いてくれた…あの日からです」
「彼ハトテモ強クナリマシタ」
「あの日……」
「ええ先生…十和子さんとの出会いが僕を大きく変えてくれました」
「娘が?」
「はい先生。僕を大きく成長させてくれたもの…それは恋です」
「……なんだって」
「彼ハ恋ヲシテイマス」
「初めて出会った十和子さんのあの立ち姿……優しさに溢れた瞳、柔らかな微笑み、美しい手、乳房のホクロ…その全てが僕を癒し、魅了した。あの日僕は誓ったんです」
「初対面で娘の乳房を見たのかね君は」
「僕は強くなる。この人に相応しい男になると…」
「彼ハ強クナリマシタ」
「い、いつからだい……」
「なによ。まさか……堕ろせって言うんじゃないでしょうね?おじさんとの愛の結晶だよ?」
「まさか……そんな……いや。ありえない。だって……そんな……」
「おじさん、パパになってくれるよね?」
「いや……おじさんはもう4人も子供が……」
「奥さんにはもう飽きたって言ってたじゃん。私みたいな若い女が好きなんでしょ?」
「……しかし子供は愛している」
……修羅場だ。
「おまたせしました。特製--」
「違います」
「先生……いや、お父さん!!」
「お、おう……」
「十和子さんを僕にくださいっ!!」
「私の事本気なら奥さんと別れられるでしょ!?」
「……しかし、君はまだ高校生……」
「愛に年の差なんて関係ないじゃん!!なによ今更!!」
「なぁ……何とかならないのか?その……お腹の子は……お金はおじさんが何とかするから……」
「ふざけないでよ!!産むから!!」
「美和ちゃん……」
「……しかし」
「彼ハ恋ヲシテイマス」
「お父さん、いや、親父!!」
「急に馴れ馴れしいじゃないか……」
「金ならあります」
「もっと他に言うことはないのかね……」
「娘さんを愛しているのです!!乳首の先まで!!」
「娘の胸に夢中のようだ……しかしだよ。君は宇宙飛行士だ。家を長く空けることもあるし……」
「--お父さん」
苛烈する会話の中に静かな声が入ってくる。お店に入って来たのは妙齢の女性。その人は宇宙飛行士さん達のテーブルに真っ直ぐに向かっていく。
まさかここで娘さんが登場とは……
「……十和子さん」
「そのお話、お受けしたいです」
「美和ちゃん……少し頭を冷やそ……あれ?十和子?」
「え!?あなた!?」
っ!?
「おまたせしました。トリプルサンダーメロン--「違うんでちょっと…邪魔しないでください」
これは思わずガン見である。
ただならぬ関係のダンディーさんが登場した娘さんと「十和子」と「あなた」の間柄である。
「あなた……今日は残業って……」
「お前こそこんなところで何してるんだ……?」
「え?おじさん誰それ。まさか……奥さん?」
「あなた?その子誰?」
「いや…違うんだ十和子」
「十和子さん。どういうことですか?」
「おい十和子、あなたってどういうことだ?」
「彼ハ恋ヲシテイマス」
先生とダンディーさんの目が合う。
「あ、兄貴!?」
「お、弟よ!?お前……こんなところで何してるんだっ!!弟よ!今私の娘にあなたって呼ばれてなかったか!?」
っ!?
「いや……え?兄貴、どういうことだ?え?え?」
「おじさん。この人が妊娠してる奥さん?」
「妊娠!?十和子さんどういうことですか!?」
「いや……ちょっと待って?それよりあの……あなた今私のお父さんを兄貴って言った?」
「え?いや……」
「待て。十和子お前……まさか俺の弟と結婚……」
「え?いや……違うけど……」
「どういうことですか!?十和子さんっ!!」
「え!?てか兄貴じゃん!!」
「美和!?お前こんなところで何してるんだっ!!」
「兄貴には関係ないじゃんっ!!ねぇおじさん!!どういうことなの!?」
「いや私に聞かれても……というか私が聞きたい……おい十和子。どういうことなんだ?」
「十和子さん旦那さんが居たのかい!?居たのに今僕と結婚しようとしなかったかい!?」
「おい!!十和子お前さっき妊娠がどうたらってその子が……お前まさか俺の弟の子を…っ!?」
「ち、違うから!?こんなおじさんもこんな子も知ら……えぇ!?よく見たらあなた、美和さん!?」
「えっ!?うちの高校の先生じゃん!!」
「なんだって美和ちゃん!?学校の先生なのかい!?私の嫁が!?」
「おい貴様っ!!兄の娘と結婚して子供をこさえていただと!?ふざけるなっ!!」
「違う……知らなかったんだっ!!」
「しかもその女の子とはどういう関係だっ!!まだ学生じゃないかっ!!お前嫁の居る身でこんな遊びを……」
「美和さんあなた何やってるの!?こんな夜遅くおじさんと出歩いて……」
「せ、先生にはカンケーねぇしっ!!」
「真面目に聞きなさいっ!!」
「と、十和子さんどういうことなんだい……僕はどうしたらいいんだい…」
「彼ハ恋ヲシテイマス」
…………カオス。
宇宙飛行士さんの結婚したい人が実はその人のお父さんの弟さんの奥さんでその奥さんの旦那さんがその人の教え子とよからぬ関係でかつその教え子さんは宇宙飛行士さんの妹で……
………………
「……あのすみません。私の注文したパフェまだですか?」
「え?」




