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早く起きろよ圭介

『香菜、アンタ追試終わったんでしょ?良かったね卒業見えてきて。で?なんで学校来てるの?』


 --ウチの学校にはある都市伝説がある。

 それは校舎3階女子トイレ…その最奥の個室の便器の中に女の子の顔が浮かんでくるっちゅう話や……


 そしてそれがコイツや。

 コイツは花子。このトイレの呪縛霊で、三度の飯が美少女の排泄物ちゅう歴史上類を見らんとんでもない変態や。

 そんでウチがその花子の友人、楠畑香菜。


 ケツ丸出しで便座に腰掛け友人に悩み事を相談する。今日はその為に追試も終わった夏休みの学校に出てきたんや。

 ちなみにスカラベはウチのクソは食わんかった……


「実はな?最近悩みがあんねん。」

『なにさ?便秘?まさかねぇ……』


 ふざけたこと吐かすボケを水に流す。流れへんけど…まるでバリウム入りウ○コや。

 ちなみにコイツは新しくなったトイレが気に入らんらしい。


「最近カレシが元気ないねん」

『ほぅ…例のカレシか……』


 ウチのカレシ…そう、ウ○コタレ男こと小比類巻睦月。

 2年生の修学旅行の際なんやかんやあって付き合うことになったウチのカレシ。思えば奴との関わりは入学から始まって脱糞の憎しみがなんやかんや絡むうちに愛情に変わって…それに気づくのに随分回り道をしたと思うわ。


 傍から見たら奇妙キテレツな恋愛劇の果てにゆる〜っと始もうたウチらの恋人関係は相変わらずゆる〜と適当な感じで続いとったんやけど……ウチらの関係には直接関係ない事態がウチらの交際に暗雲を広げよった。


 小比類巻睦月の親友--橋本圭介。

 あの男の身に起きた悲劇がキッカケでや…


「カレシの友達がヤクザに刺されてん。今もまだ意識が戻らんねん」

『え?……ちょっとやだ。こわ。あなたも気をつけてよね?お尻なんて刺されないでよ?』

「んな事どうでもええんやけど……睦月がえらい責任感じてしまってなぁ」


 睦月が同好会活動という名目で連れ出した夏フェスでの事件や。あれ以来睦月の様子がおかしい。


「橋本ん病室の前にテント張って住み始めとんねん」

『ストーカー?』

「毎日鶴千羽折っとんやけど毎日千羽やけんその量がえらいことになっとるねん」

『へぇ……』

「それに毎日お遍路で四国まで行って八十八箇所お参りしとんねん。回復祈願で……」

『……人間?』

「最近は断食まで始めよってもう仏門にでも入りそうな勢いやねん。これ、どないしたらええ?このままやったらウチ、仏門の邪魔になるって捨てられへん?」

『……待って想い強すぎない?そのお友達男の子?』

「うん」

『…………え?アンタのカレシ、ホモなんじゃない?』


 *******************


「今日の同好会活動は橋本君を元気づけてあげようの会だ」

「ウス」「左様でございますか…」


 現代カルチャー研究同好会会員、橋本圭介。

 同好会の夏休み活動中裏の飯屋に刺され重体。今も俺らの目の前で彼岸をさ迷っている。

 俺、小比類巻睦月には同好会代表としてコイツの面倒を見る責任がある。


 ……というか、何もしてないのは辛かった。

 橋本が刺されたあの時、俺は何もできなかった。俺の引き起こした事態とも言える。親友がこんなことになっているのに呑気にバイトしたり遊び呆けたりウ○コしたりしてる暇はない。トイレ断ちから現在12日目。


 今日は香曽我部と京都から戻ってきたら妻百合も一緒だ。


「つーちんさぁ、夏休みはずっと京都って言ってなかったスか?」

「はい、香曽我部先輩……実を申しますと実家で執り行う祭事がとある事情で中止になりまして……それならばと橋本先輩の元へこうして馳せ参じた次第でございます」

「ふむ。香曽我部よ。つーちんはな、京都で橋本のために毎日千羽鶴を折ってくれていたんだぞ?」

「全て橋本先輩の為にございます」


 というわけで病室は俺とつーちんの折った千羽鶴×20くらいにより埋め尽くされていた。

 そんな事情もあるので我々の活動は今日は廊下からお送りする。

 正直騒がしいことこの上ない……


 しかし、こうして傍でいつもみたいに馬鹿をやっていたら、ひょっこり起きてくれるんじゃないか……

 そんな気がしていた。


「香曽我部先輩はなにをご準備されているのでございますか?」

「えっ!?」

「そうだぞ福神漬け。敬愛する先輩の危機にまさか手ぶらで来ねぇよな?俺なんて橋本回復祈願の為に断食してんだぞ?」


 嘘である。本当は橋本が居ないと飯も食いっぱぐれる程金がないのである。


「普段の態度とは裏腹に誰よりも活動に熱心でいらして先輩方を尊敬してらっしゃる香曽我部先輩のことです。私など及ばないほどのものをご準備なのですよね?」

「……っ」


 嘘である。香曽我部は普通に同好会の金でメイド喫茶に行きたいから毎日同好会室に顔を出していることを小比類巻は知っている。


「…………ま」

「ま?」「ま?」

「……まぐろ」


 ……まぐろ。


 香曽我部との付き合いはぼちぼち1年になる。小比類巻は瞬時に見抜いていた。この顔は嘘である。そもそも空気中の埃にすら蕁麻疹を起こす潔癖症の香曽我部が魚など扱えるはずがないのである。

 そして小比類巻は知っている。妻百合とは疑うことを全く知らない女なのである。


「す、すごいでございます……お見舞いにまぐろを1本お持ちなる精神性も含め……流石香曽我部先輩でございます!!」

「……お、おう」


 誰もまぐろ1本とは言っていないのに勝手にハードルを上げられているのである。


「それは今どちらに…?」

「……えっと。ほら…悪くなるとアレだし?ちょっと今は……」

「橋本先輩。香曽我部先輩が今から美味しいまぐろを持ってきてくださるそうですよ」


 千羽鶴に潰されながらも眠る橋本の手を取って嬉しそうに呼びかける妻百合。そのあまりの純粋さは福神漬けにはさぞかし眩しく映ったことであろう。


 香曽我部は膝から崩れ落ちていた。


「……先輩」

「どうした?」

「ちょっとまぐろ釣って来るッス」

「おう」



「圭子ちゃん。お見舞いに来たわよ」「圭介起きろー」「橋本ぉシフトに穴開けてんじゃねー」


 香曽我部がマグロ漁に出た後どキツイオカマに引き連れられた美少女軍団が病室に雪崩れ込--


「あらぁんなにこれ」「鶴?」「うわぁぁっ!!あひぃぃっ!?」


 橋本の職場、メイド喫茶『きゃっと♡らぶ』のオカマ店長と、その他愉快なメイド達だ。


「ちょっとぉー何よコレ。部屋に入れないじゃない」

「申し訳ござません。橋本先輩は今思いを込めた千羽鶴に囲まれることで邪気を祓われておいでです」


 そうだったのかつーちん。


「そうなの?」「てか千羽以上あるだろコレ」「えー、これ君が折ったの?」「ビンスタ映えだわー」

「こちらに抜け道がございます。橋本先輩へのご挨拶でしたらこちらからお通りくださいませ」

「見てよやばァい!!折り鶴のトンネルよっ!」「きゃーーっ!」「映えるわぁ!」


 部屋を埋め尽くす鶴がアーチ状に積み重ねられた橋本ロードはメイド達の心を鷲掴みだ。色とりどりの折り鶴のアーチはさながら春夏秋冬の木漏れ日の下を潜るようで……


「何あれー」「すご…」「ねぇねぇナースさんあれなぁに?」


 ……折りすぎた。

 橋本と全く関係ない患者や見舞い人まで橋本の病室へ……


「ちょっと、小比類巻さんでしたっけ?あなた病院にテント張ってる人でしょ?困りますよこんなに沢山の折り鶴。橋本さんのお世話ができないでしょ?橋本さんが鶴で潰れたらどうするんですか!?」


 ナースさんに怒られた。


「大体あなたはいつもテントの中で焚き火きたり…………えっ!?日比谷真紀奈!?」


 は?


 ナースさんが突然大声をあげる。視線の先へ振り向くと気持ちだけ変装した、しかし堂々とした佇まいで阿部さんを引き連れてこちらに向かってくるサングラスをかけた美少女が……


「あ、むっちゃん!」

「日比谷さん……忍ぶ気ないよね?全く」


「え?日比谷真紀奈?」「あの……1億年に1人の超絶美少女!?」「あの日比谷真紀奈が!?」「きゃーーーーっ!?」


 大パニックである。

 あの、ただの学園のアイドルでしかなかった彼女が、今ではモデルを初めて1年未満にも関わらず病院に現れただけで人々を卒倒させる程のスターである。さながらステージに現れたマイケル・ジャクソンである。


「むっちゃん。橋本君大丈夫?なんか刺されたって聞いたからさ……」

「お見舞いに来たんだ。久しぶり小比類巻君。えっと……いま会える?」

「きゃーーーっ!?!?」「おいっ!あまりの美貌に人が倒れていくぞっ!!」「日比谷サマーっ!!」「いや、まだ意識が戻ってなくてな…」「日比谷ぁぁぁっ!!結婚してくれぇぇっ!!」「あの日比谷真紀奈かよ…ホンモノ!?」「そうなんだ。ごめんねむっちゃん。本当は「こっち向いて日比谷サマーっ!!!!」もっと早く来てあげたかったけど仕事で海外行ってて…」「日比谷の握手会ってのはここか!?」「せ、先生ぇっ!!患者さんがショック状態ですっ!!」


 ……テロでも起きたんかって事態です。

 隣の阿部さんが日比谷さんを叩く。てへぺろする日比谷さんに雪崩のように襲いかかってくる日比谷信者。まさに人の津波。日比谷さんの可愛さはホンモノだったんだな……


 日比谷さん達はとてもお見舞いどころではないようだ。


「小比類巻さん」

「あ……お母さん」


 大パニックに陥る院内廊下をぼんやり眺めていたら橋本のお母さんがひょっこり顔を出した。来てたらしい。

 橋本にも会えない程のこの大騒ぎ、個性的な見舞い人達を目撃していたお母さんは嬉しそうに目を細めていた。


「楽しい人達ねぇ……あなたが集めてくれたの?」

「いや……勝手に集まってきたんですよ。人気者ですから、彼は……」

「沢山お友達が居て…きっとあなたのおかげなのね」


 お母さんの嬉しそうな言葉に俺はぎゅっと胸が締め付けられる。同時に誓う。あのバカが起きたら真っ先に引っぱたいてやる。

 ほんとに……心配かけやがって。


「良かったわね。圭介……」


 部屋の中へ向かってお母さんが声をかけていた。


「…おい、睦月」

「ん?」


 そんな胸の痛くなる光景の後ろからひょっこり顔を出てきたのは脱糞女ではないか。


「なんやえらい騒ぎやな…ゴキブリでも出たんか?」

「まぁまぁ楠畑さん。暑いのに今日も来てくれて……」

「どうした?」

「どうしたって見舞いやけど……まぁ、せやなぁ。とっておきの見舞い品を持ってきたんや」

「「とっておき?」」

「--そうや。橋本も思わず飛び起きるとっておきをな?」

『香菜。香菜。ハードルあげないで』

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