これがあなたの知らない歴史の真実
その警報が鳴り響いたのは私が大阪府警本部に侵入して30分ほど経った頃だ。
まぁその頃には私は目的を達し痛みの引かない体を引きずって帰り支度をしてた頃だった。
私、宇佐川結愛は関西煉獄会との戦いで重症を負って警察に確保されていた。
治療してくれた恩は感じている。しかしここで大人しくしていることはできないんだ。
予想通り警察は煉獄会について相当な調べをしていた。私の欲しい情報については概ね手に入れることが出来た。
侵入して30分。ようやく侵入者に気づいた警察官がトンズラここうとする私の前に立ちはだかった。
煉獄会の支部を叩き潰した私だ。その装備はさながら人質取った銀行強盗でも捕まえようとしてるみたいだ。
「止まりなさいっ!」「動くなっ!!抵抗しても無駄だぞっ!!」
「……」
通り道を塞ぐ警官隊…でも彼らを傷つける訳にはいかない。
「……少し眠ってな」
私が圧を発した状態で目を合わせたなら並の人間は意識を保つことすら不可能。私のひと睨みで屈強なお巡りさんは失神した。
心の中で謝る。でも、退くわけにはいかない。いかないんだ……
これは私が始めた仇討ち…不甲斐ないままの宇佐川結愛じゃ、圭介のところに帰れない…
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お盆が近づいて参りますと我が妻百合流はとてもお忙しくなります。毎年夏と冬になりますと妻百合流は神事を執り行うしきたりにございます。
皆様ごきげんよう。私、妻百合流次期家元、妻百合花蓮と申します。
先日、敬愛する先輩橋本圭介さんが暴力団に刺されてしまわれました。
橋本先輩の容態は悪いらしく予断を許さない状況と聞き及んでおります。
本当ならばすぐにでも馳せ参じたく思いますが、この大事な神事を前に次期家元が家を空けることは許されません。
お見舞いにも参りません無礼をどうかお許しくださいませ。橋本先輩……せめてこちらで回復を祈願させて頂いております。
具体的には毎日千羽、鶴を折っております。ぼちぼち1万羽に到達致します。戻りましたらこの鶴を送らせていただぎます。
さて、そんな状況でいよいよ明日に控えました神事--
妻百合流総本山敷地内を神事の支度に追われまして駆け回る私は家元に呼ばれます。
「花蓮。神事の舞は毎年家元が踊る決まり。お前も今のうちからしっかり覚えておくんだぞ」
「はいでございます。家元」
「この神事には国の重鎮や国賓も参られる。粗相は許されんぞ」
「はいでございます」
「……花蓮」
「はいでございます」
「お前も次期家元の身……そろそろ知っておくべきだろう。着いてきなさい」
「……?」
家元に連れられまして参りますのは屋敷の離れになります。普段使われておりますところを見たことはありません。そもそも、幼少から決して立ち入ってはならないと言いつけられておりました。
いつから建っておられるのかも分からないくらい古い離れの引き戸を家元が開かれます。真っ暗な中に太陽の光が差し込みまして、舞い散るホコリがキラキラと輝かれます。
離れの中は四畳半ほどの広さしかありません。が、薄汚れられた壁には何やら描かれておいでです。
「……こちらは?」
「見えるか花蓮。これは妻百合流のルーツだ」
「…ルーツ……」
「大昔、妻百合流は帝に仕える陰陽師の家系だったのだ……」
え?
「その陰陽道は今も連綿と受け継がれている。次はお前だ」
え?私、陰陽師でありましたの?
家元が「壁の絵を見ろ」と仰られます。幼稚園時代の私の落書きを彷彿とさせますその壁画。
左から順に物語が進んで行くように思われます。とても美しいお召し物を纏われた女性が偉そうな人と一緒に描かれておりまして、その女性がもう御一方の女性?の方と仲良くされており、なんやかんやありまして…
狐?でしょうか?女性が狐になられ皆様が逃げ惑っております。
…なんとなく見るだけで内容を察せられるものでございます。
「…平安時代、鳥羽上皇の寵愛を受けた絶世の美女が居た」
「……」
「美貌と知識……国1番と呼ばれたその女は上皇の寵愛を受け政にまで関与するようになったという。しかしある時から上皇が病に伏すようになる。それはその美女の仕業だった。陰陽師がその正体を暴いたんだ」
玉藻前--日本三大妖怪の一つ、白面金毛九尾の狐のことでございますね。
「正体は九尾の狐…その後討たれその怨霊は殺生石になられた…でありましたか?」
「その陰陽師が我が妻百合流の祖先なのだ」
「……なんと」
「そしてここまでがみんなの知っている歴史の通説…しかしこの物語にはサイドストーリーがあるっ!!」
家元が壁画の一点を指されます。そこは玉藻前と思われる女性がもう一方の女性と仲良さげにされている場面…
「玉藻前は上皇の寵愛を受けながらある女性と懇意の仲になっていた…言い伝えによれば上皇の世話役の1人に過ぎなかったらしいが…2人は愛し合ったんだ」
「なんと…」
百合……
「玉藻前が鳥羽上皇に呪いをかけたのもその女性と添い遂げ、京の都を2人のものにするため…そう言い伝えられている」
「壮大な百合でございます」
「しかしその想いは妻百合により潰え、玉藻前は討たれ…」
「はい…」
「その魂は3つに分かれた」
「なんと」
「最初はふたつに…ひとつは殺生石…ひとつは玉藻前が愛した女性へ…玉藻前の魂により彼女は妖狐へ変じ…そして再び討たれた。その魂は妻百合の陰陽師によって勾玉に封じられ、もうひとつはその女の一族の身に代々宿り眠り続けていると言われている」
「……」
「殺生石、勾玉、その一族の末裔…3つの魂が合わさった時白面金毛九尾の狐は復活し、日本は滅びると言われている」
「…なんと!」
「そしてこれがその勾玉だ」
家元のキーケースから出て参りました!管理が杜撰であります!!
「我が妻百合流の神事で舞う舞はこの勾玉の封印を維持する為の儀式なのだ」
「……なるほどでございます」
「3つの魂は惹かれあっている。ひとつでも封印が破れれば残りのふたつの魂が合体してしまうからな」
恐ろしいでございます。
「…明日の神事でお前に舞を継承する。お前もこれで1人前だ」
「ありがとうございます」
妻百合の歴史の継承も終わりまして私達は神事の支度に戻ります。お弟子様達が慌ただしく働いておられるのを手伝います。
「申し訳ありません家元。これ持っていただけます?重くて…」
「うん。いいよー」
フランクな家元を手伝います。神事に使う道具の入ったダンボールを女性のお弟子様から引き受けます。
「…ところで家元、3つの魂のひとつを受け継いだその女性の一族とは今どこに……?」
「知らん」
え?
「たたその一族は代々霊感が強いらしい。あまり強い霊感は霊を呼び寄せる。もし一族の中に度を超えた霊感体質が産まれれば、その霊感体質に他の魂が強制的に引き寄せられることも--」
--グキッ!!
「うっ!!」
「家元?」
ダンボールに手をかけられました家元の腰が鈍い音を鳴らされました。
繰り返します。明日神事の舞を踊られる家元の腰がグキッ!!と言われました!!
「……ぁ」
「い、家元っ!?」
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結論から言うと奴らは大阪には居なかった。
私が片付けた若頭、トンチンファン。中国黒社会と深い繋がりを持っている男だったらしい。奴の煉獄会におけるポジションは重要だった。
組長、芦屋友蔵--この戦いを終わらせる為に必要なピースだ。
奴は娘と数人の幹部と共に中国に居た。
この情報に関しては警察が握っていた。国外故簡単に手が出せない状況だったみたいだ。が、私には関係ない。
トンチンファンと繋がりを持つ在日中国人を締め上げれば、組長がどこに身を潜めているのか…その正確な情報まで手に入った。
ので、中国へバタフライで向かう。
……そして、この時が来たのである。
中国で煉獄会を匿うチンピラを叩き潰すこと数日……
隠れ潜むには豪勢すぎる丘の上の大豪邸の前に私は立っていた。
龍があしらわれた中国的な屋敷だが、いじめっ子が小綺麗な場所に住むなんて納得がいかない。
丘を登っていくと驚いたことに門番も何もいない。入ってくれと言わんばかりである。
ただ、門の前にしめ縄された変な石があった。鳥の死骸が沢山落ちてる。
…なんだ?気分が……
……ちょっと吐き気がする。流石に無理が祟ったか?これは早く終わらせねば……
「邪魔」
石を叩き割る。チョップであっさり割れた。
圭介……待ってろよ。終わらせてやる……
「--ふんっ!!」
遊びはなしだっ!
本気の神通力を行使する。砂の上に家を建てるのは愚か者のすることなので、私は地盤ごと家を吹き飛ばしてやった。
--ドゴォォォォォォォォッ!!!!
「うわーーっ!!」「ぎゃああああっ!!」「きゃぁぁぁっ!!」「なんだぁぁあっ!?」
雑魚には用はない。
降り注ぐ家の残骸と雑魚共には目もくれず私は2人の人物の元へ歩み寄る。クレーターができるほど吹き飛んだ地面の上に転がるのはかつて栄華を極めたいじめっ子達…
そう、かつての話…今はただ逃げ落ちただけの敗走のいじめっ子である。
まずはつるっパゲのチンピラ風の男…
何度も写真を目に焼き付けた。この男が組長で間違いない。
「はぁ…はぁ…」
「ひっ!?お前は…宇佐川結愛!?馬鹿な…この家には近づく事すらできないはずなのに--げっ!?」
「いじめっ子は死ね」
うるさいので眠らせた。チョップしたら頭の形が変わったが問題ない。
……足下がふらつき汗が滝のように流れる。神通力の行使により再び脳の回路が焼けるように熱を持つ。
これはヤバい…今にも倒れそうだ。
ボロボロの体を動かすのも限界だった。
しかし…もうそんな力は必要ない。
なぜならあとは…たった1発、ぶん殴る拳を握れる力さえあればいいから……
全ての元凶を…
「……はぁ…芦屋桐子……」
「あ、アンタは……宇佐川っ」
全ての始まり…
私の街があんなことになったのも、圭介が刺されたのも……
そう、全ては私とコイツが始めた……
「随分、遠くに逃げたね…はぁ……ケリ、つけるぞ」
「はぁ!?アンタ……自分が何してるの分かってんの!?」
「……煉獄会はもう終わりだ……幹部は潰した…あとはお前だけ……」
「いや私は既にアンタに叩きのめされてるからね!?そのせいでこんなことなったんでしょうが!?こんなとこまで追いかけてくるとかどんだけ!?」
「はぁ…はぁ…そうだ……2人で始めた。終わらせるのも私らだ……」
「くっ!どうして2回もアンタにやられなきゃいけないのよっ!!誰か!!あんた達!!」
「無駄だ……全員起きない……たまには自分でかかってきたら?人の影に隠れて威張ってばかり居ないでさ……」
癇に障ったのか、あるいは見るからに死にかけの私に勝機を見出したのか……
芦屋桐子はそこら辺から鉄パイプを拾い上げてきた。
「やってやんわよっ!!よくもパパを……っ!!」
「……よくも圭介を…………」
……こんな雑魚から圧を感じる。それくらい私は今ヘロヘロだ。こんなことならバタフライで来るんじゃなかった……
まるで映画の中の剣豪同士の決闘みたいに、不可解な静寂と静止の間が私らを包む。
芦屋の目に遊びはない。生まれてこのかた自分で喧嘩なんてしたことないだろうに…
その目は覚悟を決めていて堂に入って見えた。
腐っても極道の娘……
少しだけ、コイツのバックボーンを見た気がする。
「やぁぁぁぁあああああっ!!死ねっ!!宇佐川ぁぁぁぁっ!!!!」
きっかけは芦屋だ。彼女は渾身の力を振り絞り鉄パイプを振り上げ襲いかかってくる。
が、奇跡は起きない。
なんせ相手は--この宇佐川結愛だから。
「いじめっ子は死ねっ!!!!」
芦屋の下顎にアッパーが叩き込まれた。今日一……いや、この仇討ちを始めて1番のパンチだった。
小細工なしの本気の一撃は芦屋の体を再び天高く吹き飛ばしたのだから……
「うわぁぁぁぁぁっ!!パパーーーーっ!!」
--ドゴォォォォォォォォンッ!!
……轟音と共に私の背後で地面が割れて、気絶した組長の隣に見事な犬神家が立っていた。パンツが丸出しである。
…………終わった。
もう立ってることすら叶わなくて私はその場に膝を着くことすらなく転がっていた。
呼吸をすることも億劫な程の疲労と痛み…
それは全てが終わったことを物語っていた。
「……終わったよ、圭介…」
見上げた空の向こうで……
あの間抜け面が笑ってた気がした。




