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あなたは私を愛していたのか

 --その日、夏休みの学校に現れた修羅はただ校内に足を踏み入れただけで中の人々に『死』をリアルに実感させたという……


 何気ない毎日の続き…のはずだった。

 まさか夏休み中の、いつもよりのんびりとした夏のある日に唐突にその場の全員が走馬灯を見ることになるとは誰も思わなかったはず。

 今朝、結愛と会った私もだ。

 有吉美奈子、18年の両手足で数えて足る程度のしょうもない人生をその一瞬で垣間見た。


 殺される--

 本気でそう思った。一言も言葉を交わす前から……覚醒したあの日の結愛より遥かに、カレシが浮気したと勘違いしたあの日より遥かに……結愛は恐ろしかった。


 簡潔に言うと、魔人宇佐川結愛はキレてた。

 ブチ切れである。


 そんな、どす黒いオーラを纏って一言も喋らない結愛の後を私も半歩遅れてついて行く。

 進路は『冥界の王』でほぼ確定してる結愛にはこの3年目の夏休みに登校する理由はない。

 そう、結愛にはある目的があった。


 結愛の力に耐えられない。結愛が廊下を歩く度に窓ガラスがまるで枯れた草木かなんかみたいに朽ち果てていく。あ、ちなみに今日の天気は雷雨時々隕石(この街限定)


 結愛が前に立つだけで職員室の扉が床の影に吸い込まれていく。リアルヤミヤミの実。職員室から悲鳴があがった。


「ひぃぃぃいっ!?」「……っ!!がぼぼ」「た、助けて……お母ちゃん……」「アニュハセオ!?」


 無言でつかつかと部屋の中に入っていく結愛。ビビり散らかした先生はもはや1歩も動けない。


「……訊きたいことがある」

「う、宇佐川君……っ!な、なんだねこの殺気はっ!!まさか……我々に何をしようと--」

「答えれば命は取らないし、答えなければ死んでもらう」


 結愛は本気だ。この場の全員を虐殺してでも目的を果たすつもりだ。私は後ろで震えてた。


「…………の、望みは?単位?推薦?」

「ある生徒の居場所」


 教師達がザワつく。結愛は感情を殺した声で淡々と要求を突きつけた。


「芦屋桐子の居場所を教えろ」


 --芦屋桐子。

 最近巷を騒がせている関西煉獄会の組長の娘…そして私らの後輩である。

 親の威を借り校内で暴虐の限りを尽くしていたこの女。何を隠そうこの女と結愛の衝突こそが今関西煉獄会がこの街で暴れている理由なのだ。

 この一連の騒動は芦屋桐子をぶちのめした結愛と煉獄会の衝突なのだ。


 ……が、当の結愛はそれらの対応を後輩に丸投げして我関せずを貫いてたんだけど……


 事情が変わった。

 その煉獄会の起こした事件にカレシが巻き込まれ、今意識不明の状態だ。


 そして魔人がとうとう目を覚ましてしまった。煉獄会は踏んではいけない虎の尾を踏んでしまったのである。


「芦屋さん……?芦屋さんは君に叩きのめされてから登校してきてない--」

「質問以外の答えは許さない。お前、死ぬか?」

「ひぃぃいっ!?」「か、神様……」

「私のいじめを黙認してたお前らにかける慈悲はない。次満足のいかない返答を返したらその時はお前らを生かしておく理由は無くなるからな?もう一度訊く」

「はぁ……はぁ……っ!!」「おかあちゃん……」「ぶくぶく……」

「芦屋桐子の居場所は?学校なら把握してんだろ?生徒だもんな?」

「……い、今の居場所まではぁぁ……ただ、自宅に連絡したところ実家に帰ったという……」

「……実家の住所」

「ひぃぃ……入学書類に書いてますぅぅ…」

「出せ」


 *******************


 重い足取りだった。

 とっくに腕は治ってる。けれど体を苛むこの痛みはきっと私の本能がここに来ることを拒んでいるから感じるものだ。


 ただ、分かった。

 あの時彼岸三途と対峙して分かった。

 完膚なきまでに戦意を叩き潰されたあの時、私は悟ったんだ。


 私に足りないのは覚悟なんだと。

 彼岸三途に勝つ、立ち向かう覚悟……


 それを確かめに行く。

 私が戦う意味を……彼岸流の為ではなく、彼岸神楽が戦う意味を……


 ずっと頭の中を回ってた言葉がある。煉獄会との戦いに身を投じる間、ずっと引っかかっていた言葉だ。


 --それはお母さんに訊かなきゃわかんないでしょ。


 美夜先輩から突きつけられた一言……

 私と三途は父親が違うが同じ母親から産まれた兄妹。

 けれど……私の母は彼岸の血の宿命から逃れる為に逃げた。三途の父親と、三途を選んで。

 私はなぜ、選ばれなかった?

 私の父親を愛してなかったから?私を愛してなかったから?


 遥か遠くの記憶の中の母の顔はもう朧気でその存在を確かめさせてくれるのは記録の中だけ。


 私は彼岸三途と戦う前に決着をつけなければいけない相手がいたんだ……



 --私は彼岸家の前に立っていた。


 ここに立つのはあの日々の中の強敵達の前に立つより緊張した。嫌な汗が止まらない。心臓の鼓動がうるさく口からこぼれる吐息が熱い。

 インターホンに伸ばした指が震えた。


 こうして訪れようと思ったなら訪れられた距離にあるのに避けていた。その心の距離はインターホンまで数センチの距離を詰めさせるのに相当の勇気を要した。


『…はーい』


 インターホンの音に中から快活な声が聞こえてくる。その女性の声に心臓がいよいよ破裂しそうだった。


「はーい、どちらさ……」


 元気よく玄関を開けた先に立っていたのは、記録の中で目に焼き付けたあの日の母親--彼岸ミチル。その人だった。


 分かっていたこと。このインターホンを押したその先には私の家族が居る。しかしいざそれが現実として目の前にあるとどうしようもない現実味の無さが襲ってきた。


 私の知る家族とは、厳格で、序列があり、強さのみを求める……そういう存在。

 目の前の生活感溢れるこの主婦のどこにそんなものがあるんだろうか?


 ミチルは最初何が起きたか分からないという顔で私を見つめていた。その顔は徐々に現実を理解し始めやがて消え入るような声で呟いた。


「……神楽?」

「……お久しぶりです、母上」


 *******************


 彼岸家はどこにでもある一般家庭という感じだ。家の至る所に家族の生活の温かみが感じられる。

 こんな生活もあったのかもしれないと思うと胸の内に苦い感情が上がってくる。出された紅茶も柔らかい味わいだった。

 そんな暖かな午後のリビングとは対称的にミチルの顔は険しい…


「…神楽、生きていたのね」

「生きていては悪い?」

「違うわ…そういう意味じゃ…あんな家に生きていて、あなたが無事に育つかと考えたら私は毎日…」

「ならなぜ、三途を選んだ?」


 ミチルの顔が悲痛そうに歪む。そんな感情の移ろいすらも偽善的に見えて怒りすら込み上げる。


 これ以上は無意味。そう判断した。


「…三途はどこですか?」

「…お兄ちゃんに何か用なの?」

「兄妹で会うのに理由が必要?」

「…三途を殺しに来たの?一族のしきたりに則って」


 …やはりこの人の愛は三途にしか向いてないんだ。

 懐に忍ばせた小太刀を抜こうとする衝動をぐっと堪え紅茶を喉に流し込む。温かい潤いは冷房の効いた部屋に冷やされた体にじんわり染みる。


「…そう。私が彼岸流を継ぐ。その為に兄には死んでもらう」

「そんなこと…っ!!」

「あなたも彼岸の人間だっ!!」


 声を荒らげるミチルに怒鳴り声を被せ黙らせる。口を噤むミチルに私は怒涛の勢いで畳み掛けた。それには積りに積もった10数年の鬱憤が詰まっている。


「1度でも彼岸の系譜に名を連ねたのならいつかはこういう日が来ることは分かっていたはずっ!!」

「…だから私はあの子を--」

「逃げたところで何も変わらない!それも分かってたはずだっ!!それが嫌だと言うのならなぜ……」


 …………なぜ私は連れ出してくれなかったの?


 そんな言葉が飛び出しかけてそれをぐっと呑み込む。それを口にしてしまったら私はもう、彼岸三途の前に立てなくなってしまう。そんな確信があった。


 私は彼岸三途と決着をつける為にここに来た。


「…………三途も神楽も、私の宝物よ」


 ぽつりとリビングに落ちたミチルの声に私の心臓が激しく震えた。熱湯のように血液が沸騰するのが分かる。

 抑え込み続けた感情を抑えるのも限界に近い。


「…よくもぬけぬけと……あなたは三途と、三途の父親を選んだ。殺し合いを強いる彼岸流に私を置いて…あなたは逃げた」

「逃げられなかった…」

「……?」

「逃げられなかったの……あなたは本家の次期当主候補…それにあなたは三途をも上回る逸材。あなたに絡まった彼岸のしがらみは私達で断ち切れるものではなかった」

「……私が、三途より…?」

「あなたとは逃げられなかった。でも、あの子を1人にする訳にはいかなかったの。あの子を彼岸の運命に置いていくことも……」


 膝の上で握られたミチルの拳に透明な雫が落ちていく。声を震わせるミチルの声は私の頭にじんわりと染み込んで、浸透して……


 弱々しい母の姿は私の決意を鈍らせた。


 勢い良く立ち上がるミチルがテーブルの上の紅茶を倒すのも気に留めず私に抱きついた。ぎゅっと締め付ける優しい抱擁は紅茶より温かい熱を流し込んできた。


 懐かしい母の体温だった。


 幾度も敗れ、己の弱さに涙を呑み、それでも何とか折ることなかった1本の芯がその熱にドロドロと溶かされていく気がした。


 ……この人は私を愛していたのか?


「神楽…私にはあなたを救えない」

「……」

「でもお願い…三途を…お兄ちゃんを救ってあげて…」


 ミチルの手が私の手に重なって手の中に何かが握らされる。小さなメモ紙だった。


「神楽……」

「……母上」


 ゆっくり離れるミチルの顔は苦しそうに歪んでいたけれど、愛に満ちた笑顔だった。少なくとも私にはそう見えた。


「…………会いに来てくれてありがとう。愛してる」

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