お嫁に取られちゃいますぅぅ
「……アンタ、取り殺されるよ」
「……え?」
今日も震えが凄すぎて椅子が破壊されそう……古城幸恵です。
今日も今日とて霊や怪異の類の満ち満ちた街中をどうしてもお母さんのお願いで買い出しの為歩いてました。
スーパーの玄関の前でお店を開いていた怪しい易者さんに呼び止められ座ったら開口一番そんなことを言われた。その一言もそうだし、おばあちゃんの後ろに取り憑いたものすごい殺気を放つ3つ目の亡霊に私はメガネをずりおろして震えます。早くも死にそう……
「アンタ……とんでもないもの連れてるねぇ…………」
「えっ……と、なんのことでしょうか……」
「しらばっくれるんじゃないよっ!!」
とりあえずとぼけようと思ったら私の返しにバンッと机を叩くおばあちゃん。幽霊よりおばあちゃんの迫力が凄い……
「アンタ、分かってんだろ?自分に憑いてるもんが……」
「……」
『ゆぅぅきえぇぇぇぇ……』
……こちらの落ち武者さんでしょうか?
この人は私が小さい頃イタズラで「決して入ってはいけない」と言われていた部屋に入った時からもう10数年のお付き合いをさせていただいてます1つ目の落ち武者さんです。
怖いです。
たまに触ってきます。
なんと、そんな知己の仲である落ち武者さんが私を殺すと言うのです。ひぇ……
確かに最近、ちょっとだけ大きくなってきたような…………?
『ゆきぇぇええええぇぇ』
「……………………」
『ゆぅぅぅきぃぃぃぃいえぇぇぇぇぇ』
「……………………………………」
……ひぇっ。
やっぱり怖いです。殺される……
「アンタ…このままじゃ、大変なことになるよぉ」
「……え、でも……この人はもうずっと前から私に取り憑いてて……」
段々おばあちゃんが怪しくなってきたので私はとりあえず疑ってみることに…
「おバカっ!!」
「ひぃ……っ!」
「アンタは“見初められ”たんだよ」
「み……?」
「嫁に選ばれたんだ……迎えに来るよ?近い……」
よ、嫁!?
『ゆぅぅきぇぇぇぇぇ』
そ、そんな……私なんかが……?いやそんな恐れ多い……生前多分立派なお侍さんだっただろうにそんな……私みたいな……
……ひぃ。
「抑えるにも限界ってもんがあるさな…アンタ、どこで引っかけて来たか知らないけどね……連れてかれる前に何とかしなきゃならないよ……」
「ガタガタガタガタガタ」
「たけしみたいに震えるんじゃないわよ。悪いことは言わない。このままじゃいけない。周りも巻き込むよ……いいね?」
震えまくる私の両手をぎゅっと握りしめおばあちゃんは言う。その目には真剣なものがありました。おばあちゃんの目2個+後ろの幽霊の目3つ、計5個の目と目が合ってもうどの目を見つめ返したらいいのか…
「…な、何とかと言われましても…具体的にどうしたら……?」
「……」
「……」
「…知らないよ」
『ゆぅぅぅうううきえぇぇぇぇぇえ』
*******************
……知りませんでした。
まさかずっと一緒に居たこの落ち武者さんがそんな恐ろしい存在だったなんて……
こうして着いてきている間にも落ち武者さんは膨れたり萎んだり…確かにここ数日様子がおかしいです。
『ア…ア……』『ぅぅぅぅう』『まん……ま』『ケタケタケタケタ』
「……?」
そういえば。落ち武者さんが大きくなってから周りの怖い人達が何故か私を避けるようになってきました。
この灰色で半透明の人達は大抵目が合ったらよってきたり話しかけてきたりするんですが…どういう訳か目が合っても避けられます。さながらヤンキーの気分…
「…なんて悦に浸ってる場合じゃない…これも落ち武者さんのせい…?」
『ゆぅぅうきぃぃいぇぇぇ』
周りの霊まで牽制する程の強さなのでしょうか?そうなってくるといよいよ…
怖すぎておしっこチビりながら、おばあちゃんに突き放された私は藁にも縋る思いである場所を目指しました。
それは学校の旧校舎…
夏休み中でも進路に追試にと忙しい生徒達によって学校も静まり返ることはありません。それでも普段より断然静かな校舎--特に部活棟として使われてるここはなんだか不気味。
『あ。う?あたま…ちょこれーと……え?』『お…………ぱっい?』『ペケペケ』『あんた…………はなくそ、ついてるよ?』
…え?ほんとですか?
やっぱりこの学校に住み着いてる幽霊さん達は外より個性的な気がします。普段は執拗に絡んでくる幽霊さん達が道を開けるみたいに廊下の端に逃げていく様は確かに異常事態…
鼻くそだけチェックして向かいます。
トイレで鼻くそチェック!!
「…鼻くそ、付いてない……」
鏡の向こうにたくさんの子供達が居ます。相変わらず見にくいですが鼻くそが付いてません。あの幽霊嘘つきです。信じたのに……
「……?」
トイレの鏡の向こうのいつもの子供達の幽霊もなんだかよそよそしいな……なんて思ってたら鏡の中の自分の後ろに何か映ってます。
そこだけ狭苦しいそうに鏡の中を埋め尽くす子供達の霊の顔がありません。
…ひぃっ。
「……なんか……顔みたいなのが…犬?」
ぼんやり浮かぶ見覚えのない顔。じっとこちらを見てます。
--パリンッ!!
「ひぃぎぃぃぃぃぃぃいっ!?!?!?」
その犬?みたいな顔の辺りのガラスが派手に割れます。突然のびっくり現象に腰を抜かせばお尻の向かう先は固い床です。痛いです。
『ゆぅきぃえぇぇぇえ』
落ち武者さんはまた大きくなってました…
私を殺そうと、いやお嫁さんにしようとする落ち武者さんを何とかせねばと藁にも縋る思いでやってきたのはいつぞやお世話に……いや巻き込まれたあの同好会。
「……はい。オカルト同好会です」
ノックすると会員の阿久津さんが扉を開けてくれます。阿久津さんの頭にはハエの亡霊がたくさん乗ってます。ひぃ……
「おや?あなたは確か……」
「むっ!君は古城君ではないかっ!」
「…良き」
阿久津さんの後ろから頭を出すのは代表の宮島代表と武さん…武さん壁でも胡座かけるようになったんですね……
「は、はぃひぃ……おわ、お邪魔します……」
「どうしたんだい?そんなに怯えて。何もしやしないさ。さぁ。おいで」
「…ただ部屋の中に招き入れるだけでこんなにいやらしい感じになるなんて先輩最高ですね」
「褒めてくれるな阿久津君」
「褒めてませんよ?」
『▢◇#&↑‰≦×┨□◇@⇐☆#!…〔&”!…$︹ #** ︺〕』
ひぃぃ……この部屋、まだ宇宙人の霊が居る……
『*〔@〕≦◇☆×⇐&$$*!@"#[『』]⇐︹ * ︺#*◇‰□#︹ ︺』
ひぃぃいっ。なんて言ってるのか全然分からないよぉ……
「それで、どうしたんだい?君がここを尋ねてくるなんて珍しいじゃないか」
「そもそも、この同好会を尋ねてくる人が稀です」
「……良き」
「ご、ごめんなさぃぃ……実は……あなた達をオカルトのプロフェッショナルと見込んで……お願いがあるんですぅぅぅ……ひぃぃい。食べないで……」
「食べやしないさ…ふむ。確かに業界で我々の右に出る者はいないが…」
「……良き」
「何があった?」
「…………私、殺されるんですぅ…このままじゃ嫁に取られて連れていかれるんですぅぅ……」
「……」「……良き」「……ストーカーか何かですか?」
「後ろの人ですぅ……」
「……?」「……良き。」「……後ろ?」
「後ろに落ち武者が憑いてるんですぅ……その人に殺されるんですぅ……」
『……ゆきぇぇぇえ』
「……」「……」「……」
「お、お願いしますぅぅぅ!!なんか……何とかしてくださぁぁいっ!!その道のプロフェッショナルとか、紹介してくださぁぁいっ!!!!」
*******************
--そういうことならあの人しか居ない。しかし、俺らではなくあの子に頼まなければならないな。
そう言った宮島さんが電話をかけて1時間。訳の分からない呪詛を垂れ流す宇宙人の亡霊におしっこチビりまくって脱水症状になりかけた時、その人はやって来ました。
「……なんで私の番号知ってるの?」
以前呪いの動画でお世話になった阿部さんです。
「ひぃぃ……阿部さん助けて……」
「すまない。オカルト研究の発展の為力を貸してほしい」
「……良き」
「良き、じゃないよもう……バイトだったのに」
『阿部さん!バイト中にどこ行くの!?仕事舐めてんの!?』
阿部さんの背後に般若みたいな顔した生霊が……ひぃぃ……
「それで阿部君よ。あの人と連絡は…?」
「はいはい連絡して来てもらってるから…それで…古城さんがなんか呪い殺されるって聞いたけど……?」
「そ、そうなんですぅ……このままじゃお嫁に取られてあの世に連れていかれるんですぅ……ひぃぃい……」
『ゆぅぅきぃぃぃえぇぇえ』
段々と存在感を主張してくる落ち武者さん。予断を許さない状況です。他の人より霊感の強い阿部さんも私のこののっぴきならない状態に敏感に反応してくれたみたい。
「……なんだか分からないけど、急ごうか。先生が待ってるから……」
「お願いしますぅぅ……」
「なんと……ひと目で事態を把握したというのか…これがオカルトを極めし者…」
「……良き」
阿部さんに連れて来られたのはいつか来たお寺さん…心做しかここに来たら落ち武者さんの大きさが縮んだ気が……
『ゆきえぇぇぇ……』
通されたお部屋には既に紫色のお香が炊かれ、その奥にチンピラ風の男が……
この人の姿に私も同行したオカルト同好会のみんなも湧く。
「どうも……ジョナサン・小西です」
ジョナサン・小西さんだ。
あのマイナー動画配信者好きのジョナサン・小西さんだ!業界では右に出る者は居ないというあのジョナサン・小西さんだっ!!
『ゆきえぇぇぇ……』
「……ふむ」
ゴツいサングラスの奥でジョナサン・小西の目が光る。早速私を脅かす落ち武者さんを品定めするように見る。
「あの……」
「すごいな……」
私が口を開くより先にジョナサン・小西が言った。固く握られた拳には汗が滲んでます。
「これほどの霊は初めて見た……菅原道真にも匹敵する強さだ……」
「なんと!?ジョナサン先生はかの道真公の霊と戦ったことが!?」
「ない」
ガッカリする宮島さん。
「阿部氏、事態は把握した。確かにこれは早急に対処せねばならない……ただ……」
大怨霊に匹敵する敵を前にジョナサン・小西が顔色を曇らせた……と思ったのですが、彼の懸念はそこには無い様子で……意外なことを口にします。
「……この霊を祓っていいものか…」
「え?」
「いや……この霊はもしかしたら……いや……」
そこでジョナサン・小西は首を振ります。自分の懸念を振り払う様です。意を決した様子のジョナサン・小西の覚悟の瞳には、私に取り憑いてる落ち武者さんがどれほどの存在なのかを表す緊張の色……
「……激しい戦いになる。阿部氏、古城氏意外を退室させて…………」
「……分かりました」
「なんだと!?見れないのかこの目で!!俺達はオカルト同好会だぞ!?なんのためにここまで来たと……」「残念です」「……良き」
部屋から押し出されるオカルト同好会のみんな……部屋の中には私とジョナサン・小西だけ……あ、あと落ち武者さん。
途端に静寂に満ちた部屋の中で背後の気配が大きくなるのが分かります。まるで背中に何かがのしかかって来るかのような……
ひぃぃい……早く助けて……
私の心の叫びを汲み取ったジョナサン・小西はそっと立ち上がり、上着を脱ぎます。胸毛が凄いです。男性ホルモンムンムンでした。
……?なぜ脱ぐ?
「……古城氏」
「……っ、ひぃ……」
「ここからは激しい戦いになります。あなたも覚悟してください」
そう言って拳を構え披露するのは軽快なフットワーク、そして目に見えないほどのジャブ、キック……
……ム、ムエタイ?
「シッ!!シッ!!」
「……」
『ゆぅきぃえぇぇぇ……』
臨戦態勢(?)に入るジョナサン・小西。応戦するようにそれが具現化します。
背中にかかる重圧が増して思わず前のめりに倒れる私の背中から生えてくるように、今までにないくらいはっきりくっきり、落ち武者さんが這い出して来ました。
1個しかない眼光をギラギラ輝かせるその威容はもはやバイブレーションどころじゃない震えを誘い、早速気を失いそうです。
「……我が一族に伝わる対魔拳法……ここで使う時が来るとはな……」
始まります。最高の霊媒師VS最強の怨霊……
『ゆきえぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
「--往くぞ!!」
……映画化してください。
踏み込んだジョナサン・小西のキックが私の顔面を強打して意識が飛んでいくところで、今日はお別れしましょう……




