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…圭介……

 滑り込んだピカソの一撃は絶対必殺の一撃だった。

 完璧なタイミングから放たれた一太刀だ。距離もなく避けようのないロングナイフの一撃。次の瞬間には彼岸三途の首が鮮血と共に空を舞うのを疑わなかった。


 なのに私は動けなかった。

 目の前で焦がれた因縁の相手を横取りされるその瞬間に、私は破壊された両腕をぶらりと垂れ下げ傍観者に徹していたんだ。


 結論から言うとその必殺の一撃は届かなかった。


「--取った!」

「……最高だ」


 ピカソの確信と彼岸三途の歓喜が重なるのは同時だった。


 その時彼岸三途は両腕を広げて刀を構えてた。その構えはまるで懐から斬り込むピカソを抱きしめようとしようとしてるみたいに見えた。

 その時、彼岸三途の両腕が加速した。

 決着の間際、極限まで濃縮された時の中で私の目はようやく両者の戦いをその目に捉ええられた。


 衝撃波を帯びるほど加速した彼岸三途の腕によってピカソに向かって閉じるように振られる刀はソニックブームの最中で確かに赤く輝いた。

 赤く発光する光は空気との摩擦?により擦られた刀身が高熱を帯びるのを物語り、次の瞬間--いや、そんなのんびりした表現では無い。ほぼ同時、振られると同時に発火した。


 そこから先は分からない。


 赤い線がピカソを包むようにバッテンを描き、焦げ臭い臭いが部屋に衝撃波と共に飛び散ったのは分かった。けど、それを認識した時には既に終わっていた。


 全身を打つ衝撃波に吹っ飛び、音速の壁を越え撒き散らされる空気の波に乗った熱が肌を焼いた。

 熱波にやられ目を閉じて、開いたその時にはもう、ピカソは倒れていた。


 勝者--彼岸三途の目の前でひれ伏すように膝を付いていた。


 彼女の体には大きなバツ印が斬撃により深く刻まれそこは焦げ臭い悪臭と共に赤黒く私の目に映った。

 そして目の前で振り下ろした両腕を下ろす彼岸三途の首筋には浅く届いたロングナイフの切り傷から細い血の筋が降りてきていた。


 …この彼岸神楽を赤子扱いした化け物をほぼ一撃で仕留めた。


 私は実感する。

 私は今怪物の目の前に居る。そしてその怪物は私が倒さなければならない男……


 この街に来て一体何度、自分より強い奴と出会った?

 この街に来て一体何度、己の弱さを思い知らされる?


 それらが些末な経験であると思い知らさされる程、この男は圧倒的だった。


 甘美な勝利の余韻を味わうように天井を仰ぐ彼岸三途の表情は恍惚としつつ、それでいてどこか虚無を感じさせる…


 そんな奴の視線が私に向いた時、いくつもの感情の織り交ざった彼岸三途の顔に驚きのような色が差す。


 ……いつまでもぼーっとするなっ!私は……何のためにここに来た!?


 ピカソに壊された両腕は動かない。剣も握れない状態でそれでも私は膝を持ち上げた。ありったけの闘志を目に込めて私は叫んだ。


「--彼岸三途っ!!彼岸一族の因縁ここで晴らすっ!!あなたも戦士だというのなら私と戦--」


 自己を奮い立たせる咆哮が腹筋を割る一撃にぶった切られた。


 腹に刺さるつま先に空気の塊を吐き出して私は飛んでいた。


「……っ!!……っはっ!!」

「……口上を垂れる前にかかってくればいい。今のあなたは戦いの意志を示しながら殺してくれと言っていたようなものだ…」

「……っ」


 それは道場の稽古ばかりしてきた私と、本物の戦場を潜った彼との差だった。私は戦う前から負けていた。

 ジンジンと痛みを放つ両腕の関節に胸の内側から滲んで湧く苦い感情。私の戦意は折れていた。


「……初対面だよね?だけど…なんだか引っかかる。あなた、何者だ?」


 彼岸三途は彼の親……そして片方は私の親でもある両親に彼岸家の記憶を消されている…はず。

 しかし彼岸の血の記憶が私と奴との繋がりを呼び起こした。


 私は告げる。

 彼もまた彼岸の運命を背負う者なのだから……


「私は彼岸神楽……あなたの妹だ」

「………………いも、うと?」


 たっぷりと間を置いた彼岸三途の呟きは遠くに切り離した記憶を辿るように……


 その時、外からけたたましいサイレンの音が響いてきた。


「……警察か。暴れすぎたな」

「……っ、待てっ!!」


 こちらに背を向ける彼岸三途に噛み付く勢いで吠えるとそれに被せるように暴風のような視線が浴びせられる。

 ただ睨まれただけ--なんて安易な表現はできない。視線ひとつがもはや暴力。辛うじて頭を起こした闘志がまたしてもへし折られる。


 彼岸三途は私を見ていた。穴が空く程……


「……また会おう」


 窓もない室内のはずなのに風が吹いた気がした。激しく前髪を揺らしたその旋風に目を瞑ってすぐに開くその瞬きの間に……


 既に彼岸三途は消えていた……


 遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンの音が耳鳴りみたい。残されたのはただの負け犬……それも戦う以前に敗北した負け犬だ。


「……………………っ」


 私はなんの為に…………


 私の咆哮を拾うものは居らず、そこにはただの1匹、這い蹲る弱者が居るだけだった。


 *******************


 病院に駆けつけた時既に日は暮れ院内の薄暗い廊下には非常灯の緑の明かりだけが道標みたいに私の行く先に続いてる。

 夜の病院は胸を焼く焦燥感をさらに増幅させ自然と病室へ向かう足を早める。どれくらい早めるかと言うとぼちぼち音速を超えるくらい。

 いや、そんなこと言ってる場合じゃない。


 私、宇佐川結愛がその部屋にたどり着いた時、病室の前の廊下のベンチに項垂れた4人の人が居た。


「……あの」

「……」「君は……」


 ご両親だろうか……残りの大学生位の人と男の子は兄弟か。


「えっと……圭介君と…お付き合いさせて頂いてます。宇佐川って言います」


 小っ恥ずかしい自己紹介に疲れた顔のお母さんが「ああ……結愛さん」と吐息のような声を出して立ち上がった。


「いつも息子がお世話になっております」

「いえ……あの、圭介は…………」


 挨拶もそこそこに私は胸の中を締め付ける不安を吐き出し尋ねる。


 --圭介が刺された。


 その一報を受けたのは今日の夕方…ちょうど速報で港中央区で開催される予定だった音楽フェスティバルが暴力団に襲われたというニュースを見つけた時だった。


 嫌な予感がした。

 心臓の内側で棘が突き出し中から突き刺さるみたいだった。脈打つ度に深く刺さるような不安の棘は現実のものとなり、そして今お母さんの口からさらなる棘が突き刺さる。


「圭介は……まだ目を覚ましてません。傷が深いようで…………どうなるか…まだ……」


 ……………………………………


 落ち着くよう務め話すお母さんの言葉に吐き気がした。


 どうしてこんなことに……


 私がその時、一緒に居たら……


「宇佐川さん」


 メガネをかけた青年が寄ってくる。お兄さんだろう。兄弟みんなメガネなんだ、とこんな時にくだらない事を考える。

 顔色の悪いお兄さんの顔は圭介によく似てて……


 お兄さんと圭介の顔が重なった瞬間、唐突に腹の奥が熱くなってきた。

 熱はあっという間にごうごうと腸を焼く炎になり全身の血液が沸騰するようだった。

 グツグツと煮えたぎる怒りを表に出さないようにと必死に表情筋を固める。


「圭介に会ってやってくれますか?君が来てくれたら元気出るかもだから……」

「…………はい。いや……」


 お兄さんからの優しい提案に私はグッと唇を噛んで頭を振る。


 まだだ……


「その前に…やる事があります」

「……やる事?」

「……圭介を刺したのは、誰ですか?」


 私の唐突な問いかけに家族はぽかんとして、怪訝そうな顔をした。


「どうして……そんなことを?」

「教えてください……」

「…………暴力団の争いに巻き込まれたと聞いてます。実行犯は警察に捕まりました。一緒に居た友人が、捕まえてくれたとか……」


 詳細を教えてくれたお父さんに尋ねる。


「……それ、関西煉獄会?」

「……たしか…………」

「ありがとうございます。また来ます」


 丁寧に腰を折って私はくるりと踵を返す。床を叩く踵が床を叩き割りかけ慌てて力を調整する。


 気を抜いたら体の内側から膨れ上がるこの怒りをそこかしこに撒き散らしてしまいそうだ。


「……また来ます」


 繰り返し告げる。


 --仇を取ったら。

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